スペシャルコンテンツ 2015年ショパン国際ピアノコンクール ショパン国際ピアノコンクールの歴史

今年10月1日から23日までポーランドの首都ワルシャワで開催されるショパン国際ピアノコンクールは第17回目を迎える。1927年に第1回が開催されて以来、90年近くにわたって優れたピアニストを生み出してきたコンクールの歴史を振り返ってみよう。

創設から第二次世界大戦まで(第1回~第3回)

 ショパン国際ピアノコンクールが創設されたのは1927年。第一次世界大戦が終結し、ポーランドが独立国となって9年後のことだった。過去千年近くにわたって絶えず近隣諸国に領土を踏みにじられてきたポーランドは、第一次大戦中もロシア、ドイツ、オーストリアがこの地で戦い、200万ものポーランド人が敵味方に引き裂かれて殺し合うという悲劇を経験した。ワルシャワ音楽院のイェジ・ジュラヴレフ教授は、戦争で荒廃した人々の心を癒し、当時フランス音楽と考えられていたショパンの音楽をポーランドに取り戻して愛国心を鼓舞しようと考え、コンクールの創設を思い立った。

 第1回のコンクールは1927年1月23日から1週間にわたってフィルハーモニーホールで開催され、第1位となったのはレフ・オボーリン(ソ連)。作曲家のドミトリー・ショスタコーヴィチ(ソ連)も参加してディプロマを得ている。
 第2回は1932年に開催され、応募者は200名を超え、事前審査を経て14カ国68名が参加した。審査員の顔ぶれも国際色豊かになり、ピアニストのマルグリット・ロン、マグダ・タリアフェロ、カルロ・ゼッキ、作曲家のモーリス・ラヴェル、カロル・シマノフスキなど錚々たるメンバーが揃い、今日につながるコンクールのスタイルがほぼ確立された。第1位はアレキサンダー・ウニンスキー(ソ連)。
 第3回は1937年に開催され、第1位はソ連の俊英ヤコフ・ザーク。初の日本人参加者、原智恵子、甲斐美和は、繊細で抒情的な演奏とともにあでやかな和服姿を披露し、原智恵子は「聴衆賞」を受賞した。

綺羅星のようなピアニストを輩出した
20世紀後半(第4回~第13回)

 第二次世界大戦の勃発は、再びポーランドを壊滅的な危機に陥れた。ナチス・ドイツの侵攻によりワルシャワは焦土と化し、多くの市民が犠牲となった。終戦後、瓦礫の山となった旧市街広場の建物を、崩れた壁の石をひとつひとつ積み上げるように完璧に再現したポーランドの人々の不屈の精神は、民族の魂とも言えるショパンの音楽を求め、コンクールの再開を実現させた。
 1949年、第二次世界大戦をはさんで12年ぶりに開催された第4回コンクールで、コンクール史上初めてハリーナ・チェルニー=ステファンスカが地元ポーランドに優勝をもたらした。ソ連のベラ・ダヴィドヴィチと優勝を分け合ったものの、マズルカ賞、ジュラヴレフ特別賞も受賞したステファンスカの快挙にポーランド中が沸いた。
 第5回は、戦禍で焼失したフィルハーモニーホールの再建を待って開催されたため6年後の1955年となった。ペンキの匂いの残る完成したばかりのホールで華やかに開催されたコンクールは、復興の象徴とも言える出来事であった。これ以後このホールには半世紀以上にわたって、数々の名演奏とドラマが刻み込まれることになる。結果は、第1位アダム・ハラシェヴィチ(ポーランド)、第2位ウラディーミル・アシュケナージ(ソ連)、第3位フー・ツォン(中国)。日本の田中希代子は第10位となり、日本人初の入賞者となった。審査員のアルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリは、田中希代子をもっと高く評価すべき、アシュケナージとハラシェヴィチの順位を入れ替えるべきと主張し、サインを拒否してワルシャワを去った。

 1960年の第6回の優勝者は、マウリツィオ・ポリーニ(イタリア)。名誉審査委員長のアルトゥール・ルービンシュタインが「審査員のうち誰があれほど見事に弾けるだろうか」と、彼の完璧な技巧とみずみずしい音楽性を称賛した逸話は有名だ。この回、日本の小林仁は名誉賞を得ている。
 1965年の第7回の優勝者は、マルタ・アルゲリッチ(アルゼンチン)。圧倒的な演奏で審査員と聴衆を魅了し、第6回のポリーニと並んで現代のピアノ界を代表する大ピアニストへの道を歩み始める。この回、日本の中村紘子が第4位に入賞、遠藤郁子も批評家特別賞を受賞している。
 1970年の第8回の優勝者はギャリック・オールソン(アメリカ)。日本の内田光子が第2位となり、これが現在に至るまで日本人最高位となっている。
 1975年の第9回は、ハラシェヴィチの優勝以来20年ぶりにクリスティアン・ツィメルマンがポーランドに優勝をもたらし、才能豊かな新星の登場に聴衆は熱狂した。

