【Z BLOG】曽根 麻央:第33回トランペット・フェスティバル

こんにちは。トランペットの曽根です。今日は9月30日に日本トランペット協会(以下JTA)主催で行われた第33回トランペット・フェスティバルについて書きたいと思います。

今年で33回目になったJTAトランペット・フェスティバルは上野の石橋メモリアルホールで開催されました。とても響の美しいホールで、トランペットの魅力が伝わったかと思います。参加者は会員のみにとどまらず、一般のお客さんも見受けられました。演奏は、一般大学のオーケストラ・サークルのトランペット奏者たち、各音楽大学の学生が学校の枠を取り払った合同トランペットアンサンブル、そしてスペシャル・ゲストに私・曽根麻央トリオという流れで進みました。ロビーにはヤマハさんを含めたメーカーがブースを構えていて、とても楽しかったです。ITGのカンファレンスを思い出しました。

僕のトリオは伊藤勇司がベース、木村紘がドラムスを担当しました。この日はほとんど生音で演奏しました。ピアノだけ薄っすらとPAを入れました。演目はドン・チェリーの「Art Deco」、オリジナルの「Within The Moment」、エリントン&ストレイホーンの「Isfahan」、オリジナル「From The South」、そして最後にメンバー3人一緒に即興で曲をその場で構成しました。
「Art Deco」の演奏はYouTubeにアップしてみましたので、聞いてみてください。

https://youtu.be/WkqBtjXvWXQ

今回のトランペット・フェスティバルで最も驚かされたのは、日本の学生トランペット奏者のレベルの高さです。テクニックの優れた奏者、野太い音を出す奏者、ハイノートまで綺麗に奏でる奏者など個性に富んでいました。私より下の世代で際立つ奏者を何人も目にすることができ本当に嬉しかったです。これは協会が今日まで若き奏者に良い機会を与えてきたのが大きく貢献しているなと感じました。
僕自身2008年の高校一年生の当時、師匠の杉木峯夫先生に「JTAタイガー大越マスタークラス」を受講してみないかと誘われたのがきっかけで、バークリー音楽大学に入学しました。若い人たちに機会を与え続けてくれています。

このようにジャンルを超えて、世代を超えて、トランペット奏者が多数集える機会というのは貴重であり、21世紀のこれからの音楽界を支える糧となり得ると強く信じています。というのも音楽の在り方自体がグローバル化し様々なジャンルと融合している今、壁を超えて優れた奏者たちが持つ有意義な奏法や練習方、考え方などを共有し、互いに高め合う機会は今後さらに必要とされるでしょう。とても貴重な機会をありがとうございました。

【Z BLOG】石橋 采佳:新しい楽器紹介 YSL-823G

こんにちは!
トロンボーンの石橋采佳です。

私先日まで楽器を始めた小5,6の時から使っていたボロボロになってしまったYSL-882Uを頑張って使い続けていたのですが、
一ヶ月程前についに新しい購入しました!

購入した楽器はこちら!!



先月25日に発売された中川英二郎さんの新しいモデル、YSL-823Gです。
かっこいいでしょう…!!



発売されるのをずーっと楽しみにしていたので、発売が決まった時に本当に嬉しくて嬉しくて…(T_T)
念願のYSL-823Gです!

購入する時に試奏をしたのですが、その時の楽器の第一印象は、音を出す前に楽器を持った瞬間…軽っ!!でした。(笑)
楽器自体がとてもシンプルなつくりになっていて、軽量化されているので持った感じすごく軽いのです。
実際長時間演奏していても腕が疲れにくくなりましたし、早いフレーズを吹く時などのスライドワークも楽になりました。

そして気になる吹き心地は、
中川英二郎さんモデルのテナートロンボーン、YSL-895ENのいいところを残したままその楽器が太管になったという印象を持ちました。
テナートロンボーンのコントロールのしやすさはありながらも、音色はしっかり豊かな響きがするという、細管と太管のいいところどりな夢のような楽器です。

特に私が気に入っているところは太管なのに物凄く楽器の反応がいいところ。
太管でポップスやファンク系の音楽を演奏する時、どうしても反応が遅くなってしまうのが悩みで、そういう現場ではテナートロンボーンを持っていくことが今まで度々ありました。
でもこの楽器はものすごく反応がいいので、太管の豊かな音色を残したままそういうジャンルの音楽にも対応してくれるし、
重厚な響きが必要なアンサンブルの場面でも暖かい音色をばっちり出してくれます。
コンボやビックバンドでももちろん自分のイメージに近い音を表現してくれて、この楽器の対応できる音楽の幅の広さに驚いています。

実際に中川英二郎さんも現在この楽器でオーケストラからコンボまで1本で演奏されていますが、そうやって幅広いジャンルに対応できる楽器にするために物凄い時間をかけて試作を繰り返したそうです。
なのでやっと発売になって、しかもとてつもなく良い楽器で、本当に待った甲斐があったなと思いました。

