【Z BLOG】三木 俊雄:ビータ (その1)

「モンキーさん」こと小林陽一さん。もう30年以上も「小林陽一&グッド・フェローズ」を率いるジャズドラムの名手。「グッド・フェローズ」はサックス、トランペットの2管にピアノトリオというクインテット編成のバンドで、以前は「ジャパニーズ・ジャズメッセンジャーズ」と言っていた。サックスの山田穣や岡淳、トランペットの松島啓之や岡崎好朗など、このグループの出身者は多い。僕もこのグループに4年ほどお世話になった。

モンキーさんのバンドといえば、やはり全国津々浦々をまわるツアーがメイン。10日間から2週間くらいのツアー年に2回あった。
ちょうどその頃にこの世界に入ったばかりのピアニストが、
「うらやましいです。僕も一度でいいから、ビータって言うんですか、あれ行ってみたいんです。」
と、なかなか可愛いことを言っていた。
「ビータ」とは「旅」をひっくり返した、いわゆるバンドマン用語で「ツアー」のこと。

「いやあのね、そりゃもう、一度と言わず何度でも嫌というほど行くことになるから心配ないよ」

もちろんすぐにそうなった。

「どう?ビータは」
「はい、いや、三木さんの言うことがよくわかりました…」

例えばモンキーさんが毎年春にやっていた西日本ツアーは、ワンボックスカーに5人と機材を載せ皆で運転を交代しながら鹿児島まで行く、というもの。1日の大半は移動に費やし、食事はもっぱら高速のサービスエリア。体力的にはなかなかキツイもの。車はツアーの途中で必ずと言っていいほど故障した。

ただ、同じメンバーで同じレパートリーを毎晩違う場所で演奏する。
これは練習では決して得られない経験だった。

僕自身の苦い経験としては、バンドの音量が上がると自分の音が聞こえなくなり、コントロールを失ってしうことが何度もあった。
演奏後、唇にはザックリと歯型がつき、ジンジンと痛む。「ああ、またやってしまった」

フロントに立つトランペットの岡崎好朗とその辺はよく話し合った。特に毎日唇を酷使するトランペットにとって、そのコントロールの維持は最も重要なこと。
「とにかく冷静に行こう」

ある地方での夜。

一曲目がスタートし、好朗が先行してソロを取る。遠くの方を見つめるような眼差しで一つ一つ確かめるように音を置いていく。すると「スーッと」した空気がバンドの間に生まれ全ての音がいいバランスで聴こえてくるようになる。一度そうなるとシメたもの。決してラウドにならない緊張感を保ち続けることができる。
確かな手応えを感じ一曲目を終えたその時、客席からこんな掛け声が。

「よし!次から手を抜かんで行こうか」

続く