AN-X音源の神髄に迫る

AN-X音源とは

「AN-X音源」とは、アナログシンセサイザーの温かみ・太さ・うねりといった微細な振る舞いまでを、すべてデジタルで完全再現したバーチャルアナログ音源です。リアルなビンテージサウンドからエッジの効いた過激なサウンドまで、幅広い音の表現ができる、伝統と革新の要素を併せ持った新世代のAN音源です。2023年10月に発売された「MONTAGE M」用に新開発されました。

「AN-X音源」は、3つの「オシレーター(OSC)」、と「ノイズジェネレーター(Noise)」、「Modifer」、2つの「Filter」、「Amp」で構成されています。各オシレーターにはPulse Width、OSC Self Sync、Wave Shaperといった波形コントロール機能が備わっており、自由度の高い音づくりが可能です。さらに、オシレーター3(OSC 3)は、オシレーター1(OSC 1)とオシレーター2(OSC 2)をFM方式やリングモジュレーション方式で変調できるほか、各オシレーターの出力先をFilterの前後に設定することもできます。

  • AN-X音源の概要

ヤマハのバーチャルアナログ音源(デジタル回路でアナログシンセのシミュレートをおこなう音源)の歴史は1997年発売の「AN1x」まで遡ります。当時のシンセサイザーといえばPCM方式(楽器音をサンプリングして再生するタイプのシンセサイザー。ヤマハではAWM音源と呼ぶ)が主流でしたが、PCM方式のシンセサイザーが飽和しつつある市場に一石を投じた「AN1x」は現在でも名機として語り継がれています。この「AN1x」でデビューしたバーチャルアナログ音源のAN音源は、翌1998年発売された「EX5」、2001年発売のデスクトップ型の「AN200」、同じく2001年発売のMOTIFシリーズには、拡張プラグインボード「PLG150-AN」としてリリースされ、そして2015年の「reface CS」に搭載されてきました。

一方、バーチャルアナログ音源にはAWM音源にはない難しい点があります。AWM音源ではサンプリングされた波形を読み出して加工するため、OSCで生成する波形をメモリーにあらかじめ記録しておけば良いのですが、バーチャルアナログ音源では、OSCで発生する波形をリアルタイムに生成する必要があり、AWM音源の数十倍~数百倍の演算量を必要とします。1990年代後半の「AN1x」開発当時のDSPでは演算能力が十分ではなかったため、満足のいく仕様にできなかった点がありました。

「MONTAGE M」では「AN1x」に搭載されたものより格段に強力なDSPを搭載することが決まり、AN1x当時の演算能力の制約が取り払われました。そこで新たな発想でヤマハのバーチャルアナログ音源を再構築したものが「AN-X音源」なのです。

  • MONTAGE MとAN-X

基本構造

「AN1x」から25年以上の月日を経て、全く新しいバーチャルアナログ音源であるAN-X音源を市場に投入するには、それなりのインパクトが必要であったため、ヤマハらしさを保ちながら革新的な機能を搭載するという点にフォーカスしました。DSPのパワーアップで「AN1x」では実現できなかった凝った機能を搭載できるようになったものの、それでもDSPの演算能力には限界があります。その機能の演算能力を確保するためにポリフォニック数を減らすという選択肢もありましたが、ヤマハの伝説のアナログシンセ「CS-80」(1977年)を目標にするためには16音のポリフォニックは譲ることはできませんでした。

さて、AN-X音源の波形を生成するユニットは、3 OSC+Noiseという構成になっています。3つあるOSCはすべてSaw2種、Square、Triangle、Sineの5種類から選択できるようになっており、Noiseもホワイトノイズを中心にピンクノイズ系からブルーノイズ系までをカバーするOSCが搭載されています。

