SOUND A&T No.118 特集
音響調整卓の今まで~現在~これから
ユーザーインターフェースの進化からみるヤマハデジタルミキサーの今まで~現在~これから
はじめに
日々、音・音響業務に携わる皆様に向けて、私ごときが執筆をさせていただくというのは大変恐縮ではありますが、このような貴重な機会をいただきありがとうございます。本題に入る前に、まず私が考える「ミキサーの役割」を定義させていただきたいなと思います。
あえて「ミキサーの役割」と書きました。「機器」と「エンジニア」それぞれに役割があるからです。まず、機器の役割は「音を混ぜて良い音にして聴衆に届けること」だと思います。では、その機器を使うエンジニアの役割は何でしょうか? 私の言葉で書くと「表現者の意図を聴衆に届け、一体感と感動のひと時を作り上げること」となります。人によっては異論もあると思いますが、今回はこの定義で執筆させていただいております。
この「ミキサーの役割」を達成するために、“機器としてのミキサー”は「エンジニアの創造力を支えるツールであるべき」だと考えますし、それと同時に「ビジネスに貢献できるツールであるべき」だと強く思います。そんな“機器としてのミキサー”(長いので、以下はシンプルに“ミキサー”と記します)は、誕生以来、進化を続けてきました。その進化も大きく分類すると3つに分けられます。
- 音の進化
- ユーザーインターフェースの進化(以下UIと記します)
- 機能の進化
今回はこの3つの中から、「ヤマハデジタルミキサーにおけるUIの進化」にフォーカスしてみたいと思います。
ミキサーの操作に必要な要素
ミキサーを操作するためには、大まかに3つの要素が必要です。
- 操作する人(エンジニア)
- 人に触ってもらう操作子(UI)
- (デジタルミキサーの場合)その操作を信号処理するDSP(Digital Signal Processor)に伝えるためのCPU(Central Processing Unit)
上記の「人に触ってもらう操作子(UI)」について、デジタルミキサーでは「物理的な操作子」と「画面の中の操作子」の2種類があり、後者はGUI(Graphical User Interface)と呼ばれます。今回は、この2種類の操作子がどのように進化してきたか振り返ってみたいと思います。
アナログミキサーとデジタルミキサーの違い
ご存知の通り、アナログミキサーにはすべての物理的な操作子がついています。もちろん、そのすべてに音が通っていますので、物理的な操作子がないにも関わらず、エンジニアの意思で音を可変できる、という機能は存在しないということになります。
デジタルミキサーはどうでしょうか? 信号処理と操作子が切り離されたことにより、物理的な操作子がなくても機能を存在させることができるようになりました。
これは大きな進化であるとともに、操作する人に「新たな学習」を強いることにもなりました。そんなデジタルミキサーの黎明期はどのようなUIだったか見てみましょう。
1987年:DMP7
約40年前となる1987年に初代デジタルミキサーとなる「DMP7」を発売しました。
DMP7はキーボーディストの音源まとめ用ミキサーをメイン用途としながらも、ライブPAも考慮したミキサーでした。それではUI部分を拡大してみましょう。
当時のエフェクターやシンセサイザーでおなじみの小型で単色、文字表示だけができるディスプレイと画面表示を切り替えるためのボタン群があります。これらの操作子でEQなどの操作をどのようにやるのかというと、下部にある十字キーで所望のパラメーターに移動し、その横のデータエントリー用フェーダーを上下することで実現していました。
ディスプレイ等が高価だったデジタルミキサーの黎明期は、アナログミキサーのように全てを見渡せる環境とは真反対にありました。
1994年:ProMix01
時は進んで1994年、「ProMix01」という、DMP7の後継機ともいえるコンパクトデジタルミキサーで進化を見てみましょう。
UI部分を拡大してみます。
データエントリー用フェーダーが大きなダイヤルに変わっていますが、ここで触れておきたい最も大きな変化は、ディスプレイが大きくなったことです。これにより、EQをグラフ表示できるようになり、さらに複数のパラメーターを同時に見れるようになりました。アナログミキサーのように全体を見渡すことはできませんが、「音を視覚化する」という、アナログミキサーを追いかけるのではない、デジタルならではの進化が始まっています。
1995年:02R
