茨城県・茨城県立大洗高等学校

マーチングを始めたいバンド、必見!

バンドの紹介をお願いします

昭和50年、私が大洗高校に赴任した時、学校創立2年目に吹奏楽部として発足しました。最初に募集して集まってきたのは25人。それから開校10周年記念事業としてマーチングバンドを結成するまでは座奏での全国大会「普門館」を目指して活動をしていました。現在のチーム名「BLUE‐HAWKS」はマーチングのみの活動に切替えた平成2年、太平洋を表すスクールカラーの「青」と、鋭い動きをイメージした「鷹」から命名しました。現在の部員は60名。少子化に伴い一時は全校で700名以上いた生徒も、今年は180名まで減りましたので、全校生徒の3分の1がマーチングバンド部の部員となります。
「走ること」「我慢すること」「夢を持ち続けること」を部訓に、地域に愛されるマーチングバンドを目指して、平日4時間、休日8時間の練習を続けています。
バンドの特色としては全員音楽コースの所属の為、「クラス=マーチングバンド部」である事と、吹奏楽からマーチングに移行した為サウンドに対する拘りを持っている事です。フロントピットを置かない、金管+サクソフォンとピッコロというヨーロッパ系とアメリカ系の中間のスタイルです。DCIに代表されるショーとしてのマーチングよりは、音楽を丁寧に、というポリシーでやっていますから派手さは無くビジュアルも弱いチームですが、その分をみんなで動いてカバーしています。今のマーチングの流れに逆行する異端児かもしれないですね。
主な活動内容としては、年間国内での訪問演奏が約100回程あります。平成4年にシドニー市長の招聘でオーストラリアに遠征し、以後3年に一度オーストラリア、マレーシア、シンガポール等への遠征を実施しています。
また、練習の一環として基礎体力作りにランニングを取り入れています。勝田マラソンでは、7年続けて42.195キロを部員全員で走りました。毎日の練習では5キロ程走っています。運動部ではないから早く走る必要も、いいフォームで走る必要もないんですよ。みんなが毎日同じことをやる、ということの定義付けですね。もう30年続けています。「お前たち行って来い。俺はお茶飲んでるから。」という事だけはやりたくない。子供と同じメニューを私もやろうと努力しています。

ヤマハと出会ったきっかけは?

色々な楽器メーカーがある中、日本全国の特約楽器店やセールスマンの数・販売台数は群を抜いていますので、ヤマハがいちばん手に入りやすくて、身近に楽器屋さんがあります。必然的にヤマハとの付き合いが多くなりました。また、ヤマハには信頼できる職人さんがいます。困った時に対応してもらったり、一緒に仕事をした人達との結びつきによる「人」の部分がすごい会社だと思います。ヨーロッパが200年かかったものを40年で作り上げた、100分の1ミリ単位の技術というのはすごいですよ。打楽器で言えば特注のシェルが割れたり、急ぐ時に時間のかかるトラブルが発生しますが、よく対応してもらっています。

ヤマハの楽器の良いところを教えてください

音色的にいいなと思うところは、明るい・軽い・すぐ鳴るところです。ただしそれが逆にマイナスで、その日から鳴ってしまうので楽器を吹き込んでいく到達感というものがないと感じる事もありますが、楽に鳴るというのは大切な事だと思います。あとはスライドの技術やロータリーの技術に関しては間違いなく世界一だと思います。

ヤマハに切り替えたポイントを教えてください

全部のパートが比較的安価に安定して同時に揃うからです。またスクールバンドとしては、ピッチ・耐久性、・互換性・リペア・納期の問題等、総合的に最も優れていると思います。
パーカッションについては、実は最初ヤマハ以外で始めたんですよ。30歳の時、見様見真似でいきなりマーチングを始めましたので、まずこのメーカーがいいだろうという先入観で、あるメーカーを買いました。外国の一流メーカーを選んで買ったら重くて動けなかった。丁度その頃日本のマーチングが急速に普及し、マーケットの拡大と並行してパーカッションが積極的に開発され始めました。当時はヘッドとシェルとラグの強度のバランスが悪く、シェルが歪んだりヘッドが割れたりラグが飛んだりという状況でした。その中でヤマハのパーカッションを使いながら、技術者に色々とアドヴァイスし、一緒に開発した経緯があります。ヤマハの方は技術開発には職人気質の方が多いですよね。個性的な方も(笑)。結局はメーカーとの付き合いというよりも「人」としての付き合いが残ったんだと思います。

マーチングならではの効果や楽しみとは?

どんな人間でもどこかで認めて欲しい、スターになりたいという願望は持っていると思います。それをできるだけ引き出してあげることですね。生徒達は毎日厳しい練習に耐えて、それでも元気に学校に来ます。それは自分の居場所を見つけたからに他なりません。友達がいて、仲間がいて、自分が認めてもらえる場所であり、そして外部に向って活躍の場がある。そういうことに子供達は飢えているのだと思います。音楽を通じてそういう環境を作ってあげるのが私達の仕事だと思っています。

バンドの目標を教えてください

メンタル的な部分も含めて病人怪我人を出さないことです。マーチングというのは一人ひとりが平等に責任を分担しますので、スペアがありません。ですからお客様や主催者に対して、誰か一人が休むと失礼だと思います。ベストなものを見せていくためには、年間を通して事故など起こさず全員休まないこと。ソリストは求めません。体の丈夫なのが一番いいですね。
また、コンクール至上主義ではありませんので、「金賞」や「全国大会」には拘らないようにしています。コンクール以外のステージでも、そういうイベントには生ものの面白さがあります。行ってみないと会場も客層もわからないため、条件に合わせてその場で選曲をしてその場でドリルを決めるという楽しさです。そういったステージの中の一つが、コンクールだと思っています。
但し、卒業生も親も生徒も全国大会出場を前提としていますので、プレッシャーも大きいのですが、出るからには勝ちたいですね。条件の悪い年にも結果を残すことも目標です。

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