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アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭の「イル・トロヴァトーレ」でヴェルディを堪能する

真夏のイタリアの音楽祭といえば、アレーナ・ディ・ヴェローナでの野外オペラが人気である(16,000人収容)。古代ローマ円形競技場におけるスケールの大きなオペラ公演には、世界各国から聴衆が訪れる。

ヴェローナはシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の舞台となった場所。市内にはモデルとなった「ジュリエッタの家」(イタリア語読み)があり、ジュリエット像と有名なバルコニーが。

ヴェルディの「アイーダ」が初めてここで上演されたのは1913年8月10日。おりしもこの年はヴェルディ生誕100年祭が催されることになっており、各分野の著名人が企画を出し合ったが、妙案は生まれてこなかった。

ちょうどそのころ、ヴェローナ出身のアメリカで成功を収めたテノール歌手ジョヴァンニ・ゼナテッロが帰国。彼は夕日に赤く染まるアレーナを見て「ここでグランド・オペラをやろう!」と提案する。紀元前1世紀に作られ、それまでは格闘競技や騎馬戦、ゴルドーニの人形劇などに使われていたアレーナは、この年以来その機能を劇場に変えた。

現在ではオペラ・ファン憧れの地となり、毎夏7月から8月までイタリア・オペラ・フェスティヴァルが華々しく開催されている。アレーナの広さは長径153メートル、幅128メートル、高さ30.5メートルだが、舞台上でポンと手をたたくと、階段の一番上でもその音が聴こえるほどすばらしい音響を備えている。

イタリアの夏は日が長い。オペラが始まるまで世界各地から訪れた人々は、交通の遮断されたアレーナ周辺のカフェやレストランでワインを飲んだり食事をしたりしながら、場外アナウンス「アタンシオーネ、アタンシオーネ」という呼びかけをゆっくりと待っている。

アレーナ・ディ・ヴェローナには夕刻のまだ明るい時間から聴衆が集まり、やがて空は茜色、紫色、漆黒へと変化していく。

さて、毎年ヴェルディのオペラはいくつか上演されるが、2019年は中期の傑作のひとつ「イル・トロヴァトーレ」が上演された。ライヴ収録もされDVDがリリースされている。その映像で臨場感あふれるオペラを楽しみたい。

「イル・トロヴァトーレ」は15世紀初頭のスペイン、アルゴン地方が舞台。レオノーラ(ソプラノ、領主の夫人に仕える女官)、マンリーコ(テノール、吟遊詩人《トロヴァトーレ》)、ルーナ伯爵(バリトン、アルゴン地方の貴族)、アズチェーナ(メゾ・ソプラノ、ロマ《ジプシー》の女)の4人が主たる登場人物。

アズチェーナに育てられたマンリーコはレオノーラと恋仲だが、ルーナ伯爵もレオノーラを愛しているため、ふたりは決闘になってしまう。実は彼らは離れ離れになった兄弟で、以前アズチェーナは兄弟の父親に母を火刑で殺害されたことを恨み、マンリーコをさらって殺そうとしたが、誤って自分の息子を焼き殺してしまったという暗い過去を背負っている。レオノーラがマンリーコを愛するため、怒りに燃えたルーナ伯爵はマンリーコを処刑してしまう。最後にアズチェーナが「マンリーコは弟だ」と告白し、自害するという物語。

この悲劇的な物語にヴェルディは圧倒的な存在感を放つ音楽をつけ、主役4人のアリア、重唱、合唱、オーケストラにいたるまで、一瞬たりとも気を抜けないほど劇的で感情豊かな音楽が満載、フィナーレまで一気に聴かせる。

今回はアンナ・ネトレプコ(レオノーラ)、ユシフ・エイヴァゾフ(マンリーコ)、ルカ・サルシ(ルーナ伯爵)、ドローラ・ザジック(アズチェーナ)といずれ劣らぬ名歌手が集結。歌手たちの実力とともに、特筆すべきはフランコ・ゼッフィレッリの演出&舞台だ。ヴェルディの魔力にかかったような、異次元の世界に迷い込んだようなひとときが味わえる。

※ページのトップ写真:アディジェ川が流れるヴェローナ。風光明媚な土地である。

■インフォメーション

『ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」』(Blu-ray)
ピエル・ジョルジョ・モランディ(指揮)、アレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団、同合唱団、同バレエ団

発売元:キングインターナショナル
発売日:2020年7月17日
価格:6,018円(税抜)
詳細はこちら

 

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

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