このOSC1とOSC2はOSC3の波形でFMとリングモジュレーションが掛けられるようになっています。

また、「AN-X」のOSCセクションに搭載されている「Pulse」というパラメーターは一般的なアナログシンセにおけるSquareのパルスウィズに相当するパラメーターなのですが、AN-X音源ではSaw、Triangle、Sineでも機能するように作られており、非常に幅広い音作りが可能になっています。

  • ESP(Expanded Softsynth Plugin for MONTAGE M/MODX M)の画面

エンベロープやLFOはプラグインのソフトウエアシンセサイザーにありがちなマトリックス構造やアサイナブル方式ではなく、Pitch、Filter、Ampといったセクションごとに用意されており、複雑なルーティングをしなくても音作りが可能になっています。マトリックスやアサイナブル方式だと、「Aという音色ではLFO1をFilterにアサインしているが、Bという音色ではLFO2をFilterにアサインする」といったことができてしまうため、後でLFO1のデプスをノブにアサインしてコントロールした場合に、音色を切り換えると意図しないパラメーターが変化してしまうということになりかねません。その点「AN-X」ではセクションごとに個別に用意されているのでそういった心配からも解放されます。

特筆すべき点として、3つのOSCそれぞれが個別のエンベロープとLFO(OSC EG, OSC LFO)を搭載していることです。一般的なアナログシンセサイザーでOSCにエンベロープを施した場合、ピッチエンベロープをコントロールすると想像できますが、AN-X音源ではピッチエンベロープ用のエンベロープおよびビブラート用のLFOはPitchのセクションに装備されており、そちらを使用する仕様になっています。ではこの「OSC EG」および「OSC LFO」は何に使用するのかというと、OSCセクションにある「Sync」「Pulse」「Shaper」の3つに使用できるエンベロープとLFOとして存在しています。波形の有機的な変化をコントロールしながら別途用意されているPitchのセクションのエンベロープでピッチエンベロープをかけることができるというさりげなくインテリジェンスな構造を持っています。

Navigation画面に表示されるAN-Xセッティング

OSCサウンドへのこだわり

AN-X音源のOSCの基本波形を生成するにあたり、「AN1x」とは異なる新しい手法がいくつか検討され、最終的に2つに絞られました。実際に音として両者のSawを聞き比べると、一方は純粋で澄んだサウンド、他方は力強く太いサウンドで、どちらも捨てがたいという判断で、2つのSawを出せる手法に落ち着きました。OSCの波形にSawが2つあるのはこのためで、純粋で澄んだサウンドのSawがSAW1、力強く太いサウンドのSawがSAW2になります。

  • 本体サブディスプレイに表示される波形形状

「CS-80」を内包するようなシンセサイザーエンジン

基本構造で説明したOSCのFM変調やリングモジュレーションに加え、AN-X音源ではもうひとつこだわりのルーティングがあります。Noiseも含むすべてのOSCには「Connect」というパラメーターが用意されており、これをFilterにするかAmpにするかを選択できるようになっています。通常はすべてがFilterを通るように設定されているのですが、フィルターに過激なセッティングを施している場合などは一部のOSCだけFilterをバイパスして音作りができるのです。「CS-80」ではアンプセクションの前段にSineのOSCボリュームとフィルターセクションからの入力を調節するフェーダーがついているのですが、まさにこれを再現したような機能として使用することができます。

  • ブロック図のこのラインがCS-80の赤枠のスライダーに相当する

この他にもフィルターのエンベロープ構成に関する部分にも「CS-80」へのリスペクトが垣間見られます。近年のバーチャルアナログ系シンセサイザーでは1音色に対して2つのフィルターを搭載しています。LPF(ローパスフィルター)とHPF(ハイパスフィルター)を直列または並列で構成している製品が大半で、さらにこの2つのフィルターに対して独立したエンベロープを設定できるタイプが多く存在します。そんな中でAN-X音源ではフィルターこそ2種類(Filter1とFilter2)搭載していますが、エンベロープは共通です。これは「CS-80」と同じ仕様で、当時の音作りを再現できるほか、音作りのやりやすさという点からも優れています。

