三木 俊雄

【Z BLOG】三木 俊雄:雇うより雇われろ

ジャズの世界でよく言われる言葉に「雇うより雇われろ」というのがある。
一部の例外はあるにせよ、大抵どんなグレートなミュージシャンもお金を払えば共演も出来るし、アルバムを作ることも出来る。しかし、そのグレートなミュージシャンに雇われるのはそれだけの実力があってこそ、という意味の言葉。

特にこの「雇うより雇われろ」に最も当てはまるのはベーシストだろう。逆に言えば、それくらいベーシストは人を雇う機会、つまりリーダーとして活動すると機会が少ないとも言える。ベースという楽器はその特性としてバンドの文字通り底辺を支えるもので、いわゆる縁の下の力持ちである。人間的にも、少なくとも表面的には寡黙で控えめな印象の人が多い。
とは言うものの、彼らもまたベーシストとして雇われ、キャリアも積んだ一人のミュージシャンとして、自分の考える音楽をどこかのタイミングで実現したいと考えるものだ。

ホテルの仕事で一緒になったベーシストの山口裕之君は休憩時間によく譜面を書いており、聞いてみると自分のバンドを始めたとのこと。それだけでもちょっとした驚きであるが、それが3管編成だというのでさらに驚いた。
「僕はちゃんと勉強したことはないので」と本人は謙遜するが、チラッと見た限りではいわゆるラフなヘッドアレンジではなく、アンサンブルが綿密に書かれている。
3管編成というのはその制約と可能性という意味では最も難しい編成の一つだ。それほど頻繁にはやっていないとのことだが、これは是非一度生で聴きたいものだと思った。

その後、彼のバンドはレコーディングも終え、これからリリースの準備に入るというタイミングでライブがあるという。たまたまスケジュールが空いたので彼らのホームグラウンド、渋谷の「KOKO」に向かう。

ステージはすでに始まっていたが客席は満員御礼。
「雇うより雇われろ」といわれるベーシストが自分で曲を作り、譜面を作り、仕事を作り、しかも満席。それだけでも素晴らしいのに音楽はそれ以上に素晴らしかった。本当に「この人を見よ」と思った。いい夜だった。

彼のようなミュージシャンを一人でも多くの人に知ってもらいたいと思います。こちらをご覧ください。

http://thursday-night-sextet.com

さて、2013年から5年以上にわたって担当しましたこのヤマハZ Blogを今回をもって終了いたします。
写真なども少なく、演奏の現場と関係のない話も多かったと思いますが、お付き合い頂いた読者の方々、またヤマハの担当の方々に深く感謝致します。有難うございました。
またどこかで御目にかかれるのを楽しみしております。

【Z BLOG】三木 俊雄:Believe me, I’ve tried.

ソニー・ロリンズがインタビューで “You can’t think and play at the same time.(考えながら演奏なんて出来ないよ)と語っていた。続けて “Believe me, I’ve tried.” (本当だよ、やってみたけど)とも。

このロリンズの言葉に対して「なるほど、」「とは言っても…」という気持ちが常に自分の中にある。
もちろん演奏中に何かを考えているのは確かだが、それは何なのか。

例えばあらかじめ練習したパターンや代理のコードチェンジをプレーの中に折り込む、というのは僕にとってかなりの不可能に近いほど難しい。いや、正確に言うならそれが自分の中で明確に聴こえてこない状態で吹こうとするとほぼ上手くいかないのを何度も経験している。まさに”I’ve tried”だ。I’ve tried many times.
ごく稀にたまたま失敗せずに吹けたとしても、何と言うか嘘をついているようで、あまりいい気分にはならない。しかしそれがふと自分の中で聴こえてきて、プレー出来たときは天にも昇る心地だ。

確かにロリンズなどは、あらかじめ練習したであろうリックやパターンといったものをほとんどやらない。しかし、ジョン・コルトレーンやマイケル・ブレッカーなどはどうだろう?明らかに練習したと思われるものや理論的に考えたものを非常に巧みに演奏している。

