【Z BLOG】三木 俊雄:国境の南、太陽の西

村上春樹はわりと好きだ。特に熱心な読者というわけではないが、「海辺のカフカ」あたりまではわりと読んだ。
彼はかつてジャズバーを経営していたこともあり、ジャズを題材にした作品が多くある。
久しぶりに「国境の南、太陽の西」を読み返してみた。
村上春樹の小説は途中で羊男が出てきたり異界にさまよったりと、明確にファンタジー小説であることが解るものと、自分の体験をベースとしたと思われるやや私小説的なものとがある。



この「国境の〜」の主人公は海の見える関西の街で一人っ子として育ち、東京の大学に進みやがてジャズバーを経営する。
ところがこのように私小説的に物語りが進むものの、時々に起こる不思議な出来事の数々が結局回収されることも、その謎が解かれることもなく終わってしまう。
そして「あぁ、これはファンタジー小説だったのか、だったら早くそう言ってよ」というモヤモヤした印象が残る。



時はバブル崩壊前夜。
作品の中にはビリー・ストレイホーンの「スタークロスト・ラヴァーズ」といったかなりマニアックなトリビアが散りばめられていて、他にも高級外車の型番やファッションブランドのあれこれが頻繁に出てくる。
おそらくそれはこのさき弾ける運命のバブルを象徴する記号として必要だったのだろうが、クルマやブランドの服や時計に全く興味の無い者としてはちょっとスノッブな感じがして少しばかりイラっとする。
もしそのような感覚を持っていてそしてジャズに全く興味の無い人々がこの小説を読んだら、やはりジャズに関する描写にイラっとしたりするのだろうか、と思うといささか複雑な気持ちになる。



「最近のジャズ・ミュージシャンはみんな礼儀正しくなったんだ。」
「僕が学生の頃はこんなじゃなかった。ジャズ・ミュージシャンといえば、みんなクスリをやっていて、半分くらいが性格破綻者だった。でもときどきひっくりかえるくらい凄い演奏が聴けた。僕はいつも新宿のジャズ・クラブに通ってジャズを聴いていた。そのひっくりかえるような経験を求めてだよ」
「まずまずの素晴らしいものを求めて何かにのめり込む人間はいない。九の外れがあっても、一の至高体験を求めて何かに向かっていくんだ。そしてそれが世界を動かしていくんだ。それが芸術というものじゃないかと僕は思う」



この主人公の語るジャズ、そして芸術観はおそらくは作者のそれを代弁したものであろう。
確かにかつてそういう時代があったのかもしれない。



村上春樹氏の小説の根底に流れる共通するテーマは人生における「喪失とその再構築」だと思うのだが、僕にとってジャズはまだ失われた音楽ではない、あるいはそう信じたいと思っている。