INTERVIEW

AVENTAGE - 開発者インタビュー AV Preamplifier CX-A5100 × Power Amplifier MX-A5000 - 加納 真弥 楽器・音響開発本部 音響開発統括部 AV開発部 ホームシアターグループ技師 / 湯山 雄太 楽器・音響開発本部 音響開発統括部 AV開発部 ホームシアターグループ主任※インタビュー時

AVENTAGE初のセパレートAVアンプ「CX-A5000」(AVプリアンプ)と「MX-A5000」(11chパワーアンプ)のデビューから2年、CX-A5000の後継機種であるAVENTAGEセパレートシリーズの新型AVプリアンプCX-A5100が発表されました。デザインや基本構造はCX-A5000を踏襲したCX-A5100だが、実はほとんどの回路基板が新たに設計され、Dolby Atmos®など最新の3DサラウンドフォーマットとシネマDSP HD3との掛け合わせ再生にもいち早く対応するなど、まさにフルモデルチェンジの進化を遂げています。そこで今回は、CX-A5100のチーフエンジニアである加納真弥さんと、シネマDSPプログラム担当として新しいシネマDSP HD3を実現に導いた湯山雄太さんのお二人を浜松のヤマハ本社に訪ね、その開発の経緯と新たに加わった魅力についてお話を伺いました。

お客様がつねに最新・最高を楽しめるセパレートAVシステムを

楽器・音響開発本部 音響開発統括部 AV開発部

ホームシアターグループ技師

加納 真弥

2年前にCX-A5000とMX-A5000のコンビが登場したとき、「22年ぶりのヤマハ製セパレートAVアンプ」ということで話題を呼びましたよね。その22年前のモデルというのはAVC-3000DSPとAVM-3000(いずれも1991年発売)のコンビで、セパレート型のAVアンプはこれが世界初だったと言われていますが、実はヤマハのセパレート機はこれが唯一で、その後はZ9にしろZ11にしろ、むしろ一体型にこだわってきたような気がします。新製品のお話を伺う前に、まずはAVENTAGEセパレートシリーズ登場の経緯といったあたりから聞かせていただけますか?
加納
おっしゃるとおり、ヤマハのフラッグシップAVアンプは一体型のAVX-2000DSP(1990年)以降、AVC-3000DSP/AVM-3000を除いてはDSP-Z11(2007年)までずっと一体型でやってきました。Z11は11.2chと世界にも類を見ない3次元音場処理技術を一体型の筐体に入れ込むという挑戦を行い、お客様から高い評価も頂きました。が、その数年後からの世界的な市況の変化やHDMI・ネットワークの進化のスピードが加速するなど、フラッグシップ後継機種の開発を長く断念せざるをえないことが続きました。
AVアンプは新しい映像や音声のフォーマットに次々と対応していかなければならないでしょう。フラッグシップと言えども、同じものをあまり長く売り続けるわけにはいきませんからね。
加納