ロリンズは”I’ve tried”と言っていたが、確かに1959年頃の演奏は彼の中では明らかに考えたことを演奏しているように思える。

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この”There will never be another you”ではかなり明白なトライトーン・サブスティテューション(裏コードによる代理)という理論的な試みをしており、そのためテーマのメロディーまで変えている。そこでは通常では鳴るはずのないものをかなり無理くりはめ込んでいる印象さえある。
時代的にもジョン・コルトレーンが注目されていた頃であり、ロリンズも時代の流れのなかで自分のプレーを見直していたのかもしれない。
しかしこのわずかな一時期の後、彼はまた、湧き出る泉の如くおおらかなプレーに戻っている。
僕の勝手な推測ではあるが、 この”You can’t think and play at the same time. Believe me, I’ve tried.” というロリンズの言葉はとても考えさせられる。

御年87歳の偉大なマスターは現在コンサートスケジュールを公表していないようだが、不定期に演奏しているという話も聞く。
いつまでもお元気で。

【Z BLOG】三木 俊雄:都会人と田舎者

随分昔に白洲正子さんが自身のエッセイで「ファッションブックから抜け出したような男女は、田舎者にかぎる」と書いていた。一見したところ随分な言い草だと思うのだが、続けて「田舎に住んで、まともな生活をしている人々を田舎者とはいわない。都会の中で恥も外聞もなく振舞う人種を、イナカモンと呼ぶのである」と。

「田舎者」と言えば、それは「都会へのコンプレックス」というようなネガティヴな意味合いを持つ。
舐められたくない、馬鹿にされたくない、というような態度が透けて見える者に対する失笑を含んだ言葉。
例えば東京において大阪人が嫌われる主な理由は、「都会の中で恥も外聞もなく振舞う人種」つまり、自分のことを田舎者だと思っていないからだろう。「田舎者は田舎者らしくしておれ」と。

しかし、そもそも都会は田舎者の手によって作られ、支えられ、消費されている。東京で言えば六本木ヒルズのような建物にはその田舎者の中で最も成功したような人々が集っていて、そういう野心の総量が東京のような大都市を発展させてきた。それは都会が都会であるために必要不可欠な存在だ。

ジャズというのは都会の音楽であり、アメリカにおいてもジャズがビジネスとして成り立つ、あるいは生活の中にある程度溶け込んでいるのはかなりの大都市のみである。
世界中からチャンスと出会い、あるいは環境を求めてジャズミュージシャンのやって来るニューヨークは「世界中の田舎者」が集まっているわけだ。

よく、「三木さんの曲はカッコイイですね」とか「まるでニューヨークにいるみたいです」的なことを言われることがあり、それはそれで有り難く、また、本人もまんざらではないのだけれど、最近はそういうときに「あ、やっぱり自分は田舎者なんだな」と思う。
ファッションやクルマなどには全く興味は無いけど音楽だけは「カッコよく」ありたいと思っていた。

例えばチャーリー・パーカーは複雑なメロディーを駆使し、タイトルも「人類学」とか「鳥類学」など随分難しいものが多い。パーカーと行動を共にしていた頃のマイルスも同様。パーカーはミズーリ州、マイルスはイリノイ州の出身。
それに対し生粋のニューヨーカーであるソニー・ロリンズはどうだろう。セント・トーマスに代表される彼の曲のなんと気取りのない、大らかで牧歌的なことか。そしてパーカーの元を離れたマイルスはやがてそのことに気がついたのではないだろうか。

「都会的なものはすべて田舎者によって作られる」のだけれど、そういった野心から自由になった音楽って良いものだなとしみじみ思う今日この頃。

【Z BLOG】三木 俊雄:カセットテープとYouTube その2

(前回:カセットテープとYouTube その1)