DMP7の発売から8年後となる1995年、世界中でプロジェクトスタジオやパーソナルスタジオがつくられるきっかけとなった「02R」を発売しました。
UI部分を拡大してみます。
ProMix01よりも、画面がさらに大きくなっています。ただし、大きくなったといっても、約6インチ、2階調モノクロ、解像度は320*240pixelという仕様です。
ここで触れておきたいのはノブについてです。DMP7とProMix01には搭載されていなかったもので、これらには黄緑や青といった色がついています。そうです、ヤマハアナログミキサーのEQやAUXセンドで使用している色と合わせてあるのです。EQやAUXセンドなど、特定の機能に限定したノブを搭載したことにより、エンジニアは画面を切り替えたり、カーソルの移動をしたりしなくても、これらの機能を瞬時に操作できるようになりました。
アナログミキサーを追いかけない進化を続けてきたデジタルミキサーですが、ここで少しだけアナログミキサーに寄せる動きをしました。それは何故なのか? まだまだ世の中はアナログミキサーしか操作したことがないエンジニアばかりだったからです。この「お客様に寄り添った進化」も02Rの大ヒットにも繋がった理由のひとつかもしれません。
2000年:PM1D
02Rの大ヒットにより、レコーディングミキサーのデジタル化が進む中、ヤマハは大型ライブミキサーのデジタル化に向け開発を進めていました。世の中ではPM4000やその競合となる他社ミキサーが中心となり、ライブコンサートを支えていた頃です。そして2000年、「PM1D」を発売しました。
大型コンソールらしい壮観な外観、デジタルミキサーであることを主張する大きなディスプレイが真ん中に鎮座しています。でも、もしこの大きなディスプレイを取り払ったら、ぱっと見はアナログミキサーに見えたかもしれません。それがPM1Dで追求したUIでした。ポイントは下の写真の箇所です。
選択されたチャンネルの全てのパラメーターを物理的な操作子で用意、チャンネルを選択さえすれば、迷うことなくアナログミキサー同等の操作を行うことができました。
失敗が許されないライブ、そして大規模化&複雑化への対応。これらの両立をさらなる高音質化とともに実現する手段がデジタル化であり、様々なアイデアを盛り込みました。例えばSends On Fader。フェーダーをAUXセンドとして使えるので、視覚的にバランスを把握しやすくなりました。フェーダーに展開することで、大型ミキサーでのAUXセンド操作はどうしても手を伸ばさないといけなかったのですが、その必要もなくなりました。
また、ディスプレイがさらに大きくなり、カラー化(とはいっても256色でした)したことで、GEQにRTA(RealTime Analyzer)が表示できるなど、音の視覚化がさらに進みました。
UIの進化で特筆すべき点をもうひとつ、それはUser Defined Keysが登場したことです。シーンリコールやページブックマークなど、お好みの機能を割り当てることで、操作性をカスタマイズできるようになりました。
そんなPM1Dが数々の大規模ライブコンサートなどを支えてきたことは、皆様ご記憶いただいている通りだと思います。それを実現したもうひとつの重要な要素に触れさせてください。
02R以前のデジタルミキサーはソフトウェアのアップデートがとても大変でした。内部に装着されているEPROM(半導体メモリーの一種)という部品を物理的に交換する必要があったからです。それがPM1Dから(正確にはその2モデル前の03Dから)、内部のメモリーを外部PCから書き換えできるようになりました。
これにより、PM1Dは従来機とは比べ物にならないほど、高頻度でソフトウェアのアップデートを行えました。お客様の声を反映して進化する、そのループがより魅力ある商品へと育てていきました。お客様とヤマハの二人三脚で成長した商品、それがPM1Dでした。
2005年:M7CLシリーズ
PM1Dによりデジタル化の門を開けたライブコンサートの世界への次の一手として、2004年にPM5Dを投入し市場を席巻している頃、社内ではそのさらに下位モデルとなる「M7CL」の開発を進めていました。
ハイエンド向け商品から中価格帯にレンジを拡げていく訳ですが、当時はまだほとんどのお客様が使用されているミキサー、競合他社が売り込んでいるミキサー、そのどちらもアナログミキサーでした。これらのお客様にデジタルミキサーの利便性を伝え、ワークフローを改善いただきたいと考えていました。
