Back Stage Pass Guest

コンサートチューナー 程内 隆哉

「自分の大好きな演奏家が、自分の開発した楽器を演奏会で弾いて下さり、そして“よかったよ”と一言 言ってもらえる時、これがヤマハで働いている醍醐味です。」

「バックステージ・パス」では舞台裏でピアニストを支える方々にスポットを当ててご紹介していきます。第一回目は世界中で多くのトップアーティストの支持を集めてこられたコンサートチューナー「程内隆哉」さんに長年の苦労話や舞台裏のエピソード、そしてピアニストとの交流などをうかがいました。

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現場では自分ひとり。自分で考えて、調達して、自分で解決するしかない。あきらめたらそこで終わり。

 30年もやっていれば「事件」は尽きないけれど、最近で言えば2004年のシドニー・ピアノ国際コンクールです。使用するピアノを日本から運んだのですが、到着してみると楽器の屋根を下に梱包箱ごと倒されていて、すごい状態。屋根のゴム・ボタンの下にある木の部分が全部陥没しているんです。アクションを留めているネジも飛んでいるし、運搬途中に大変な衝撃が与えられたのだと思います。張力を維持する楔(くさび)も外れており、とても演奏に使える代物ではありませんでした。

 それから2日間の徹夜。。。(笑)一心で修理・調整しましたよ。どうにかコンクールに間に合わせました。現地にもう一台ヤマハはあったんですが、それはとても古く、コンクールには向いていなかったのです。日本から運んできたこのピアノでやるしかなかった。
 幸い、この楽器はコンクール本選まで残り、二人弾いてくれました。あきらめたらもうそこで終わり。そうすると、この年のシドニーはヤマハ不参加になったわけですよ。それって悔しいでしょ?せっかく行ったのに。。。フレームが割れているとか致命的なことになっていたら、もう仕方ないけれど、「自分に何かできるんじゃないか」「何とかなるんじゃないか」そう信じて動きます。アメリカでもベルリンでも、どこにいたって、その現場では自分ひとり、自分で考えて、調達して、自分で解決するしかないんです。お陰で、海外出張時の工具鞄は重量級です。何でも出てきます。

どんな状態であってもピアニストが現れた時点がスタート、音が出た瞬間、調律師は裸になります。

テレビカメラが横付け

 ピアノは前にどんなに悪い状態であったとしても、ピアニストがステージに現れた時点がスタートなんです。どれだけピアノの前の状態が良くても悪くても関係ない、ピアニストが音を出したその瞬間、調律師は裸、素っ裸ですよ。全部見通されます。隠すものは何もない。。。
 普通、コンサートは調律のために2時間くらいの予定が組まれるのですが、この2時間に何をすべきかを考えるんです。最初からひどい状態の場合もある、逆にとても調整されていて楽な場合もある、だから自分がそこで何をすべきか考えます。ピアニストが現れて弾き始める、頃あいを見計らって「いかがですか?」とお尋ねします。リハーサルは絶対に聴いています。気になった音は全部覚えておき、最後の調整で手を加えます。

 

 舘野泉先生などは何もおっしゃられません。「あいつは言わなくても全部直しておく」と高くくっていらっしゃる(笑)。 何も言われないということはとても怖いですよ。 
 フォーカスするのが僕の仕事です。「音」って言うのはピアノそのものの音だけでなく、ホールの響きが半分、ピアノの響きが半分。だからホールの響きに合わせて調律する、それがフォーカスするということ。組み合わせは無限大です。それをピアニストが「いいね!」と言ってくれれば次にも声をかけてくれるし、何も言われない、不満が残ったりしたら、二度と声はかかりません。
 コンサートは生き物ですから、ピアノの調整だけやっていれば良い訳ではない。その場で足りないものは埋めていかなくてはならないから、本来ステージ・マネージャーがやるようなことにも手を出すことはあります。万事うまくいって当たり前ですからね。共演者の譜面台を用意したり、譜めくりをしたり、色々ありますよ(笑)。苦労があったとしても、それはすべて勉強ですね。

