「PHXシリーズ」への想い

"最高のドラム"をめざして設計者が語るPHXコンセプト

2007年、ドラム製造40周年を迎えたヤマハ。以前から開発を続けていたニューモデルに、1898年に登録されたヤマハ最初のロゴマークで、当時の最高級オルガンの譜面たてにあしらわれていた伝統的なデザインである鳳凰(フェニックス)になぞらえ、技術的な革新と音楽性の高さの意味をプラスして、「PHXシリーズ」が誕生。積み上げてきた技術とノウハウのすべてを投入し、ヤマハドラムのマイルストーンを目指すシリーズだ。
現在のドラムを細部にわたって徹底的に見直し改良を加えていったが、その中で最も大きく変えられたのは「ハイブリッドシェル構造」「YESS II」「フックラグ」の3つのポイント。
それぞれを担当した3名の設計者にPHX誕生の経緯を聞いた。

シェル素材を重ねあわせることで厚みのある豊かなサウンドに

まず「ハイブリッドシェル構造」の設計に携わった商品開発部打楽器設計課安部万律に話を聞いた。

「ハイブリッドシェル構造」の設計に携わった安部

——PHXの開発にあたって、どのようなものを思い描かれていたのですか?

安部 太く、大きな音、なおかつ奏者の意のままに操れるようなダイナミックレンジの広い楽器を作ろうというところからスタートしました。小さく繊細な音は叩き方で出せますが、太くて大きな音は楽器の性能によるものだと考えました。


——安部さんは、どこを見直したのですか?

安部 今までのシェルは単一の素材でできているのが普通でした。たとえばメイプルならメイプルだけ、というのが主流。ならば、それを見直そうということになりました。数種類の異なる木材を組み合わせたら次のステップに進めるのではないかと。さまざまな木材を取り寄せ、いろいろな組み合わせについて研究を行った結果、木材による最高のシェルができたと自負しています。


——具体的にどんな組み合わせになったのですか。

安部 比重の高いジャトバという木材を芯にし、そのまわりを次に比重の高いカポールで囲み、さらに一般的に使用されているメイプルの外側に組み合わせました。堅い素材を芯にしていることで、ドラムの振動を活かしきることができるようになりました。


——今回は、メイプルそのままで仕上げたものと、そのさらに外側にアッシュの外装を施したものの2種類となりましたね。

安部 最高級機種に相応しい外観を実現するためにアッシュ・バージョンも加えたんですが、これが思わぬ効果をもたらしました。違う音色、個性を持つことになったんです。


——他に改良したところはありますか?

安部 シェルのエッジ形状を変えました。これはその都度データを取りながら実験しましたので、エッジ形状による音の変化を数値化することもできました。他にはベントホール。シェルには空気を抜くための穴が通常1箇所あいているのですが、PHXシリーズでは、シェルの種類やサイズの違いに応じて穴の数を変えました。これによって演奏性の良さとともに非常に抜けの良い音になったんですよ。

 

シェルの振動を最適化するタムマウントシステム
「YESSⅡ(Yamaha Enhanced Sustain System II)」

次はタムマウントシステム「YESS II」の設計をした商品開発部打楽器設計課 岡本茂弘。

タムマウントシステム「YESS II」の設計をした商品開発部打楽器設計課 岡本茂弘

——マウントとは、ドラムをスタンドに取り付けるためのパーツですね。

岡本 はい。小さなドラムは振動エネルギーがスタンドに逃げてしまい音が伸びない、大きなドラムはそれ自体の重量によりいつまでも振動して音が伸び過ぎる、結果、上から下までのタムの鳴りのバランスがとり難いという傾向にあると感じました。
シェルに直接マウントを装着していた昔のタイプに比べ、「YESS」は当時、先鋭的な構造として評価されたそうです。
今回さらに見直すことで向上を図りました。


——具体的にどんな改善をしたのですか?

岡本 ドラム本体とタムマウントの接合部分にゴム部品をかませ、振動エネルギーがスタンド側に逃げにくくなるようにしました。
加えて木材製のプレートを使ったことで、より太い音を得ることが出来ました。また、ゴム部品の個数や取付場所を調整することで小さなシェルから大きなシェルまでバランスの良いサスティンを実現しました。
さらに見直すことで向上を図りました。

 

ヘッドの振動を活かしきるNewフックラグ

Newフックラグ開発を担当した山本壮俊

ヘッドをシェルに固定させるためのパーツであるフックラグも音色や響きに大きなかかわりを持っている。 設計したのは商品開発部打楽器設計課 山本壮俊。


山本 アブソルートシリーズにも採用されているフックラグは、着脱式でヘッドが交換しやすくなっていました。今回はラグポストとラグケースの形状を細部にわたって改良しました。ヘッド振動がロスなくシェルに伝わるようになったことで、従来のフックラグの脱着機構の優位性は活かしつつ、音響面での向上も図れました。


 

PHXシリーズの進化はとまらない

―大きな改良点は3つですが、それ以外にも工夫を重ねたのだとか。

岡本 すべてにわたって見直したんですよ。その中で、今までの開発の成果として現段階では最上のクオリティを持つものがあったことも見えてきました。たとえばフープがそのひとつですが、PHXに採用しているアルミダイカストフープは、とてもバランスの取れたものであると再認識しました。また、バスドラムの脚部についても、非常に安定感のある優れものだということがわかりました。

山本 見直しの中での検証結果は、数値にしてデータ化していきました。これは今後の開発に大いに役立つと思っています。

岡本 このプロジェクトが始まったのは3年前。「ウルトラ・ハイエンド」を目指したために、実はもっと時間がかかるのではないかと思っていましたが、数々の試作品の後に、2006年の暮れには、ほぼ完成形近いものが出来上がりました。

安部 恐かったけれど、アーティストたちの試奏会では、彼らの手持ちの楽器との比較もしてもらいました。さらに、彼らの使っているヘッドをPHXに装着して試したりもしました。

岡本 そのすべてにおいて、ジャンルを選ばずにアーティスト全員から高い評価を受けることができました。実際にレコーディングした結果からも、よいサウンドだと評価されましたが、これは生のサウンドがいい仕上がりだからと自負しています。

安部 このPHXシリーズは、現時点で最高の楽器だと思います。でも、これから先も最高であり続けるために研究はまだまだ続けています。

山本 細かい部分にも気を配って、まだまだ検証は続けているんですよ。

岡本 PHXシリーズはつねに先頭を歩むもの。ここで開発した技術を、他の機種にも応用していく。ヤマハのドラム全体をレベル・アップすることでもあるんです。