2016年 11月 の投稿一覧

【Z BLOG】吉田 佐和子:名盤が生まれる瞬間

世の中には色んな演奏家がいる。

調べてみたことはないけれど、演奏だけをやる人が一番多いのだろうか?

ジャズの奏者だと、クラリネット・サックス・フルートの3管を吹けるのが普通だったりする。
それに、アレンジをする人。作曲をする人。
色んな人がいる。

私の場合はというと、他の楽器は吹けないけれど、作曲やアレンジはする。
最近は音楽を人に届ける際に必要なコンテンツを生み出すことに興味が出てきて、HP制作、チラシデザイン、PV制作、写真撮影もするようになった。

もちろん外注することもあるのだけど、良きデザイナーさんに恵まれ、その方々とやりとりをするうちに自分の中で色々とアイデアが出てきて、結果的に自分でもやるか。となった次第。
演奏する人の魅力をどう伝えるか?という部分を総合して魅せるプロデュースの仕事もするようになった。

先日は、オーボエ奏者の宮村和宏さんの2ndアルバムレコーディングに立ち会わせていただいた。

来年2月17日に銀座にあるヤマハホールで行われる『宮村和宏 オーボエリサイタル デビュー20周年&2ndアルバムリリース記念コンサート』の宣伝に使用するPVを制作する為だ。

レコーディング内容は全てモーツアルト。

日本で最高峰のメンバーが集まり、奏でられた音楽は極上そのものだった。


オーボエ:宮村和宏
ヴァイオリン:長岡聡季
ヴィオラ:吉田篤
チェロ:朝吹元
ピアノ:鈴木優人

こういう音楽に出会った時、観客として幸せな気持ちに浸り、裏方としてその良さを伝えられるものを創ろうと努力し、演奏者としてとても衝撃を受ける。

刺激、というよりも衝撃の方が正しいと思う。
別格の凄さを感じた。

そしてそんな感情はこのメンバーでないと生まれないだろうな、とも感じた。

素晴らしいメンバー。
素晴らしい作品。
素晴らしいホール。
素晴らしい録音スタッフ。

『あぁ、名盤ってこうやって生まれるのだな』

そう感じた時間でした。

そんな場に立ち会うことが出来てとても嬉しかったし、演奏者として自分がステージに立つ側に回れるよう、さらに精進しようと思ったのでした。

【Z BLOG】三木 俊雄:「神々の対決とスマホ」

将棋はまったくの門外漢だが、最近話題のトッププロによる不正疑惑問題は興味深く眺めている。
公式にはアナウンスされていないが、もはやコンピューターが人間の将棋を凌駕しているのは明らかだ。
将棋の世界は今まで極々一部の天才、将棋の神に選ばれた者のみがプロとなり、言わばその「神々の対決」をファンが固唾を飲んで見守ってきた。
しかし今やその「神々」が誰でも持っている小さなスマホにも敵わない時代に入っている。
いや、それはそれとして、人間ドラマとしての将棋ならば今後も存在する余地はあるだろう。だからこそ、その人間によるコンピュータを利用したカンニングは許されないのだ。

しかし本当の問題はまた別のところにあるように思う。
それはルールを知り、実際にプレーする者のみが「将棋ファン」となり、それ以外の門外漢を取り込むことの極めて難しいこの世界の収入のほとんどが、新聞のタイトル戦の賞金に依存していることだ。
大手新聞には必ずある将棋欄、何と「赤旗」にも載っており「新人王戦」のスポンサーとなっている。
しかしウェブ全盛の現在、今やその存在意義さえ問われ始めている「新聞」
今や大手新聞社も経営的には重大な曲がり角に来ていると言える。
そんな中で多額の賞金を拠出するタイトル戦を開催し、新聞の紙面に棋譜を掲載することが、将棋ファンの新聞購読を新たに生み出し、あるいは維持することに今後も資するのであろうか、という問題。僕は門外漢なので将棋欄に目を通したことはないが、あれを理由に新聞を取っているという人はどれくらいいるのだろうか。
現在は各社横並びの状態ではあるが、今後もしその中の一社でもタイトル戦のスポンサーから降りれば、雪崩を打つように状況は一変するような気がする。