厳密に言うと「CS-80」ではHPF→LPFの順に接続されているので、AN-XのFilter1=LPF24、Filter2=HPF24が初期設定になっているのは反対になってしまいますが、Filter Typeは自由に選択できるので、こだわりたい方は入れ替えてみるとよいかもしれません。ただし、デフォルトのカットオフ値の設定はFilter1が最大値(1023)、Filter2の方が最小値(0)のため、ほとんど音が出ないところ(Filterでカットされているため)から音作りを始めなければいけない点にだけご注意ください。

フィルターは1から2の順で接続されている

パラメーターの連続性と革新的な機能

AN-X音源では、各パラメーターの挙動をオン/オフも含め、できる限り連続可変にする点にもこだわりを持っています。例えばOSCシンクの場合、一般的なシンセサイザーでは、シンクの深さを決めるパラメーターとは別に、シンクをオン/オフするパラメーターがあり、シンクをオンにしないとシンクの効果が現れません(「AN1x」でも同様でした)。AN-X音源では2つのパラメーターを「Sync」という1つのパラメーターにまとめ、値が0では自動的にシンクがオフ(OSCの波形そのもの)になり、0より大きくなると自動的にシンクがオンになって、最大4オクターブ上の周波数まで可変できるようにしています。こうすることで、シンク無しのサウンドからシームレスにシンクサウンドに移行できるのでSyncパラメーターを変調するOSC EGとOSC LFO、スーパーノブやモーションシーケンスなどのコントロール系と組み合わせることで効果的なサウンド変化を得ることが可能になります。

Syncはオシレーターごとに設定できる

また、通常はOSC1をOSC2の周波数にシンクするといった使い方が一般的なため、OSC2の音そのものを使用しない音作りが多くなりがちですが、AN-X音源では他のOSCの周波数に同期させるのではなく、個々のOSCの内部で周波数を同期させる仕組みになっています。これによって3つあるOSCすべてに個別のシンクサウンドが設定可能という強力な仕様を生み出しています。アナログの電子回路では物理的にシンク用のOSCを用意しなければいけませんが、デジタルであれば計算で対応することが可能です。まさにバーチャルアナログならではの機能といえるでしょう。

もうひとつAN-X音源ではフィルターセクションの前にModifierというセクションを設け、Wave Folder機能を搭載しています。このWave Folderとはギターエフェクターのディストーションに似た機能で、ディストーションの場合は閾値以上の波形をクリッピングしてSquare的な音にしてしまうのに対し、Wave Folderでは波形を折り返して歪ませます。ディストーションでは濃くかけ過ぎるとブザーのような音になってしまいますが、Wave FolderではFM変調にも似たシンセサイザーらしい歪み感が得られるので、少し攻撃的なサウンドを作りたいときに重宝します。また、このModifierセクションにも独自のエンベロープとLFOが搭載されており、効き具合の時間的な変化やベロシティーによるコントロールなども可能です。

Wave Folderのイメージ図

アナログシンセを再現するVoltage DriftとAgeing

AN-X音源のもうひとつの売りは、リアルなアナログ感をシミュレートする「Voltage Drift」と「Ageing」というパラメーターです。Voltage DriftはOSCのPitch、Filterのカットオフのばらつき具合(Ageingの影響も受ける)を、Ageingは機種(アナログシンセと想定した場合)の古さ/新しさに応じた周波数特性やOSCのPitch、Filterのカットオフ、エンベロープジェネレーターにおける時間のばらつき具合を調節するものです。単純にピッチが上がる/下がるだけではなく、実際のアナログシンセの回路素子のばらつきや、制御電圧の揺らぎなどを考慮した設計が施されており、アナログシンセ特有のあたたかいサウンドを演出する重要な要素になっています。