そうなんです。一体型の普及機はどんどん進化していくのに、フラッグシップが置き去りになってしまう。Z9やZ11をご愛用いただいているヤマハファンのお客様に対して申し訳ない、この現状を何とかしたいという想いがずっとあったわけです。しかし、仮にフラッグシップ機を2年ぐらいの周期でリリースできたとしても、60万円以上するZ11のような高額製品をそんな頻度で買い換えていただくのは合理的ではありません。で、ちょうどその頃、4桁品番の準フラッグシップのシリーズが構造を全刷新したフルモデルチェンジすることになりまして……。
現在のAVENTAGEシリーズのことですね?
加納
はい。AVENTAGEはパワーアンプのチャンネル数が異なるモデルの設計を共通化したり、将来チャンネル数が増えても対応しやすいように各回路ブロックの共通性を意識したプラットフォーム設計を取り入れています。この考え方をさらに推し進め、将来AVプリアンプにも転用できる構造設計にしておいたのです。共通部分は音質・性能・将来性の観点から徹底的に作り込み、あとはパワーアンプの代わりに出力基板をプリアンプ専用として開発すれば、お客様の期待する高付加価値なフラッグシッププリアンプができるのではないかと。
なるほど。それならゼロから作るより開発期間も短縮できるでしょうし、それぞれの開発で得た新技術や新機能も互いに活用できそうですね。
加納
はい。このプラットフォームであれば、フラッグシップセパレートだけでなく一体型のAVENTAGEも共に進化させられますので、良いものを持続的に幅広いお客様へ提供できるな、と考えました。対して、セパレートのパワーアンプは機能的な進化に捕らわれる必要がなくなりますので、良いものを一旦作り上げれば長くお使いいただける製品として持続可能です。当初は「A3000番台の一体機のプリ部とパワー部をそのまま分けてより安く提供しては?」という意見もあったのですが、フラッグシップセパレート機はZ11クラスのお客様がターゲットですから、当然それを上回るものでなければなりません。そこでパワーアンプにはZ11の贅沢なシャーシと電流帰還型パワーアンプをベースに、全11ch同一パワー出力の達成や、それを支えるトロイダル電源トランスを採用するなど、Z11の資産を生かしながらしっかりしたものを開発し、プリアンプもそれに見合うクオリティを目指しました。
それでも値段はプリとパワーを合わせてもZ11より安いぐらいですから、セパレート機としては非常にリーズナブルですよね。一体機との共通設計を取り入れたことによるユーザーメリットは計り知れません。
加納
ちょっとバーゲンプライスだったかも(笑)。実はCX-A5000/MX-A5000を発売後、お客様から「このレベルの音ならもっと値段が高くても良かったんじゃないですか?」といったお言葉を頂きました。その言葉の裏には、高くていいからさらに上のクラスのものを作ってくれという意味を含んでいると思いますが(笑)、価格以上の価値を感じていただけたことは開発者にとって大きな喜びでした。我々にとってセパレート化の最大の目的は、AVプリを定期的に買い直していただいて、いつも最新・最高の状態で使っていただきたいという継続性の実現にあるので、お客様に買換えをお勧めできる価格帯を堅持しながらも、お客様の期待を超えて1クラス上の価格帯かと思うような高付加価値な商品を目指して開発しています。

