バロック時代の名曲

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バロック時代の名曲

音楽史におけるバロック時代は一般的には1600年頃から1750年頃までの時期を指しますが、現在において人気のある作曲家は18世紀前半、つまり、バロック時代の後期に活躍した3人でしょう。すなわち、イタリア人のアントーニオ・ヴィヴァルディ、ドイツ人のヨハン・セバスティアン・バッハ、そしてドイツに生まれながらイギリスに渡ったジョージ・フレデリク・ヘンデルです。本欄では、この3人の作曲家の作品から演奏機会の多い名曲をご紹介したいと思います。

アントーニオ・ヴィヴァルディ

  • アントーニオ・ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集《四季》より「春」

出版社の販売促進のために
アムステルダムで作らせた肖像画


《四季》「春」の最初の
出版物の表紙
《四季》はそれぞれ、「春」「夏」「秋」「冬」と題された4つの協奏曲からなっています。ヴィヴァルディはオーケストラの伴奏を伴いながら、独奏楽器が主役を演じる協奏曲というジャンルを確立した最初の作曲家の一人です。《四季》の4曲は、独奏ヴァイオリンのほか、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、通奏低音からなるオーケストラのために書かれています。通奏低音のパートは他のパートのように特定の楽器が指定されておらず、チェロやコントラバスといった低音弦楽器のほか、ファゴット、チェンバロ、オルガン、リュート、ギターなどで演奏することが可能です。

《四季》に含まれる4曲はすべて3楽章構成で、第1楽章は快速なテンポ、第2楽章はゆっくりとしたテンポ、第3楽章は再び快速なテンポによります(これは協奏曲の楽章構成における基本パターンです)。《四季》で興味深いのは、各楽章において四季折々の様々な情景を表すソネットと呼ばれる詩が付けられていて、音楽がそれらの情景を描写している点です。

第1曲「春」は、少し前まで中学校の音楽の教科書で鑑賞教材に指定されており、《四季》の中でもとりわけ有名でしょう。第1楽章は春がやって来て楽しい気分を表す主題が、泉のせせらぎ、雷雨などを表す主題を挟んで、何度も登場します。第2楽章では、各パートが役割を分担しており、独奏ヴァイオリンがまどろむ羊飼い、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがそよ風、そしてヴィオラが羊飼いの傍らで吠える犬を表しています。最後の第3楽章は「田園舞曲」と題されており、田園で農民たちが楽しいダンスを踊る情景が生き生きと描かれています。
  • アントーニオ・ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集《四季》より「夏」
ヴァイオリン協奏曲集《四季》の第2曲「夏」は、灼熱の太陽が人間や動物たちを疲れさせる、あまりうれしくない季節として描かれています。第1楽章は暑さのために気力がない人間たちの描写が中心ですが、途中で独奏ヴァイオリンがかっこうや山鳩の鳴き真似を模倣します。優しい西風が吹いてきて、暑さは一瞬和らぎますが、最後は激しい嵐に襲われてしまい、独奏ヴァイオリンも村人たちの嘆きを奏でます。第2楽章は暑さと嵐に疲れた羊飼いを独奏ヴァイオリンが描写し、オーケストラは彼にまとわりつくハエの羽音や、遠くで響く不気味な雷を表します。第3楽章は「夏のきびしい季節」と題され、激しい雷雨の描写です。この楽章はテレビCMなどでも使用されていますから、聞き覚えのある方もいらっしゃるかも知れません。

ヨハン・セバスティアン・バッハ

  • 管弦楽組曲第3番
この作品は、ヴァイオリン独奏のための「G線上のアリア」に編曲されたことで知られる非常に有名な楽章をもっており、バッハの音楽のなかでもたいへん有名です。組曲はバロック時代に好まれたジャンルで、この時代に流行した様々な舞曲などから構成されます。バッハはオーケストラのための組曲を4曲残していますが、どの曲においても最初に序曲が置かれている点で共通しています。第3番は弦楽合奏にオーボエ、ファゴット、トランペット、ティンパニが加わって、華やかな性格がたいへん印象的です。


バッハの時代に宮廷で使われた楽器

第1楽章は「序曲」です。ゆったりとしたテンポの部分の後、速いテンポの部分となり、最後に再びゆったりとした部分が戻ってくるという構成を採っています。最初の部分は王侯貴族の厳かな行進のように堂々とした感じで、トランペットのファンファーレも印象的です。速い部分では、いろいろなパートが同じ旋律を奏して追いかけっこをするような「フーガ」と呼ばれる音楽に基づいており、非常に立体的な展開を見せます。第2楽章は「G線上のアリア」の原曲となった楽章で、「エア(フランス語で「アリア」の意)」と題されています。弦楽合奏のみで静かに演奏され、まさに歌うような美しい旋律に満ちています。

