「マイルス・デイビスのコンプリート〜という7枚組のCDを探しているのですが」
「マイケル、何でしたっけ」
「いや、マイルス・デイビスです」
「調べてまいりますので少々お待ちください」
電話口からは流行りのJ-Popが聞こえる。

「お待たせしました。マイルス・デイビス コンプリート・ライブ・アット・ザ・プラグド・ニッケル、でよろしいんでしょうか?一つだけありました!」
二つあるわけない。

「ほ、本当ですか?すぐに行きます!」
僕は自転車に飛び乗りレコード店のある大山ハッピーロードに向かった。
レコード店の人も、このいつ売れるかわからない7枚組がハケてくれて本当に助かった、という表情だった。

それからもう毎日「自宅プラグド・ニッケル」7枚組のボックス・セットではあるが、ちゃんと1枚ずつキャラメル・ラッピングしてある。ワクワクする気持ちを抑えながら1日1枚ずつ開封していく。
マイルスの調子はイマイチだが、バンドは最高。特にウェイン・ショーターはクラクラするほどだ。マスタリングのせいか、録音もレコードより良い。
周りの仲間も僕と同様にこのアルバムをさがしていたが、やはりなかなか見つからないらしく、とても羨ましそうにしていた。

しかし、しばらくしてドラムの高橋徹が興奮した声で電話してきた。
「じ、神保町のディスクユニオンで中古を見つけた!」
やはり彼のような熱心なジャズオタクは相当マメにチェックしているからこそ、そういう幸運にも恵まれのだ。
後日彼と仕事で会った時「で、どうだった?凄いだろう?」と聞いた。

「もちろんそうなんだけど、実は開封されていたのは3枚目までで、後は未開封だった。どうやらここらが限界だったみたい」

つまり、前の持ち主は3枚目まで聴いてギブアップとなり中古CD屋に売りにいったというわけだ。
僕はちょっと考えてしまった。僕たちが血眼になって探してまで聴いた音楽は、それとかなり近い嗜好を持つリスナーにとっても「ダメだこりゃ」となってしまうのかと。

よく「ジャズって全部同じに聞こえる。どれを聴いてもドラムはチンチキチンチキだしラッパはパラパラ、ベースはほとんど聞こえない」という話を聞く。言われてみればそうかもしれない。
しかし考えてみれば世の中多くのものはそうだ。

僕にはAKBとそれから派生したアイドルグループの違いがわからないし、お尻のふくらんだハイブリッド車はどのメーカーも同じようにみえる。
昔はワインといえば赤と白の2種類しかないと思っていた。

門外漢からすれば分からないようなホンの小さな差異をその道の愛好家は楽しんでいて、その差異が小さくなればなるほどその愛好家は「マニア」と呼ばれる。
このマイルスのアルバムも確かに「マニアック」な内容ではあるだろう。

しかしながら、このアルバムを大枚はたいて買ったリスナーが3枚目で途方に暮れる様子を想像すると、何ともやるせない気持ちになってしまうのは僕だけではないと思うのだが。