ほとんどの回路基板が新設計されたCX-A5100

その意味で今度のCX-A5100、価格は多少アップしましたけど、ちょっと仕様を見ただけでも、中身の進化はそれどころではないぐらい凄いですね。聞くところによると、回路基板もほとんど作り直されているとか?
加納
はい。バランス出力端子の回路部を除いて、すべて設計し直しています。まず電子ボリュームデバイスを今回からAVENTAGE一体型と共にローム社との共同開発品へ変更しましたので、それに合わせてアナログのプリアンプ部を一新しました。また、電源部を3回路分離から4回路分離構成にすることでアナログトランスをオーディオ系専用電源としました。ネットワークモジュールもDSDを含めて高音質再生可能なジッター低減クロック搭載の新ヤマハモジュールにグレードアップしています。あとHDCP2.2対応などで映像系も一新し……。まさに「刷新」ですね。
そのあたりは、ほぼ同時にリリースされるAVENTAGEの一体機と同じ最新デバイスがすぐさま盛り込まれた感じですね。
加納
いや、ここでご注目いただきたいのはデバイスそのものより、デバイス変更や各種最新フォーマット対応で全面刷新するチャンスを活かし、前作のCX-A5000の開発を通じて得られた新しい音質改善手法を含めて細かな部分まで徹底的に追い込んだことにあります。たとえばD.O.P.G.コンセプトを支える3Dサーキットストラクチュアの基板レイアウト。これはデジタル基板に配置したDACからの信号を、下段のアナログオーディオ基板へ最短・直結で受け渡す基板ですが、プリントパターンの都合で真っ直ぐじゃなかった部分を直したり、DACのグランドをの補強するバスバーを通したり……。DACのデバイス自体はCX-A5000と同じ(ESS社のES9016S×2基)ですが、供給電源のローノイズ化や、レイアウトに余裕を取ってグラウンドをもっと綺麗にしようとか、とにかく徹底的にやりました。
ESSのDACも採用後3年目に入って、使いこなしのノウハウも蓄積されたのではないですか?
加納
だいぶわかってきましたよ、こいつが何者なのか(笑)。
具体的にはどんな感じなんですか?
加納
ひとつは電源に対しての感度がシビアで、電源の純度で大きく音が変わるデバイスだということ。もうひとつはジッター除去機能の使いこなしが非常に重要だという点です。ジッターの低減による音質の向上は2004年頃から他社に先駆けてヤマハが押し進めてきた高音質技術の一つで、Z11以降はウルトラロージッター PLL回路という形で進化を続けています。今回もこの部分の見直しを行い、ジッターリダクションの改善量を決めるウルトラロージッター PLL モードの3段階設定すべてで大幅な性能向上を果たしました。ジッターリダクションの追求は、実際には極めて職人的なノウハウが求められるところでして、ジッター改善効果を上げれば上げるほど急峻なクロックの変化で音が途切れてしまうという技術的なトレードオフとの戦いなんです。音途切れのリスクはクロック全体の構成・デバイスの癖・接続機器の癖の総合で決まりますので、高い接続品質を保ちながら音質効果も高めるのはものすごく骨の折れる仕事なんですよね。出荷時の設定はレベル1になっていますが、この時点でCX-A5000よりも大幅にジッター低減がなされています。そこからさらにレベル2、3とクロック精度を攻めていけるようにしてあります。
ジッターリダクションというのは、一般的に超低域のゆらぎまではカバーしないようですが、CX-A5100ではA5000と比べて最大4オクターブ下まで面倒見てくれるんだそうですね。
加納
具体的な数値は公表できないんですが、3種類の設定すべてで可聴帯域外までカバーしています。ちなみにレベル3ともなると、プロ用途のPA機器などで求められるクロック精度と同等のレベルまで改善されます。
プロ用機器のレベルですか……。ある意味、究極の領域ですね。
加納
そもそもそんな帯域に音楽信号ないじゃん、とツッコミを入れたくもなりますけど、実際に音が変わるんです。さすがに、レベル3では非常に高精細な音になるので、「音の正確性だけがすべてじゃないよね」と感じられる方もいらっしゃるとは思うんですが、フラッグシップを選ばれるお客様であれば、より多くの可能性の中からコンテンツや好みに合わせて選ぶことに喜びを感じていただけるのではないかと考えて解放しています。この機能は「苦労をしてでもお客様に最高の音を提供したい」という開発担当者の熱いハートが込められた音質技術の一つですので、是非使ってみていただきたいですね。
3種類が選べるDACのフィルター特性はCX-A5000と同じものですか?
加納
はい。同じものを使っています。密度感・メリハリ・輪郭重視の「シャープロールオフ型」、高域が滑らかで柔らかい聴き心地の「スローロールオフ型」、それから当社のDSPエンジニアが開発したヤマハオリジナルの「ショートレーテンシー型」の3種類です。このショートレーテンシー型というのは、シャープロールオフ型をベースに、シャープロールオフ型で理論上存在するプリリンギングを最小化して、よりアコースティックな鳴り方を目指して独自に設計したものです。どれかがベストということではなく、それぞれ3種類あるジッターリダクションとDACフィルターを組み合わせて音の違いを楽しんでいただけたらと。
それでも開発の当事者として、お好きな組み合わせというのはあるんでしょう?
加納
そうですね(笑)。あくまで個人的な好みになりますけど、自分はウッドベースのアコースティックな響きや生々しい空間感、抜けの良い低域が好きなのでショートレーテンシー型はお気に入りです。組合せでは、ハイレゾ音源をハイレゾらしく聴くなら「レベル3+ショートレーテンシー」、ブルーレイの映画や音楽に関してはソファでゆったりしながら楽しむなら「レベル2+ショートレーテンシー」、がっつりとした迫力重視が好きなら「レベル3+シャープロールオフ」、テレビ視聴やインターネットラジオ、Bluetooth経由の音などなら守備範囲の広い「レベル1+シャープロールオフ」といった感じでしょうか。まず自分の音のお好みでフィルタを選んでいただき、各入力のコンテンツに合わせてジッターの設定をするのがお勧めです。

