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ニコライ・ホジャイノフ 氏(Nikolay Khozyainov) ピアノは楽器の王様、キングと呼べる存在です。 この記事は2014年9月26日に掲載しております。

"ロシアの逸材"と称され、未来に向けて大きく飛翔しているニコライ・ホジャイノフ。
彼は指の練習に時間を費やすよりも、作品の奥の潜む作曲家の真意に迫ることをモットーに、楽譜と長時間対峙することを好む。その作品論に耳を傾けてみると…。

Profile

pianist ニコライ・ホジャイノフ

pianist
ニコライ・ホジャイノフ
1992年、ロシア・ブラゴヴェシェンスク生まれ。5歳でピアノを始める。モスクワ音楽院中央特別音楽学校(1999-2010)に学び、現在モスクワ音楽院在籍。ユーリー・リシチェンコ、2005年からはミハイル・ヴォスクレセンスキーに師事している。これまでに、2003年「ピアノ・ヴィルトゥオーゾ」国際コンクール(チェコ)優勝および特別賞、2004年第9回 カルル・フィルチ国際ピアノ・コンクール(ルーマニア)優勝、2008年スクリヤービン国際ピアノコンクール(パリ)優勝、若い音楽家のための第6回ショパン国際ピアノ・コンクール(モスクワ)第2位および特別賞を受賞。2010年第16回ショパン国際ピアノ・コンクール(ワルシャワ)のファイナリスト。同コンクールでは、成熟した繊細な芸術性が聴衆、音楽愛好家そして審査員の心をつかみ、ショパンの音楽の素晴らしい解釈者として賞賛された。 2012年、ダブリン国際ピアノ・コンクール優勝、シドニー国際ピアノコンクールにおいて2位および聴衆賞を受賞。あわせて、共演したシドニー交響楽団のメンバーによって選出される最優秀協奏曲賞、最優秀リスト演奏賞、最優秀シューベルト演奏賞、最優秀ヴィルトーゾ研究賞を受賞、最年少ファイナリストにも選ばれた。
モスクワ、サンクト・ペテルブルクといったロシア国内の主要都市のほか、ポーランド、ドイツ、フランス、チェコ、ルーマニア、ベラルーシ、モルドヴァ、アゼルバイジャン、南アフリカ、マレーシア、アメリカ合衆国、イタリア、日本など国内外で数多くのリサイタルを開催。
これまでに、東京交響楽団、シドニー交響楽団、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団などの主要オーケストラと共演し、オーケストラのソリストとしても世界で活躍の場を広げている。
CDも多数リリースしており 2011年にCD Accordよりショパンとリストの作品を収めたアルバム、2012年にはショパン・インスティテュートよりショパン作品集を発売。同年10月にJVCビクターよりリリースされたベートーヴェン、ショパンほかを収めたアルバムは大きな反響を呼んだ。2014年1月に発売されたリスト ピアノ・ソナタを収録したアルバムは洗練された技巧と深い芸術性が高く評価されている。
※上記は2014年9月26日に掲載した情報です

プログラムを考えるときは、常に熟考します。

ニコライ・ホジャイノフは、2010年のショパン国際ピアノ・コンクールのファイナリストに選ばれた直後からしばしば日本を訪れ、今年はリサイタルとオーケストラとの共演などで4回の来日を数える。
「いろんな季節に日本を訪れています。日本のファンはいつも温かく迎えてくれ、集中して演奏を聴いてくれる。ですから、私はさまざまな作品をプログラムに組み、そのつど自分がもてる最高の演奏をしたいと願っています」
8月20日には円光寺雅彦指揮読売日本交響楽団との共演によりサントリーホールのステージに初めて立ち、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏した。
「すばらしいホールでした。ステージにはフルオーケストラが並んでいるわけですが、それでも広々とした空間があり、余裕がある感じ。ピアノの音もとてもよく聴こえ、音が広がっていく感じがしました」

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は、ロシアのピアニストにとって非常に重要な意味をもつ作品であり、心に近い作品といえるのではないだろうか。
「もちろん、昔から親しんできたコンチェルトですし、いろんな録音や演奏も聴いています。でも、実際にシリアスな形で演奏を始めたのは今年の1月からなんですよ。テーマや構成などは十分に理解していましたので、本格的な練習という意味ですが…。真剣に弾くようになって、改めてこのコンチェルトが大好きだとわかりました。そして1月下旬にイタリアで2度演奏し、その後2月に札幌で演奏しました」サントリーホールの演奏は高い評価を得、いつも聴き慣れたスケールの大きなエネルギッシュな演奏とは多分に趣の異なる抒情的な表現に、聴衆は深く魅了された。
「このコンチェルトはとてもリリック(抒情的)な作品だと思います。私の先生のそのまた先生たち、つまりチャイコフスキーにより近い年代のピアニストたちは、チャイコフスキーはとてもリリックな作曲家だと考えていました。

そしてこのピアノ協奏曲第1番は、チャイコフスキーの本質が最も端的に表現されたものだといっていたのです。現在はとてもヴィルトィオーソ的(巨匠的)に、指が走るように、いうなればテクニックを見せるような解釈でとらえられがちですが、私はそうは考えていません」
ホジャイノフは、大変な読書家として知られる。多岐にわたる書物を読み、インタビューではそうした知識が随所に顔をのぞかせる。

