Web音遊人(みゅーじん)

連載13[ジャズ事始め]なぜ上海は“ジャズの揺りかご”となったのか?

維新を成し遂げ、開国という現実を前にしてその荒波へと漕ぎ出した明治政府にとって、上海は活路を見出すための重要な最前線港だったようだ。

1874年(明治7年)、征台の役に端を発した台湾での騒動を収めるため、日本は台湾へ征討軍として約3,000名を送り込んだ。この戦いは年内に収束し、明治政府は東南アジアへの本格的な進出を果たすことになる。

余談だが、そこで躍進したのが三菱財閥の創始者として知られる岩崎弥太郎。台湾出兵に際して三菱は、軍事輸送のために政府が購入した13隻の大型船の運行を受託。騒動が収束した翌1875年(明治8年)には、横浜〜上海間に定期航路を開いている。

この航路の経営にあたった三菱蒸汽船会社は、支社を上海のフランス租界(外国人居留地)に開設し、政府が推進する海運政策の主導的立場を担うことになる。

当時、ヨーロッパからは、アントウェルペン(アントワープ)、ロンドン、マルセイユ、ポートサイド、スエズ、コロンボ、ペナン、マラッカ、シンガポール、香港、そして上海という港を経由する航路が開拓されており、明治政府(と商機に乗じた三菱)は遅ればせながらその西の端の世界貿易港に拠点を築いた、というわけだ。

上海が港町として発展するのは12世紀ごろだが、それ以前も以後もあまり歴史の表舞台に出てくることはなく、注目されるようになったのはかなり最近のこと。

1842年、アヘン戦争で清(中国)に勝利したイギリスは南京条約を締結。このときに開港することになったのが、上海を含む5港だった。早速、イギリスをはじめフランスやアメリカ合衆国が上海に進出し、清の国内に租界を形成する。

租界には、条約で定められた行政自治権や治外法権があったため、航路が開かれている国の文化がダイレクトに運ばれて、根付いていくことになったと思われる。

また、1865年には香港上海銀行の設立を機にヨーロッパの金融機関が本格的な進出を始める。さらに、香港〜上海〜長崎を結ぶ海底電信ケーブルが敷設されたことでいち早く国際電信が可能になるなど、世界的な金融都市としての体裁が整っていく。

こうして上海は、1920年代には清における最大の都市となり、経済的な繁栄を背景にしたショービジネスの最先端都市としても成長していくことになったのだ。

上海が世界有数の都市になった1920年代は、アメリカ合衆国が“ジャズ・エイジ”と呼ばれるほど、ジャズが“時代を象徴する音楽”だったころ。

この上海租界の存在が、アジアにおけるジャズの普及に多大な貢献を果たしたことは想像に難くない。そのブランディングの大きさを、次回はたどってみたい。

参考:三菱グループサイト「三菱人物伝」

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:中川晃教さん「『音遊人』のイメージは、雲を突き抜けて、限りなくキレイな空の中、音で遊んでいる人」

6763views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.12

3292views

楽器探訪 Anothertake

おしゃれで弾きやすい!新感覚のアコースティックギター「STORIA」

44813views

楽器のあれこれQ&A

モチベーションがアップ!ピアノを楽しく効率的に練習するコツ

40848views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

4347views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

1182views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7189views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6450views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

21908views

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

われら音遊人

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

10505views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

7940views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9601views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

10827views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8184views

音楽ライターの眼

2人の名手だからこそなしえた“大人の音楽”/マイケル・コリンズ クラリネット・リサイタル -小川典子(ピアノ)とともに-

1192views

一瀬忍

オトノ仕事人

ピアノとピアニストの絆を築く、アーティストリレーションの仕事

3098views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

7652views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

自宅で一流アーティストのライブが楽しめる自動演奏ピアノ「ディスクラビア エンスパイア」

56102views

秋田ミルハス

ホール自慢を聞きましょう

“秋田”の魅力が満載/あきた芸術劇場ミルハス

4297views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

4673views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

12875views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5190views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

28989views