パワーアンプは現行のMX-A5000を引き続き販売

ここで、モデルチェンジせず継続販売される11chパワーアンプのMX-A5000についても少しお話を伺いたいと思います。これはZ11のパワーアンプ部をベースに開発したとのことですが、Z11との違いを具体的に教えていただけますか?
加納
まず最大の違いはパワーアンプ出力が全チャンネル同一になって、チャンネルあたりの出力もアップしたことです。Z11はフロントプレゼンスとリアプレゼンスの4ch分が50W(定格、6Ω)、その他の7chが140W(同)でしたが、MX-A5000では11chすべてを170W(同)で統一しました。それと電源トランスをEIからトロイダルにしたこと、入力回路を新設計して11chのバランス受けやスピーカーアサインのためのチャンネルセレクターを装備したことなどですね。
音質的なことでは、電源トランスが変わるだけでも相当影響がありそうですよね。
加納
はい。トランスの違いももちろんですが、やはりデジタル回路部を含めたプリアンプを分離できたのが大きいですね。デジタル回路部がなくなることで生まれる電源のゆとりや筐体内の電磁気的なノイズの低減、音声経路のシンプル化によって、音の抜け感やS/N感がまったく変わってきます。Z11はガチッとした、明快で力強いサウンドキャラクターで映画の迫力重視の音の傾向だったんですが、よりシンプルな設計ができたMXではHiFi的な空気感や低域の抜けの良さもプラスしたしなやかな音が特徴と言えるでしょう。3Dサラウンドの映画をはじめ、ハイレゾなどの生々しい音楽も楽しむ今の時代にマッチしたパワーアンプに仕上がっていると思います。
トロイダル化の狙いもそのあたりにあると?
加納
音質的な部分と、それから変換効率の良さです。MXはZ11と同じサイズのシャーシのままパワーアップしていますから、これ以上大きなトランスを積むのが難しい。小型で大容量のトロイダルのほうがスペース的にも都合がいいんです。重量的には多少軽くなりましたが(笑)。
時代にマッチしたパワーアンプに仕上がっていると思います。
それで本体重量も抑えられている(25.4kg)わけですか。現実問題、あんまり重いアンプだと部屋の模様替えや掃除のときに嫌になってしまいますけど、このぐらいなら許容範囲ですね。ただ、これだけ大容量のトロイダルとなると、やはり値段は高いんですよね?
加納
正直、高いです。どれぐらい高いのかというと、上司から「正気か!?」と言われるぐらい高い(笑)。音質に直結するシャーシをしょぼくしてコストダウンするのも嫌でしたので、Z11のいいところ取りで金型代や開発投資を最小化して、音と品質に関係のない無駄を省いて…。最後の最後までギリギリの調整をしながら「これでいくぞ!」となりました。……。
それでこの価格が実現しているわけでしょう。内容から見てお買い得感はかなりのものだと思います。それから、このトロイダルトランスはケースに入っていませんよね。プリメインのA-S3000もそうでしたけど、最近のトレンドなんですか?
加納
あまり科学的ではないんですが、トランスを砂詰めしてケースに収めるとコア自体の振動が抑止されるためか、落ち着いた音像感重視の音の傾向になります。MXでは、開放感というか…音のエネルギー全部を空間に解き放つような音を目指したので、ケース無がいいな、と。当時A-S3000の開発チームと一緒にトランス選定をやっていて、こちらのほうが今までにないヤマハの音が出せるんじゃないか、ということで決めました。対して、CX-A5100はEI型トランスの砂詰ケースタイプを採用しています。プリアンプは、お客様がMXよりもはるかに高級で更に開放的な音を出すハイエンドパワーアンプを繋がれることも考慮し、少し音像感重視の傾向でまとめているからです。
それから、スピーカーアサインのためのチャンネルセレクターの機能が使いやすそうですよね。端子のすぐ脇に切り替えスイッチがあるので、接続が今どうなっているかが一目でわかる。ヤマハと言えばプロ用の音響機器でも有名ですが、そういう実戦的なノウハウが活かされている感じがします。
加納
ありがとうございます。これはMXを開発するときに絶対入れたかった機能なんです。11chをストレートに使うだけではなく、バイアンプ接続して5chで使ったり、映画館のように大型スクリーンの裏にセンタースピーカーを3連発……みたいなマニアックな使いこなしも楽しんでいただきたいなと。こういう使いやすさは11ch分が1台に収まっていなければ実現できないので、本機ならではの強みだと思います。この手の回路を下手に実現するとセパレーションが悪化したり音が悪くなったりしがちなのですが、MXではそういったことにならないように配慮して設計しています。
ホームシアター愛好家のなかには、愛用のZ11をパワーアンプ代わりにして、CXをつないで楽しんでいる方も多いと思うんですが、MXとは全然違うわけですね?
加納
率直に申し上げて、Z11はあくまでもプリメインアンプ、MXは単独パワーアンプとして専用設計をしていますので音質に関わる設計コンセプトはまったくの別物です。Z11はパワーアンプとして使うだけでも、ボリューム回路やセレクターなどプリメイン用途の回路を通ることになり、MXのほうが性能的にも有利です。また、CXとMXはバランス接続に対応していますし、MXのRCA入力にはグラウンドセンシング回路という工夫があり、アンバランス接続でもバランス接続に近い音質で伝送できますから。Z11を大事にお使いいただいているのは嬉しい反面、パワーアンプとしてお使いいただくなら、やはり専用設計されたMXを組み合わせていただくと、CXのポテンシャルをより一層感じ取っていただけると思います。

