言葉なき歌をうたう/マイケル・コリンズ 天才クラリネット奏者が贈る室内楽の愉悦

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音楽ライターの眼
言葉なき歌をうたう/マイケル・コリンズ 天才クラリネット奏者が贈る室内楽の愉悦

独奏者、室内楽奏者、そして近年では指揮者と、現代屈指の音楽家として活躍するマイケル・コリンズ。その名手の導きによって、この日のコンサートは、クラリネットの奥深く起伏に富んだ世界をめぐる旅となった。そして室内楽奏者たちのほかにゲストがひとり。コリンズと親交のあるソプラノ歌手、シャーロット・ド・ロスチャイルドの出演は、コンサートをさらに意義深いものにしてくれた。というのも、歌にかかわる作品がプログラムの半分を占めたこのコンサートでは、“歌”がひそかな鍵となったからである。

まず、1曲目は、ロヴレーリョの《ヴェルディの歌劇「椿姫」の主題による協奏的幻想曲》。ピアノを伴奏に、クラリネットがアリアのテーマを伸びやかにうたったのち、技巧を最大限に極めながら展開していく。器楽らしいこの華やかな展開で、楽器のカリスマ性とコリンズ自身の卓抜した技量が、空間すべてを圧倒する。思いがけず一気に熱の高まった場内は、ここからドラマティックな時間を過ごすことになる。

2曲目は、モーツァルトの《クラリネット、ヴィオラ、ピアノのための三重奏曲》。ここで静かな室内楽の雰囲気がゆるやかに浸透しはじめるかと思いきや、ソプラノのロスチャイルドが登場すると、その流れは勢いよく方向を変えていく。《夏の思い出》《からたちの花》《赤とんぼ》《たあんきぽーんき》の日本歌曲がクラリネットと弦楽四重奏の伴奏で、次いで、シューベルトとシュトラウスの歌曲がクラリネットとピアノの伴奏で歌われる。ロスチャイルドの明るい質量のある歌声は、その第一声で場内の空気をがらりと変える。まるで薄くただよう靄をふり払うように、言葉と旋律を、音楽の語る言葉を、より強く耳に伝えてくるのだ。歌に寄り添って旋律を奏でるクラリネットは、歌とほかの楽器をつなぐ中間的存在となりながら、ここにおいて本物の歌声との対比を示すことになる。

管楽器特有の弾ける音をまろやかに包み込むクラリネットの音色。それは、歌声を演じるには控えめだが、十分にうたう。コリンズは、そうした特性を知り抜いて、さまざまに編成を変えつつ、言葉なき歌をうたってみせたのである。

そして終曲は、美しい抒情に満ち、かつ緻密に構成された室内楽の傑作、ブラームスの《クラリネット五重奏曲》。主要な旋律をうたい、ときに煌びやかな装飾を添えながら、この楽器の柔らかく澄んだ音色が弦楽四重奏に溶け込む。そこには「椿姫」の幻想曲で見せた、華やかなる独奏者の顔はもはやない。かわりに、妙なるハーモニーを奏でるのに欠くべからざる存在として君臨する姿がある。こうして、コリンズの紡ぐ音楽世界をめぐる旅が、ここに終わったのである。

永野純子〔ながの・じゅんこ〕
音楽学者。東京藝術大学大学院博士課程満期退学。ストラヴィンスキーのオペラをテーマに論文を執筆。コンサートの曲目解説のほか、東京オペラシティで毎年開催される〈コンポージアム〉の解説の翻訳なども手がける。

文/ 永野純子
photo/ Ayumi Kakamu