キース・ジャレットが来日し、ツアーの最後にジャズ専門CD店を覗いたら初日のコンサートがすでに海賊盤として売り出されていて、激怒したキースがすべて持って帰ったという笑えない話を聞いたことがある。
また最近話題の漫画の違法サイトなどのように発売の翌日にはまるまる全部がアップされていたという。さすがにこれらはどう考えてもおかしいだろう。

随分前、あるジャズ専門誌の企画で「コルトレーンのベストアルバム」という特集があった。僕は1962年のストックホルムのライブ盤を推したが、海賊盤であるという理由で正規盤の中から選び直してほしいと言われとても残念な思いがした。(後にこの音源は正規盤として世に出ることになった。)

違法コピーも海賊盤も一義的には許されないのは明らかだが、権利の保護と情報の拡散は持ちつ持たれつの関係にあるのもまた現実だ。そこを上手くすうことによって回り回ってシーン全体が活性化するようなシステムやサービスはないのだろうか。例えばYouTube などはどうだろうか。もちろん一方にはYouTubeに否定的な意見もある。

「今の若者はYouTube を観て満足してしまってCDも買わなければライブにも来ない。我々の若い頃はジャズ喫茶でコーヒー一杯で〜(以下略)」というような話もよく聞く。しかし多くのジャズ喫茶が潰れてしまったのはその「コーヒー一杯」しか頼まなかった我々のせいでもある。
また、当時ジャズ喫茶があれほど存在していたのは、人々が簡単にレコードを買えなかったからであり、人々はレコードを買う代わりにジャズ喫茶に通った。そこでミュージシャンの権利を守る働き、すなわちジャズ喫茶に対して課金、徴収したのがJASRACなのだが、なぜか今ではすっかり悪者になってしまっている。

レコードの貸し借り、カセットテープへの録音、ライブの隠し録り、海賊盤、YouTube、ジャズ喫茶、JASRAC、すべてものには光と陰がある。これらのうち、長い目で見て何がジャズシーンにプラスであり、またマイナスであるのか。僕の中では簡単に答えは出そうにない。

【Z BLOG】三木 俊雄:カセットテープとYouTube その1

最近はカセットテープが見直されているという。
音声を記録する媒体には、その当時は未来永劫に存在するかと思ったのがいつの間にか消えてしまったというものがある。そういえば一時はあれほど使っていたMD(ミニディスク)はどこに行ったのだろう。

その中ではカセットテープはかなり息が長く、僕も学生の頃はよく使っていた。というか、当時はそれが録音の可能なほぼ唯一のメディアだった。今はすべて処分してしまったが、持っていたカセットテープはゆうに数百本を超えるだろう。
それでもって何を録音していたかというと、ほぼすべて友達から借りたレコードか(当時はなぜかこれを「ダビング」と呼んでいた)、ライブの隠し録りとそのコピーだ。そもそも家庭にあるステレオセットにおけるカセットデッキの役割とはレコードをコピーすることだったのではないだろうか。

もちろんどちらも厳密に言えば、いや厳密に言わなくとも違法。
若い頃の悪行自慢をするつもりはないが、つまり僕はおびただしい数の違法行為を重ねていたことになる。
確かにその行為によって本来売れるはずだったレコードの売り上げの一部は損なわれたに違いない。

しかし、結果としてそれをはるかに上回る枚数のレコードやCDを買い、はるかに上回る回数のライブやコンサートに通うことになった。
そしてもし、あのおびただしい数のカセットテープがなければ僕はミュージシャンになってはいなかっただろう。
僕を含めた多くのミュージシャンは、プレーヤーが世に出ることを想定、あるいは同意していない「海賊盤」や同業者仲間から回ってきた「隠し録り」からほとばしり出る音の生々しさに固唾を飲んで耳を傾けた経験があるのではないだろうか。

コストをかけて作り出され、売り出された音楽をタダでコピーする、あるいは演奏を無断で録音することが法律的にも道義的にも常識的にも間違っていることは理解している。
しかし、自分も散々やってきたことを声高に糾弾する気にどうもなれないのは何とも複雑な気持ちだ。