Dolby Atmos® とシネマDSP HD3の掛け合わせ再生を早くも実現

楽器・音響開発本部 音響開発統括部 AV開発部

ホームシアターグループ主任

湯山 雄太

※インタビュー時

CX-A5100の最終仕様を見たときに一番驚いたのは、やはり最新の3Dサラウンドフォーマット、すなわちDolby Atmos®とシネマDSP HD3との掛け合わせ再生をこのタイミングで実現していたことでした。ただでさえ高度な処理能力が要求されるHD3を、今までのチャンネルベースオーディオと概念が異なるオブジェクトベースで、しかも膨大な情報量を持つDolby Atmos®と組み合わせるというのは、ちょっと考えただけでも難しそうじゃないですか。これらの3D音声フォーマットも世に出て日が浅いですし、正直な話、掛け合わせ再生は次のマイナーチェンジまでお預けだろうと想像していたんです。
加納
私たちもできないかもと思っていました(笑)。何しろ開発を始めた当初、Dolby Atmos®のソフトはデモディスクが1枚出ているだけという状態でしたし……。ある意味、奇跡的と言えるかもしれません。
で、その掛け合わせを実現した最大の功労者がシネマDSP担当の湯山さんだとお伺いしています。湯山さんは2008年入社ということで、チームのなかではかなりお若いほうだと思うんですが、前のCX-A5000も担当されたそうですね。
湯山
はい。最初に担当したのが2012年のRX-V73シリーズで、次にCX-A5000とAVENTAGEの30シリーズをやらせていただきました。
シネマDSP HD3は、ホームシアターで初めて「高さ」方向の表現力を手に入れた音場創生技術として評価されてきましたよね。とても初歩的な質問ですが、「高さ」方向の位置情報を最初から持っている3DサラウンドフォーマットとHD3が組み合わされると、一体どんなことが起きるんでしょうか? たとえば競合してしまうことはないんですか?
湯山
実際、「Dolby Atmos®にHD3掛ける意味があるのか」なんてことを自分達でも自問自答しましたが、そもそも両者は役割自体が違いまして、競合したり比較するものではないんだ、という結論に達しました。まず誤解がないようにお伝えしておきますが、HD3は高さを作り出すことを目的とした処理ではありません。映画のサウンドデザインの意図を忠実に再現しつつ、映画館とホームシアターの環境やスピーカーの数の差を超えて、視聴者に作品の世界へ没頭していただくことが目的です。その手段として3次元音場創生技術を使っているわけです。シネマDSPの基本的な処理は、コンテンツが持つ音の成分を「音源」として、その音源周囲に広がる空間を創り出す、というものです。対して、Dolby Atmos®などの3Dサラウンドフォーマットは、作品のクリエーター自身が各場面を演出する効果を持った「3次元空間内の音源情報」をコンテンツ内に入れることができます。つまり従来の2次元の「音源」に3次元空間内の「音源」も加わったという順当な進化なので、コンテンツの音源を元に没頭感を支援するシネマDSPの役割と考え方は3Dフォーマットになっても価値のあるものでした。その結果、「3次元空間上の音源」を持つコンテンツに対して「音源周囲に創り出される3次元空間」が掛け合わさった形を自然に作り出すことができ、シネマDSP HD3によって、クリエーターが意図する3次元空間を活用した各シーンの良さを、ホームシアターでよりリアルに引き出すことができたわけです。
コンテンツが2Dでも3Dでも基本的な考え方は変わらないということですね。
湯山
そのとおりです。映画のサウンドクリエーターはいろいろな音の効果を駆使しながら作品のシーンを感動的に作り込むのが仕事で、我々はお客様の視聴環境のなかでその良さを最大限に引き出すのが仕事でしょう。食べ物に喩えれば、農家で作物を育てる人と、それを料理するシェフのような関係にあると思うんですね。素材の良さを引き出すという姿勢は変わらない。
ただ、今までの5.1chなり7.1chのチャンネルベースの音源とオブジェクトベースの音源とでは、実際の調理方法はずいぶん変わってくるわけでしょう?
湯山
オブジェクトベースと言ってもすべてがオブジェクトになったわけではなく、従来のチャンネルベースに位置情報のあるオブジェクトが加わった構造になります。たとえば「空間のこの辺から音が出るべきですよ」という情報をAVアンプが認識して、複数のスピーカーから再生される各音源の音の大きさと遅延時間などを調整することで音を作り出すわけです。これをレンダリングというんですが、チャンネルベースと違うのは、同じ信号が複数のスピーカーに混入する確率が非常に高くなる点です。これに今までと同じシネマDSPの音場を掛けたのでは、音場がモノラル化して閉じこもった感じになり、空間の広さを感じなくなってしまうんです。さらに音の重心も高くなり、落ち着きがなくなってしまう。この、空間の干渉のようなものをどうなくすかが最大のテーマとなりました。

