

仙波 康之 (マーケティング部B&O営業課)
1989年入社。2001年まで打楽器設計課に所属し、音板打楽器全般の設計・開発に携わる。
2001年から06年までドイツ・アトリエフランクフルトに駐在。コンサート打楽器全般におけるアーティストリレーション、および欧州各国のマーケティングサポート、新商品開発サポート等をおこなう。
2006年よりマーケティング部に所属し、打楽器の販売に関するグローバルな販売促進策の考案やアーティストリレーション業務を担当。
※所属部署および部署名は取材当時のものです。
フランツ・シンドルベック氏と開発を進めることになったきっかけを教えてください。
- 仙波)
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そもそもシンドルベック氏とヤマハの出会いは、氏が伝説的ドラマーであるスティーブ・ガットに憧れ、16歳でヤマハのレコーディングカスタムを購入したことにさかのぼります。その後、2001年6月にドイツにあったフランクフルト・アトリエにパーカッション部門が新設された際、私がそこに駐在することになったのです。
その直前に彼が所属しているベルリンフィルが日本に来たんですよ。そのときにヤマハティンパニの評価に首席ティンパニストのライナー・ゼーガス氏が来て、それがきっかけで彼らとの関係ができていったんです。
当時活躍されていた日本人プレイヤーの多くがドイツ留学帰りのプレイヤーで、いろいろな人がドイツのオーケストラの話をするわけですね。それだったら、そうした日本人プレイヤーから間接的に話を聞くよりも、直接話をしたほうがいいということだったんです。 日本の設計者がシンドルベック氏にはじめて会ったときに、私はちょうどドイツに赴任したばかりの頃で、そのときに「センバという者が行くからスネアドラムの開発をやりましょう。」という話になったようです。私はマリンバなど音板打楽器の設計者だったのでスネアドラムはまったくわかっていなかったんですけどね。
そのときは私もまだドイツに来て間もないときで、ドイツ語も全然わからない状態だったのですが、とりあえずヤマハのスネアドラムを見てもらおうということで、当時ヤマハで発売していたスネアドラムを全機種車に積んで、シンドルベック氏のところに持っていったわけです。
私はそれまで音板打楽器の設計をしていて、ドラムの知識はあまりなく、ドイツ語もまともに話せないという状況でしたから、大変緊張していました。
しかし、シンドルベック氏はすぐに開発協力を快諾してくださいました。でもそのときの要望が「かっこいいスネアドラムが欲しい!」ということだったんですよ(笑)そこからこのスネアドラムの開発が始まったんです。もちろん音にも非常にこだわりをお持ちでした。 - もともとシンドルベック氏は非常にメカ好きで、自分で自転車のパーツを組み立てたりするような人だったので、持っていったスネアドラムもその場で分解して「ヤマハのここはこうしたほうがいい」というアドバイスをくださったり、ベルリンフィルが当時所有していた楽器とその場で叩き比べて音の違いを解説してくださったりして、ステージのご本人の演奏を聞くより先に、ヤマハの楽器の評価をしていただいたんです。
ベルリンフィルの皆さんはとてもフレンドリーで、いろいろな演奏も聞かせていただけて、これまでの人生で最も幸せな時間でしたね。
このモデルにはヤマハ独自の新しい技術が色々と採用されていますが、これらの仕様を搭載すると決まるまでは、どのようなことがあったのですか?
