沖仁氏×ヤマハギター設計者 対談

沖仁(ギタリスト)×何木明男・山本壮俊(ヤマハギター設計者)Talking about Flamenco Guitar CG182SF 価格を超えたクオリティの音とデザイン。歯切れ良い音色はボサノバなどポップスにも。

2011年5月、フラメンコギター「CG182SF」が¥50,000(税抜)という購入しやすい価格帯で発売された。そのサウンドと弾き心地、開発コンセプトなどについて、フラメンコギターの第一人者であり、2010年には本場スペインで開催されたムルシア "ニーニョ・リカルド" フラメンコギター国際コンクール国際部門で優勝し話題を集めた沖仁氏を迎え、担当設計者である何木明男、山本壮俊との対談形式で話をうかがった。

価格からは信じられない音色のクオリティですね。(沖)

最初にヤマハの新しいフラメンコギター「CG182SF」を試奏した印象をお聞かせください。

沖:音も良いし、レスポンスもとてもいいです。値段を聞いて驚きました。このクオリティは5万円のギターじゃないですね。低音がしっかり出ているし、艶消しだったりしてルックス面も個性的。手触りがすごく気持ちいいです。

CG182SFの開発コンセプトは?

何木:このギターで目指したのは「ユーザーが求めやすい普及価格帯でしっかりしたクオリティのフラメンコギターを提供すること」でした。コストを抑えるために作り方や構造、塗装などの面で工夫しながら、音については側板にフラメンコギター独特のシープレスを採用し、塗装の厚さを薄くして音の鳴りや立ち上がりが良くするなど、さまざまなノウハウを投入して本格的なフラメンコギターに匹敵するサウンドを実現しています。

沖:価格を知らなかったら間違いなくもっと上の価格帯のギターだと思うでしょうね。このギターは工場で作られているんですよね? 音のクオリティは手工ギターに近いレベルに達していると感じます。

沖さんにとって「ギターの音の良さ」のポイントは?

沖:ギターの音の良さのバロメーターは「音の表現の幅がどのくらいあるか」なんです。安価な楽器はたいてい幅が狭い。たとえば音量なら大きい音から小さい音までの幅、音色なら一番強い音から一番繊細な音まで。この幅が大切なんです。普通、安い楽器は色鉛筆で言えば色数が少なくて鉛筆の先も丸まってる感じ。その点CG182SFは色数も多いし先もしっかり尖っている感じ。狙った音、自分が出したいと思った音が出せます。もしこのギターで「ギターソロを1曲弾いて下さい」と言われても決して無理ではないクオリティです。

明るい色味とモダンなデザインにこだわりました。(山本)

CG182SFはデザインや仕上げも綺麗ですね。

山本:音の面では本格的なフラメンコギターのクオリティを目指しましたが、色やデザインに関してはフラメンコギターを知らない人にもアピールできるように明るい色に仕上げました。楽器屋さんのクラシックギターのコーナーってわりと黒っぽいギターが並んでいるんですけど、明るい色調なら「あ、なんか綺麗なギターだな」と手にとってもらえると考えたんです。細かい部分で言えばボディの裏側の赤いラインのインレイは結構こだわった点です。

沖:ルックスが可愛いですよね。僕、見た目って大事だと思うんです。このギターはモダンなインテリアにあうから、部屋に置いておきたくなると思います。フラメンコギター弾きでなくても、身近に感じてもらえるんじゃないかな。

音が明るく弾きやすいので、フラメンコ以外のジャンルでも。(何木)

明るくモダンなデザインはフラメンコ以外のステージでも映えそうですね。

何木:実はフラメンコギターはポピュラーでもよく使われています。立ち上がりが良くて音色が明るいので、たとえばブラジル音楽やボサノバのプレイヤーはよく使っています。バーデン・パウエルの息子さんのルイス・マーセル・パウエルは素晴らしいギタリストですが、彼もヤマハのフラメンコギターを愛用してくれています。

沖:僕もポピュラーでナイロン弦のギターを使うならフラメンコギターをオススメしたいですね。「フラメンコギター」という名前だから一見フラメンコ以外では使っちゃいけないような印象だけど、実はかなり多彩なジャンルで使えると思います。最近よくナイロン弦で弾き語りしている人を見かけるけど、一度フラメンコギターを試してほしいですね。

ポップスなどでフラメンコギターがいい点はどんなところですか?

沖:まず弦が押さえやすいです。クラシックギターはしっかり押さえてしっかり弾かないと鳴りませんが、フラメンコギターなら軽く弾いても良く鳴ります。それと音色。ナイロン弦のギターの中で一番ポップな音色を出しているのはフラメンコギターじゃないかな。音のヌケがいいからドラムやパーカッションが入ったバンド系のサウンドでもギターの音が埋もれないんですよ。クラシックギターだといくら音量を上げてもなかなかヌケないので聞こえてきません。

フラメンコ独特の奏法も他の音楽に応用できそうですね。

沖:フラメンコギターって半分打楽器みたいな部分があって。弦をミュートしてかき鳴らしたり、側板を叩いたりとボディを叩く奏法がたくさんあるので、ゴルペ板っていうピックガードみたいなものが表面板に貼ってあるんです。押尾コータローさんが時々やっているようなパーカッシブな演奏は実はフラメンコギターと通じるものがあります。そういう奏法を自分の音楽に取り入れてみるのもいいと思います。

ソロ楽器として完成度が高いから、弾き語りの人にも弾いてほしい。(沖)

