ヒストリー
1973年に登場したソフトドームツィーター/ミッドレンジ採用の「NS-690」と、翌1974年に登場したハード(ベリリウム)ドームツィーター/ミッドレンジ採用の「NS-1000M」。30cmクラスの3ウェイブックシェルフという基本構成は同じでも、両者は対照的なテイストで当時のオーディオ愛好家の人気を二分しました。ハードドームとソフトドームのどちらを選ぶべきかは、詰まるところリスナー各人のオーディオ観や音楽観に根ざした問題であり、答えはひとつではなかったのです。以来ヤマハのHiFiスピーカーシステムには、大きく分けてソフトドーム採用のグループとハードドーム採用のグループのふたつの系譜が生まれ、それぞれの良さを理想的に兼備したNS-5000の音づくりのルーツとなっています。
ソフトドーム系スピーカーの系譜
NS-690のためにゼロから設計したヤマハ初のソフトドーム型ユニット、7.5cm口径ミッドレンジのJA-0701型(写真手前右)と3cmツィーターのJA-0509型(写真手前左)。その素直なワイドレンジ特性と低歪、そして広範な指向特性が、アコースティックな表現力に長けたナチュラルサウンドスピーカーの音のイメージを決定づけました。このとき開発したオリジナルの振動板素材は改良を重ねながら、その後のほとんどのヤマハ製ソフトドーム型ユニットに採用されたほか、NS-1000M用のJA-3058A型をはじめとする数多くのウーファーや、2000年代のDC-ダイヤフラムツィーター(ハードドーム型)のエッジ部素材としても活躍。いっぽう、1988年発売のNS-1classicsには、新たな試みとして形成用樹脂と粘弾性樹脂の二重コーティングを廃し、振動板形状の維持に必要な最小限の樹脂を含浸させるに留めた無着色の綿ソフトドームを採用していました。
NS-690 スピーカーユニット
ハードドーム系スピーカーの系譜
その硬度と軽さ(低比重)、剛性のすべてにおいて理想の素材とされながら、現実的な加工の難しさから幻とさえ言われたベリリウム振動板を、独自の電子ビーム真空蒸着法によってついに実用化した世界初のベリリウムドーム採用8.8cmミッドレンジ、JA-0801型(写真手前右)と3.3cmツィーターJA-0513型(写真手前左)。実用金属中最大の音速を誇る、稀有の素材特性を生かした圧倒的な開放感とクリアネスはそれまでの日本製スピーカーの音の常識を打ち破り、初の搭載機となったNS-1000Mは海外の愛好家や批評家からも称賛を浴びました。その後、1986年発売のNSX-10000ではベリリウムを巨大結晶化したGCベリリウム振動板を、さらに1991年発売のGF-1では鍛造ベリリウム振動板を実用化。1997年に全ベリリウムユニットの生産を終了するまで、ヤマハにとってハードドームとはすなわちベリリウムドームのことであり続けたのです。
NS-1000M スピーカーユニット
ふたつの系譜は、第3の振動板素材へ
ヤマハでは、かつてのピュアベリリウムに代わる理想の振動板素材を求めて長らく基礎研究を続けてきました。そして辿り着いたのが、日本生まれの化学繊維「Zylon®」にモネル合金蒸着コーティングを施したヤマハ独自の新開発振動板素材です。ベリリウムに匹敵する音速と、繊維特有のしなやかさとを併せ持つこの素材は、ソフトドーム型とハードドーム型それぞれの進化に続く未知の可能性を秘めています。さらにNS-5000では、この素材をツィーターとミッドレンジのみならずウーファーにも採用することで、これまでに成し得なかった全ユニット間の完全な音色統一をも目指しています。
ソフトドーム系/ハードドーム系スピーカーの製品史
ナチュラルで繊細な「ヨーロピアン・サウンド」と白木のキャビネット。1970年代以降のヤマハHiFiスピーカーの原点となった1台
ヤマハ初のソフトドーム型ミッドレンジ/ツィーターを搭載した30cm3ウェイブックシェルフ。バックキャビティを設けてミッドレンジのfo(最低共振周波数)を280Hzまで引き下げるなど、当時のドーム型としては異例のワイドレンジ設計により、中高域特性の平坦さやウーファーとのスムースなつながりには特筆すべきものがありました。ナチュラルで繊細、なおかつ国産機らしからぬ爽やかなサウンドは、三方留め構造による美しい白木のキャビネットとも相まって「ヨーロピアン・エレガンス」と称されたものです。技術面でも意匠面でも、1970年代以降のヤマハHiFiスピーカーの原点となった1台でしょう。
世界初のピュアベリリウム振動板を採用。オーディオ愛好家からも音のプロフェッショナルからも信頼を集めたヤマハの代表作
実現不可能と言われた純度99.99%のピュアベリリウム振動板をミッドレンジとツィーターに採用した世界初のベリリウムスピーカー。圧倒的なトランジェント特性がもたらすベリリウムならではの正確でクリアなサウンドは発売直後から海外でも高く評価され、1976年にはスウェーデン国営放送が、1978年にはフィンランド国営放送が公式モニターとして採用しました。後継のNS-1000XやNS-2000の登場後もNS-1000Mの人気は衰えず、23年間で20万台以上を売るロングセラーとなりましたが、ベリリウムユニットの生産終了に伴って、1997年に惜しまれつつ販売を完了しています。