まだまだ吹きこなせてないところもありますし、マウスピースも色々試しているところなのですが、
これから少しずつ自分の音を作っていくのがすごく楽しみです。

そしてここでお知らせです!
次回11月5日のZ Express BigBandのライブなのですが、
ゲストでなんと中川英二郎さんをお招きしてのライブとなります!!!
ZEBBは元々Tbが5人いるので、この日は6人トロンボーンがいるという激熱なライブになりそうです。
トロンボーン吹きの方、そうじゃない方も必聴のライブです!!
もちろん私も中川英二郎さんもYSL-823Gを吹く予定です♪
ぜひ聞きにいらしてください!!(^^)


Tb石橋采佳

【Z BLOG】石橋 采佳:アイドルとの再会

こんにちは!
トロンボーンの石橋采佳です。

夏も終わりすっかり秋になりましたね!
私は寒いのが苦手で春夏以外はあまり得意じゃなかったのですが、
今年は食欲の秋ということで色々おいしい物を食べたり、芸術の秋で毎週末どこかしらでジャズフェスやその他色々な芸術系イベントが行われているので聞きに行ったり見たり、演奏したり、今年の秋はとても満喫できています。(^^)

その中でも楽しかったことをいくつかの記事に渡って書きたいと思うのですが、
まずはこちら!!!
私のアイドル、TbのMichael Deaseさんにお会いしました!!



左からTb奏者の山田翔一さん、Michaelさん、私。

Michaelさんは今回ジャズフェスティバルに出演するために来日していて、運良くお会いすることができました….!!
Michaelさんを呼んでくださったジャズフェスの方に本気でお礼をしたいぐらい嬉しい出来事です…!!!(笑)
実は今年8月にも来日していてその時にもお会いできたのですが、その時に次会えるのはまた来年かなぁなんて思っていたので思いのほか早く会うことができてすごくすごく嬉しかったです。
しかも今回はゆっくりお話する時間をとってくださって、色々お話ができました。

テクニック的な話や理論的な話など色々したのですが、今回印象に一番残っているのはMichaelさんの音楽にに対する愛の深さ。
音楽愛に溢れてれているミュージシャンだということは、初めて演奏を聞いた時から音楽を通して感じていたのですが、それを改めて言葉で聞くと考えさせられることがたくさんありました。

なんでこんな話になったかというと、私実はメロディーやコード進行を覚えるのがあまり得意でなく、Michaelさんはどういう風に考えているのか聞いてみたいと質問したのがきっかけでした。

私自身今までやってきた練習は
・度数(Ⅱ-Ⅴ-Ⅰ)で覚える方法
・Any Keyで練習する方法
・アルペジオを色々なパターンで練習する方法、
・ソルフェージュの基礎から練習する方法
・ベースラインを作ってみる
などなど。

この練習方法の他にMichaelさんが考えてることがあれば聞きたいと思い質問したところ、基本的な練習は上記の練習方法と変わりませんでした。
これに加えて私との決定的な違いはMichaelさんはスタンダード1曲1曲の歌詞の意味を理解して、ものすごく愛しているということ。
「歌詞をまず知って理解して、そこに恋人に対する気持ちなんかを思いながら時間をかけて覚えていく」
「ファーストステップは歌詞。その次にメロディーやコード進行がある」

歌詞を理解するというのは大事とは思っていましたが、素敵な歌詞だなぁぐらいでいつも終わってしまっていて、よくやるスタンダードは早く覚えなきゃという焦りで早く曲を覚える方法を探すばかりで、その曲をきちんと聞いて愛するという工程を忘れていた私。
確かに好きな曲は数えきれない程聞いているのでメロディーが複雑でも覚えてるし、ソロまで丸暗記している曲も何曲もあるなぁと思ってMichaelさんが時間をかけて覚えて、と言ってくれたこともすごく自信になりました。

それをサポートしてくれるのがソルフェージュ的な練習だったりAny Keyでの練習。
それをやりつつまずはゆっくり時間をかけて大好きな音楽をもっと増やしていこうと思いました。

また基礎的な練習は私がやっていることと変わらないと書いたのですが、それもMichaelさんは練習であってもその場の音楽を楽しむために色々工夫をしていて、Michaelさんはアルペジオの練習でも歌うように、実際にソロを吹くように楽しんでと言っていました。
言われてみればそりゃそうだなぁと思うのですが、私にとってこういう練習は、ザ・練習!って感じで音楽と少しかけはなれたような機械的な印象でしたが、これも歌うように吹けばりっぱなソロになりますよね。

