「NPOシブヤ大学を始めたきっかけとは?」シブヤ大学学長 左京泰明さんインタビュー

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「NPOシブヤ大学を始めたきっかけとは?」

シブヤ大学学長 左京泰明さんインタビュー

左京泰明氏 特定非営利活動法人シブヤ大学 学長
左京泰明氏 特定非営利活動法人シブヤ大学 学長
左京泰明氏特定非営利活動法人シブヤ大学 学長
1979年生まれ。福岡県出身。早稲田大学卒業後、住友商事株式会社に入社。2005年に退社後、特定非営利活動法人グリーンバードを経て、2006年9月、特定非営利活動法人シブヤ大学を設立、現在に至る。著書に『シブヤ大学の教科書』(シブヤ大学=編 講談社)、『働かないひと。』(弘文堂)がある。

企業での経験を踏まえたうえでの、
NPO・ソーシャルデザインの可能性

2014年7月13日に渋谷区みやしたこうえんを中心に開催される音楽イベント「渋谷ズンチャカ!」にも関わられているNPO法人シブヤ大学の左京泰明さんにインタビューを行いました。渋谷区をキャンパスに見立て、生涯学習を軸に地域のコミュニケーションの促進や発展を目指すNPO法人「シブヤ大学」学長である左京泰明さんは、大手商社からNPOの道に進まれたユニークな経歴の持ち主。企業での経験がどのようにNPOでの活動に活かされているのか、シブヤ大学だからこそできること、そして2020年の東京オリンピック開催という状況のなかで再開発の進む渋谷の未来についてお話しを伺いました。
左京泰明氏
早稲田大学卒業後、住友商事を経て、NPO法人グリーンバード副代表、そしてシブヤ大学学長に就任という経歴をおもちですが、どのような経緯で今に至ったのでしょうか。
時代の影響もあり「どこかの企業に一生勤める」という終身雇用の考え方は、学生時代からもっていませんでした。大きな会社に頼って自分の人生を作るというよりは、自分の知識や実力で生き抜くという生き方のほうが安心できると思っていたんです。

ビジネスセクターよりは、行政や公的機関といった公的セクターに興味があったのですが、国際機関はほとんどが中途採用で、新卒採用は基本的にしていなく、やはり一度はビジネスの勉強をする必要があると思ったんです。そこで海外で働くことにも興味があったので、もっとも早く海外に行けそうな企業という観点で、住友商事という商社を選びました。
住友商事ではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?
会社が動くしくみや、そもそもビジネスとはという疑問があったので、最初は数字からそれを探ろうと思い、経理部を志望して配属されました。そこで約2年働き、会社にも慣れてきたあたりで、数年後に自分は社内のどのポジションに行くかということも見えてきて、自分のこれからについて考えはじめました。

ちょうどその頃、「もったいない」という日本語に感銘を受け、「MOTTAINAI」キャンペーンを展開し、ノーベル平和賞を受賞したアフリカ人女性のワンガリ・マータイさんが注目を集めていて。しかもその団体は行政でもなく、第3のセクターであるNPOやソーシャルビジネスと言われるものだったんです。それで僕は「なんだこれは」と驚きました。正直、僕は公的機関に対して良いイメージをもっていなかったんです。目的自体は良いと思いつつも、成果主義的ではなく、資金を寄付に頼っていて、なおかつその寄付が最適に使われているかどうか分からないという疑問があったからです。

けれどもNPOは、目的自体は社会的・公的なものでありながら、手段はビジネスである、非常にハイブリッドな事業モデルに見えたんです。NPOは自分の中の公的機関に対するモヤモヤを解消してくれて、それと同時に自分の中にあったビジネスの「利益追求主義」にも共感できないという部分を刺激され、非常に可能性を感じました。

そうして、当時日本のNPOのなかで特に面白いと思ったのが、広告代理店の博報堂を辞めた長谷部健さんが立ち上げ、ナイキをはじめとした企業とのコラボレーションも盛んに行っていたグリーンバードなんです。それで「これは従来のNPOとは少し違う。可能性があると思った海外のそれに近い」と思って尋ねたんです。そこで長谷部さんにNPOを立ち上げたいと思っているという旨を伝えたところ、「じゃあグリーンバードを手伝いながら考えてみたら?」と言われ、グリーンバードに入ることになりました。
左京泰明氏
NPO立ち上げのための勉強期間ということも含めグリーンバードに参加されたとのことですが、シブヤ大学とどのようなきっかけで始められたのでしょうか?
グリーンバード代表の長谷部さんは、生まれも育ちも原宿で、渋谷区議会議員も務めているんですね。その長谷部さんが2004年に渋谷区の新しい生涯学習の在り方として提案したのが「シブヤ大学」というプロジェクトだったんです。その区議会の答弁で、区長は「是非検討したい」と話されたのですが、大きなプロジェクトだったので、なかなか形にならなかったんです。そして「行政主導ではなく民間主導のほうが現実的なのではないか?」ということになりまして、長谷部さんが元々所属していた博報堂の方々を含めて「民間主導で実現するシブヤ大学」の検討が始まったんです。

僕もその検討に参加したのですが、一方で議論を重ねていくうちに「ビジネスとしてのシブヤ大学」は収益化が難しいという考えがどんどん強まっていってしまったんです。そんなとき、僕は「これをNPOとして立ち上げて、自分で運営してみたい」と思ったわけです。行政でもなく、企業でもなく、ノンプロフィットを掲げたNPOとしてのシブヤ大学というかたちが良いんじゃないかと思い「代表をやらせてください」と手を挙げました。自身の企業での経験とNPOでの経験が合流した瞬間でした。
グリーンバードで活動する左京さん(左下) グリーンバードで活動する左京さん(左下)