(続く)

【Z BLOG】三木 俊雄:悩みの相談室 2

先日、僕より随分若いミュージシャンと色々話をした。そして結局、何となく「悩みの相談室」みたいになっていった。

話を聞いていると、他人の評価や視線が気になる、とのこと。現場で周りの人が自分に話しかけても、また話しかけなくても、いちいちそれをネガティヴに捉えていまい、苦しくなる。
くだらないとはわかっていながら、同世代の他人の活躍に嫉妬してしまい、祝福することができない。そのためにそれらが目に入ってしまうツイッターなどのSNSをやめたが、やはり覗いてしまうと言う。

彼はしきりに「こんなつまらないことで消耗していくのが苦しい」というようなことを言っていた。
「消耗」とは「擦り減らす」ことだと思うけど、概ねネガティヴな意味で使われることが多い。
しかし、「擦り減らす」ことはそれほど悪いことでもないのではと思う。
よく「昔はトンガっていたけど、今は随分丸くなった」などと言われるのは、それはつまり角が擦り減って取れた、ということだ。

こんなことを言っては何だけど、彼が気にしているほど周りは彼を気にはしていないもの。
音楽を長くやっていくのに最も必要なのは何と言っても心と身体の健康だ。
若いときにありがちな過剰な自意識や敏感さを上手く「擦り減らして」いけたら良いと思う。身体や命を擦り減らすのでなければ。

【Z BLOG】三木 俊雄:歌詞が聴き取れない問題

フェイスブックに何度か書いているトピックに、「歌詞が聴き取れない問題」がある。

どこの国でもそうだと思うけど、音楽全般においてインストより歌の方が人気があり、その歌も外国語より母国語の方が人気がある。これはもちろん歌詞のメッセージが伝わるに他ならないが、時折「皆んな本当にこの歌詞が聴き取れているんだろうか?」と思うことがある。
つまり、日本語として十分理解可能な歌詞がメロディーに乗った途端、非常に聞き取りづらい、というか頭に入って来ないことが多いのだ。
ひょっとして僕はアタマがオカシイのかな、と密かに思っていたのだが、そういう人は周りのミュージシャン仲間にも結構いることがわかって、ちょっとホッとした。僕が見聞きした範囲では特に男性に多いようだ。

「最近の音楽は…」的なことはなるべく言いたくないのだが、いわゆるJ-Popなどはかなり難しい。それに比べれば演歌や昔の歌謡曲はとても聴き取りやすい。
ミスター・チルドレンやスキマスイッチなど、肝心なところで何を言っているのか分からない。さらにサチモスなど最近のネオソウルといわれるものはほとんど全くと言っていいほど分からない。

これはどうしたことだろう?
一つ考えられるのは僕はメロディーを聴くときに、その階名を歌ってしまう、つまり「ソルフェージュ」を無意識にしてしまうため、その階名が歌詞を押しのけてしまう、というもの。
また、音楽を聴くときにその中のどの部分に反応するのか、という問題でもあるのかもしれない。
僕は昔から音楽におけるハーモニーが大好きで、そういう部分に耳が反応するのだけど、聞くところによるとハーモニーの認識は脳の言語野であるらしい。つまり音楽におけるハーモニーを意識するために脳の言語機能が占領されてしまうのだろうか。
確かに僕が無意識にやってしまうソルフェージュというのは調性のトニックからの距離をドレミで表わす、いわゆる「移動ド」つまり、ハーモニーの認識をその前提としている。

しかしこの傾向はある程度は、多くの人にも見られるのではないだろうか。いわゆる歌ものポップスの多くはハーモニーが単純なものが多く、メロディーは同じ音の繰り返し的なものが多い。よってそれらをインストで演奏するのは非常に難しい。
そういった意味では「歌詞があってこそ」成立する音楽のような気がする。
一方、例えばバート・バカラックのように、非常に起伏に富んだメロディーと多彩なハーモニーを持ちながらちゃんと歌詞が聴こえてくるような音楽もあるのが実に不思議。