その時にとりあげていた曲はBody&Soulというバラードだったのですが、Michaelさんはアルペジオの練習をしながらもこの曲のハーモニーをめちゃくちゃ楽しんでいるのが印象的でした。
その他にも色んなTbの物まねや、(似すぎてびっくり。物凄く分析したんだと思います)楽器を持っていなくてもシャワーを浴びてる時や移動中なども常にフレーズを歌っていると言っていたり、片時も音楽のことを忘れていないのだなぁと思いました。
私的に練習は自分の弱いところと向き合うことだったので、そこそこのストレスを抱えながらやっていたりしたのですが、まずは楽しむ心、音楽を愛する心を大切に演奏するということの大切さに改めて気づくことができました。

ミュージシャンとしてはもちろん、一人の人間として尊敬しています。
会うことができて本当によかったです。

別れる時に寂しい気持ちになりながら片言で「See you next year!」と別れを告げたのですが、数日後なんと11月にまたDavid Sanbornさんのバンドで来日するとう情報を発見….!!(笑)
なんで教えてくれないのー!!!!と思いつつ速攻で予約しました。(笑)

またどんなお話が聞けるか楽しみです!!

Tb石橋采佳

【Z BLOG】曽根 麻央:ショーン・ジョーンズが言うトランペット練習の3つの流れ

こんにちは。トランペットの曽根麻央です。今日は僕の師匠、ショーン・ジョーンズがITGカンファレンスのクリニックで2014年に言っていた、トランペットの習得に必要な3つの練習の流れについて僕なりにまとめたのでご紹介します。可能な時間内で、この流れに沿って、自分に必要な日々の練習を行うことで、トランペットが上達するであろう、ということです。


1、『基礎練習』。・・・例)ロングトーン、Flow Study、スラー、Bending、タング・スラー 、タンギング等

当たり前ですが、楽器を習得する上で最も大事であり、美しい音色とクリアーなアッタク演奏する技術を身につける練習です。

ロングトーンはウィスパー・トーン(自分の吹ける最小のボリュームでのロングトーン)で行うのもよいです。最小のボリューム、最小の力、必要最低限の息で唇が反応し音が鳴る状態を体に覚えさせることが目的です。
Flow Studiesやスラー、タング・スラーは息の流れを途絶えさせることなく、舌の位置や息の量など音を出すのに必要な条件を体に覚えさせることが出来ます。そしてよりフレキシブルな楽器の技術を習得するのが目的です。タング・スラーとはリップ・スラーの別名で、音程を変えるのは唇の働きではなく、舌の上下運動によるから、タング・スラーと言うべきだそうです。
BendingはJames Stamp の本にも載っていますが、トランペットでより太く安定した音を出す為の練習です。


2、『基礎補強』と訳したらいいのでしょうか。・・・例)アーバン、トップトーン、コンコーネ、シャルリエなどの練習曲、リリカルスタディー等

基礎練習で身につけた技術を、練習曲の上で実際に用いることで、トランペットの技術を補いながら、同時に音楽的表現を求められるので、これらを同時に身につけるのも目的です。しかも、これらの練習曲はトランペットでは演奏困難なように書かれているので、自分の技術向上には欠かせないものばかりです。


3、『パフォーマンスのための練習・音楽の理解を深める時間』。・・・例)トランスクライブ(耳コピ)、インプロビゼーション(アドリブ)の練習、曲の分析、実際に本番で演奏する内容の練習などです。自らが理想とする音楽家像に近づく為に習得しなければならない課題を見つけて、クリアーしていく時間です。

耳コピはいかにオリジナルに近づけるか、オリジナルの特徴を真似できるかが大事です。アーティキュレーションや8部音符のタイミング、ピッチ、ゴーストノート、そういった細部にまで至ります。
吹けないコード進行を練習するのも大事です。きちんとスタンダード曲を吹けるようにしましょう。コードスケールやハーモニーについての知識もこの時間を使って深めましょう。そして、頭で理解したことは実際に吹いてみると活用できます。


いかがでしょうか? 皆さんもトランペットの練習を僕と一緒にさらなる上達を目指して楽しみましょう!!

【Z BLOG】石橋 采佳:「ブラームスからジャズまで」

こんにちは!
トロンボーンの石橋采佳です。

9月9日にこんな素敵なコンサートに参加させて頂きました。

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音楽のアトリエ~ブラームスからジャズまで~
@ヤマハホール

出演
トロンボーン:佐藤洋樹、和田充弘、高橋真太郎、石橋采佳、堂本雅樹
クラリネット:小倉清澄
弦楽四重奏:THE ORCHESTRA JAPAN より
青木高志、小形響 Tarashchansky Sergey 、増本麻理
朗読:岸田エリ子
ピアノ:続木徹
歌:西村知恵
ダンス:阿弥梨沙子
ギター:浅利史花
ピアノ:松本茜
ベース:小林航太朗
ドラム:田村陽介

