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  • フランス/Fête de la Musique(音楽の日)

「パリ中が息をするように歌い、踊る『日常の音楽祭』とは」

フランス現地レポート ~前篇~2014.04.28

西部沙緒里氏
西部沙緒里はたらくミュージシャン協会(はたミュー)
発起人・共同代表/ヤマハおとまち パートナー
20-50代からなる“音楽エンターテインメント社会人集団“、はたミュー。「音楽に参加する楽しさを広げ、音楽の担い手を世界にふやす」をミッションに活動、全ての市民音楽家のコミュニティー・プラットフォームとなることを夢見る。自身は都内の広告会社で勤務しながら、「音楽」・「群馬」を二大テーマに各種プロジェクトを展開、群馬県人会理事も務める。執筆参加に、『地域を変えるデザイン』(英治出版/2011)WEBサイト(http://www.worklifemusic.org

パリ中が、息をするように歌い、踊る。「フェスティバル」ではない、街に日常に"拡張"する音楽

日本だけでなく、世界のあらゆる場所で、音楽とヒトのすてきな関係が生まれています。前後篇の前篇となる本稿はフランス・パリで年に一度だけ出合うことができる、すばらしき「日常の音楽祭」を巡る一日の記録です。
暮らしのリズムで、街に寄りそって、音楽がそこにある至福
この日、パリで見たものは、私たちが思う「音楽祭」や「イベント」の概念だけでは表し尽くせない世界でした。なぜなら、フランスの人々にとって、それは日々の中に、当たり前のように"ある"ものだったから。

なにげない道端で、レストランの軒先で、住宅街の一角で。あらゆる種類の音楽と人が、あるところでは熱狂し、またあるところではストリートのBGMとして、街にすっかり溶け込んでいる。一切の統一性はないけれど、その雑多で多様なものの一つひとつが、まさに、この音楽の日を形づくっていました。
"国家プロジェクト"のスケール感と、30年の歳月が重ねたもの
Fête de la Musique(邦題:「音楽の日」)は、世界でも草分け的な存在の、もっとも歴史ある市民音楽祭の一つです。遡ること32年前の、1982年。当時のジャック・ラング文化相の鶴の一声で、任命されたモーリス・フルレ氏(音楽及び舞踊局長)が立ち上げを担ってから、今やグローバルに波及し、世界中の各都市で開催されています。

本国での開催日は、毎年の6月21日=夏至の日。「一番長く外で音楽を楽しめる日に、国中で夏の訪れを祝おう」との意味が込められたそうで、粋な計らいです。

「音楽は全ての人のもの」。これが、Fête de la Musique の基本精神。6月21日のパリでは、誰もが演奏家になれて、あらゆるジャンルの音楽を、あらゆる場所で披露できることとなっています。中でも屋外や、普段音楽がない空間での演奏が推奨され、公園、広場、ストリートはもちろん、近年は美術館、病院、刑務所などといった場所でのパフォーマンスも行われています。

もう一つの特徴として、この日の演奏は、入場料を無料にしなければならないとされています。プロもアマチュアも、路上演奏からホールコンサートまで、誰もが無料で行い、全ての人がハードルなく参加できることが条件。これらの指針が当初から貫かれ、今日のFête de la Musique は、世代、民族、国境を越え、文字通り「全ての人のもの」が体現された催しとなっています。
音×場所×ヒト=無限大。同じ一日を経験する人は、ただ一人もいない
左京泰明氏 佐藤雅樹氏
さて、市役所で無料のガイドブックをもらい、一日が始まります。
意気込んで午前中から出発してみたものの、そこは平日の金曜日。日中の街はがらんとして、これから何事か起こりそうな気配はまるで感じられません。

なおその朝、ホテルの人に「おススメの回り方」を聞いていたのですが、返ってきた答えは「うーん、特にないわ(笑)。フィーリングで好きなところに行ったらいい。今日はそこらじゅうが音楽で埋め尽くされて、音が聴こえない場所にいることの方が難しいから」。朝方のこの話と、実際の街とのギャップに、いささかの不安がよぎります。しかし後から、これがいかに的を射たコメントだったかと、深く頷かされることになるのでした。

気を取り直し、パリ在住10年超の友人の協力を得て散策再開です。道すがら、無造作に置かれた楽器や設営途中のステージ、リハーサル中の人や談笑しながら待つ人・・・。閑散としていた街も、夕刻が近づくにつれ、みるみる活気を帯びてきます。

とある道端での、サックス&カホンの二人組による会話のようなさりげないセッションを皮切りに、いよいよ、様々な音と出合い始めます。そこから先は導かれるまま、少し行ってはビストロの軒先で立ち止まり、また少し行っては聴衆の人だかりに吸い寄せられ・・・のくりかえし。

それもそのはず。分厚いガイドブックに所狭しと並ぶ出演者に、非公式や個人の演奏を合わせれば星の数ほどのパフォーマンスが、20個ある市街区の津々浦々で、パリの夜長を同時多発に起こって行くのです。実際に全会場、全ての演奏を「網羅」することは不可能。今回の滞在で体験した一日は、その全貌の氷山の一角にしか過ぎないのでした。

余談ですが、ガイドブックのスケジュールは必ずしも正確ではなく(笑)、オンタイムを目指して行ったのに何も行われていなかった...というのも、全く珍しくない、パリらしい一コマ。リピーターのパリジャン達は、毎年のこの日、そうした(ハプニングも含めた)一期一会の出合いをおおらかに楽しみながら、音楽の日に参加しているようでした。
本当の「多様性」について、音楽が私たちに教えてくれる
左京泰明氏 佐藤雅樹氏
Fête de la Musique の体験を一言で表すなら、まさに「多様性のるつぼ」。まずは、音楽のジャンルです。例えば、夕暮れ時に居合わせたエッフェル塔対岸のシャイヨー宮では、ジャズ、シャンソン、フォークにラテンに民族音楽...と、趣の異なる数グループが同時に演奏を繰り広げ、人々は乱舞し、宮殿全体が音の洪水のよう。さらにおもしろかったのは、一見極めてカオスな空間も、その場を思い切り楽しむ人達の一体感からか、不思議な調和が生まれていたことでした。

ジャンルのみならず、参加者層の幅広さも特筆すべき点です。演者で言えば、モダンな教会で合唱していた可愛らしい子ども達から、超ミニスカートでノリノリ、迫力のおばさまバンドまで。言うまでもなく、人種や言語だってさまざま。日本人ミュージシャンもいました。かたや参加者も、キッズ、ベビーカーの家族、学生、デート中のカップル、背広のビジネスマン、年配のおじいちゃんおばあちゃん...。どの会場にも必ず、老若男女が混じりあっています。

高校生のハードロックをうれしそうに聴く老夫婦、渋めのジャズに上機嫌で駆け回る子どもの姿なども目の当たりにして、究極的には、人が音楽を純粋に楽しむということに、ジャンルや演奏のクオリティは必須要件ではないのかもしれないと、認識を新たにした一日でした。
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