これらは単に僕の個人的な話なのか、あるいはそれを越えて何らかの普遍的なメカニズムが働いているのか、この辺りいつかゆっくり考えてみたいと思う。

【Z BLOG】三木 俊雄:ビータ その2

前回の続き
(前回:ビータ その1)

若い頃は自分の音が客席にどう聴こえるか、ではなく自分にどう聴こえるか、というのが演奏の出来を大きく左右していたように思う。
自分の音が聞こえすぎるときは周りの音が聞こえず、自分の音が聞こえないときは必要以上に力んで吹いてしまう、ということがよくあった。

東京では馴染みのジャズクラブがあり、そこでの聞こえ方で「あそこはやりやすい」「あそこはやりにくい」と、それに合わせた吹き方を探ることができたが、ツアーを始めた頃はどれも初めての店ばかり。
慣れない環境の中で自分にとっての音響にフラストレーションを感じていても何も良いことはない。

また地方のお客さんも、毎日数え切れないほどのライブ演奏が行われている東京とは違い、やはりかなりの熱量でもってライブを聴きに来る。
そして一度行ったお店は少なくともあと一年間は行かないだろうから、その土地での評価や印象はある意味固定される。
一般的な傾向としては地方のジャズファンはいわゆる「熱い演奏」を好むようだ。しかしその熱さも一方で冷静な自分があってこそ。演者が熱さに飲み込まれてしまってはやはり何も良いことはない。

そんな中、これらツアーの経験を通して、ステージでの音響になるべく左右されずに自分の吹奏感を信じる、という技術を身につけることができるようになったと思う。

さて、前回冒頭の話の主は僕と同姓のピアニスト三木成能君。
彼は現在サックスのマルタさんのバンドで、それこそ旅から旅への生活を送っている一方、自分のトリオを持ちしっかりと活動している。
その彼のトリオにゲストとして加わってライブをします。もう1人のゲストはやはりグッドフェローズでの仲間、トランペットの岡崎好朗。とても楽しみです。
皆さん是非聴きにいらしてくださいませ。

三木成能トリオ『Trio Twirl (トリオトワール)』1周年記念ライブ@Tokyo TUC
三木成能(p) 上村信(b) 藤井学(ds) withスペシャルゲスト岡崎好朗(tp) 三木俊雄(ts)
https://mikinariyoshi.jimdo.com/
http://tokyotuc.jp/

【Z BLOG】三木 俊雄:ビータ (その1)

「モンキーさん」こと小林陽一さん。もう30年以上も「小林陽一&グッド・フェローズ」を率いるジャズドラムの名手。「グッド・フェローズ」はサックス、トランペットの2管にピアノトリオというクインテット編成のバンドで、以前は「ジャパニーズ・ジャズメッセンジャーズ」と言っていた。サックスの山田穣や岡淳、トランペットの松島啓之や岡崎好朗など、このグループの出身者は多い。僕もこのグループに4年ほどお世話になった。

モンキーさんのバンドといえば、やはり全国津々浦々をまわるツアーがメイン。10日間から2週間くらいのツアー年に2回あった。
ちょうどその頃にこの世界に入ったばかりのピアニストが、
「うらやましいです。僕も一度でいいから、ビータって言うんですか、あれ行ってみたいんです。」
と、なかなか可愛いことを言っていた。
「ビータ」とは「旅」をひっくり返した、いわゆるバンドマン用語で「ツアー」のこと。

「いやあのね、そりゃもう、一度と言わず何度でも嫌というほど行くことになるから心配ないよ」

もちろんすぐにそうなった。

「どう?ビータは」
「はい、いや、三木さんの言うことがよくわかりました…」

例えばモンキーさんが毎年春にやっていた西日本ツアーは、ワンボックスカーに5人と機材を載せ皆で運転を交代しながら鹿児島まで行く、というもの。1日の大半は移動に費やし、食事はもっぱら高速のサービスエリア。体力的にはなかなかキツイもの。車はツアーの途中で必ずと言っていいほど故障した。

