INSIDE THE STUDIO

演奏者に聴こえる、ありのままのドラムサウンドを

充実した機能と、上質なサンプリング音源でドラマーたちに支持されてきたヤマハの電子ドラムDTXシリーズ。2024年10月29日には音源モジュールDTX-PROX、DTX-PRO用にV2.00 Firmware Updaterがリリースされ、よりリアルで高音質なドラムサウンドが追加された。

これまでヤマハ電子ドラムの音源コンテンツのほとんどは、ヤマハのコンテンツ開発拠点であるロンドンなどの海外で収録されてきた。しかし、今回の新ソフトウェアに収録されているヤマハドラムのサンプル制作(PHX、Recording Custom)については、音づくりのすべてを日本でディレクションしたいという強い思いを抱いていた。

最高の楽器と最高の環境、最高のメンバーで、最高の音を──。サンプリングに使用したのは、ヤマハドラムの最高峰「PHX」と世界的トップドラマーであるスティーブ・ガッドの協力を得て開発された「Recording Custom」というふたつのハイエンドドラム。ヤマハドラムを知り尽くし、スティーブ・ガッドらを担当する社員が、それらを最良の状態にチューニングした。そして、サンプリングを託されたのが杉山勇司さんだった。

 

DTX-PROX / DTX-PRO V2.0に搭載される新たな音源は何を目指し、いかにしてつくられたのか。サンプリングを手がけたレコーディング・エンジニア、杉山さんにうかがった。

杉山さんは、ライブなどで音をコントロールするSRエンジニアからキャリアをスタートし、その後Nav Katze、SOFT BALLET、X JAPAN、L’Arc~en~Ciel、LUNA SEA、河村隆一、YOSHIKIなど名立たるアーティストを手がけるレコーディング・エンジニアに。そのキャリアは、36年に及ぶ。

杉山さんは、ライブなどで音をコントロールするSRエンジニアからキャリアをスタートし、その後Nav Katze、SOFT BALLET、X JAPAN、L’Arc~en~Ciel、LUNA SEA、河村隆一、YOSHIKIなど名立たるアーティストを手がけるレコーディング・エンジニアに。そのキャリアは、36年に及ぶ。

「仕事を始めた頃からヤマハの機材をよく使う機会があったのですが、1990年にレコーダーとミキサーが合体したDMR-8が発売されたときにデモをしてもらったり、後に購入してアルバム制作に使用するうちに、ヤマハとのつながりが生まれました」

エフェクターのプリセットメモリーの制作やエフェクターの評価、最近ではシンセサイザー用音色のCFXのサンプリングにも携わった。

「最初に手にしたドラムマシンがRX-11やRX-5だったこともあり、思った以上にヤマハのドラムの音は身近なものだったかも知れません。他にもレコーディングの際に今日はいい音が録れたと思ったらヤマハのアコースティックドラムだったり、好きなドラマーがヤマハ製を使っていたり。感覚的にいつも良い印象を持っていました」

今回録音を実施した新社内スタジオの音響特性も重要な役割を担っていた。

今回録音を実施した新社内スタジオの音響特性も重要な役割を担っていた。

「楽器収録の際に、近くで狙えばくっきりとしたデッドな音が聴こえるし、遠いところではちゃんと十分な部屋の響きを収録できる。このふたつが共存するスタジオは、なかなかありません。なかでも部屋の響き、つまりアンビエンスの音は楽器をより豊かに響かせるためにとても重要なのですが、日本でそれがきちんと録れるスタジオは本当に少ないんです。もちろん、これまで海外でサンプリングしてきたことに意味がありますし、海外でしかできないものもあっただろうと思います。そして今、こんなにすばらしい社内スタジオができて、フラッグシップモデルを使い、その音を録音する。とてもやりがいのあることに感じました」

新たな音のサンプリング。それは電子ドラムの再定義から始まった。

新たな音のサンプリング。それは電子ドラムの再定義から始まった。

「これまでの電子ドラムは、使用されている音源がひとつひとつ独立して、とてもクリアに収録されていると思います。ある意味、音の傾向はこれまでのドラムマシンに近く感じていました。もちろんドラムマシンはアコースティックドラムとは違うものとして、新しい音楽をつくっていける楽器であり、あの音が鳴るからこそ成り立つ音楽がありますよね。そして電子ドラムはドラムマシンのように進化していくのか、あるいはアコースティックドラムに取って代わることができるものとして、アコースティックドラムよりもコントロールしやすくて、より良いものになっていくのか。どちらの方向に進みたいのかということをまずはみなさんとミーティングしました」