音楽と同様、将棋も別に無くても困らない娯楽の一つだ。その中でもルールを知り、プレーしなければ楽しめない将棋はかなり特殊な娯楽と言えるだろう。しかしその特殊性こそが熱心なファンを掴み続けているわけで、これはある部分ではジャズと共通する。
ただ、今後どうやってもコンピューターに勝ち目のないものに果たして人生のすべてを賭ける若者がこれからも出てくるものなのか、という疑問は残るだろう。
「娯楽としての」そして「職業としての」将棋という世界の今後を注目していきたい。

【Z BLOG】吉田 佐和子:1000年つづく里を目指す福知山市大江町毛原でコンサートに出演します。

私のふるさと、京都府北部に位置する福知山市は一市三町が合併した人口約8万人のまちです。
芸術の秋、ということもあり、この時期の週末は福知山の至る場所でイベントが行われ、音楽を聴くことが出来る機会も増えます。
11月末はこちらのコンサートで演奏します。

このコンサートは京都府主催の『大江万燈絵巻』という大江町の魅力を再発見する事業の一環で行われており、私の出演するコンサートはその最終日となります。

当日は、福知山を題材にした吹奏楽曲、交響詩『福知山』を室内楽版で全楽章演奏します。
演奏前には、福知山にある魅力を改めて感じていただけるように、スクリーンで曲の成り立ちと題材となったまちの歴史や貴重な文化財についての説明も行います。
この日のために新曲も書き下ろす予定で、それには映像も併せて準備したいなぁと。

今回は、楽曲の選曲、舞台美術、照明、映像と空間そのものを全てプロデュースして舞台を創り上げていきます。

この毛原地区は30人ほどの集落で、地域を紹介するパンフレットには全員の名前がフルネームで書いてあります。
住む人々全員が一丸となり、地域を盛り上げようとされているのです。

また、毛原地区に住む人々は『1000年つづく里』を目指しており、私はその思いに大変感動しました。
100年、という単位でその言葉を聞いたことはありますが、1000年という数字は、本当に覚悟がないと口に出来ないと思うんですよね。
その文字を読んだ瞬間に、鳥肌が立ちました。

皆さんの思いに感動したということを、言葉ではなく私は音楽や空間を創ることで表現したいなと。
そういう風に思っています。

今年はこのようなプロデュースのお仕事をさせていただく機会が多くあり、そのたびに沢山の人と1つのものを創り上げていく楽しさを感じています。
昔から、みんなで何かをするということが大好きでした。
でも、音大進学時くらいからかな。個人プレーが多くなっていったように思います。
最近は、気付いたら抜け出していたその世界に、巡り巡ってまた戻ってきたような感じです。

今回のこの企画も自分自身で愉しみながら準備しています。
この感覚を沢山の方々と共有出来たら嬉しいです。
ぜひご来場くださいませ。

【Z BLOG】フジイ ヒロキ:「バート・ファン・リール&イリャ・ラインハウト」

9月28日のブログ(http://jp.yamaha.com/sp/blog/z_express/7670/)でも欧米のトロンボーン奏者の来日について書きましたが、9月中旬には、オランダから最強のジャズトロンボーン奏者が2人来日していました。

オランダのジャズオーケストラであるメトロポール・オーケストラの永世ソリスト「バート・ファン・リール」氏と、その弟子の「イリャ・ラインハウト」(http://www.iljareijngoud.com/ )氏。

大阪では中川英二郎さん、東京では片岡雄三さんなどとライブを行っていたのですが、ライブのない日に、ウォーミングアップセッションと個人レッスンを受講する事が出来ました。

実は数年前にバートが単独で来日した際にもウォーミングアップセッションを受け、1日観光のお供をさせていただき(笑)、2年前に2人で来日した際も、イリャの個人レッスンを受講しています。

レッスンの内容は多岐に渡っていて、全てここに書くのは難しいのですが、彼らの素晴らしいパフォーマンスは、「理にかなったハイレベルな基礎練習」によって裏付けられていると感じました。

ただ、彼らもやはり「技術」が先ではなく、頭(心)の中で鳴っている「音楽」が先にあり、それを表現するために高い技術があります。また、「トロンボーンは難しい楽器だから、これ以上は出来ない」というようなネガティブな意識がないように思いました。この辺りの感覚は一流アスリートとも共通する感覚で、メッシやネイマールのようなワールドクラスと、まだまだ追い付く事が出来ない日本のサッカー選手の差のようなものかも知れませんね。

生まれ持った才能なのか、努力やメンタルで近付く事が出来るのか、自分の中では結論が出ていませんが、彼らのようなプレイヤーと接する事で、少しでも成長していけたらと思います。