NS-690の魅力とサイズはそのままに、90%もの要素を変更・改良。"ソフトドーム版の1000M"と呼べるほどのリファインを遂げた
NS-690の後継モデルとして1976年に登場したNS-690IIは、好評を博した外観やキャビネット寸法を変えずに90%もの要素を変更・改良した中身の濃い第2世代機でした。ウーファーユニットにNS-1000M改良型と共通のJA-3060型が奢られたほか、キャビネットの素材や構造もNS-1000Mに準じたものになり、質量は5kg増の27kgに達しました。またミッドレンジ/ツィーターには振動板コーティング剤や磁気回路を全面的に見直してリニアリティを高めたJA-0701B型とJA-0509B型を搭載。NS-1000Mの世界的評価を受け、その技術と素材を可能な限り反映させたことが窺えます。
グランドピアノ響板用スプルース材100%の新開発ウーファーを搭載。アメリカンウォルナットを纏ったNS-690シリーズの最終完成形
NS-690IIIは、ヤマハHiFiスピーカー隆盛のきっかけとなったNS-690シリーズの最終完成形として1980年に登場しました。このモデル最大の特徴は、ヤマハのグランドピアノ響板用に厳選したスプルース材を精錬して振動板素材としたスプルース100%コーンウーファーを搭載したことでしょう。さらにミッドレンジ/ツィーターも新開発のマルチコーティング剤やボイスコイルボビン一体型ダイヤフラム(ツィーターのみ)を採用した新型に切り替え、定評ある音楽性とリニアリティをさらに熟成させました。外観仕上げは白木から、80年代のトレンドに即したアメリカンウォールナットへと衣替えしています。
カーボン繊維の特性を100%活かすピュアカーボンウーファーなどCD時代に向けて基本構成を一新した新世代ベリリウムスピーカー
CD誕生を間近に控えた1982年秋にデビューしたNS-2000は、その名が示す通りNS-1000/1000Mの上級機であると同時に、登場から8年を経過した1000/1000Mの未来を見据えた試金石としての役割も負ったモデルでした。なかでもカーボン繊維を断ち切らず、その特性を100%活かすべく専用開発した33cmピュアカーボンウーファーの瑞々しい重低音は圧巻で、後に登場するNS-1000XやNSX-10000のウーファーもこの設計を踏襲していきました。またキャビネットも、ブナの無垢材を角に埋めて削り落とした贅沢な造りのラウンドバッフルや、ユニットのインライン配置を採用したモダンなデザインへと生まれ変わっています。
ピュアカーボンウーファーやインライン配置の新型キャビネットを得て12年ぶりのフルチェンジを遂げたデジタルソース時代の"1000"
NS-1000/1000Mの登場から12年後の1986年、"1000"のモデル名を受け継ぐNS-1000Xが発売されました。30cm口径ピュアカーボンウーファーやラウンドバッフル、サランネット脱着式のキャビネットなど、その基本仕様や外観は4年前に登場したNS-2000のジュニア版であり、NS-1000MというよりNS-1000(黒檀仕上げの上級版)の後継機に相当する立ち位置でした。システムとしての音の完成度、とりわけ懸案であった重低音の再現力において旧1000/1000Mを大きく凌駕し、12年分の進化を印象づけたNS-1000Xですが、その完成度が1000Mの個性的な魅力を再び際立たせたことも、また事実です。
巨大結晶化で伝送ロスをなくすGCベリリウムを採用し、その可能性を極限まで追求した「10000シリーズ」の最高級ブックシェルフ
ヤマハ100周年記念のモニュメンタル・プロダクツである最高級コンポーネント「10000シリーズ」の一員として1987年に登場。本機のために素材から開発したGC(ジャイアント・クリスタル)ベリリウムをミッドレンジ/ツィーターの振動板とボイスコイルボビンに採用したほか、各ユニット前面に付く肉厚の真鍮製ディフューザー、曲げ練り樺合板によるキャビネットのラウンドバッフル、12点留めのピュアカーボンウーファー、ハンダを一切使わずプラズマスポット溶接で組み上げたネットワークなどなど、NS-2000と見紛うオーソドックスなブックシェルフの中身は、実はすべてが専用設計のオンパレードでした。
無着色の綿ソフトドームやオールアルニコ磁気回路など、素朴で丁寧な仕立てによってスピーカーづくりの原点回帰を試みた
無着色の綿ソフトドーム、無着色のマイカ混成PPコーン、亜鉛メッキのフレームに組み込まれたオールアルニコ磁気回路。ベリリウムやカーボン、チタンといったハイテク素材を得意としてきたヤマハがバブル絶頂期の1988年にリリースしたNS-1classicsは、加熱する技術競争やスペック競争と距離を置き、スピーカーづくりの原点回帰を試みようとする1台でした。発売当時は"色物"とも見られていたこの小さなスピーカーは年を追うごとに着実に支持を広げ、約12年間におよぶロングセラーに。新しいのに懐かしく、誰もがヤマハらしいと感じるその音とスタイリングは時代を超えて愛され続けています。