 1980年の第10回は、さまざまな意味でセンセーショナルな大会となった。優勝したのはベトナムの無名の青年、ダン・タイ・ソン。史上初のアジア人の優勝は大きなニュースとなったが、それ以上に人々が注目したのは、ユーゴスラヴィア出身の奇才イーヴォ・ポゴレリチが本選に進めなかったことに抗議した審査員のアルゲリッチが、「彼は天才よ」の言葉を残して審査を拒否して帰国したこと。これによってポゴレリチは一躍有名になり、国際的に活躍することとなる。日本の海老彰子は第5位に入賞。

 1985年の第11回では、NHKのドキュメンタリー番組「ショパンコンクール~若き挑戦者たちの20日間~」によって日本に「ブーニン旋風」が巻き起こった。優勝者は19歳のスタニスラフ・ブーニン(19歳)。日本の小山実稚恵は第4位、第5位はジャン=マルク・ルイサダ(フランス)。ヤマハのピアノがこの回から公式ピアノに加わり、ドキュメンタリー映像に、調律技術者の村上輝久氏、瀬川宏氏らが深夜に及ぶピアノ選びの現場ですべてのコンテスタントの演奏を熱心に聴いてメモを取り、ファイナルでヤマハを弾くコンテスタントはいなくなったにもかかわらず、コンクールでは何が起きるかわからないと最後までピアノを最高の状態に調整している姿が映し出されている。

1990年の第12回は、史上初の第1位なしとなった。第2位はアメリカ出身のケヴィン・ケナー。この回は日本人の活躍が話題を呼んだ。第3次予選を通過した14名中7名が日本人で、現地の新聞に「7人の侍」と大きく報じられた。19歳の横山幸雄は、ヤマハCFⅢの輝くような音色を会場いっぱいに飛翔させてショパンの音楽を詩情豊かに紡ぎ、みごとに第3位を獲得。ヤマハのピアノを世界にアピールした。第5位にワルシャワ留学中の高橋多佳子も入っている。
 1995年の第13回も第1位なし、第2位をアレクセイ・スルタノフ(ロシア)、フィリップ・ジュジアーノ(フランス)が分け合い、第5位は日本の宮谷理香。1989年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝していたスルタノフは、結果を不満として授賞式をボイコットし、2005年に35歳の若さで夭逝した。

新たな世紀を迎えて(第14回~第16回)

 ミレニアムイヤーの2000年の第14回、中国のユンディ・リが15年ぶりの第1位に輝いた。史上最年少の18歳、洗練されたテクニックと清々しい演奏で聴衆を魅了し、新たな世紀の到来を感じさせた。日本の佐藤美香は第6位。
 2005年の第15回の覇者はポーランド期待の新星、ラファウ・ブレハッチ。音楽に対する真摯な姿勢を感じさせる自然な解釈、美しく気品にあふれた音色、あらゆる面で群を抜いた演奏で、ツィメルマン以来30年ぶりにポーランドに優勝をもたらした。この回の特徴は、ブレハッチ以外の入賞者全員がアジア人だったこと。第2位なしの第3位に韓国のドンヒョク・イム、ドンミン・イム兄弟、第4位に日本の山本貴志、関本昌平、12 名のファイナリストの中には根津理恵子、大崎結真、工藤奈帆美・レイチェルの名前もある。公式ピアノとなったヤマハNew CFⅢSは、12名のファイナリスト中4名に選ばれ、若きコンテスタントたちの熱演を支えた。
 2010年、ショパン生誕200年を記念した第16回で優勝の栄冠に輝いたのは、ユリアンナ・アヴデーエワ(ロシア)。繊細さと力強さを兼ね備えたしなやかなピアニズムでヤマハCFXから多彩な音色を引き出し、ショパンの音楽を鮮烈に表現してアルゲリッチ以来45年ぶりの女性ピアニストの優勝という快挙を成し遂げた。コンクールの長い歴史の中で日本製ピアノを使用したコンテスタントの優勝は、これが初めて。第4位のエフゲニ・ボジャノフ(ブルガリア)、入賞のニコライ・ホジャイノフ(ロシア)、エレーヌ・ティスマン(フランス)も、ヤマハCFXで個性あふれる演奏を繰り広げ、弾き手によってさまざまに表情を変える楽器の魅力と可能性に注目が集まった。
 今年10月に開催される第17回コンクールから果たしてどんなスターが生まれるのだろうか? 4月の予備予選を経て84名に絞られたコンテスタントたちの健闘を祈りたい。

ライター Profile

森岡 葉

森岡 葉(もりおか よう)
慶応義塾大学法学部政治学科卒業。音楽ジャーナリスト。著書に『望郷のマズルカ―激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン』(ショパン)、『知っているようで知らないエレクトーンおもしろ雑学事典』(共著、ヤマハミュージックメディア)、訳書に『ピアニストが語る! 現代の世界的ピアニストとの対話』(焦元溥著、アルファベータブックス)、『音符ではなく、音楽を! 現代の世界的ピアニストたちとの対話 第2集』(焦元溥著、アルファベータブックス)

書籍

望郷のマズルカ―激動の中国現代史を生きたピアニストフー・ツォン
望郷のマズルカ―激動の中国現代史を生きたピアニストフー・ツォン
ピアニストが語る! 現代の世界的ピアニストたちとの対話
ピアニストが語る! 現代の世界的ピアニストたちとの対話
ピアニストが語る! 音符ではなく、音楽を! 現代の世界的ピアニストたちとの対話 第二巻
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