 「チャイコフスキーは友人のバラキレフ(「イスラメイ」などのピアノ作品で有名。「5人組」の理論的指導者として19世紀後半のロシア音楽の方向を決定づけた)に、こう手紙を送っています。《このコンチェルトは簡単ではない。いま、ものすごい大曲を書こうと思っているがなかなか困難で、ピアノのパッセージを生み出そうとしているのになかなか生まれてこない》と。チャイコフスキーはピアニストではなかったため、いくつかのエピソードが出てくるとき、とても弾きにくい箇所があります。それをまちがえてヴィルトゥオーソ的に解釈してしまう場合があるのではないでしょうか」
ホジャイノフはチャイコフスキーの初版楽譜をじっくりと研究、改訂版との相違に注目し、作曲家の真意に迫る。
「第1楽章冒頭の和音の連打ですが、これは最初分散和音で書かれていました。チャイコフスキーは"鐘"を表したかったのです。でも、友人たちが実際に弾き、その助言により、ピアニスティックな効果を出すために現在の方法に改訂されました」

第2楽章にも初版との違いがある。
「最初はアレグロと表記されていました。それがブレスティシモに変えられたのです。初演を行ったハンス・フォン・ビューローのアドヴァイスも受け入れ、チャイコフスキーはさまざまな改訂を行っているわけです。でも、それはすべて技術的なことであり、テーマやアイディアは作曲家の意図がそのまま生かされています。第3楽章にも大きな改訂が施されています。それは中間部のテンポが落ちるところですが、ここはマズルカを用いたとても長い展開部でした。実際の演奏を聴いたチャイコフスキーは少し間延びするという感じを受け、これを簡潔にしたようです」

初版楽譜はホジャイノフにさまざまなインスピレーションを与え、作品の生まれたプロセスを思い起こさせ、演奏解釈に大きな影響を与えているようだ。
そんな彼は2012年ダブリン国際ピアノ・コンクールで優勝に輝き、シドニー国際ピアノ・コンクールでは第2位入賞を果たし、欧米で活発な活動を展開していくようになる。
日本では8月25日に浜離宮朝日ホールでリサイタルを行い、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」、ショパンのピアノ・ソナタ第3番をメインに据えたプログラムを披露した。
「私は常々いっていることですが、演奏会でも録音でも、プログラムを考えるときは熟考します。プログラムは私にとってとても大切なものですから。演奏会のプログラムというのは、私の一部です。演奏する人間の心の奥深い部分を反映しているものであり、その時点での心の状況、思考などを映し出しています。ですから、1曲1曲がそれぞれ互いの曲をより深く理解できるように構成していくのです。11月の来日リサイタルではハイドン、ラヴェル、ラフマニノフを予定していますが、一見まだらに見える多彩な作品をどうつなげるかが興味深いところです」

 その前の10月24日にはチャールズ・オリヴィエリ=モンロー指揮京都市交響楽団との共演でショパンのピアノ協奏曲第2番を、11月22日には飯森範親指揮山形交響楽団との共演でベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏する予定が入っている。そうしたコンサートではヤマハのCFXを使用し、オーケストラとの密度濃い対話を繰り広げる。
「CFXは、現代のピアニストの要求にしっかり応えてくれるピアノだと思います。高音域も低音域もすべてが豊かな音で、いまの時代に生まれたピアニストにとっては、なくてはならない楽器ではないでしょうか。最新モデルは、もちろん低音域が充実していますが、私は高音域も音色が豊かになっただけではなく、弱音の美しさが際立つと思います。たとえば、リストのピアノ・ソナタ ロ短調のフガートの前の静けさがただようエピソードの部分ですが、私がこれだけ静かに演奏したいと思う、その静けさを表現できるのはCFXだけですね」

今秋演奏するショパンのピアノ協奏曲第2番もベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番も、ソリストとオーケストラの音の対話がとても大切な要素となる。
「ショパンに関しては、第2楽章にベリーニ(ロッシーニ、ドニゼッティとともに19世紀初頭のイタリア・オペラを代表する作曲家。「ノルマ」などで知られる)のベル・カントに近い表現が見られます。私は第1番と第2番のコンチェルトにそんなに相違はなく、もちろんテーマやメロディには違いがありますが、構造と形式は同じだと思っています。ベートーヴェンは、音楽を通して心が凍っているような、魂が何も感じなくなっているような辛いことに出合っても、頭を働かせていろんなアイディアを自分のなかで考え、前に進まなければいけないと教えてくれます。この第4番は、ソリストとオーケストラとの闘いが続いていくと考えています。

第2楽章はグルック(オーストリアのオペラ作曲家。代表作は「オルフェオとエウリディーチェ」)のオルフェオを感じさせ、ピアノがオルフェオの役目を担うように思います。とても激情的ですね」  音楽を深く思考し、作品をあらゆる角度から検討し、自身の特徴である繊細で抒情的で透明感あふれる美音に託していくホジャイノフ。今後の来日公演も楽しみだ。

Textby 伊熊よし子

※上記は2014年9月26日に掲載した情報です