演奏曲目 プログラム
第1部
ブラームス:交響曲1番4楽章よりアルペンホルンとトロンボーンコラール
ブラームス:クラリネット五重奏曲
武満徹:谷川俊太郎詩「死んだ男の残したものは」(ダンス共演あり)
第2部 ジャズタイム
Left Alone ヴォーカルとピアノのデュオ
If you need a friend ピアノトリオ(ダンス共演あり) ほか
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このコンサートのお話を頂いたのは恐らく2年程前。
2年前に今回の企画プロデューサーである小林富次郎さんにヤマハホールでコンサートをやりたいと声をかけてくださった時は、どんなコンサートになるんだろうか、このプログラムを本当に務められるのだろうかとドキドキでした。

このコンサートを終えて感じたのは、小林さんも仰っていましたが、「クラシックとジャズの間に深い谷は無い」ということでした。
クラシックとジャズは密接な関係にある音楽で、その2つの音楽の歴史、奏法を学ぶことでより音楽の表現の幅が広がると痛感しました。

例えばビッグバンドやコンボをやっている時、クラシックで学んだ基礎的なことが物凄く役に立つし、逆にクラシックの曲を演奏している時に、周りを聞く力やハーモニーの感覚はジャズをやっていたから培われたものだと感じました。

私はクラシック音楽を聞くのは好きな反面、演奏するのにはなかなか払拭できない苦手意識があって、クラシカルな練習をしていても、ジャズが吹きたい!!と思ってすぐアドリブの練習をしてしまうことが普段しばしばあります..。(笑)
でもクラシック音楽を勉強することで、より自分の理想に近い「ジャズ」ができるようになると今回確信しました。
もっと早く勉強しておけば、と思うところもありますが、始めるのに「遅い」はないと思うのでこれから少しずつやっていきたいと思います。

前の記事に少し書かせて頂いたトロンボーンのMichael Deaseさんもクラシックが大好きだそうで、クラシックの曲を色々をさらったりしているそうなんですが、Michaelさんは色んなクラシックのトロンボーンのプレイヤーの物まね(といったら失礼ですが..)がすごく上手なんです。
音色やクラシカルなニュアンスまで細かく捉えていて、それだけたくさん聞いて研究していらっしゃるんだなと思いました。
実際私は一人で練習をしているとどうしても「音」のイメージがつきにくいことが多く、クラシックの奏者の方の音を聞いて音色の違いに愕然とすることがあるので、私もMichaelさんのように物まねから始めてみたいと思っています。

あと定期的にクラシックの音楽を聞きに行ったり、レッスンも受けてみよう!と思い、
昨日早速レッスンを受けに行ってきました。
長い道のりになると思いますがジャズと並行して、こんな感じで少しずつ頑張っていきます。
そして逆にクラシックからジャズを始める方もどんどん増えたらいいのになぁなんて思います♪

最後にこのコンサートでは素敵な出演者の皆様と、ブラームスからジャズまで、ジャンルの垣根を越えた音楽ができて幸せでした。
皆様ありがとうございました。

この日のトロンボーンの皆様と企画プロデューサーの小林富次郎さん。


なんと全員ヤマハユーザーでした!(^^)

そしてヤマハホールは演奏していてとても気持ちの良い素敵なホールでした。
またここに帰ってこれる日がくるよう精進したいと思います。

それでは今日はこの辺で。

Tb石橋采佳

【Z BLOG】菅野 浩:「2~3年」

こんにちは、サックス&クロマチックハーモニカ奏者の菅野浩です。
前回は僕の大学生のころの話でしたが、今回は大学を卒業してからの数年のお話をしたいと思います。

1997年4月、プータロー、フリーター、自称ミュージシャン、就職浪人、何とでも呼べる生活が高円寺で始まった。年始から住み始めたアパートは、古い木造四畳半一間、風呂無し、トイレ共同、家賃¥25,000-、日雇いバイトを3回やれば家賃は払えるところだった。
とにかくバイトしないと生きていけない。
自分で選んだ道だ。全て自己責任。
社交ダンスのレンタルフロアーの設営・撤去、ホテル宴会場の看板設置・撤去、家庭教師、飲食店のウェイター、家屋解体現場での肉体労働、交通量調査、葬儀屋などを転々とした。

もちろん一人暮らしの解放感を存分に味わいたい気持ちもあった。
高円寺には個人経営の小さな呑み屋が多くあり、お金に余裕があるときはひとりでそういったお店に飲みに行くようになった。いつだったかそのうちのとあるお店のマスターと話していたとき、僕の身の上相談になった。サックスでジャズやって生きていこうとしているが、全く仕事が無い。不安でしょうがない。などと伝えたと思う。そのマスターは、「どんなことも2〜3年やってみて、そしたら考えてみたらどうかな〜」と。
つまり、“石の上にも三年”とゆうことだ。この言葉が日々のバイト暮らしの生活から一日も早く脱却したいと焦る気持ちにわずかな余裕をもたらしてくれた。そんな誰でも知ってる諺なのに、なんでだろう、マスターの伝えかたが良かったのかな、その時の僕の心に強く響いた。
ようやく“石の上にも三年”とゆう言葉の使い方を覚えた。
すると何故か異様なほどプラス思考になった。
風呂のないアパートに最初は戸惑っていたが、銭湯は大浴場→うちの風呂は大浴場。
うちのリビングは街のカフェ。
うちの食卓は街に無数にある。
隣人や飲み仲間は兄弟親戚。
大家は祖母。
と思うようになり、高円寺とゆう街自体が自分の家になっていた(笑)

