3.キャビネット/スタイリング
ところで、700シリーズのキャビネットは従来のヤマハHiFiにはないユニークな造形ですね。
飛世: 700 シリーズは、技術的に見るとSoavoを継承した部分の多いモデルなんですが、単なる姉妹機種とはせず、音と外観デザインの両面でこれまでにない価値を提案しようと考えたんです。
というわけで、今日はデザインを担当された辰巳さんにもお越しいただいています。この開発者インタビューでデザイナーの方からお話を伺うのは初めてなんですが、ヤマハにはデザインを専門に取り扱う部門があるそうですね。
辰巳: はい。ヤマハ製品のインダストリアルデザインを一貫して手掛ける「デザイン研究所」という部署なんですが、担当する製品ジャンルに垣根がないのがここの特長で、私もここで楽器を中心にさまざまなデザインを手掛けてきました。AV製品としては、高級シアタースピーカーの 「HXシリーズ」やPC用スピーカーを担当しています。
なるほど。ひとりのデザイナーがさまざまなカテゴリーの製品を手掛けることで、ヤマハらしさのあるデザインが生まれるわけですね。それでは、今回の700シリーズのデザインはどのような方向を目指したのでしょうか?
辰巳: Soavo で確立したイメージを継承しつつも700シリーズ独自の造形を目指して、「見る角度によってまったく異なる表情を見せる」「リビングルームに立つ瑞々しい樹木のような」といった言葉に象徴される、Soavoのデザインイメージを別の形で表現するという手法を採りました。
Soavo からのコンセプトを別解釈で再構築する、といったことですか?
辰巳: まさにそういうことですね。また、ヤマハは楽器を造っているメーカーですから、まずはバッフル面を楽器のように綺麗に見せたいと考えました。このとき、視覚的に意外と気になるのがグリルを止めるピンの部分だったんです。そのピンをなくすために、前面のサランネットを限界まで小さくしていった結果として、ギターやバイオリンの胴のように見える形状のサランネットが自然にデザインされていきました。
なるほど。確かにバッフル面がすっきりすると、楽器的なイメージに見えてきますね。それと楽器っぽいと言えば、700シリーズのアイデンティティのようになっているキャビネット上面のラウンドフォルムもそうですよね。この部分は木材を曲げて造るんですか?
飛世: はい。「曲げ練り」という工法を使いまして、積層板を機械的に曲げて成形しているんです。しかも、このラウンドした部分の角も、ヤマハ伝統の「三方留め構造」で強固に止めているんですよ。
うーん、それは贅沢ですね。考えてみれば、このクラスでこういう手間の掛かるキャビネット構造を採用した例というのはあまりないですよね。
飛世: そうですね。Soavoではキャビネットの平行面がひとつもないデザインを採用しているのに対して、この700シリーズは前後のバッフル面だけ平行になっているんですが、この状態で上面をまっすぐにすると、とてもぶっきらぼうな形になってしまう。だから、このラウンドフォルムを採用したことで、「見る角度によってまったく異なる表情を見せる」というデザイン上の目標を、Soavoとは違う形でうまく表現できたと思っています。
そうしたせめぎ合いの結果として、こういうユニークな造形が生まれたというわけですね。それと、転倒防止のためのスタンド部分も、キャビネットとつながりのいい形状になりましたね。
辰巳: これ、大地に根を張っているように見えるでしょう。小さなところですけど、この部分のデザインだけでもずいぶん試作をくり返したんですよ(笑)。
NS-F700断面図
全体として眺めたときに、とても有機的で、まるで生きているように見えるのが面白いですね。
飛世: 正直な話、これまでオーソドックスなスタイルで通してきたヤマハとしては、700シリーズのデザインはかなりチャレンジングなものだと思います。でも、元来ヤマハは音にもデザインにも新しい価値を提供してきたメーカーである、という自負があります。この700シリーズが、社内的にもそういう新しい流れの突破口になればと、密かに期待しているところなんです。
と、うまく締めていただいたところで時間となりました。みなさん、長い時間ありがとうございました。