Web音遊人(みゅーじん)

3人の名手による、親密で知性的なアンサンブル/吉井瑞穂&北谷直樹 デュオ・コンサート

3人の名手による、親密で知性的なアンサンブル/吉井瑞穂&北谷直樹 デュオ・コンサート

2000年からマーラー室内管弦楽団の首席オーボエ奏者を務め、クラウディオ・アバド、ピエール・ブーレーズ、サイモン・ラトルといった巨匠指揮者たちと名演を重ねてきた世界的演奏家・吉井瑞穂。共演に古楽演奏のスペシャリスト・北谷直樹(チェンバロ)と懸田貴嗣(バロック・チェロ)を迎え、17~18世紀の室内楽曲を披露した。

前半の幕開けは、長らくJ.S.バッハの作と伝えられてきたが、近年はその息子C.P.E.バッハの作品とも言われる「オーボエ・ソナタBWV 1031,H.545」。優美で儚げなシチリアーノ(第2楽章)でおなじみの本作を、吉井は持ち前の甘くふくよかな音色……ではなく、曲想にふさわしい軽やかさで端正に歌い上げてみせる。また、チェンバロがオーボエとチェロの各々とデュオで絡む場面も多く、彼らの親密さと知性の高さがよく伝わってきた。

3人の名手による、親密で知性的なアンサンブル/吉井瑞穂&北谷直樹 デュオ・コンサート

2曲目は、声楽に傑作が多く、自身が優れたテノール歌手でもあったドイツのC.H.グラウンによる「チェロ・ソナタB:XVH:53」。ここでは懸田と北谷のデュオが、男性の雄弁な歌声を思わせる旋律を力強くしなやかに彫琢。バロック・チェロの温かみ溢れる音色を堪能した。

前半最後の3曲目は、吉井が再び加わり、C.P.E.バッハ「オーボエ・ソナタWq.135,H.549」を演奏。ノスタルジックなアダージョ(第1楽章)の名旋律が印象的だが、この日の白眉は第3楽章の変奏曲。3人はまるで常設のトリオのような自然体と均整美を貫いた理想的なアンサンブルを聴かせてくれた。

休憩を挟んだ後半は、イタリアに生まれ、フランスで活躍したピアーニの「オーボエ・ソナタ第4番」から。演奏前の北谷の説明だと、本日がおそらく日本初演とのこと。荘厳さと軽妙さが交錯する全5楽章の本作を、3人は作品が今生まれたような瑞々しさをたたえながら歌い進んでゆく。中でも、華麗に躍動する最終楽章は、日本初演を祝うのにふさわしい掛け合いだった。
続いては、北谷がソロでクープラン「チェンバロの為の組曲」を演奏。アルマンド、クーラント、サラバンドといった、さまざまな舞曲の巧みな歌い分け。さらに最後の変奏曲で見せた、ジミ・ヘンドリックスのロックギター張りの妖艶な熱気に満ちた圧巻の表現。その色彩豊かな音色と、精巧かつ即興性の高い技術に、改めて心から恐れ入った。

3人の名手による、親密で知性的なアンサンブル/吉井瑞穂&北谷直樹 デュオ・コンサート

そして、当夜を高らかに締めくくったのが、名オーボエ奏者でもあったイタリアのサンマルティーニが、元々はフルート(リコーダー)のために作曲した「オーボエ・ソナタOp.2-4」。3人は、いわゆるイタリア風の華麗な表現ではなく、明るくシンプルな解釈で全4楽章を織り上げ、結果として実に明るく豊麗なクライマックスを現出。プログラムノートにもあった通り、本作の第3楽章には「愛情を込めて、優しげに」と指定表記されているが、まさに彼らの音楽に対する“愛”と“優しさ”が体現されていた。

3人の名手による、親密で知性的なアンサンブル/吉井瑞穂&北谷直樹 デュオ・コンサート

渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:山田和樹さん「エルヴィス・プレスリーのクリスマスソングから『8割の美学』というものを学びました」

2715views

高らかに鳴るトランペットだけでなく、神業のようなドラム・プレイ、若き俊英のピアノの妙技にも目をみはる/タイガー大越 トランペットの絵画 Vol.4

音楽ライターの眼

高らかに鳴るトランペットだけでなく、神業のようなドラムプレイやピアノの妙技にも目をみはる/タイガー大越 トランペットの絵画 Vol.4

6101views

楽器探訪 Anothertake

改めて考える エレクトーンってどんな楽器?

128846views

楽器のあれこれQ&A

サクソフォン講師がアドバイス!ステップアップのコツ

2183views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

8878views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

23946views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

6806views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8343views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

18851views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

1553views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

7940views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

28977views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

16815views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8183views

音楽ライターの眼

連載22[ジャズ事始め]上海というアジアの拠点を失った“日本のジャズ”が次に求めたスタイル

1909views

オトノ仕事人

歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事

2609views

上海ブラスバンド日本支部

われら音遊人

われら音遊人:上海で生まれた縁が続く大家族のようなブラスバンド

1868views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンで初めてオーディオファイル録音機能を装備

12887views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

13678views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4502views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

4256views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6647views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9599views