そこで、自分たちにひとつの問いを投げかけました「アナログミキサーは本当に簡単なのか?」。いわゆる"現状維持バイアス"にかかっていないかを自らに問い、その答えをM7CLに盛り込むことにしました。
本記事の冒頭に「アナログミキサーにはすべての物理的な操作子がついています」と書きましたが、これは本質的に望まれていることなのか? 全てが見渡せること、大切なものも、そんなに大切では無いものも、平等に見えることは本当に使いやすいのだろうか? そんな問いを自らに投げかけながら、仕様を決めていきました。
その結果、GUIのデザインを大幅に刷新しました。特にこだわったことが2つあります。
- 主要な画面を数個に限定すること
- 機能の表示に落差をつけること
まずひとつめについて、これまでのデジタルミキサーはすべての画面を並列に配置していました。
これをM7CLでは2種類のホーム画面を起点としたツリー構造に変えました。これにより「HOME」という概念が生まれ、帰るべき場所(安心できる場所、でも良いかもしれません)ができました。
そしてふたつめについて、これまでのデジタルミキサーは画面内の機能配置も全て平等に並べていたのですが、M7CLではこれらの機能群をセッティング用と本番用に分類し、落差をつけることにしました。例えば、センドのONは本番操作するパラメーターだけど、センドのPre/Postはセッティング用パラメーターと定義して表示を一段下げる、という具合に。これにより、画面内のON表示を大きくできるとともに、本番中に間違えてPre/Postを変えてしまう、という誤操作を回避できるようになりました。
また、UI全体の進化として触れておくべきことがあります。それはタッチパネル化です。画面内にあるボタンを直接タッチできるようになったことで、従来よりも直感的な操作が行えるようになったことは言うまでもありません。なお、押し間違いを防ぐため、ボタンの最小サイズを従来よりも大きくしたり、タッチ検出エリア(不感帯エリアをどの程度持たせるか)の検討を慎重に行ったりしたことも付け加えておきます。
M7CLでUIの完成形にたどり着き、モデル間で多少の違いはあるにせよ、この操作の流儀は2006年のLS9(タッチパネルではありません)、2012年のCLシリーズ、2014年のQLシリーズ、2015年~2020年のRIVAGE PMシリーズへと継承していきました。ヤマハの操作性に慣れてくださったお客様は、ミキサーが変わっても、迷うことなく操作することができました。
「進化すること」はもちろん大切ですが、それと同じくらい「変えないこと」も大切なのだと考えています。
2015年:TFシリーズ
高~中価格帯で「変えない」戦略を進める中、低価格帯では新しいチャレンジを行っていました。2015年に発売した「TFシリーズ」です。
TFシリーズで行っていたチャレンジ、それは「ノブ表現からの脱却」でした。
世の中にスマホが普及し、タッチパネル操作がより一般的になりました。ミキサーの操作性もスマホに寄せていく方が、若い世代、初心者といったお客様にはより簡単に使っていただけるのではないか?と考えました。スマホの設定画面をイメージしていただくとわかりますが、ノブ表現は見当たりません。それは、「ノブを回す」という操作がタッチパネルに向いていないためです。ノブの代わりに採用されているのが指を上下左右にすべらせるスライダー操作。TFシリーズではノブ操作の代わりにスライダー操作を取り入れることにしました。
様々なチャレンジを行ったTFシリーズですが、若干市場への提案が早過ぎたかもしれない、と考えています。初期の頃は、「スマホに近い」、という評価よりも、「これまでのヤマハと違う」という、どちらかというとネガティブな声をいただくことが多かった印象があるためです。なお、これはあくまで私個人の意見です。
その後、アップデートによる改良を続け、そのUIをベースにさらなる小型化を遂げたDM3シリーズを2023年に発売、仕様とUIともに高い評価をいただいています。また、TFシリーズの評価もいまでは「これまでのヤマハと違う」という声をいただくことはなくなりました。我々がチャレンジしたかったことと、お客様が求めるもののタイミングが2023年にフィットしたのだと思います。何かを変えるタイミングは早過ぎても遅過ぎてもダメ、ということなのかもしれません。
2023年:DM7シリーズ
そして、我々の現在と未来を示しているともいえる、2023年発売の最新のデジタルミキサーがDM7シリーズです。
DM7シリーズのUIを要約すると、以下の2つを融合したことになります。
- M7CL~RIVAGE PMシリーズで完成されたUI(整理された画面構成)
