GCシリーズ

ヤマハクラシックギター「GRAND CONCERT CUSTOM」
開発エピソード

ギター講師の美山華鈴さんがヤマハギター開発者の何木明男にインタビューしました。

“世界一の楽器を作れ”

美山
「ヤマハクラシックギターの開発の経緯について教えていただけますか。」
何木
「私が入社した頃、世界一の楽器を作れという当時の川上社長の意向を聞き、まず名器と言われるギターを研究しました。」
美山
「名器ってどのような楽器だと感じましたか?」
何木
「名器は一般的に音の立ち上がりが良く、艶やかで、色彩感があります。そして遠達性があり、よく響きます。また名器は弾きやすいです。」
美山
「弾きやすいのはどうしてでしょうか?」
何木
「名器の音色と弦の動きが密接に関係しているからです。音色がいいと弦の立ち上がりから減衰まで弦の振動が良い状態になります。GRAND CONCERT CUSTOMはこの名器の考え方を基に製作しています。」
美山
「名器はヴィブラートがかけやすいと思うのですが、それはどうしてでしょうか?」
何木
「それは基音がしっかり出ているからだと思います。基音の上にいろいろな雑音がのってしまったり、基音がぼけているとヴィブラートがかけにくくなると思います。また、音の立ち上がりがくっきりして、減衰の仕方もきれいだと、フレットも押さえやすく指離れが良いと思います。」
美山
「なるほど。名器は音が良いだけでなく、弾きやすいのはそのような理由があるんですね。」

“セゴビア、バーデン・パウエル、パコ・デ・ルシアが音の先生”

美山
「何木さんはご自身でもギターを弾かれているそうですね。どんなギタリストが好きですか?」
何木
「自分がギターを始めた1970年代は“セゴビア、バーデン・パウエル、パコ・デ・ルシア”の3人がよくラジオで流れていたので、自然に好きになりました。その3人の影響を受けて彼等の奏法と音を研究しました。それが楽器の設計にとても役立ちました。」
美山
「どんな研究をされたのですか?」
何木
「セゴビアは音を柔らかく響かせています。繊細な弱音もくっきりしています。バーデンは音に芯があります。パコ・デ・ルシアは音の立ち上がりが良く、ギターを響かせています。実際に3人の演奏を目の前で聴かせてもらいましたが、それぞれ音に個性がありました。そこでギターの音の響かせ方、音の芯、音の立ち上がりを研究しました。」
美山
「たしかに音を聴いただけで本人と分かります!その3名がポイントだったのですね。」
何木
「はい、巨匠はギターを替えても同じ様な音を出します。指の肉と爪を使ってスポーンと抜けるタッチで演奏しているからだと思いますよ。ホセ・ルイス・ゴンザレスにどうしたらそのような綺麗な音が出るのかと聞いたら、空手チョップのポーズをとりながらKARATE!(空手)の原理と言っていました。私もそう思っていました。」

“浴衣姿のパコ・デ・ルシアとの思い出”

何木
「パコ・デ・ルシアは当時、世界を席巻していたスーパーギタートリオで、GC70(開発者 加藤俊郎)のピックアップ付きギターも度々使用してくれていました。パコ・デ・ルシアの家に行った時、本人は日本の浴衣を着て出てきました。スケールのようなものを弾いていました。抜けが良くサクサクしたような音で今でも忘れられず、すごかったです。私が花祭りのイントロを弾いたら、パコがアドリブで入ってきてくれました。“お前は上手いな、プロか?”とパコに言われたので、そうでないと答えると、パコは“それがいい、私は肩の荷が重い”と言っていました(笑)」

“セゴビアからも認められたGRAND CONCERT CUSTOM”

美山
「セゴビアとの出会いを教えてください。」
何木
「1979年役員自らセゴビアにコンタクトを取っていました。1980年にGC70C(開発者 加藤俊郎)はセゴビア本人に高い評価をいただき、セゴビアコレクション10本の内の1本に加えられました。それから1982年にセゴビアのコンサートがドイツのハンブルクでありました。私はちょうどハンブルクに駐在したばかりで“これはすごい機会だ!”と思い、セゴビアが宿泊していたホテルにヤマハの秘書、アーティスト担当、そして私の3人で試作品のギターを数本持って行きました。そこで初めてGC71を見せたら、“ハウザーに似ている”“軽いのが良い”“コングラチュレーション!”と評価されました。その日は天気が良く、楽器も良く鳴っていました。」
美山
「すごいですね。」
何木
「試作品は自分で設計した1本でした。すごい評価をいただいて信じられませんでした。」

“更に鳴るギターを目指して”

