ピアニスト:川田将人  - 学び、挑戦し続け、幾つになっても成長できるピアニストでありたい。~川田将人さんインタビュー この記事は2018年8月7日に掲載しております。

8年間のヨーロッパ留学を終え、この春から演奏家、指導者として新たな一歩を踏み出した川田将人氏。2018年9月25日に東京文化会館小ホールで開催するリサイタルでは、ヨーロッパ留学中に学んだ思い入れの深い作品の数々を披露する。

Profile

クラシック音楽が歴史に息づく地で学んだ日々

 日本大学藝術学部を卒業し、ザルツブルク、ライプツィヒ、ヴァイマルで研鑽を積んだ川田将人氏。クラシック音楽が歴史に息づく地で、さまざまなピアニストの教えを受け、のびやかな感性と繊細な表現力を開花させ、新進気鋭のピアニストとして注目を集めている。

「ザルツブルク・モーツァルテウム大学では、相良明子先生に師事し、エレガントでしなやかなオーストリアの演奏スタイルを学びました。相良先生はイングリット・ヘブラーの最後の弟子で、モーツァルト作品に造詣が深く、オーストリアの音楽とドイツの音楽がまったく違うことを教えてくださいました。また、日本人がヨーロッパの音楽を理解する際に何が壁になるのかを、ご自身の経験をまじえて親身にアドヴァイスしてくださいました。ザルツブルクでの3年半は、旧市街の小さなアパートで暮らし、夏の音楽祭、1月のモーツァルト週間、イースター音楽祭の時期には、「Suche Karte(チケット求む)」と書いた紙を持って道に立ち、余ったチケットを譲ってもらい、世界最高峰のオーケストラや音楽家の演奏を浴びるように聴くことができました」

 ライプツィヒ音楽演劇大学では、ライプツィヒ・バッハ国際コンクールの覇者、ゲラルド・ファウト氏に師事する。
「旧東ドイツ、共産圏だった頃の雰囲気が残るライプツィヒにはあこがれがあって、伝統的なドイツの響きを感じながら学びたいと思いました。街の中心部から少し離れると、第二次世界大戦の惨禍による瓦礫がたくさん残っていて、この街の人々はさまざまな困難を乗り越えながら音楽に誇りを持って生きてきたのだなぁと肌で感じました。
ゲラルド・ファウト先生は、バッハのスペシャリストですが、幅広いレパートリーを持ち、生徒の自発性を何よりも大切にする方で、個性豊かな同門の友人たちと切磋琢磨して学ぶことができました」

 フランツ・リスト・ヴァイマル音楽大学の修士課程では、ハンガリー出身のバラシュ・ソコライ氏に師事する。
「ヨーロッパ土着の民族精神が感じられるソコライ先生の演奏に心惹かれ、それまで触れたことのない音楽が学べるのではないかと考え、ヴァイマルで学ぶことにしました。ライプツィヒのファウト先生はバランス感覚に優れた方で、一言の助言で生徒の演奏が変わるというタイプの指導者だったのですが、ソコライ先生は奏法やテクニックについては一切語らず、まず作品の本質に迫り、目指すべきゴールに向かって何が必要なのかを生徒自身に考えさせるという教え方で、どう弾いたらいいのか悩むこともありました。でも、自分自身の手でつかみ取ったものはかけがえがなく、留学生活の仕上げの時期、説得力のある解釈を身につけるという意味で、貴重な学びの日々となりました。第2主科として歌曲伴奏にも取り組み、ドイツ語のニュアンス、それに合わせるハーモニーの響きを考えることもできました。また、初めて自分の部屋にピアノを借りたのですが、1906年製の古楽器のような繊細な感性を持ったピアノで、最初は戸惑いましたが、耳を澄ませて微妙な音色のグラデーションを聴き分ける習慣がつき、さまざまなインスピレーションを得ることができました」

ヨーロッパに根ざした民族音楽の空気感、ドイツ・ロマン派の魅力を届けたい

 実り多い8年間の留学生活を終え、この春からは福岡の中村学園大学・短期大学部で教鞭を執る傍ら、演奏活動にも意欲を燃やしている。
「教員を目指す若い人たちを指導するのは、新鮮で楽しいです。演奏家としては、とにかく長く続けたいと思っています。常に音楽的刺激を感じ、様々な価値観を受け入れながら挑戦し続け、幾つになっても成長できるピアニストになりたいと思っています」

 9月25日に東京文化会館小ホールで開催される「新進演奏家育成プロジェクト リサイタル・シリーズ」では、留学中に学んだ作品の中から、とくに共感を覚える作品の数々をヤマハCFXで披露する。

「ヤマハCFXは艶やかな独自の音色を持ちながら、どんな作品にも対応する懐の広いピアノで、ピアニストの演奏の幅を広げてくれるように感じます。それを充分に活かせたらいいなと思っています。
プログラム冒頭のヤナーチェク《霧の中で》は、ヨーロッパに渡って初めて触れた音楽で、その魅力が身体中に沁みわたるように感じました。前半は、そのほかシマノフスキ《20のマズルカ》、バルトーク《14のバガテル》から抜粋をお届けします。独特の民族的な空気感を楽しんでいただければと思います。
 後半のブラームス《主題と変奏》は弦楽六重奏曲の第2楽章をクララ・シューマンのために編曲した作品。《ダヴィッド同盟舞曲集》も、シューマンがクララと一番幸せに過ごした時期の作品で、彼らのクララへの想いを描き出したいと思います。プログラムの中心となる《ダヴィッド同盟舞曲集》の冒頭に書かれた古い格言、「いつの世にも喜びは悲しみと共にある。喜びにはひかえめであれ。悲しみには勇気をもって備えよ」を読んで深い感銘を受けました。華やかな作品ではないけれど、当たり前の日々の幸せを噛みしめるような演奏ができたらいいなと思います。前半の最後のバルトーク《14のバガテル》の終曲は、バルトークがヴァイオリニスト、シュテフ・ゲイエルとの恋に破れときに書いた暗く悲観的なワルツ。後半の最後の《ダヴィッド同盟舞曲集》の終曲は、シューマンの幸福感に満ちたワルツ。そんな伏線も感じながら全体のプログラムを聴いていただければ嬉しいです」

Textby 森岡葉

上記は2018年8月7日現在の情報です