アルゴリズム

湯山
そもそもDolby Atmos®というのは、低域の量がとても多いんですよ。実際のAtmos映画館では、迫力のあるシーンで何十台ものスピーカーから一斉にパワフルな低音が出せるように設計されているので、それをスピーカーの本数が少ないホームシアターで鳴らすと、低音がボワーンと一塊になってしまう。最初は音場プログラムひとつひとつのパラメーターを調整して何とかするしかないと考えていたのですが、それではとても追いつかない。開発期間も膨大になるし、再生するコンテンツが変わるとダメになってしまう可能性が高かったんです。
そういう、小手先の調整みたいなところに走ると、思わぬ穴が開いたりするものですよね。
加納
そうなんです。アナログの音質調整と同じで、部品の調整で出せる音と、回路そのものを変えないと出せない音がある。パラメーターをイジるのではなく、根本のアルゴリズムごと変えなければ、いろいろなコンテンツが来たときに安心して楽しんでいただけるものにならないのではないかと……。
湯山
このチャンネル間の低域の干渉が音場をかけたときの「モノラル化」の大きな原因でした。まず低音が出て、それが反射音を作り出して、次に音場がかぶさっていく……という感じに、実際に出力された音と音場が干渉してモノラル化してしまうことがわかったのです。いろいろと思考錯誤した結果、元の音がどの方向にあるのかを検出して、響きの成分を「左にあるべきものは左、右にあるべきものは右」というように分かれて聞こえる、つまり響き成分の方向性と起因率をコントロールするアルゴリズムに行き着きました。
加納
これを発見したのは、開発の最終段階の本当にギリギリのタイミングでした。アルゴリズムをどうすればいいのか答えが出ない日々が続き、もう日程上時間がないとなったときに「二人でスタジオに一日籠って徹底的に可能性を試そう!」ということになりました。自分はプログラムが書けないので、「こんな処理にしたらいいんじゃないか」と考えたイメージを湯山さんに伝えて、でも実際に聴いてみると何か違うね、というようにいろいろと試し…その日は結局ダメだったんです。
湯山
「仕方ないからアルゴリズムは諦めてパラメーターの調整を始めるか……」と、お互い家に帰りました。で、翌日出勤したとき、ふっとアイディアを思いついて、すぐに試してみたら、これが来たんです(笑)。そのときは加納さんとハイタッチしましたね(笑)。悩みに悩んで、最後の最後にブレークスルーがあった。
手に汗握るドラマがあったわけだ(笑)。シネマDSPの歴史のなかでは、2007年のHD3誕生以来となる大きなエポックということになりますね。
加納
これぞ付加価値創造の技術開発だ、という手応えを感じたのは、そのアイディアが聴感上良かっただけでなく、理論的にも正しい方向を向いていたことです。
湯山
つまりステレオフォニックを大事にするという考え方と、映画コンテンツの製作意図に則った歴代のシネマDSPの音場設計の哲学への合致、ですね。