その2〜3年の間、音楽関係では、自分と同じような生活をしていた同世代のミュージシャンたちと一斉に知り合うことになり、彼らと元気にストリートで演奏をするようになっていた。
ポール・デスモンドをより深く研究するようになったのもこの頃。「Easy Living」を聴きながらアルバムを最後まで聴かずによく寝落ちしたものだ。
また定期的に演奏させてくれるライブハウス、カフェバー、パーティーや結婚式での演奏なども増え、98年にはラッキーなことに「ジャズ新鮮組」とゆう新人を紹介する企画CDに参加することになった。これは80年代の「ジャズ維新」に続く企画で、小林陽一(ds)さんが中心となってお声掛けいただいた。そして大学を出て3年経った2000年頃、バイト無しで生きてることに気づいた。
あの店のマスターの言ってたことが後で振り返るとじんわりと沁みてくる。


『ジャズ新鮮組』

あと、この2〜3年の間に気づいたことは、自分には全く世の中の常識が無い、とゆうことだった。
中学生時代からそれまで音楽関係のしかも学生同士の仲間としか交流してこなかったため、とても狭い価値観の中にいた。バイトする上で自分とは価値観の大きく離れた人と接する機会が多くなったにもかかわらずしばらくは自分の価値観で判断していた。それ故、周囲にご迷惑をお掛けしたと思う。
クラスの仲間、ゼミの仲間、教授、バイト先で知り合った大人、近所の大人たちなど多方面の人たちと接しながら学生生活を送った人は多いと思う。そこで常識を身に付けるとゆうことが僕にはなかったが、この2〜3年のあいだに急速に学習することになった。

つらつらと数回に分けて、自分の回想録を綴ってきましたが、まとめるとこんな感じだろうか。

中学生のころ、うっかり中二病を発症し…

高校生のころ、こじらせて…

大学生のころ、開きなおり…

2〜3年経て、それでいいと思ってる今

ミュージシャンは皆、今に至るストーリーがそれぞれあるので、そういう話を聞くのが好き。それらのひとつとして心に留めて頂けたら嬉しいです。


今でもスマホの待受画面になっている高円寺のアパートの襖の模様。

【Z BLOG】石橋 采佳:「私の音楽のルーツ」

こんにちは!

トロンボーンの石橋采佳です。


Z Blogのライターを始めてから早2ヶ月。

最近ライブハウスなどで「Z Blog見てるよ」と声をかけて頂くことが増えてきて、大変嬉しく思います。読んでくださってる皆様、本当にありがとうございます!

これからも音楽を通して日々感じたことなど、私なりの言葉で綴っていければと思っておりますので皆様今後ともよろしくお願いいたします♪



Z blogを始めてからはライブに関する記事が多かったのですが、今回は私が音楽に興味をもったきっかけについて書いてみようと思います。


私の家は音楽一家という訳ではないのですが、両親共に音楽が好きで

母は大のジャズ好き、父はギター弾きという環境で育ちました。

なので3歳〜11,2歳ぐらいまでピアノを習わせてもらっていました。

ですが練習が大嫌いでレッスンの直前に少し譜面をさらうか、

練習した時間分ゲームをやらせてもらうという条件などで嫌々練習をしていたので、大して上手くならず….(笑)

でも音楽を聞くのは大好きで母からジャズを聞かせてもらっており、ジャズのハーモニーが小さい頃から大好きでした。

それがきっかけで当時、そして今も大好きになった音楽があるのですが

皆さん「どうぶつの森」というゲームをご存知ですか..!?

一言で言うと動物の暮らす架空の村での生活を楽しむゲームで、

私が小学生の時に発売されて、今でもとても人気のあるゲームなのですが、

私はそのゲーム内の音楽に小学生でドはまりしたことがきっかけで音楽に興味をもつことになったのです。

どうぶつの森の音楽がどんなものかというと、おしゃれな曲が多く、当時の私の趣味にはドンピシャで、しかも様々なジャンルの音楽を聞くことができます。

例えばジャズやボサノヴァをはじめ、ディキシーやラグタイム、サンバやサルサ、アフロ、タンゴ、カリプソ、カントリー、ゴスペルなど…とにかくたくさんの種類の音楽があるんです!