- 仙波)
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最初に、ベルリンフィルで使用していた楽器のケーブルをヤマハの楽器に取り付けたところ、それまでのスネアとまったく違う音色になったんですよ。びっくりするくらい変わりました。私もスネアドラムの開発は初めてだったので、いったんそのときの現行品を忘れてすべてのアイテムをチェックしていくことから始めました。そのスネアは楽器本体に直付けされていたんですね。シンドルベック氏からの音以外の要望は「楽器は軽くて簡単なほうがいい」ということだったので、シンプルな構造、簡単な操作、パーツは丁寧にということで見直していきました。チューニングラグも、10本が一般的なのですが、本皮を使用した本番での演奏中のチューニングは簡単でなければいけないという彼の考えで、8本のラグにこだわり、このBSMシリーズにはラグは8本しか採用していません。
ラグが少ないとフープが強くないといけないということもあり、そういったこともこのモデルにはきちんと反映されていますね。
私はそうしたシンドルベック氏の要望を仕様に落とし込んで日本の設計者に伝える、という役目を持っていたのですが、当時日本の設計者は別のスネアドラムの開発もしていたので、そちらのノウハウや情報も持っていたし、そのアイデアも融合させることができましたね。
もともとヤマハのコンサート用のスネアドラムは、繊細な音にするためにスネアプレートを紐を介し全面当たりとした構造で、かつスネアの材質、スペックで音量や切れを狙っていました。ただ、ご存知のようにベルリンフィルは大きい音のするオケですから、もっと芯のある太い音が出したいというシンドルベック氏の要望がありました。もちろん繊細でなければなりません。
開発の中で、いろいろなアイテムを一から見直すときにいろいろな知見が出てきました。面白かったのが、隙間のないまとまったスネアからは芯のある強い音がでるということでした。隙間のあるスネアと隙間のないスネアを組み合わせると両方の音色が出るようになって音の幅が広がるということで、このベルリン・コンビネーション・スネアが生まれたのです。
シンドルベック氏は「スネアドラムの音は他の楽器や物と共鳴してはいけない」というポリシーを持っていました。コイルスネアは響きすぎてだめだということで、このモデルにはストレートケーブルのみを採用しました。 スネアもその取り付けの容易さを重視し、ひもで取り付けるのではなく本体に直付けする形はどうかと提案もし、それもこのモデルに採用することになりました。強い音を出すときは、取り付けの紐があると音が吸収されてしまうので、それをなくして音がダイレクトに良く響くようにという利点もあります。 -

ストレイナーも、それまでのモデルのものは全部試してもらったのですが、どれもシンドルベック氏の要望を満たすものではなく、どんな曲でもさっと素早く、しかもノイズを発生させずに動作できるようにということで、稼動幅の広いストレイナーを採用したのです。
考えると、ほとんど全部変えてましたね。ただ、シェルの音はヤマハが最高だと気に入ってくださり、その点は長年のノウハウも融合されています。
開発途中の苦労話などあれば教えてください。
- 仙波)
- 開発は楽しくてしょうがなかったですが、彼がいつ気に入って使い始めるか全くわかりませんでした。こちらも本当にいいと思って使ってほしかったのでお願いもしないし、いつも恋人を待っているような心境でしたね。
- 最初にシンドルベック氏がこのスネアドラムを本番で使用したときは、リハーサルを聴いていた当時ベルリンに留学されていた安江佐和子さんから電話があったんです。彼のためにつくった楽器は青いシェルの楽器で、安江さんがそれを見ていて「青いドラムを使っているわよ」と連絡をくれたんです。
ショスタコービッチの11番という、スネアドラムのソロがある非常に派手な曲だったのですが、それで使ってくれたのだから相当気に入ってくれたのだと思い、あわてて聴きにいきました。そうしたら最終日の本番中にヘッドが破れましてね。でもそのとき、もうひとつ試作品を横に置いていたので、シンドルベックさんは何事もないような顔で、替わりのスネアドラムにすっと入れ替えて平然と演奏を続けていましたね。あの時は本当に青ざめました。でも他の団員さんからの評価も非常によかったようで、それから本番でシンドルベック氏がBSMシリーズを使ってくれるようになりました。
このシリーズの最大の特長、こだわりはなんですか?
- 仙波)
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一言で言うと、最高峰のベルリンフィルが求める音楽表現を可能にした、力強さと繊細さを兼ね備えた多様性のあるサウンドですね。
そしてやはり、ベルリン・コンビネーション・スネア・システムです。徹底的にこだわったストレートケーブル材を使って、ワイドなダイナミックレンジを実現しています。
スネアの反応を繊細にするためにたくさんの種類のスネアを使うと、その種類だけ共鳴して雑音になるポイントが増えてしまったり、音の大小での音色の違いが出てしまったりします。一方ベルリン・コンビネーション・スネア・システムは素材が1種類なので、周りの楽器の音に共鳴する共鳴ポイントはひとつ。それでいて、スネアの隙間のある部分で繊細なピアニッシモから、すきまのない部分で音がバラけない引き締まったフォルティッシモまで対応できるように工夫されています。
ストレーナーについても、操作性と静粛性を重視して専用に設計されました。
どんな大きなホールでも、オーケストラの中で、ピアニッシモからフォルティッシモまで遠くまで歯切れ良く聴こえることが最大の特長ですね。
そして奏者がうまくなればなるほど、演奏者の個性が音に出てくる楽器だと思います。



