“演奏経験の原点”の場に戻って、闊達なピアニシズムで魅了/小川典子ピアノ・リサイタル

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“演奏経験の原点”の場に戻って、闊達なピアニシズムで魅了/小川典子ピアノ・リサイタル
音楽ライターの眼
“演奏経験の原点”の場に戻って、闊達なピアニシズムで魅了/小川典子ピアノ・リサイタル
2017.8.7
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特別な思い出のつまったホールに立つと、演奏者の気持ちは自ずと高まるようだ。

この日の小川典子は、1曲目のモーツァルト「ピアノ・ソナタ第3番」から、実に伸びやかに演奏。左右の手が楽しげに対話したり歌ったりしながら、一気に進行していく。後半になるにつれ、よりパワーがみなぎって、第3楽章では装飾音やトリルの華やいだ音もエネルギッシュに響く……。

イギリスと日本を拠点に国際的な活躍を続ける小川にとって、ヤマハホールは、桐朋学園の「子供のための音楽教室」に通っていた小学時代から「憧れの場所」だったそうだ。成績優秀者はここで演奏できるからで、念願かなった小学3年生から高校時代まで、実技試験やコンクールなどでも演奏を重ねた「演奏経験の原点」だという。そんな興味深いメッセージが、プログラムにサイン入りで書かれていた。旧ホールでの思い出だが、2010年のリニューアルオープン以来初のリサイタルとあって、当時、ホールで演奏したピアノ曲を選んでの登場。そして、まるで母校での凱旋パフォーマンスのように、屈託のない晴れやかな演奏が終始続くのだった。

2曲目のモーツァルト「ピアノ・ソナタ第11番 トルコ行進曲付き」も、ピアノを習う人にはおなじみ、発表会の定番である。この世の春を彷彿するきらきらとした美しい響きに、時折愁いが見え隠れしながら展開していく。第2楽章では右手がよく歌い、生きる歓びが伝わってくる心地がした。抑揚を大きくつけるも自在なコントロールでムラがなく、締めの「トルコ行進曲」は、もはや前進あるのみ。快進撃が実に痛快であった。

“演奏経験の原点”の場に戻って、闊達なピアニシズムで魅了/小川典子ピアノ・リサイタル

休憩を挟んで、後半もダイナミックな演奏は変わらず、なお一層エネルギッシュに。

リストの「ラ・カンパネラ」では、右手のオクターブ奏法で鐘の音を表現するが、鍵盤の高音域で実に高らかに鐘が鳴り続け、鈴に似た響きまで醸すほどの圧倒的なサウンド。

高校1年のコンクールでこの曲を演奏したとき、弦がなんと4本も切れた武勇伝の持ち主であることに、すんなり納得だ!トップバッターで、演奏開始直後にメンテナンス休憩となったそうだ。しかし、幼小から音量が豊かだったわけではなく「典子ちゃんのピアノには弱音器がついてるのかしら」と先生に言われたほどだったと聞くから、工夫して「よく鳴る術」を身につけた末の賜物である。十指それぞれがキーの真っ芯を捉え、快音を響かせる。ジャストミートでホームランをブッ放す大リーガーに通じるものを感じる。決して、力任せではない。

そんなわけで、続くブラームスの「6つの小品より 第2番 間奏曲」も、締めのシューマン「幻想曲ハ長調」も繊細な色彩に終始するような演奏ではなく、美しくロマンチックな表現を生かしながらも、闊達なピアニシズム。特に、「幻想曲ハ長調」は聴き応えがあった。ベートーヴェンへのオマージュに、後に妻となるピアニストのクララ・ヴィークへの熱い思いを溶かし込んだ曲だ。許されぬ愛、絶望の淵に立たされても、やがて日の目を見て、晴れ晴れと勝利宣言。そして、まるで声量豊かなオペラ歌手のアリアを聞いているかのような、スケール感のある演奏に包まれてフィナーレを迎えたのだった。

アンコール曲はサティの「ジュ・トゥ・ヴ」。ロマンチックな余韻に浸りながらサイン会を待つファンの前に、颯爽と現れた小川はとても満足気な表情。舞台裏では「今日は弦が切れなかったわ!」と笑顔で話していたそうだ。さすが、ベテランの貫禄だ。

“演奏経験の原点”の場に戻って、闊達なピアニシズムで魅了/小川典子ピアノ・リサイタル

原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍『200DVD 映像で聴くクラシック』『200CD クラシック音楽の聴き方上手』、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」ほか。
Lucie 原納暢子

 

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文/原納暢子
photo/Eriko Inoue

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