杉山さんが目指したのは、そこに座ってアコースティックドラムを叩いたときに鳴る “ドラムキットとしての音”だ。

「楽器単体の音だけセットして鳴らしたものは、ドラムキットの一部として聞こえる音とは違ったものになってしまいます。たとえば、フロアタムを叩いたとき、右側の一点からだけ音が鳴るドラムなんて存在しませんし、バスドラムを踏んだときにもドラムキット全体がバンと響く。叩かれる場所で生まれる響きがあるからこそ、今叩いているという感触があると思うんです。ドラムキットとしての音づくりという意味では、すばらしい機種を秀抜なチームが一番いい状態ですでに用意してくれていますから、それを可能な限り余すところなく収録しようという考えでした」

録音というと、オンマイクからオフマイクまで数多くのマイクが立てられている様子をイメージする人も多いかもしれない。

「まずは、もともとの楽器の音を信頼しているから、必要最小限のマイクの組み合わせで収録しました。収録のためのマイクが増えれば増えるほど、さまざまな周波数で強め合ったり打ち消し合ったりする干渉が生じてしまいます。それにより、楽器本来の音から思わぬ方向へ離れていく。大切なのは、音をきちんと捉えるようにマイクをチョイスして、適切な場所へセッティングすること。音の焦点が合う位置にマイクを置けば、全部の関係性を崩さずにアコースティックドラムのセットを組んだ状態の音を捉えることができます」

その焦点を探すのは耳。実際にドラムを叩いてもらってピントが合っていると感じる位置を探す。それを見つけるのは、高い経験値にほかならない。

 

「重要なのは音が変わったことをきちんと認識し、判断できるかどうか。経験によって音を比較する方法を見つけたのです」

マイクは楽器としての響きを余すところなくとらえるために、主にコンデンサーマイクを使用した。こうして収録した音を最大限に活かしつつ、EQやコンプレッサーなどのエフェクトをかけて処理をしていく。

今回のサンプリングでは、これまでにない音色のサンプル「ブリード音」が追加されている。

今回のサンプリングでは、これまでにない音色のサンプル「ブリード音」が追加されている。

「これまでの電子ドラムの音は一音一音がクリアに収録されていることが特徴と言えると思います。反面、クリアで他の響きを極力省く音質は、本来のアコースティックドラムをキットで叩いた音から離れていくのではと考えました」

アコースティックドラムの演奏者に聴こえる音をそのまま再現できないか──。たどり着いた答えは「ブリード音」だった。

「整然としすぎない音、つまりバスドラム、スネア、タムがそれぞれに共鳴した音こそ、よりアコースティックドラムに近い演奏感をもたらすのではないかと考えました。部屋の響きを収録するアンビエンスマイクとは異なる位置で、ドラムキット全体の響き『ブリード音』をとらえるようにセッティングしました」

多彩な音楽やアンサンブルに対応し、ほかの楽器や音源と混ざったときの音圧と抜けの良さも新サンプルの大きな特徴だ。

「音量を出したいときにはたとえ不要だと思っても音を切り過ぎないことが大切なんです。削っていくと、どんどん音圧が下がってしまいますから。今回は、ベースやギターなどが合わさったアンサンブルにおいて音圧と抜けの良さを感じてもらえると思います。特にブリード音がアンサンブル内での音圧にとても重要なファクターなんです」

「”日本のブランドとしてのヤマハ”と一緒に”音をつくる”ことが出来て、自分としては夢がひとつ叶ったと感じています」

ふだんは、数多くのアーティストのレコーディングを手がける杉山さん。アーティスティックなエンジニアというイメージが強いが、論理的に考えることを大切にしているという。そういった信念は、今回の音源コンテンツの制作にも活かされたに違いない。

DTX-PRO Firmware V2 Sound Demo

サンプリングの仕事では、また違った面白さを感じたとも語る。

サンプリングの仕事では、また違った面白さを感じたとも語る。

「普段ドラムを録音する際は、ほかの楽器との関係性をみながら録音していくのですが、今回はドラムだけ。スネア、バスドラムなどの一音だけを録っていくわけです。ある意味僕にとって、とてもチャレンジングなことでした。一音にすごく集中する必要があったので、通常のレコーディングとは別の高揚感がありました」

 

「サンプルのニューバージョンは、これからもどんどん進めていきたいですね。そしてこの先、ドラムを叩いている空間をつくるといった立体音響的なことも一緒にできるようになるとかなり楽しくなると思います」

今後の音源コンテンツの進化はドラマーたちをさらに突き動かし、新しい演奏体験をもたらしてくれることだろう。

杉山勇司

1964年生まれ、大阪出身。1988年、SRエンジニアからキャリアをスタート。その後レコーディング・エンジニア、サウンド・プロデューサーとして多数のアーティストを手がける。2022年4月に、書籍「新・レコーディング/ミキシングの全知識 (全知識シリーズ)」 ( リットーミュージック)を発売。ヤマハ製品ではこれまでエフェクターやレコーディング用機器、電子ピアノやシンセサイザーの音源コンテンツなどを手がけた。