何木
「セゴビアから“ホールでGC71を試してみたい”との要望があり、マドリードにGC71を届ける約束をしました。約束の日、マドリードでは雨が降ってしまい、湿気の関係でこれは鳴らないなと自分でも思いました。それはセゴビアにも指摘されました。」
美山
「それは残念でしたね。セゴビアは製作家によくアドバイスしていたと聞いたことがあります。何木さんもセゴビアから直々にアドバイスはいただいたのでしょうか?」
何木
「はい。セゴビアは1弦を出すよう研究するようにと言っていました。太くすれば音が詰まるし、伸びれば細くなるし難しいと言っていました。」
美山
「なるほど。深いですね。」
何木
「マドリードは雨の日でギターは鳴りませんでしたが、自分でもその原因はわかっていました。それからハンブルクに戻り、自分で弾きながら“ゴリゴリ”削ったりして調整をしました。GC71の試作品2本は“雨の日でも影響を受けない”状態にギターを改善しました。」
美山
「セゴビアには改善したギターを見せることができたのですか?」
何木
「いいえ。私は帰国直前だったのですが、ちょうどセゴビアがスウェーデンでコンサートを行うと聞きつけて、急いでコンサートホールに押しかけました(笑)。楽屋から出てきたセゴビアにギターを見てもらう約束をしました。“空港で待ってなさい”と言われ、ストックホルムの空港で待ち合わせしていました。“雨の日でも鳴るように”改善したGC71を持って行き、空港で朝から夜まで待っていましたが、会えなかったです。」
美山
「そうだったのですね。残念でしたね。GC71の行方はどうなったのでしょうか?」
何木
「試作品2本の内、もう1本はバーデン・パウエルに渡しました。バーデンはGC71を大変気に入ってくれました。」
美山
「セゴビアには会えませんでしたが、その後連絡はありましたか?」
何木
「はい。1985年12月にセゴビアから直接日本のヤマハ何木宛に手紙が届きました。“良いのが出来たら見てあげるよ” “ボリュームがほしい”と具体的にアドバイスが書いてありましたが、2年後に亡くなってしまいました。」
美山
「セゴビアはヤマハに対して期待してくれていたのでしょうか?」
何木
「はい、実はあの雨の日のマドリードでセゴビアは“ヤマハは今後すごいものを作るだろう”と言ったと関係者から聞きました。」

“バーデン・パウエルに渡したGC71”

美山
「バーデンに渡したGC71は本人はどのように評価をしていたのでしょうか?」
何木
「バーデンは12年間以上使用していました。1985年3月にバーデン本人からヤマハにGC71に関してお礼の手紙が届きました。」
美山
「どのような内容だったのでしょうか?」
何木
「GC71をとても褒めてくれていました。これがその時の手紙です。」
『おそらくあなたは自分の作った作品がどんなものかご存知ないでしょう。私はこのギターには生命が宿っていると断言できるのです。何木さん、これこそが本物のギターです。天からのもの、最高級のもの、そして希代まれなもの。抒情的な音色は私をうっとりさせ、強い低音と鋭い音色は甘く安心できる音でメロディステックです。低音高音のハーモニーすべては実によくバランスがとれており、どんな奏者の要求にも応えられ、ポピュラー音楽、クラシック、フラメンコどんな音楽にも関係なくあらゆる種類の壁を超越できます。・・・・・これは一人の人間とすら言えるのです。私は他のすべてのギターを放棄することを余儀なくされました、2本のギターを同時に愛することはまさに重婚になってしまうからです。本当に心から感謝します。』
美山
「バーデンからのラブレターみたいですね。」
何木
「バーデンはラテン系なのでオーバーではないかと思いました。もちろんうれしかったです。セゴビアの時と同様に信じられなかったです。」
美山
「バーデンは来日した際にもGC71を使用していたのですか?」
何木
「はい。1997年、1998年に来日してライヴで使用していました。『このギターは私の分身だ。あなたのギターへの情熱を感じ、私は情熱と魂を吹き込んだ。』と言っていました。そして12年前にもらった手紙と同じようなことを言っていたので感動しました。」
美山
「バーデンはGC71で名演奏を生み出し、多くの聴衆を感動させてくれましたね。」
何木
「バーデンの話によると、パコ・デ・ルシアがバーデンのコンサートに来ていてGC71を楽屋で試奏し「自分のよりいい」と高評価してくれたそうです。私は3人の音が好きで、音の判断の基礎にもなりました。」

“ヤマハのギター製作方法”

美山
「ヤマハのギターはどうやって作られているのでしょうか?」
何木
「現在販売されているGRAND CONCERT CUSTOMはヤマハ本社がある浜松で製作しています。「木工」「塗装」「組み立て調整」作業を腕の良い職人たちがとても丁寧に作り上げています。木工職人は木工約50年の熟練者で材料の性質も見ながら音の微調整も行います。塗装職人はセラック塗装を時間をかけて200~250回も正確に重ね塗りしています。組み立て調整も演奏会を行う程の職人が音を聴きながら調整しています。」
美山
「熟練が必要な作業工程ですね。」
何木
「それぞれの職人が「木工に専念」「塗装に専念」「組み立て調整に専念」しています。そして設計者は楽器の設計から材料の選別、製作、調整、完成までトータルで考えています。ギターのあらゆる部分、工程が微妙に音に影響するので、微妙な音の変化を感じとり目標とする音を作っていきます。」
美山
「ヤマハのクラシックギター製作はとても手がかかっているのですね。ギターの音作りについて私が知らなかった世界を知ることができました。本日はヤマハクラシックギターの開発にとどまらず、巨匠の方々との貴重なエピソード、そして日本のクラシックギターにとっても大変興味深いお話を伺えたと思います。お話ありがとうございました。」

プロフィール

何木明男(なにき あきお)
1954年生まれ。早稲田大学理工学部卒業後1977年に入社し、クラシックギターの開発を担当した。1982年からハンブルグに駐在。この時にセゴビア、パコ・デ・ルシア、バーデン・パウエルに会う。帰国後クラシックギターやPA機器の開発、音空間デザイン(オブジェスピーカー製作)、音楽コンサートの企画制作を担当後、サイレントバイオリン、サイレントチェロを開発。また自身発案のサイレントギターの企画・開発から販促までを手がけた。その後現在のGRAND CONCERT CUSTOM、GCシリーズ、CGシリーズを開発し、後進の指導等を行っている。

美山華鈴(みやま かりん)
東京音楽大学付属高等学校を経て東京音楽大学でクラシックギターを専攻し卒業。クラシックギターを荘村清志、江間常夫、新井伴典の各氏に師事。第29回ジュニアギターコンクール銀賞、日本ギターコンクール高校生の部金賞他受賞。現在クラシックギター講師の傍ら、ギターの音について研究中。