エフェクトを掛けたことに気付かないほど自然な64bitハイプレシジョンEQの効果

ブレークスルーということでは、視聴環境最適化システム「YPAO」に新しく採用された64bitハイプレシジョンEQも注目すべきポイントですね。膨大な信号処理のことを考えると、無謀とも言えるチャレンジだったと思うのですが……。
加納
64bit化すればこれまでとは一歩ぬきんでた音が出せるのはわかっていました。そもそも5100の開発は、5000のお客様が絶対に買い換えたくなるだけの音の違いを出すぞと決めてスタートしたのですが、5000もアナログの部分では相当追い込んでいるので、ちょっとやそっとで音は激変しないわけですよ。アナログ系はもちろん、AVアンプである以上シネマDSPやYPAOも含めたすべての音がドーンとランクアップしないと意味がない。最初はあまりに綺麗な音になりすぎて、音楽的なおいしさが出ないかも、と心配もしていましたが、最終音質が完成してみたら・・・その効果は想像を超えていました。
湯山
これは大正解でした。ハイプレシジョンEQの恩恵は計り知れないですよ。物凄く抜けの良い、ちょっと今まで聴いたことのない音がいきなり出たんです。エフェクトを掛けてもすっきりと見通しが良いままで、もうスピーカーから音が出ている感じがしないというぐらい開放的で、音のつながりも滑らかで……。
加納
DSPもイコライザーも、掛けている感じが全然しないんです。副次的な効果として、YPAOボリュームの聴感補正が驚くほどナチュラルで、小音量でも更に気持ち良く効くようになりましたし。先ほど、シネマDSPとDolby Atmos®の掛け合わせで音場がモノラル化してしまう問題を新しいアルゴリズムで解決した、という話をしましたけど、実はモノラル化のもうひとつの原因に低域の分解能不足というのがあって、この64bitハイプレシジョンEQはシネマDSPとYPAOに直接作用してそれを解決してくれています。それに新しい電子ボリュームデバイスを使ったアナログ回路設計も低域の分解能が高まる方向に効いていて……。その意味では「低域の分解能」というのが本機の音づくりのメインテーマでしたね。
別々に開発してきたものがひとつのテーマに収斂したという感じですが、逆に考えれば、Dolby Atmos®のような新規のフォーマットが登場したことで、今まで見えなかった部分に光が当たったとも考えられますね。
加納
どうしても新しい3Dサラウンドフォーマットに目が行きがちですけど、従来の5.1chや7.1chのフォーマットを改めて聴いていただいても、今まで感じなかった低域の移動感、クリエーターが何を表現したかったがはっきりと感じられるはずです。ぜひ試してみていただきたいですね。
それにしても、前作のCX-A5000からわずか2年でこれだけの進歩というのは想像以上でした。フラッグシップとしてはかなりサイクルが早いですね。
加納
我々が製品の開発でいつも真っ先に考えるのは、いかにしてお客様の満足感に対する責任を果たし続けるか、ということです。特にフラッグシップ機のお客様は、我々がスタジオで感じているのと同じ感覚で音を聴かれており、良いところも弱いところも見透かされてしまっている。言葉で説明しなくても、聴いた音ですべてを理解されるプロ顔負けのお客様ばかりなので、手を抜いたら必ずバレてしまいます。正直に申し上げると、CX-A5000が完成した直後から次回作への課題しか見えなかったんです。前作より確実に良いものにするというモチベーションがあればこそ、2年前のそういう想いが今回の完成度につながっているのは確かです。
湯山
私はシネマDSPを担当するようになってから3年足らずなのですが、今回のCX-A5100はフラッグシップ機でもあり、Dolby Atmos®をはじめとした最新フォーマットとヤマハが生み出す新時代のサラウンド体験は存在理由そのものでしたので、シネマDSP HD3との掛け合わせは絶対に成功させるぞという覚悟をもって臨みました。もちろん成功するアテは全然なくて、実際にも試行錯誤の連続でしたが……。やりきってみると、最初に想像していた以上の完成度に達することができ、お客様に確実に喜んでもらえるものを作れたぞ、という達成感と喜びを感じています。
今回のアルゴリズムは大きな財産になりましたね。
加納
シネマDSPのような、30年近くもの長い歴史をつないできたデジタル信号処理って本当に珍しいと思うんです。歴代の開発担当者がひとつのマインドを連綿と受け継ぎ、コンテンツや時代の進化に沿って革新を繰り返してきたからこそ多くのお客様に支持していただけるのだと、今、あらためて感じています。我々としては、先人が生み出し、育ててきた英知にただ甘んじるのではなく、本質を連綿と受け継ぎながらこれからもさらに発展させていきたいと考えています。
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