2020年という「前向きなしめきり」に向けて

渋谷区をキャンパスに見立て、生涯学習を軸に地域のコミュニケーションの促進や発展を目指すNPO法人「シブヤ大学」学長である左京泰明さんへのインタビュー。後篇では、音楽の街づくりプロジェクトとの出会い、そして2020年の東京オリンピック開催に向けて、日々変わりゆく渋谷という街への想いを伺いました。
シブヤ大学では、どうやって収益を上げていくかというビジネスプランについての議論はなされたのですか?
シブヤ大学を設立した2006年当時は企業のCSR活動が注目されていた時期だったので、たくさんの市民に愛されているサービスやソリューションを提案すれば、多くの企業から寄付金や協賛金が集まるのではないか、という協賛金モデルを考えていました。今となってはとても単純な考えで、一口100万円みたいな企画書を作っていたのですが、いざ資金を集めようとしてみるとそんなに上手くはいきませんでした。

そもそもCSR関連の部署はそんなに潤沢な予算をもっていませんでしたし、もし予算をもっていたとしても、彼らが出資するのは、国境なき医師団やユニセフのような、そこに寄付することで企業の評価につながるような、日本中が知っているグローバルな団体だったんです。もちろん、シブヤ大学のようなこれから始まる草の根のNPOに寄付するには、彼らとしても社内を説得することができなかったんです。

ですが、そうしたお話をしていくうちに「企業としての出資は難しい」と前置きしたうえで、個人的にシブヤ大学の未来を考えてくれる方々が現れ始め、非常にうれしく思いました。そうした議論を続けていくなかで出てきたのが、例えば東急ハンズがスポンサードしてDIY(Do It Yourself)のおもしろさを伝える講座を開くというような、ひとつの授業を企業と連携して行う「冠授業」とでも言うような手法です。これは現在でも我々のビジネスモデルの大きな部分を占めているアイデアです。
音楽の街づくりプロジェクトも佐藤雅樹が登壇し、授業を行ないました。 音楽の街づくりプロジェクトも佐藤雅樹が登壇し、授業を行ないました。
渋谷という街を含め、これまで活動してきたなかで何かが変わったという実感はありますか?
2007年に『シブヤ大学の教科書』という、シブヤ大学立ち上げの経緯や展望を書いた本を講談社から出したのですが、当時本屋に見に行ってもビジネスコーナーには見当たらなかったんです。それでよく探してみたら、なんとサブカルコーナーに置いてあって(笑)でも今は本屋の真ん中に「ソーシャル」とか「コミュニティー」といったコーナーがあるんですよね。10年も満たない間に社会はここまで変わるのかと驚かされます。

そして、シブヤ大学のように街の名前を冠して大学活動を行うというプロジェクトも、気がつけば全国色々なところで始まっているらしく、昨年取材を受けた『ソトコト』という雑誌では、ソーシャル系大学特集が組まれていてびっくりしました。そこで「ソーシャル系大学の元祖といえばシブヤ大学」と書かれていて、そうか僕らは元祖なのかと思いました(笑)
音楽の街づくりプロジェクトとはどのようなきっかけで出会われたのでしょうか?
仙台の市民音楽祭「定禅寺ストリートジャズフェスティバル(JSF)」ですね。シブヤ大学の活動の一環で、Sing! 恵比寿という社会人合唱団がJSFに参加していまして、それがきっかけでした。
街の活性化施策として映画祭や音楽祭といったアートを使うという事例は、世界的に見れば決して珍しいわけではありませんが、音楽の街づくりプロジェクトはヤマハという音楽を扱う企業が主体となって始めていて、なおかつ商売っぽくないという点にとても興味を喚起されました。
左京泰明氏 佐藤雅樹氏
これから再開発によって渋谷が激変していくと思うのですが、シブヤ大学はこの流れにどのように関わっていきたいとお考えですか?
今の渋谷には、再開発やオリンピックを起点とした動きがありますけれども、僕らはそれを「前向きなしめきり」と思っています。社会課題はすぐに解決する問題ばかりでもないですし、取り組みがゆっくり過ぎることも多々ありますが、今回のオリンピックのような具体的な目標地点があれば「その頃までにこうしていたい」という、ある程度具体的な目標やビジョンが見えてくるんですよね。そしてそれは周辺の企業や団体も共有できる、わかりやすい目標となるわけです。だから、今みんなで何かをしようという素地として、やりやすい状況にあると思っています。

ただしオリンピックや再開発は通過地点であってゴールではないんですよね。ですから根本的にやらなければいかなかった課題を、ひとまずしめきりを設けてみんなでやろうということだと思います。あくまでビジョンは長期的に持ち、「渋谷という街を日本の街づくりのモデルケースにしたい」という想いのもとに活動していきたいと思っています。 そして音楽の街づくりプロジェクトと協同で実施する「渋谷ズンチャカ!」も、その萌芽のうちの一つになればと思います。
シブヤズンチャカ 渋谷ズンチャカ! 公式ページ
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我々が「おとまち」を始めるときに、関連してくるであろう団体を色々と考えていました。その頃から、キャンパスを持たない"大学"として、シブヤ大学をよく耳にしていましたし、その取り組みが、街づくりの方向性という事もあり、私たち「おとまち」が学ぶところがたくさんあるだろうと考えていた訳です。シブヤ大学のノウハウは全国で活用されるべきものとも考えていました。

そして渋谷再開発が始まるというこのタイミングで「渋谷ズンチャカ!」というイベントを始めるなら、それはもう左京さんたちと一緒にやるしかないと思ったんですよ。
おとまち/佐藤雅樹
おとまち/佐藤雅樹