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もうすぐ没後10年。心に刻まれるゲイリー・ムーアの ブルース・ギター

2011年2月6日にゲイリー・ムーアが亡くなって、もうすぐ10年が経とうとする。

北アイルランドのベルファストに生まれたゲイリーはスキッド・ロウでギタリストとしてプロ・デビュー。1970年代にシン・リジィでハード・ロック、コロシアムIIでフュージョン/ジャズ・ロックをプレイしてきた彼は、1980年代にソロ・アーティストとしてブレイク。速弾きマシンガン・ピッキングと泣きのリードの双璧で、ギター・ヒーローの名を欲しいがままにするのに加えて、「パリの散歩道」「アウト・イン・ザ・フィールズ」「オーヴァー・ザ・ヒルズ・アンド・ファー・アウェイ」などをイギリスのメインストリーム市場でヒットさせてきた。

日本においてもゲイリーは人気を誇り、1983年から1989年までに5回の来日が実現。初来日公演後にはライヴ盤や未発表発掘 アルバム、コラボレーション作、ゲスト参加作、日本市場向けの輸入盤などが溢れ、1983年だけで10枚近くの新音源が店頭に並んだ。1984年と1985年の東京公演は日本武道館で行われ、その後、1987年・1989年のツアーもホール規模の会場で行われるなど、彼は絶大な支持を得ていた。

ゲイリーにとって一大転機となったのが1990年、『スティル・ゴット・ザ・ブルース』だった。ハード・ロックで活躍していた彼のブルース転向は世界をあっと驚かせたが、元々彼は1960年代後半のブリティッシュ・ブルース・ブームから影響を受けてきた。ジョン・メイオールの『ブルース・ブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』(1966)を聴いてプロのミュージシャンを志し、初期フリートウッド・マックのピーター・グリーンに認められてイギリス進出を果たすなど、その原点には英国ブルースがあった。当時のスティーヴィ・レイ・ヴォーンやジェフ・ヒーリー・バンドの成功が彼の背中を押したことは事実だが、昨日今日ブルースを弾き始めたのではなかったのだ。

当初は一回こっきりのプロジェクトで、アルバムに伴うツアーの後はロックに戻るつもりだったというが、全世界で300万枚というヒットを記録。ゲイリーは本腰を入れてブルース路線を進むことになる。

と思いきや、1994年には“クリームの再来”と呼ばれた、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカーとのBBMを始動。それが短命に終わるや1995年には師ピーター・グリーンに捧げる『ブルース・フォー・グリーニー』、さらに1997年にはドラムン・ベースやプログラミングといったモダンな作風を取り入れた『ダーク・デイズ・イン・パラダイス』を発表するなど、作品ごとに異なったアプローチを追求してきた。

2000年の『バック・トゥ・ザ・ブルース』以降、再びブルース路線に戻ったゲイリーだが、一言で“ブルース”といっても濃厚なブルース・ロックもあれば、ライヴ・フィーリングを生かした『オールド・ニュー・バラッズ・ブルース』(2006)、『クローズ・アズ・ユー・ゲット』(2007)、『バッド・フォー・ユー・ベイビー』(2008)三部作まで多彩な表現を志向していた。さらにライヴではシン・リジィ時代の盟友フィル・ライノットに捧げる『ワン・ナイト・イン・ダブリン』(2005)、ジミ・ヘンドリックスの曲を弾きまくる『ブルース・フォー・ジミ』(2007)など、一箇所に留まることのない活動でファンを魅了してきた。

ただ、その間、ゲイリーは日本に来ることがなかった。本人にその理由を問うと「飛行機が嫌いだから」「日本人は捕鯨をするから」「子供たちにポケモンのおもちゃを買わなければならないから」など冗談めかした答えが返ってきたが、最も本音に近いと思われたのが、こんな意見だ。

「日本のオーディエンスは移り気じゃないかと思うんだ。武道館でやれたかと思うと、次のツアーでは小さな会場だったりね」

日本のファンもマスコミも1980年代のハード・ロック時代の過去を追い求め、それ以外を認めようとしなかった。ゲイリーとしても高い人気を誇るヨーロッパを主戦場として、わざわざ日本まで来る必要を感じなかった。

結局、次の日本公演が行われたのは21年後の2010年4月だった。ブルース・セットでの来日だったが、ブルースもロックも関係ない!とばかりの弾きまくり&泣きまくりのギターは、長く彼のプレイに触れることがなかった日本のファンの心を撃ち抜くものだった。

その後、ゲイリーは“サマー・オブ・ロック”と題したロック路線の欧州ツアーを行っているが、再び日本を訪れることなく、この世を去っている。だが最後の来日公演は、ゲイリーのブルースのエモーションを、我々の心に深く刻み込むことになった。

■インフォメーション

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山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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