2年前のブログ(http://jp.yamaha.com/sp/blog/z_express/5969/)でも紹介させていただいたイリャの教則本ですが、今回の来日に当たって日本語版が発売されました。オランダで彼らと共に学んだ品川隆さんの訳で、光栄な事に、僕も少しだけサポートさせていただいています。とてもユニークなアイディアで、ジャズ、クラシックの奏者に関わらず有益な教則本です。是非手に取ってみて下さい。

https://takashibroshop.stores.jp/ 

【Z BLOG】朝里 勝久:「水泳の効果」

以前書いたようにダイエットをしていた、というか今もゆるく継続中なのですが、近所の市営ジムには筋トレをする為の設備だけでなく、とても大きいプールがあります。むしろそっちが主役の施設。メインの50mプールは水深2m。小学生時代に水泳を習っていたおかげでそれなりに泳げるので、筋トレ後にたまに泳いでいます。市営プールですから本当に様々な人が泳ぎに来ていて、とんでもないスピードで泳ぎ続けるおばちゃんがいれば、見たこともなかった謎の泳法でのんびり泳ぐおじいさんもいます。時間帯によっても違いがあって、午前中は年配の方、午後は小学生、夜は比較的若い方が多いように思います。僕は職業柄特に決まった時間に行く訳ではないので、色々な方や泳ぎが見られて楽しいです。

水泳も結果的にはダイエットに繋がっている気はするのですが、自分にとって水泳本来の目的は気分転換と演奏のため。筋トレの後、ゆるーく平泳ぎをすると気持ちが落ち着きます。そして、泳いだ後楽器を吹くと非常に楽に演奏出来ます。泳ぐことによって身体が解れるのと、呼吸を深く、また多くするので、それが良いのかと思っています。この感覚を覚えるためにも、そして何より楽に吹けて気持ちが良いので、泳いだ後はなるべく練習しようとします。

ただ唯一の問題点は、泳ぐと眠くなること。筋トレして、泳いで、家に帰ってご飯を食べて、さあ楽器を吹くぞ!吹くぞ。ふ、く、、、

寝てしまう確率は、今のところ70%ほど。ご飯がいけないのかな。でもお腹空くんだよな。

【Z BLOG】三木 俊雄:「ユキ・アリマサ “Dimensions”」

僕は大学でジャズハーモニーを教えて15年くらいになる。
最初はテキストを使わず、頭の中で組み立てたものだけで授業をしていた。大学のジャズカリキュラムは始まったばかりで、生徒のレベルも進み具合もまちまちだったからだ。
そのうち学校ではあらかじめ各回の授業内容を記す、いわゆるシラバスを作成することになり、それに合わせて自作のテキストを作り毎年少しずつ改訂を重ねている。
自分で分かっているという事とそれを分からない人に伝えるのはまったく次元の違う問題だ。
おそらくこんな所をつついてくる学生はいないだろう、と思いながらも想定される問答を考え、そこから自分の理解の足りなさ、視野の狭さを改めて知った。
そんな時、いつも相談に乗っていただくのが、バークリーの先輩でもあり、洗足音大で教鞭をとっているピアニスト、ユキ・アリマサさん。
彼の説明で何度も目の前の霧がスーッと晴れていくのを経験した。

その彼が発表した新しいアルバム、この音楽がまた、僕の感じていた音楽についてのモヤモヤを晴らしてくれたように思う。

“Dimensions” と名付けられたこのアルバムは、バッハ、ベートーベン、ドビュッシーなど、いずれもよく知られたクラシックのピアノ曲を元に彼がインプロバイズしたもの。
しかし、よくある「クラシックの名曲をジャズ風に」というものではまったく無い。あるいは「作曲者が現代に生きていたらおそらくこう弾いたに違いない」というものでもない。
ユキ・アリマサというピアニストがその曲を通して引き出、また彼自身が引き出された音楽。
これを聴いて、クラシック、特にピアノ曲を聴くときにいつも無意識に感じていたのが「ああ、この続きが聴きたいのに…」というものだったと気付かされた。

もう100年以上も前に交響曲はマーラーを、ピアノ曲はドビュッシー、ラヴェルを最後に「クラシック」は終了しそれは「現代音楽」へと移っていった。しかしそこには断絶があり、その中に僕の聴きたかった「クラシックの続き」を見出すのは困難だった。
そしてその僕の聴きたかった「続き」がここにあった。彼がスルスルと紡ぎ出す音の数々はまさに僕が聴きたかったもの。

