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【レコーディングインタビュー】ピアニスト・作曲家 藤井 一興氏 響きに耳を澄ませ、音の美学を追求する

この記事は2015年6月2日に掲載しております。

 フランス音楽に精通し、研ぎ澄まされた感性で色彩豊かな音色をピアノから引き出し、
作品の新鮮な魅力を聴衆に伝えている藤井一興氏。還暦を迎え、ますます意欲的な演奏活動を展開している。
9月には、ファン待望のドビュッシー作品のアルバム第2弾をリリースし、「波をわたるジャポニズム」と題してアルバム収録曲を中心としたリサイタルを開催する予定だ。
 3月31日から4月2日までの3日間にわたって、相模湖交流センターで行われたレコーディングの現場を訪ね、
お話をうかがった。

ヤマハCFXの多彩な音色が、イメージの世界を広げる

 今回のアルバムに収録するのは、ドビュッシー《前奏曲集第1集》、《映像第2集》、ラヴェル《水の戯れ》。

「私は一貫してピアノの音色を探求していますが、ドビュッシーは私にとってもっとも大切な研究テーマです。ドビュッシーの作品が求める微妙な色彩感を生み出すには、左手の低音がきわめて重要です。低音の倍音の響きの上に、高音の旋律を乗せることによって、淡い中間色の濃淡を使って立体的に歌うことができるのです。少し具体的になりますが、ピアノの巻線(スティール製の弦の周りに銅線をコイル状に巻いた低音弦)の粒立ちをはっきりするよう調整していただくと、柔らかな打鍵で低音を響かせ、高音の旋律を包み込むように音楽をつくることができます」

 取材はレコーディング2日目。相模湖交流センター多目的ホールの木の温もりを感じさせる自然な響きの中で、藤井氏の指先から紡ぎ出されるヤマハCFXの多彩な音色がドビュッシーの音楽世界を鮮やかに描き出していく。

「昨年1月にリリースしたドビュッシー作品のアルバム『ドビュッシー・デュティユー/前奏曲』も、こちらのホールで収録しました。低音域から高音域まで自然な響きで収録できる素晴らしいホールです。  前回はホール常設のベーゼンドルファー Model 275を使いましたが、今回はヤマハCFXを運んでいただき、優れた調律技術者に整音、整調、調律をお願いしています。今回は弱音のグラデーションを追求する作品が多いのですが、そういう場合でも、ピアノをよく鳴る状態に仕上げていただいた方が音色をつくりやすいです。楽器は生き物ですから、そのように調整していただいて、2、3時間弾くとピアノがホールと共鳴していきますし、音色のイメージを伝えてさらに微調整していただくと響きがはっきりしてきます」

 レコーディングは初日から順調で、藤井氏の要求に応えて調整されたピアノが豊かに鳴り始めると、藤井氏のインスピレーションが刺激され、生き生きと精彩を放つ音色が生み出される。

「収録の現場って、朝より夕方、さらに夜、1日目より2日目、2日目よりも3日目と楽器が鳴るようになるし、その間さまざまなイメージが湧き出て、もっとできる、もっとやりたいと欲が出てきます。レコーディングは、自身との戦いのようなところがありますね。今回は奇跡的に素晴らしいピアノのおかげで、イマジネーション豊かな音楽をつくることができています。長年ドビュッシーの作品に向き合っていますが、演奏するたびに新たな感動があります。
 ドビュッシーの音楽は、強弱だけでは表現できません。楽譜にフォルテ、フォルティッシモと書いてあっても、強く弾いたらいいというものではないと思います。同様に、ピアノ、ピアニッシモと書いてあっても、ただ弱く弾けばいいのではありません。単なる音の強弱ではなく音質が必要なのです。ヤマハCFXは、デリケートな音質で私の要求に応えてくれます。2012年に初めてこの楽器に出会い、弱音の弾き分けが巧みにできることに驚嘆しました。最弱音も美しく響くので、ドビュッシーなどフランス近代の作品にこれほど適している楽器はないと思います」

日本人ならではの繊細な感性で奏でるフランス音楽

 アルバム発売記念リサイタルのタイトルは「波をわたるジャポニズム」。ドビュッシー、ラヴェルの東洋への憧れ、自然界への想いを繊細なニュアンスあふれる演奏で聴かせてくれることだろう。