第3楽章からは、舞曲に基づく楽章が続きます。第3楽章は「ガヴォット」です。フランスで生まれた2拍子の活発な舞曲ですが、1拍目からではなく、2拍目から始まることが特徴的です。

第4楽章は、これもフランス生まれの舞曲「ブーレ」です。これも2拍子ですが、「ガヴォット」よりもさらにテンポが速い踊りです。

最後の第5楽章は、イタリア生まれの「ジーグ」。これもテンポの速い踊りですが、8分の6拍子で書かれているため、3連符の流麗な動きが特徴的です。
  • 無伴奏ヴァイオリンのためのバルティータ第2番
この作品は、伴奏なしで、ヴァイオリニスト一人で演奏される音楽です。ヴァイオリンはご存じのように、和音よりも旋律を演奏することが得意な楽器です。そのような楽器だけで充実した音楽を書くことは非常に難しいのですが、そこはバッハ、その難しさを克服して、素晴らしい名作を残しました。


「シャコンヌ」の自筆楽譜

「パルティータ」というのは、組曲の別名です。バッハは無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータを他に2曲、そしてソナタを3曲作曲しています。このパルティータ第2番を合わせた計6曲は、ヴァイオリニストにとって不可欠なレパートリーなのです。

パルティータ第2番は、全部で5つの楽章からなり、すべて舞曲に基づいています。ドイツで生まれた遅いテンポの「アルマンド」、フランスの軽快な舞曲「アルマンド」、南米起源と言われる荘重な「サラバンド」、イタリア生まれのリズミカルな「ジーグ」を経て、「シャコンヌ」で閉じられます。最後の「シャコンヌ」は「ジーグ」までの4つの楽章全体の長さに匹敵する規模をもち、独立して演奏されることもある有名な楽章です。「シャコンヌ」という舞曲は変奏曲形式で作られることが多いのですが、この「シャコンヌ」も8小節の主題に続いて、34もの変奏が続くという構成を取っています。

ジョージ・フレデリク・ヘンデル

  • オラトリオ《メサイヤ》

《メサイア》を上演中の歌手達と
ヘンデル
有名な「ハレルヤ・コーラス」はこの作品の一部です。オラトリオというジャンルはキリスト教の教えを題材とした声楽曲で、オペラにも似ていますが、登場人物には演技が求められていない点でオペラとは異なります。「メサイア」とは「救世主」の意で、つまりキリストを指しており、キリストの生涯を辿りながら、キリスト教徒たちに信仰心を深めるよう説くという内容をもっています。オラトリオではふつう、登場人物が出てきて、対話を交わす場面があるのですが、この《メサイア》では登場人物が現れず、台本は聖書から取られています。楽器編成ですが、ソプラノ、アルト、テノール、バスの独唱者と合唱、弦楽合奏、オーボエ、トランペット、ティンパニによって演奏されます。

全体は3部からなっており、最初の第1部はキリストの生誕を描いていきます。最初の序曲はやや悲しげで、キリストの苦難を象徴するかのようですが、第1部の音楽は晴れやかで陽気なものが多いです。とりわけ、キリスト生誕を祝うソプラノのアリア「喜べ、大いに喜べ」は、跳ねるようなリズムが救世主の誕生の喜びを表現していて印象的です。

第2部はキリストの受難、すなわち、当時の権力者たちからいかがわしい詐欺師として断罪されて、はりつけの刑に処せられ、人類の罪を一人で背負って亡くなるまでを描きます。したがって、非常に重苦しく辛い音楽が続き、十字架を背負って処刑場まで歩かされるキリストを群衆がはやし立てる場面を歌うアリアまであります。しかし、最後には晴れやかで堂々とした「ハレルヤ・コーラス」が歌われて、明るく閉じられるのです。


有名なオラトリオの自筆楽譜

最後の第3部は復活、つまり一度亡くなったキリストがその預言通りに復活したことを讃えます。とくに最後の「アーメン・コーラス」は、神を賛美するのに相応しい華やかさに満ちており、このオラトリオを閉じるのにピッタリな音楽になっていると言えるでしょう。