Web音遊人(みゅーじん)

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.3

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.3

前回の原稿に対しても“ご指摘”をいただいたので、解説を加えておきたい。

それは、「すでに義務教育の現場でもジャズは使われています」というものだった。

これは、「義務教育の延長線上で音楽をとらえようとする傾向が日本では特に強いのではないか」という前回の記述に関係する“ご指摘”ということになる。

確かに、あの記述で「義務教育=クラシック音楽」といった先入観がボクにあったことは否めない。ステレオタイプ的な、安易な表現だったと反省します。

文部科学省のホームページを調べてみると、平成29年3月に公示された新学習指導要領の中学校学習指導要領解説音楽編に「ジャズ」の文字があった。

ジャズのみならず、ロック、歌舞伎、能楽、世界の諸民族の音楽を取り上げて、シラバス(学習計画)を作成しなさい、というお達しであるという印象を受ける。

この部分に関して、「生活や社会における音楽の意味や役割について考え、音楽のよさや美しさを味わって聴くことができるように」なることによって、「思考力・判断力・表現力等」を鍛えることを狙っているらしい。

特にジャズとロックを聴くことは、「生活や社会における音楽の意味や役割について、更に幅広く、また深く理解する」ことを目的としているとのこと。

冒頭で触れた“ご指摘”でも、現場ではすでにジャズの大まかな歴史を取り上げられているという情報をいただくことができた。つまり、ルイ・アームストロングをはじめとする主なジャズ・ジャイアントたちの名前は、その代表的な演奏とともに中学生が「見知っている」ことになる。

このことを踏まえて前回の記述を見直そう。

教育現場での評価を上げるテクニックの固定化が、例えば受験科目に対して合格への最短コースを指南する塾講師の教え方に共通するという可能性は確かにあるだろう。

しかし、より柔軟なアタマでジャズを含めたいろいろなジャンルの音楽を聴くというカリキュラムがすでに現場でも浸透していることを考えると、一概にクラシックとジャズの対立仮説で論を進めるべきではなかった。

ただ、こうした対立仮説に用いられる固定化は、コーチングやティーチングといった“指導”が優先される方法論では、有効に作用する。それこそ受験を目的とした学習塾などは、固定化なくしては成り立たないだろう。

一方で、学習指導要領の改訂の背景に、固定化による効率偏重への危惧や、多様化への対応を「やってますよ」と示すために、鑑賞素材の“枠”を増やす=ジャズを取り上げるという動きがあったことは想像できる。

ということは、学習指導要領の改訂を、学習塾的な固定化とその反動という対立仮説を顕在化させたものと見ることもできるわけだ。

ただ、ティーチングの象徴でもある教育現場では、対象や定義を収束させるのではなく逆に拡散させる動きがあることを、改めて認識しておかなければならない。

つまり、対立仮説となるべきはジャズとクラシックではなく、むしろ音楽におけるジャンルは並列的になりつつあり、学習指導要領に記載されることでジャズさえ固定化の対象とせざるをえない現実がある、ということだ。

その点に注意して、この後の論を進めていきたい。

<続>

なぜジャズのハードルは下がらないのか?<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

武田真治インタビュー

今月の音遊人

今月の音遊人:武田真治さん「人生を変えた、忌野清志郎さんとの出会い」

15581views

Deviation Street: High Times In Ladbroke Grove 1967 - 1975

音楽ライターの眼

ノッティングヒルの恋人もビックリ。オムニバス『Deviation Street』で歩む英国アンダーグラウンド音楽の“逸脱した道のり”

1048views

豊かで自然な音と響きを再現するサイレントバイオリン「YSV104」

楽器探訪 Anothertake

アコースティックの豊かで自然な音色に極限まで迫る、サイレントバイオリン™「YSV104」

11594views

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法 - Web音遊人

楽器のあれこれQ&A

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法

15147views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

4353views

オトノ仕事人

プラスマイナス0.05ヘルツまで調整する熟練の技/音叉を作る仕事

28244views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

13699views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2716views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

23441views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

7625views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

7916views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29023views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7496views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

9801views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase12)ベートーヴェン「第八」、あいみょん「君はロックを聴かない」との関係

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase12)ベートーヴェン「第八」、あいみょん「君はロックを聴かない」との関係

887views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

1125views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

5648views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

22992views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

8584views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5055views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

21223views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6657views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29023views