おそらくスタジオではなくホールで録ったと思われる録音も透明感と奥行きがあり、何度聴いても飽きない。
収録時間は45分と比較的短く、今度はこの「続き」が聴きたくなる。
素晴らしいアルバムです。

http://www.yukiarimasa.com/jp/ 

【Z BLOG】中山 浩佑:「舞台鑑賞&レッスン」

先日、貫地谷しほりさん主演の舞台。ガラスの仮面を鑑賞してきました。
昨年、片岡愛之助さん率いる「もとの黙阿弥」で共演させて頂いたメンバーも数名出演されていました。
すごく楽しみにしていた舞台でした。
改めて本当に素晴らしい演技、舞台で、本当にすごい人達と共演させて頂いたことへの感謝と、やはり音楽にも通づる物を感じ、とても楽しく刺激的で勉強になる体験でした。

役者さんたちの空気感をその場でみんなで感じる時間というのは、すごく有意義です。
皆さんも音楽もなんでもそうですが、是非空気感を感じるだけでもいいのでその場に足を運んでみてください。
こんな便利になってしまった時代だからこそ、余計に感じることが沢山あると思います。
是非、日常離れした体験を多く体験してほしいと思います。

話が少し逸れてしまいますが、最近多くの生徒さんをレッスンする機会を頂いています。
一時期より、レッスンするということを僕は控えていました。
なにかその人のためになっているのだろうか?という疑問を持ってしまったからです。

しかし、やはり求めてくれる人たちがいる限り、僕が出来ることであればなんでも協力したいし、またレッスンに来て確実になにか掴んで上手くなっていく人達を見ていると、僕自身もすごく勉強になるし、嬉しくて、気付きを沢山もらえてる事を改めて実感するようになりました。
そして、楽しく、時には辛く?トランペットに向き合いながら良い感覚を掴めた時の、嬉しい感覚はずっと変わらないと思っています。
そんな感覚を少しでもみんなにあげられるなら、こんな嬉しいことはないなと思っていますし、僕でよければなんでも気軽に話しかけてほしいなと、最近そんな事を考えています。

やはり芸術の秋ということで、沢山勉強して、刺激を得て楽しみましょうー!!

また次回!!

【Z BLOG】吉田 佐和子:言語と音楽の関係性

私は高校まで京都府北部にある福知山で育ち、大学進学と同時に大阪へ移住し、3年前に東京にもお家を持つようになりました。

大阪と東京の違いについて色々と感じることはあるんですが、私が特に感じたのは言語からくる音楽へのアプローチの違いです。

今はもう慣れましたが、関西弁と標準語って同じ日本語なのに全然イントネーションが違いますよね。

最初はかなり驚いたのを覚えています。

また、同じ言葉なのに全然語尾の処理が違うんですよね。

関西弁:そうやんなぁ。
(語尾は伸びる)

標準語:そうだよね。
(語尾は伸びない。)

大阪弁は『後押し』のような語法を日常的に使っているんです。

これは、知らない間に演奏する音楽にも影響が出てきます。

音楽のフレーズの語尾を不適切に歌ってしまうとか、伸ばしてる音を後押しした上で音程を変えたりとか。

関西弁に慣れ親しんだ私からすると、標準語を冷たく感じる時もありましたが、耳がその音が慣れてくると、適切な音のみを発言する言語のように感じています。

音楽が関西人なまりのようになってしまう人は、まず耳を『標準語耳』にするのをおすすめします。

なるべくニュースやラジオなどを通して、標準語に触れることで音楽も変わってきます。

また、標準語を聴くだけでなく英語のラジオなどを聴くのも良いですね。

普段は無意識だけど、とっても影響を受けている言語と自分の音楽の関係のお話でした。

【Z BLOG】三木 俊雄:「バルトーク ミクロコスモス」

いま、ピアノを練習してるんだ」とミュージシャン仲間に言うと、「ずっとそう言ってるよね」と呆れられる。

ピアノが弾ける、これは僕の永遠の憧れの一つだ。
ピアノが弾ける人は皆、特殊な才能を持つ人に見える。いや、何と言ってもモテそうだ。
母に「なぜ小さいときにピアノを習わせてくれなかったんだ」と責めるも「アナタ、1日でやめちゃったじゃないの」
過ぎたことは仕方がないが、僕も少しでもそんな気分になりたくて練習を試みる。