ただ、同じメンバーで同じレパートリーを毎晩違う場所で演奏する。
これは練習では決して得られない経験だった。

僕自身の苦い経験としては、バンドの音量が上がると自分の音が聞こえなくなり、コントロールを失ってしうことが何度もあった。
演奏後、唇にはザックリと歯型がつき、ジンジンと痛む。「ああ、またやってしまった」

フロントに立つトランペットの岡崎好朗とその辺はよく話し合った。特に毎日唇を酷使するトランペットにとって、そのコントロールの維持は最も重要なこと。
「とにかく冷静に行こう」

ある地方での夜。

一曲目がスタートし、好朗が先行してソロを取る。遠くの方を見つめるような眼差しで一つ一つ確かめるように音を置いていく。すると「スーッと」した空気がバンドの間に生まれ全ての音がいいバランスで聴こえてくるようになる。一度そうなるとシメたもの。決してラウドにならない緊張感を保ち続けることができる。
確かな手応えを感じ一曲目を終えたその時、客席からこんな掛け声が。

「よし!次から手を抜かんで行こうか」

続く

【Z BLOG】三木 俊雄:ハノン(その3)

前回提示した「合理的と思われる」運指の条件の1つとして、4を含む回転はそのスペースを確保するために4を必ず黒鍵としている。すなわち白鍵同士の回転を可能な限り避けており、この「可能な限り」とはすべての鍵盤が白鍵であるキーCのことである。それ以外のキーはいずれも黒鍵を含んでいるので白鍵同士の回転は不利と考えている。

前回のブログ:ハノン(その2)

しかしB♭-C, B-C♯, E♭-F, E-F♯ の4ヶ所は黒鍵を含むことで立体的なスペースを確保できる反面、水平方向の距離は白鍵の連続より遠くなるという欠点を持つ。
これをどう評価するのか、ハノンでは左手に限りキーGとDでこの白鍵の連続を有利としているようで、1-4の回転をいずれもD-Eに、黒鍵F♯は3に割り当てられている。確かに中指(3)は一番長い指なのでそこをF♯とし、その前後の白鍵E,Gを2,4に割り当てるのは合理的で、それが現れるのはキーGとDである。
しかしそうであるならば同じことが右手でも起こっても良さそうなものだ。左右の運指の対称性で見れば、キーGの左手の運指はキーFの右手のそれと同一であり、同様にキーDの左手はB♭の右手のはずであるが、そうはなっていない。

また、ハノンによる左手のキーFは唯一の黒鍵であるB♭を2に割り当てており、白鍵の連続はF-Gで1-4。僕の合理的と考える1-4に割り当てられるA-B♭はスペースも確保できる上に距離としても最短だ。こちらの方に軍配が上がると思うのだがどうだろうか。

とまぁ、こんなことばかり考えて肝心の練習の方は全然進まない。これに限らず、僕は理屈の理解出来ないことはなかなか覚えられない性分で、例えばアレンジに欠かせない Low Interval Limit (それぞれの音程はどこまで低く使用可能か)も未だに完全には覚えていない。理論的な疑問点があるからだ。しかしこれも結局は理論的な絶対値ではなく、経験則によるものなので場合によって多少の変動はある。おそらくハノンによる運指も経験則から生まれたのであろう。

しかしこの最も初歩的で基本的なスケールの運指において、僕のような仮説を唱えた人はおそらく過去に多数いただろうと想像する。
何人かピアニストにその疑問を投げかけてみるも、一様に「子供の頃に覚えたので、その合理性や法則性について考えたこともない」という答えばかりが返ってくる。中には「お前は本当にそういうの好きだね」と呆れる者もいる。
四の五の言わずに黙ってやれ、というのは十分理解できるつもりだが、この問いに明快に答えてくれる人はいないものだろうか。