2009年3月 三浦友理枝さんの公演

ただのファン、すべてそこから始まっています。

 アメリカ駐在を終えて、日本に戻ってから浜松の特器工場でしばらく整音を担当し、東京に異動しました。全然畑違いだけど、都内の特約店を4年ほど担当し、現在のアーティスト・サービス東京に至っています。
  試作の開発も担当しているので、特に日本の若手ですばらしいピアニストにもどんどん弾いてもらうようにしています。清塚信也さんや三浦友理枝さんなどは何度も浜松の工場にいらしていただき試弾してもらっていますし、コンサートの本番やレコーディングなどでもよくヤマハを使用して頂いています。
  海外から来られたピアニストとも色々交流はありますが、印象的だったのはアシュケナージさん。2004年からNHK交響楽団の音楽監督をされていましたが、その時に挨拶に行きました。
以前から面識? いえいえ、全くありませんよ。まるっきりの初対面(笑)僕はただのファンです。すべてそこから始まるんです。広報部がアシュケナージさんの何か写真の使用許可をいただくためにN響に行くので、通訳として同行してほしいと頼まれ、ついていきました。それが最初。
 以来、急速に親しくなり、ピアノの開発やらなんやらで、本当に力を貸してもらっています。N響が創立80周年記念演奏会でスクリャービンの「プロメテウス Op.60」を演奏することになり、アシュケナージさんはオリジナルに忠実に演奏したいと考えられたんですね。色光ピアノというキーボードでこの音は何色、この音は何色。。。と楽譜に示してあり、「ヤマハさん、協力してくれない?」と相談を受けました。
 それで本社に掛け合って、キーボードと色を操作するコンピューターとのインターフェイスを開発しました。本番はNHKホールで、LEDの巨大スクリーンを使い成功に終わりました。この時、おそるおそる「ヤマハのピアノも使ってもらえたらうれしいなぁ」とお尋ねしたら、「ピアニストのペーター・ヤブロンフスキーさんがOKなら構わないよ」とアシュケナージさんは言ってくれ、本番前にNHKホールのピアノと選定比較をされました。結果、ヤブロンフスキーさんはヤマハを選んで下さった。その後、NHK交響楽団から表彰されました。本当にうれしかったです!!!

新しい銀座のヤマハが楽しみです。これはアーティスト・サービスにとって大きな前進になります。

 その後、思わぬ展開が出てきて、色々なアーティストと関係を紡いでいった結果、海外でそのアーティストのみなさんが「最近のヤマハの音、すごいよ。」とか「こんなのがあるから一度弾いてみなよ」とか話題にしてくださるようになって、「日本に行ったらホドウチと言う変なチューナーがいるから訪ねてみろ」とか言ってくれるんですね。(笑)その繰り返しで広がっていきました。 僕はただのチューナーだから何か「売り物」がないと、なかなか関係を作りにくい。だからどんどん試作のピアノを弾いてもらって評価をいただいています。みなさん喜んで試してくれます。
 来年2010年には銀座に新しいヤマハビルがオープンします。これは「アーティスト・サービスにとって大きな前進になる」と、とても期待しています。練習がてらピアノの試弾評価もしていただけます。何より日本に行ったら「銀座のヤマハ」に行くのが習慣の音楽家が多いので、お店と共にアーティストを迎えられるのは大きいです。

 えっ? この仕事をやっていてよかったと思う瞬間ですか?
自分の大好きな演奏家が、自分の開発した楽器を演奏会で弾いて下さり、
そして「よかったよ」と一言、言ってもらえた時です。これがヤマハで働いている醍醐味です。

座右の銘ですか? うーん、なんだろうなぁ。。。でもこのメモをいつも持ち歩いています。アメリカの教会でトランペットを時々吹いてた時に、牧師さんから頂いたカードに書かれていた祈りの訳です。

神よ、変えることの出来ないものを受け入れる潔さ、変えることの出来るものを変える勇気、そして両者の違いを見分ける智恵を、私達にお与え下さい。< ラインホルド・ニーバーの祈りの詩 >

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