日本ではピアノを始める、と言えばバイエルが定番。しかし、これが実にツマラナイ。ピアニストは皆この苦行に耐えてきたのか、と思うと頭が下がる思いだ。
残りの人生、限られた時間をこのクソツマラナイ教本に捧げるつもりにはなれず、何かもっと良いものはないのか、と思っていたところ、ピアニストの森下シゲル氏が勧めてくれたのがバルトークの「ミクロコスモス」
この本は6巻まであり、著作権満了した現在ではネットで手に入れることが出来る。
これはとても面白い。

サックスとピアノの違いはもちろん単音と複音、和音だ。
一度に一つの音しか出せない管楽器奏者のハーモニーに対する憧れはひょっとしたらピアニスト以上に強いのかもしれない。僕がラージアンサンブルをやっているのもそれが主な理由だ。
そして楽器の操作においてピアノがサックスと大きく違うのは左右の手で同時に違う動きをする、という点。
サックスも両手を使うが、実はそれぞれ片方を動かしている時はもう片方は動かしていないことがほとんどだ。
そしてこの両手の指で違うことを弾く、という運動はおそらくピアノを始めるときに最も大きな障害になるようだ。
小さいころピアノを習っていたがどうしても嫌いでやめてしまった、という人の話を聞くと大抵コレ。

右手がメロディー、左手が伴奏というものが主体のバイエルに対し、このミクロコスモスは最初からカノンなどの線的な動きを両手でできるように書かれている。これが非常に新鮮な刺激を与えてくれる。今まで使ったことのない神経回路を懸命につなげようとする感じだ。
第1巻と第2巻は初級で見た目にも簡単そうで、実際フィジカルな困難さは無い。
しかし、両手を動かすとなると本当に何でこんな簡単なものが出来ないのか、僕はちょっとオカシイのではないか、と思ってしまう。

これをやっていると初心者や出来の悪い生徒の気持ちが良く分かる。
自分のサックスを振り返えっても、よくもまぁあんな騒音みたいなものを何時間も飽きずに出していたものだと思うが、今まさにその状態だ。
子育てをしていると、忘れていた自分の子供の頃を思い出し、あたかも人生をプレーバックしているようで実に面白いものだが、違う楽器を練習することもちょうどそういう感じだ。

最近は歳のせいか朝早く目が覚めることが多く、今まではダラダラと布団の中でネットを眺めていたが、最近はこれを練習するようになった。ミュージシャンとしてとても模範的な生活態度である。
さて。いつまで続くだろうか…

【Z BLOG】吉田 佐和子:自分に楽器を合わせる

レッスンをしていると、よく『楽器に自分を合わせている』人をみます。

本当はもっと楽に吹きたい!と思っているのに、楽器の状態に合わせて、少し我慢して吹く。

少し吹きづらい箇所があるのに、楽器の状態に合わせて、少し我慢して吹く。

どちらにしても『我慢』しているわけです。

この『我慢』は取り払えるということを、何故か多くの人は知りません。

『吹きにくい』ということに関して、いつもどんな時もとにかく自分が悪いと思ってるわけです。

な、何故なんでしょうか。。。??

これは多分楽器を始めた時、周りの人に指摘された内容に対する解決策がよくなかったり、出来ていないことそのものを指摘するだけで解決策は与えられなかったからではないかと推測しています。

指摘するだけなら誰でも出来ますが、具体的な解決策をちゃんと言える人って意外と少ないんでしょうね。

もちろん、楽器を始めたばかりで自分が吹きやすい状態がどんな状態なのか分からない人にはこの話をするのが少し早いかもしれません。

しかし、自分の好みの音色や吹奏感が見えてきたのであれば、是非もっと自分の欲求に楽器を合わせてみることにチャレンジして欲しいと思います。

求めないと、効果は出ません。

あと、何にでも言えることなんですが、『その情報を知っている上でそれを選択しない』のと『その情報を知らなくてそれを選択しない』というのは天と地ほどの差があります。

自分に楽器を合わせたらいい。

という視点を持っていないのと持っているのとでは、全然違います。

楽器はもっと吹きやすくて、自由で、自分に寄り添ってくれるものだということを是非もっと多くの人に実感して欲しいし、楽器と楽しくお付き合いを続けて欲しいと思います。