- TFシリーズからの進化(数字を大きくして見易さ向上など)
さらにいくつかの新しいチャレンジを行っています。ここでは2つだけ紹介させてください。
- 専用ノブをやめ、ユーティリティ画面を搭載
- ヒストリーやヒストグラム表示など、時間軸の音の遷移を見せることに対応
まずひとつめについて、EQ、Dynamics操作に特化した専用のセレクテッドチャンネルノブ群はヤマハの個性であり、伝統と言えるものでした。後述しますが、でもそれは進化の足かせにもなっていました。また、2020年代に入り、これまでアナログミキサーライクな操作性を好まれていたお客様が求めるものも変わってきました。M7CLから約20年が経ったからなのか、それともスマホが生活必需品となり、日々慣れ親しんでいるからなのか。02RやPM1Dの頃に「アナログミキサーに寄せた操作性」を提供し、大好評をいただいたことを考えると、とても大きな変化だと感じます。
そんなお客様の変化が、我々のチャレンジを後押ししました。パネルに機能が印刷された、つまり機能が特化されたセレクテッドチャンネルノブ群の排除を決断しました。これでThresholdのないコンプレッサーをチャンネルストリップの機能に入れることができます。チャンネルEQのバンド数も4じゃなくても良いかもしれません(…と書いていますが、そこは変わらず4のままなのですが)。
その代わりに、新たに「ユーティリティ画面」と呼んでいる7インチ画面を搭載しました。この画面からUser Defined Keysやシーンリスト、メーターなどを表示したり操作したりできます。このユーティリティ画面はまだまだ発展の余地が多くあるところで、「こういうことができると便利だなあ…」と活用方法を考えていると、あっという間に時間が過ぎていってしまいます。
ふたつめについて、ヒストリーやヒストグラム表示に対応したことで、時間軸の遷移情報を見ながら、コンプレッサーのThresholdやHAゲインの設定が行えるようになりました。音が鳴り終わってから「あれ、さっきどれぐらいのレベルだったっけ?」と思ったとしても、少しの間であれば大丈夫、DM7が覚えてくれています。
おわりに
UIをアナログミキサーに寄せたときにお客様の要求との歯車が噛み合いました。そこにデジタルミキサーならではの利便性が組み合わさり、お客様とヤマハの二人三脚で進化を続けてきたデジタルミキサー。どちらかというと、ヤマハ側がアクセルになることが多かったかもしれません(早過ぎて受け入れてもらえないことも多かったと思います)が、最近はお客様の方がアクセルになることが多いのではないか、と感じています。そう感じた結果が、DM7シリーズでのセレクテッドチャンネルノブ群の排除、つまりアナログミキサーの模倣をやめることに繋がっていますし、そのDM7シリーズが高い評価をいただいていることが、その証明なのではないかと考えています。
最後にDM7シリーズでチャレンジしたことをもうひとつ紹介させてください。それは「ASSIST」という機能です。冒頭で書きましたが、エンジニアの役割は「表現者の意図を聴衆に届け、一体感と感動のひと時を作り上げること」だと定義しています。また、その役割を達成するための仕事は次の2種類に分類できると考えました。
- Technical Job(準備や問題を取り除くための仕事)
- Creative Job(創造的な仕事)
ASSIST機能により、Technical Jobの時間短縮をサポートすることで、お客様にCreative Jobのための時間を多く確保いただけるようにしたい、と考えています。エンジニアの役割を達成できれば、それがエンジニアの評価に繋がります。我々は商品を通じて、冒頭で書いた、【“機器としてのミキサー”は「エンジニアの創造力を支えるツールであるべき」だと考えますし、それと同時に「ビジネスに貢献できるツールであるべき」だと強く思います】を達成したいと考えています。そんなASSIST機能ですが、「機能」と書いている通り、UIと機能の要素が絡み合うため、今回は省略することにします。なお、ASSIST機能はAIのテクノロジーを活用しており、今後より進化させていきたい重要な分野でもあります。
UIの進化はヤマハだけではできません。お客様が使ってくださり、そのフィードバックが我々の学びとなり、いまと未来へ繋がっていきます。…なので私は浜松からもっと出張しないと!これからもよろしくお願いいたします。
日本音響家協会機関誌 SOUND A&T No.118(2024年7月発刊)の記事より転載