【Z BLOG】フジイ ヒロキ:プロへの道





Zブログの執筆を担当させていただいてから1年が経過したのですが、今年度も書かせていただける事になりました。
皆様、引き続きよろしくお願い致します!



さて、新年度と言えば、入学や入社など、新たな節目を迎える方も多いのではないでしょうか?
電車や街中で「明らかに社会人1年生だな」という方を見かけると、自分もいろいろとその頃の事を思い出しますね。



そんな訳で、新年度の一発目のブログは、「僕がいかにしてプロになったか」を書いてみたいと思います。



僕がトロンボーンを始めたのは、大阪の中学校の吹奏楽部です。
中2の時、東京に移ったのですが、その転校先の小平第六中学校が全国大会にも出場している強豪校でした。
顧問の緒形まゆみ先生や、金管を教えに来られていた世界的ユーフォニアム奏者の外囿祥一郎先生の指導のおかげで、
すっかり吹奏楽やトロンボーンの魅力にはまり、プロを志すようになったのです。



最初は芸大に入り、オーケストラプレイヤーになりたいと思っていたのですが、
高校1年生の時、ジョージ・ロバーツ氏というアメリカの伝説的なバス・トロンボーン奏者
(スタン・ケントンなどの有名ビッグバンドや、ジョーズや未知との遭遇などの映画音楽、フランク・シナトラのバックバンドなどで演奏)
との出会いがあり、彼のフィールドである、ジャズやスタジオ・ミュージシャンの世界に憧れるようになりました。
トップの写真は、その頃日本で共演させてもらった時のモノです。もはや別人(笑)。



芸大には「行きたかった」というよりは、ただウチが貧乏で、親から「学費の高い私立の音大はダメ」と言われていただけだったので、高校3年生の時(実際はセンター試験の5日前です。笑)に、



「将来アメリカに行きたいから、芸大の分の学費は置いといてくれ!それまでは日本でバイトしながらジャズの勉強をする!」



と言って、受験を放棄してしまいました。



ちなみにもう一人のトロンボーンのブロガーの朝里勝久氏はその頃の友人で、ちょうど僕らの付き合いについてブログに書いてくれています。
もう20年なんですね(こうしてその頃からの仲間がお互いプロでいられるのは凄い事で、とても嬉しい事です)。



http://jp.yamaha.com/sp/blog/z_express/6444/



当時の高校生はまだ携帯電話を持っていなくて、家の電話にかけていたのですが、
「オレ、芸大受けるのやめるわ。」と朝里君に話した時、電話の向こうで無言になって固まっていたのを覚えています(笑)。



今から思うと、自分でもよくこんな無鉄砲な事を考えて実行したものだと恐ろしくなりますね。



その後、日本を代表するジャズ・トロンボーン奏者の向井滋春さんや村田陽一さん、片岡雄三さん、中川英二郎さんなどのレッスンを受けたり、ライブに通ったりしていたのですが、
19歳の時、片岡雄三さんに「ジャガーノート」、中川英二郎さんに「エリック宮城EMバンド」に声をかけていただき、初のプロのステージを踏む事となりました。
向井さん、村田さん、片岡さん、中川さんのような超一流の方(他にもたくさんお世話になっています)と10代の頃から関わらせていただけたのは本当にラッキーだったと思います。



とはいえ、やはりデビューが早過ぎて実力不足だったのは自分でも感じていたし、
そんな中でも忙しくさせていただいていた事で、高校生の時に思い描いていた「アメリカに行く」という夢を忘れかけていたので、
一度日本でのお仕事に区切りを付け、その後渡米する事になります。



ジョージ・ロバーツ氏との出会いや、アメリカでの経験などは、また改めて書きたいと思います。
僕の破天荒な人生計画は真似しない方が良いかも知れませんが(笑)、少しでも若いプレイヤーが「夢を持つ」手助けになったら嬉しいと思っています。
もうちょっと突っ込んだディープな内容は、「音大では教えてくれないシューカツのはなし」というタイトルで、僕のブログの中にも書いています。興味がある方は是非読んでみて下さいね!



http://hirokifujii.com/career