奏法も含めてフラメンコギターが、まだあまり認知されていないのかもしれませんね。

沖:だからちょっともったいないんですよ。フラメンコギターって楽器としてのポテンシャルがものすごく高いのに、フラメンコギタープレイヤー以外にはあまり存在が知られていないと思うんです。楽器屋さんでもフラメンコギターって1本か2本しか置いてないことが多いんです。そうなるとあまり試奏もできないので選びにくいですよね。このCG182SFがそんな状況を打開してくれるといいなと思っています。

何木:実際クラシックギターの後でフラメンコギターを弾くとほとんどの方が「こんなに弾きやすくて、軽くて、音も明るいのか」って驚かれますね。

山本:弾きやすいのに加えて持った感じが「軽い」のも大きいと思います。重量が軽いと立って弾く時はもちろん座って弾く時でもずいぶんと違いますので、ぜひ触ってもらって弾きやすさを実感してもらいたいですね。

沖:弾き語りの人あたりが試してみるといいと思うんですよ。ジャカジャカだけじゃない演奏ができますから。ソロ楽器としての完成度は高いので1本でいろんなことができるんです。

CG182SF

CG182SF
希望小売価格: 50,000円(税抜)
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ズバリ、CG182SFはお買い得ですか。

沖:これはお買い得ですよ(笑)。初めてフラメンコを買うならこれがいちばんいいんじゃないかな。

何木:僕も自分で買ってますからね(笑)。

ヤマハの楽器で優勝できたのは嬉しかった。(沖)

沖さんはヤマハフラメンコギター「FC50 CUSTOM」を使われていて、国際部門で優勝された2010年のスペインでのコンクールでもヤマハを弾かれました。ヤマハのフラメンコギターを使っている理由を教えてください。

沖:まず第一にネックやボディのサイズが日本人である自分に合っているというのが大きいです。以前大きいギターで無理に練習していて体を痛めたことがあったのでサイズには気を使っているんです。そして楽器としての性能。古いギターだとハイポジションの音程がかなりいい加減だったりします。僕は高い音も使うしカポも頻繁に使いますので、音程が悪いギターは使えません。ヤマハは音程の面でも優秀です。それにヤマハのフラメンコギターの音色も好きなんです。

ヤマハのフラメンコギターはどんな音色なのでしょうか。

沖:意外なことに音が野太いんです。泥臭いというか、わりと昔っぽい。見た目が綺麗で洗練されているので、スペインでもみんな驚きます。機能的には最先端なのに音は昔っぽいという感じが自分としては好きですね。それと自分と同じ時間、同じ場所で生まれた楽器と成長していくというのは嬉しいです。スペインのコンテストでスペインの楽器ではなくヤマハの楽器で優勝できたのは自分としてはとても嬉しかったです。

沖さんの演奏を聞いてフラメンコギターを手にしたいと思っている人も多いと思いますが、そんな方にメッセージをお願いします。

沖:伝統的な音楽なので真面目に取り組もうと思ったら一生かかるものだし、一生をかけるに値する音楽です。僕もそういった姿勢で取り組んでいますし、フラメンコ人口がもっと増えてほしいと願っています。でも興味を持った方がみんな正統派なフラメンコに取り組む必要はないと思っていて、フラメンコの奏法を自分の音楽に活かしていくということでもいいと思うんです。たとえば世界的に人気があるギターデュオの「ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ」を見るとかなりフラメンコ的な奏法を織り交ぜていて、それでロックに通じるビートをギターで出しています。そういうことができるのもフラメンコギターの魅力なので、ぜひ気軽にフラメンコギターに挑戦してみてもらいたいと思います。

弾き手と作り手との対話から新しい楽器が生まれる

楽器の作り手として、トッププロから直接反応が得られることは非常にありがたいのではないでしょうか。

何木:その通りです。アイディアを活かした楽器を試作して、すぐに反応が得られれば、また改良してどんどん進化させることできますし、アーティストの方とのディスカッションでアイディアを深めていくこともできます。実は今日、沖さんがお持ちのギター(※FC50X)も、コンサート後の打ち上げの雑談から生まれた試作モデルです。

沖:こんな材がありますよ、と聞いたので、それでフラメンコギターをつくってみましょう! って。材だけでなく塗装などいつも新しい試みをしてくれるんです。

※FC50X:側裏板にハカランダ材を用いた、一般的に「黒」と呼ばれるタイプのヤマハの手工フラメンコギター

楽器は会議室でできるわけではないと。

何木:たいがい話は夜決まります(笑)。

そういった試作から次のアイディアが生まれてくるのですね。フラメンコギターはまだ進化するのでしょうか。

何木:フラメンコギターに限らずギターは、わからないことがたくさんありますので、進化の余地もあると思います。

沖:フラメンコギターといっても古典的なものとモダンなものでは全然方向性が違います。そうするとプレイヤーが求めるものも変わります。ですから楽器もまだまだ進化すると思いますね。古い楽器は製作家が亡くなっているから変わらないけど、ヤマハとならこれからも進化させていけるし、設計者とは日本語で話せるし(笑)。これからも楽しみにしています。

 

profile : 沖仁

14歳より独学でエレキギターを始め、高校卒業後カナダで1年間クラシックギターを学ぶ。その後スペインに渡り通算3年半スペインに滞在。1997年日本フラメンコ協会主催新人公演において奨励賞を受賞。2002年初のソロ・アルバム「ボリビアの朝」を発表。2006年12月NHK「トップランナー」に出演し大きな反響を呼ぶ。2008年7月、FUJI ROCK FESTIVAL ‘08に出演。2010年7月、第5回 ムルシア "ニーニョ・リカルド" フラメンコギター国際コンクール国際部門で優勝。同7月5thアルバム「Al Toque [アル・トーケ] ~フラメンコの飛翔~」をリリースするなど、精力的な活動を行っている。

沖仁オフィシャルサイトhttp://jinoki.net/