しかもゲーム内で曲のタイトルを確認できるので、そのおかげで小学生ながらそういったラグタイムやカリプソなどの言葉を知ることができましたし、大まかながらそれがどんな音楽なのかも知ることができました。

しかもその1曲1曲がゲームの世界観ととてもマッチしていて、とてつもなく良いのです。

そのはまり具合をみた両親が、確か数量限定でどうぶつの森の音楽集が発売されたときにCDをプレゼントしてくれたのですが、本当に嬉しくて毎日聞いていたのを今でもよく覚えています。

このゲームをやっていなかったらこんなに様々なジャンルの音楽を小学生で聞くことはなかったと思いますし、なにより音楽に興味をもつきっかけを与えてくれたどうぶつの森には本当に感謝しています…。

そして後にどうぶつの森の音楽を作っている作曲家さんは国立音大の先輩ということを知って狂喜乱舞することになります….!!!(笑)



本当にどこからどう発展して好きなものにめぐり合えるかって分からないものですね。

私の両親も習わせたピアノではなく、ゲームがきっかけで私が音楽に興味を持つことになるなんて思いもしなかったでしょう。

なんてことのない娯楽の中にもそういう可能性が隠れているということはすごくおもしろいことだと思いますし、興味を持ったもの(今回の場合はゲーム)を頭ごなしに否定せず色々やらせてくれた両親にはとても感謝しています。

ということでどうぶつの森の音楽、ご存知の方も多いかと思いますがすごく素敵な曲が多いので是非聞いてみてください。



次回の記事はライブ関連のものになるか、別のものになるかまだ分からないのですが、

近々トロンボーンを始めたきっかけについても是非書かせて頂きたいと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございました♪

それでは今日はこの辺で。

【Z BLOG】曽根 麻央:ジャズフェスと旅とウォームアップ

夏も終わりに近づいて来ました! 日本各地で開催されるジャズフェスですが、今年は今の所、流山、今治、そして鹿児島と行ってきました。

 今治は毎年、ヤマハのモニターでもある猪俣猛さんのバンドメンバーとして行っています。暖かい実行委員とオーディエンスと美しい自然に囲まれる時間を毎年過ごさせていただいております。そして、ご飯も美味しいので毎年食べ過ぎ注意な感じです(笑)。写真は伯方島での練習風景。


そして美しい今治城。




 鹿児島は初参加でした! みんながリーダーとして呼ばれ、ジャズフェスがバンドを組み、あらゆる会場でセッションをするという画期的な企画! 実行委員長が素晴らしいピアニスト・松本圭史さんなので、音楽的にも非常にレベルの高い内容が提供されています! 今年のスペシャルゲストはなんとあの、カート・ローゼンウィンケル(ギター)。演奏で呼ばれた我々ミュージシャンにも聞くことを楽しませてくれる。今後どんどん発展し続ける素晴らしいジャズ・フェスティバルでした! 写真は曽根麻央カルテット(曽根 麻央、井上銘、織原良次、香月 宏文)の天文館公園ステージでの様子。他にも様々な、ステージが街中に組まれました!




 ヤマハの原モデルでもお馴染みの僕の師匠、原朋直先生とダブルトランペットなんて企画もありました!!



その他にも旅の仕事があったのですが、このようなシチュエーションでもトランペット奏者にウォームアップは欠かせません。ホテルでの練習に活躍するのがプラクティス・ミュートです。オープンで練習できないシチュエーションが続くと意外とプラクティス・ミュートの良さに気付かされます。
 唇がオープンで演奏している時よりも、最小限の力でリラックスしている印象があるので、普段オープンでウォームアップをしている時よりも調子がいい気がします。これは個人的に要研究です! 内容的にもほとんどオープンでウォームアップしている時と変わらず、J. スタンプから、H.L.クラーク、そして、タングスラーの流れですが、本番を演奏した時の印象がミュートでウォームアップした時とオープンでした時とでかなり違う気がします。また暫く色々と試したらここで報告します!

さて、今後のリーダーライブですが、
9/15(土) 曽根麻央トリオ at 小川町(淡路町・新御茶ノ水) Lydian
9/21(金) 曽根麻央トリオat 柏 Nardis
9/22(土) 曽根麻央トリオ at JR野洲駅南口 オクトーバーフェストやすJazz Up!
9/23(日) 曽根麻央トリオ at 名古屋・覚王山 Star Eyes
9/29(土) 曽根麻央&松丸契(sax) DUO at 小岩Cochi
9/30(日) 曽根麻央トリオ at 上野学園石橋メモリアルホール『第33回 トランペット・フェスティバル』

お待ちしております!