この2つのパラメーターはデフォルトで既にある程度効いた状態に設定されており、純粋なSineやSawのみを再生した状態でも若干の揺らぎを伴ったサウンドが出力されます。この揺らぎ具合については、単純に数値をずらしただけということではなく、多くのプロミュージシャンに開発協力をいただいた際に導き出された「気持ちの良いサウンド」に設定されており、まさにAN-X音源のキャラクターに相当する部分でもあるのです。

OSC Reset、Voltage Drift、Ageing

この揺らぎに関してですが、ピッチの揺らぎはOSC3を基本に、OSC1が上側に、OSC2が下側にずれるように設計されています。決してOSC3がずれないということではなく、あくまでOSCごとのピッチ平均値を測った場合に高い方から1、3、2の順で並ぶという意味です。3つのOSCをディチューンさせて音色を作成する場合は、OSC3を真ん中にして上下に1と2を配置した音作りにした方が、Voltage DriftとAgeingを濃くした場合には順当にディチューンの幅が大きくなるように動作するので、この仕組みを覚えておくといいかもしれません(ディチューンが効かなくなる音痴感も面白いですが…)。また、複数パートを使用して音作りを行っている際に、「パートごとのOSCピッチはそろっていてほしい…」すなわち「ピッチが揺れても良いがディチューンにはならないでほしい…」という場合には、OSC ResetのパラメーターをTuneに設定すれば、3つのOSCがそろって揺らぐようになるので、音作りのヒントとして覚えておくと重宝します。

  • OSC Resetのパラメーターがオシレーターのピッチにどのように影響するかを示した図

「MONTAGE M」ならではの音作り

ここまでAN-X音源の特徴を述べてきましたが、やはり「OSCごとに異なるピッチエンベロープを施した音作りを行いたい」といった場合には「MONTAGE M」の別パートにAN-X音源を配置し、パフォーマンス全体をAN-X音源と捉えて音作りをすることでさらに自由度の高い音色作成が行えます。「MONTAGE M」では本体全体で16音までAN-X音源の音を再生できますので、4音ポリフォニックでよければ4パートレイヤーで使うことが可能です。

4パートにAN-X音源をアサインする

例えばOSC1~3をパートの1~3で再現し、Noiseをパート4で再現すれば、それぞれのOSCに個別のピッチエンベロープ、フィルターエンベロープ、アンプエンベロープを設定できますので、音作りの自由度が格段に増します。

また、ESP(Expanded Softsynth Plugin for MONTAGE M/MODX M)を使用すると、AN-X音源の信号の流れを視覚的に捉えやすくなります(ぜひお試しください)。特に右上のOSCセクションの部分は、OSCごとのアウトプットレベルまでの間にどのようなモジュレーションが加わるかが一目瞭然です。もちろん「MONTAGE M」本体のNavigationボタンを押したときに表示されるブロック図を参照していただいても構わないのですが、ESPの方がパラメーターごとの関係性がわかりやすいかもしれません。

  • ESP画面上に表示されるAN-X内部の信号の流れ

AN-X音源はおよそ半世紀前に始動したヤマハにおけるアナログシンセサイザーへの情熱を、最新のデジタル技術を使い、さらなる高みへと押し上げる画期的な音源に仕上がっています。実際には「MONTAGE M」の一部としてコンパクトに収められていますが、すべてのパラメーターをノブで操作できるようにすると、「Superbooth25」(電子楽器・モジュラーシンセの見本市)に参考出展されたシンセサイザー「MONTAGE M」用のハードウェアプログラマー「PG-ANX」ほどの大きさが必要になります。

  • ハードウェアプログラマー「PG-ANX」

1977年の発売当時の価格で1,280,000円の値をつけた「CS-80」を内包し、FM変調、Wave Folder、エンベロープとLFO付きの「Sync」「Pulse」「Shaper」など、革新的な機能を追加して登場したAN-X音源は、その機能、価値、サウンド、すべてにおいてヤマハが自信を持ってお届けできるバーチャルアナログシンセサイザーなのです。

関連情報

  • ヤマハ シンセサイザー MONTAGE Mの製品情報を確認する
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