「私は子どもの頃から耳が敏感で、ドレミファソラシド以外の音が聴こえるんです。それはありがたいことですが、難しさも増えてきます。楽譜の音を正しく弾けばいいというだけでなく、無限の音の中から音色を吟味して演奏しなくてはなりません。ピアノの倍音が聴こえるだけでなく、川のせせらぎ、風がそよぐ音からも倍音を感じ、色が見えてきます。日常生活の中で聴こえてくるあらゆる音に耳を傾け、感性を磨き、音楽に反映したいと思っています。
 たとえばドビュッシーの交響曲《海》は、倍音を巧みに使い、楽譜には書かれていない音が空気の中に混ざって聴こえてきます。それがドビュッシーのオーケストレーションの魅力です。今回収録する《前奏曲集第1集》の中の『西風が見たもの』などは、完全5度の上に長3度の響きが重なり、完全音程の動きが響きの透明感を際立たせ、まるで風の合唱のような響きが聞こえてきます。聴いてくださる方たちが、不思議な音色や響きを感じながらドビュッシーの音楽を味わってくださるといいなと思います。
 私はいつもその瞬間の音響現象を感じ、音に耳を澄ませ、日本人ならではの感性でピアノを奏でたいと思っています。リサイタルのテーマは『波をわたるジャポニズム』としましたが、音も波です。周波数のうねり、倍音の妙を表現したいですね。それに応えてくれるヤマハCFXと調律師さんに出会ったことに心から感謝しています」

 アルバムにはドビュッシーの作品とともにラヴェル《水の戯れ》も収録し、リサイタルでは《鏡》も聴かせてくれる。

「ドビュッシーとラヴェルは打鍵が正反対なんです。作曲家としての個性もまったく違います。ドビュッシーとラヴェルを弾き分けるには、研ぎ澄まされた指先の眼が開いてないといけません。ドビュッシーは、鍵盤を押した時に最初に抵抗感を感じるファーストエスケープメントのあたりをよく揉み、ハーフタッチで淡い中間色をつくります。打鍵のスピードを遅らせる指の筋肉を使うので、ちょっと大変です。ラヴェルは、逆に打鍵のスピードは速く、硬質な音色で音楽を構築します。フランスの近代音楽を代表するふたりの作曲家の違いを楽しんでいただけたらいいですね」

 アルバムのリリース、9月16日に浜離宮朝日ホールで開催されるリサイタル、洗練されたピアニズムから生まれるフランス音楽の世界が楽しみだ。

録音プロデューサー 松田朗氏から

 前回の録音もこのホールで行ったのですが、今回はヤマハCFXが眩いばかりの響きで、藤井先生の要望に応えて絶妙なバランスで調整され、音の出る方向性がマイクに対して柔軟なので、録音しやすいです。楽器近接の2本のマイク、ステージ上の2本のマイク、客席の2本のマイク、合計6本のマイクで収録していますが、実際に使うのはステージ上の2本のマイクの音源が中心になると思います。近接のマイクの音も使って、音色の微妙な差を拾うこともできるのですが、今回は楽器自体の特性が素晴らしいので、その必要はほとんどないと思います。最も自然な状態で、ホールに響く藤井先生の繊細な美音と表現をCDに収めることができるでしょう。音色を大切にする藤井先生が選んだピアノだけに、録音している私たちも驚くほど色彩豊かに音色が変化するので、感動を覚えながら仕事をしています。

制作会社:株式会社 フォンテック
〒167-0051 東京都杉並区荻窪5-22-5 TEL:03-3393-0183(代)
HP:http://www.fontec.co.jp/

Text by 森岡 葉

CD情報

  • ドビュッシー&ラヴェル

    2015年10月7日 発売



Profile

藤井 一興

藤井 一興ピアニスト・作曲家
東京芸術大学3年在学中、フランス政府給費留学生として渡仏。パリ・コンセルヴァトワールにて作曲科、ピアノ伴奏科ともに一等賞で卒業。パリ・エコール・ノルマルにてピアノ科を高等演奏家資格第一位で卒業。作曲をオリヴィエ・メシアン、ピアノをイヴォンヌ・ロリオ、マリア・クルチォ、井上二葉、ピアノ伴奏をアンリエット・ピュイグ=ロジェの各氏に師事。 1976年以降入賞した国際ピアノ・コンクールの数は10以上に及ぶ。世界各地、日本国内にてリサイタル、室内楽、コンチェルトの他、フランス国営放送局を始めとするヨーロッパ各地の放送局や日本のNHK等で多くの録音、録画など幅広い活動を行っている。CDではメシアン、イゴール・マルケヴィッチ、武満徹、フォーレ作品集などをリリースし、現在ドビュッシーのシリーズに取り組んでおり、第2弾が2015年夏にリリース予定。作曲家としても、フランス文化省から委嘱を受け、その作品が演奏会や国際フェスティバルで演奏・録音されたり、毎年自身のリサイタルで新作を発表している。その他、世界初のフォーレのピアノ全集の校訂を担当し、1~5巻(全5巻完結)を春秋社より出版している。現在、東邦音楽大学大学院大学教授、東邦音楽総合芸術研究所教授、東京芸術大学、桐朋学園大学各講師。
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