【Z BLOG】菅野 浩:「大学生のころ」

こんにちは、サックス&クロマチックハーモニカ奏者の菅野浩です。
前回は高校生のころの話でしたが、今回は大学生のころのお話をしたいと思います。

1993年春、明治大学入学。Jリーグ開幕。
各大学のジャズサークルを巡って練習環境が良いところはやはり自分の大学とゆうことで、明治大学Big Sounds Society Orchestra(略称:BSSO)へ入る。
レギュラーバンドとジュニアバンドに分かれていた。軍隊みたいなとこだな。でもジャズをやる人がこんなに沢山いるなんて天国じゃないか。OBでミュージシャンになった先輩がたくさん練習しに来る。そんな環境で先輩たちを見てるだけで聴いてるだけで上手くなりそうだ。更には気軽にアドバイスなど頂けたり皆色々なことを教えてくれた。
ビッグバンドサークルに所属したものの、目標はアドリブプレーヤー。アドリブなんてまだ何もできていない。コンボサークルに入れば良かったかもしれないが、このBSSOは特殊な練習をやっていたので、それを早く習得したかった。
全体での基礎練習では、まずリズムセクションがブルースを弾き、その上でホーンセクションは四分音符、八分音符、あらゆるシンコペーションをジャズのニュアンスでスィングさせるにはどうしたら良いかを徹底的に追求していた。
息遣いを揃えるのに歌って合わせたりもしていたのでその光景は体育会系のノリだった(笑)。

レギュラーバンドのメンバー選抜はオーディション制。我こそはと思うものは申し出てオーディションの機会をもらい課題曲を演奏し、レギュラーメンバーらの協議の後決定する。僕は1年生の夏前にオーディションを申し出た。ダメならコンボサークルに行こうと決めていた。結果は運良くリードアルトのポジションにつくことが出来、ちょうどその頃、持ってたサックスを海外製のヴィンテージサックスに買い換えた。
BSSOでは、夏にはコンテスト、秋には学園祭、冬にはリサイタル、春には新入生歓迎コンサート、これらの合間にパーティなどでの営業演奏、他大学とのジョイントコンサート、合宿、飲み会、ライブ鑑賞等々のイベントが多くあり、生活全てがBSSOを中心に回っていた。
中二病をこじらせていた僕でもBSSOを中心に人との交流が増え、この頃は開き直っていたと思う。学生ビッグバンドサークルは今思うとまだまだ小さな世界なのに。。

2年に進級したころ、BSSOではトロンボーンセクションが最強のサウンドを誇っていた。
この夏のコンテスト映像をご覧いただきたい。

https://youtu.be/rt7wMWlqSC0

この年はめでたく優勝。
「管を伸び縮みさせるだけでよくそんなことできますね〜」とかトロンボーンの先輩に向かって失礼なことを発言していた(笑)
実のところ、今でもトロンボーンとゆう楽器が不思議でたまらない。なんであの伸び縮みする管であんなに…。
余談だが、 J.J.ジョンソンのライブを2夜連続で聴きに行ったことがある。

ビッグバンドは人が多い故に考え方も様々。誰々がバンドを去るなら俺もやめるやめないといった話は常にあった(バンドあるある話)。
そんな中、レギュラーバンドでは一番下の学年だった僕はいつも聞き役に回っていた。
皆の言い分はわかるけど仲良くやってよ〜。
それより僕には時間がなかった。
まだアドリブがままならない状況だったから。
翌年のレギュラーバンドがどうなるかもお構い無しに年度末のリサイタルを終えると僕はBSSOを辞めてしまった。
関係した先輩後輩の方々、その節はご迷惑をお掛けしました。ごめんない。

3年になって前から教わりたいと思っていたサックス奏者Yさんに個人レッスンをしてもらう事に。
ソニー・スティット、ジャッキー・マクリーン、フィル・ウッズらの演奏を散々コピーした。何がきっかけになったのかわからないけど、アドリブのコツを身に付けたのはこの頃かなと思う。ビッグバンドサークルでリードアルトを吹いてた頃はその世界ではちょっと偉い存在に扱われるので、アドリブソロがままならなくとも、できる風にしなければならなかった。音数を多くしてテキトーな音使いでデカい音でハッタリをかましていた自分が嫌だった。

Yさんにはとても感謝している。

アドリブのコツは、例えて言うなら初めは赤ちゃん言葉を覚えて人と会話するようなものだと思う。僕は敢えてそこから始めた。
大学を出るまであと1年ちょい。
赤ちゃん言葉から始まり、大学を出るくらいまでには大人のアドリブ語彙力を身につけたいと思い、コンボサークルにも多く顔を出してセッションに励んだ。

大学4年、1996年、コギャルが元気で小室ファミリー全盛期。
バブル崩壊の影響が色濃くなってきたこの頃、同級生は就活に、僕は更に練習に励んだ。
今までサックス以外やりたい事もなかったし、何もやってきていないのに就活するほうが不自然。卒業してもすぐにサックスで生きていける保証は全くないけど、留年したりフリーターとして暇そうにしている先輩らとつるんでいればなんとかなりそうな気がした。就職難の時代に脱サラしてミュージシャンになった先輩もいた。
いったいみんな何を考えていたんだろうか。
人の事はあまり言えないけど。

学生生活も終わろうとしていた1997年1月、高円寺の古いアパートで一人暮らしを始めた。自由と同時に全て自己責任な生活が始まった。しかしその自由感がとても心地良かった。
卒業までの間に、他大学のビッグバンドがロサンゼルスで1週間の演奏旅行をするがメンバーが足りないとのことで、急遽僕を呼んでもらった。思いがけず初の海外旅行にして卒業旅行ができてしまった気分だった。

1997年3月、不安と希望が入り乱れつつも、自由を手に入れた充実感とともに学生生活は終わった。

【Z BLOG】菅野 浩:高校生のころ

こんにちは、サックス&クロマチックハーモニカ奏者の菅野浩です。
前回は中学生のころの話でしたが、今回は高校生のころのお話をしたいと思います。

高校入学は1989年。平成元年。バブル絶頂期でありながら、うちの家庭は裕福ではなかった。
父は昔、スカーフなどのテキスタイルデザイナーとして横浜のスカーフ業界で活躍していたが、しばらくその職から離れていた。僕が中学3年生の時、横浜でスカーフデザインのコンペがあるとゆうことで父は久々にデザイン画を描いて応募すると、いきなりグランプリと賞金を獲得した。公立高校に入学が決まっていた僕はすかさずサックスをねだった。父はすんなりとOKし、海外製のサクソフォンを買ってくれた。裕福ではないのにこうゆうところに使うお金は惜しまない父だった。とても感謝している。

入学した高校は当時では珍しく、吹奏楽部の他にジャズのビッグバンド部があったので、迷わずビッグバンド部へ。
入部してすぐに直面するのは担当楽器争い。
アルトサックスを希望する新入生は僕と男子Sくんの二人。アルトの定員は一人。決め手となったのは私物楽器を持っているとゆうことで僕がアルトに、Sくんはバリトンに回されてしまった。中学のときのOさんのようにSくんは退部してしまうのではないかと心配していたが、Sくんはその後進級すると、バリトンからテナーに移り、今でもテナーのまま社会人バンドなどで活動している。良かった~。
この頃演奏していた曲は、カウント・ベイシーのナンバーが中心で、スティーヴィー・ワンダーの曲やThe Chickenなども演奏した。

ある日、チャーリー・パーカーのオムニブックを楽器店で見つけ衝動買い。しかしそれはC譜。。
C譜を読めないのになんでE♭譜を買わなかったの俺?バカなことしてしまった。。
と後悔するも買い直すのはもったいないので、E♭譜に書き写し始めた。すると数日で難なくC譜をそのままアルトサックスで読めるようになった。

C譜に慣れない人は書き写し作業おススメです♪

この時期といえば世の中ではまだまだチェッカーズも流行っていたが、チェッカーズが好きという気持ちは何故だか心の奥に押しやられ、ポップス系の流行りからは遠ざかり、黒人ジャズ最高!チャーリー・パーカー最高!と思うようになり、1940~50年代のジャズを聴きまくる日々。

そう、中二病をこじらせ、狭い世界に閉じこもっていたのだ。今思えば良くも悪くもだけど。

高校三年、1991年。
マイルス・デイビス死去。宮沢りえ写真集発売。千代の富士「体力の限界」引退会見。景気後退の影。。
世の中いろいろ起きてたけど、自分の進路選択を迫られる。
ライブハウスでのジャムセッションに参加するも撃沈。部活を引退する時の学園祭ではフィル・ウッズの名演で知られるクインシー・ジョーンズの「Quintessence」を演奏したけど完コピ状態。アドリブなんて全然できなかった。


高校三年時の学園祭にて。

まだまだサックスでは何もできない。
親と進学をめぐる攻防戦勃発。
ちゃんとジャズを学びたいが留学は無理。
ジャズを教えてくれる数少ない専門学校への進学を希望したが、却下。
ジャズ科が無くクラシック科しか無い音大に進むなんて微塵も思わなかった。
親はとにかく総合大学へ進学しなさいと。
1年間の浪人生活の後、都内の総合大学に入ることができ、親との攻防戦は終了した。


高校の卒業式

その後、新たに大学生活でサックスを散々練習することになるのだけど、その前の浪人時代はサックスをほとんど吹かなかった。
予備校に通わずに宅浪(自宅浪人)してたので、鹿児島の祖父の家に2ヶ月ほどお世話になったことがあった。祖父宅にはCDプレーヤーが無いと聞いていたので、ジャズのCDは何も持って行かなかったが、行ってみるとカラオケセットを発見。これでカセットテープなら聴けるじゃないか。そうわかると急いで町の小さなレコード屋に行き、なんとなく心に引っかかっていたカセットテープを2本だけ買ってしまった。
それは、井上陽水と石川さゆりのベスト盤だった。なんでだろう。。
二ヶ月のあいだ、この二人の歌声しか聴かなかった。なんでだろう。。

この時のふとしたきっかけで、こじらせていた中二病が和らいで来たように思う。