荘村清志 GCシリーズを語る

デビュー35周年を迎え、洗練された演奏にさらに磨きのかかる荘村清志氏のスペシャルコンサートが各地で開催されている。言うまでもなく荘村氏はギター界の重鎮であるが、武満徹氏をはじめ邦人作品の演奏にも積極的に取り組むほか、朗読との共演という新しいスタイルを試みるなど、常に革新的な活動を行ってきた。ヤマハクラシックギターとの関わりも深く、GC30AやGC70などのモデルには荘村氏の意見が数多く取り入れられている。そしてこの度、スペシャルコンサートの合間を縫って、荘村氏とヤマハGC-70の開発者加藤俊郎氏(ヤマハOB)との対談が実現。旧交を温めつつ、当時のギター作りに込められた思いを語り合っていただいた。
※この対談は2005年9月に行われたものです。

荘村氏のアドバイスから生まれたGC70の豊かな低音

加藤: 今日ひさしぶりに荘村さんの演奏を聴いて、すごく昔のことを思い出しました。当時は、毎月のようにギターを持ってお邪魔していました。GC30Aとかね。

荘村: 懐かしいですね。

加藤: GC30Aの発売は1974年で、そのとき荘村さんに全国コンサートをやっていただいたんです。

荘村: ああ、そうでしたね。当時、武満徹さんが「フォリオス」と「オーヴァー・ザ・レインボー」という曲をアレンジしてくれて、GC30Aでよく弾いていたのを覚えています。あの頃、ああいったポピュラーな曲をクラシックのプレイヤーがやることってあまりなくて、みんなから「誰の編曲?」って訊かれました。

加藤: 異色な感じで面白かったですね。音楽のスタイルとして素晴らしいことですが、武満さんが荘村さんのために作られたということも凄いですよね。貴重な財産だと思います。

荘村: GC70はGC30Aを改良したモデルでしたよね? 発売はいつ頃でしたっけ?

加藤: GC70は1983年発売です。(GC30Aから)10年近くかかっていますね。GC30Aを発売して、さらにそれを改良したいということでずっとやっていました。そのとき、荘村さんと芳志戸幹雄さんに絞ってアドバイスを頂いていたんです。荘村さんは、GC30Aに「もうちょっと音の幅が欲しい」と言っておられました。実際、GC30Aは「高音のある楽器」ということで高音主体で作られていたので。

荘村: けれど、今日弾いたGC70は低音が凄かったですよ。

加藤: そこに荘村さんのアドバイスが入っているんです。

荘村: 低音が「ドスーン」とくる感じで、さらに減衰しないで(低音が)スーっと伸びているんですよ。普通低音は落ちますよね。

加藤: それがGC30Aの課題だったんです。

荘村: ベースがあれだけしっかりしていると良いですよね。そこが一番改良されている感じがします。

加藤: 結局そこが一番苦労したので、とてもうれしいですね。

荘村: 低音をしっかりしておけばそれで高音が引き立つ。結局バランスの問題だから、低音がしっかり出ていないと、こういったバランスにはならないですよね。

加藤: あの時も荘村さんがをずっと言っておられたことはそのことだったんですね。「もう少し音の幅が欲しい」というのは。

荘村: しかも減衰しないというところが良いですね。凄く良い音の伸び方だと思います。

加藤: 安心しました。それが結局GC70に反映されています。9年間かかりましたけれど。(笑)

荘村: 本当に、ぐっと伸びる低音に支えられていると高音の側が生きてくる。それが凄くいい感じで出ていますね。またこれからのツアーが楽しくなるね。

荘村清志●日本ギター界の第一人者。9歳でギターを始め、巨匠イエペスのもとでギターを学び、欧州各地での成功の後帰国。ソロや協奏曲のみならず、フルート、ピアノなどの楽器、さらには朗読との共演も好評で、人々を魅了し続けている。2005年10月には35周年記念アルバムを発売する。
荘村清志オフィシャルサイト

加藤俊郎●ヤマハOB。GC70の設計者。

荘村氏のコンサート用に製作したGC70

数々の経験を経てさらに深まった表現、そして新たな境地へ

加藤: 今年はデビューされて35周年ということで、コンサートやCDのリリースなど、さらに活躍されていますよね。

荘村: 東京と大阪でデビュー35周年リサイタルをやるんですが、今まで自分が積み重ねてきたものが出ればいいかなという感じです。加藤さんと知り合った頃は、ただ勢いだけで弾いていたという感じがしますけれど、それが音楽だけでなく人生経験やいろいろなことを積み重ねて、やっと楽しんでというか、音を感じながら弾けるようになったような気がします。あと2年で60歳になりますけれど、この歳になってやっとそういう心境なんですよ。昔は楽譜をもらって、それをとにかく音的にミスのないように弾くというか。もちろん自分なりに表現を考えてはいたんですけれども、内面から本当にしみじみと感じて弾くというよりも外から作っていく。「クレッシェンドして小さくして、また大きくして......」というような感じでしたね。それが今やっとこの歳になって、外から作っていくんじゃなくて、音や曲を自分で凄く感じながら弾けるようになってきた、という感じです。もちろん、もっともっと沢山いろいろなものを感じながら弾かなければいけないんですけれど、それはこれからも積み重ねていくことでもっと深まっていくと思うんです。若い頃と違うと思うのは、自分で弾いていてしみじみと感じながら弾く事ができるようになったということですね。

加藤: 今日の演奏でも、音の甘さと楽しさが感じられました。

荘村: ありがとうございます。そのへんが、最近ギターを弾いていて楽しくなってきましたね。これから本当に良い演奏ができるのかな?って自分自身でも思っているところなんです。今回のツアーでは加藤さんが設計に関わったGC70を使わせて頂いて演奏することになり、今から楽しみにしています。

ドイツ的な音、スペイン的な音ではなく独自のサウンドを追求

YAMAHA GC70
表板:ドイツ松単板 裏・側板:ハカランダ単板 弦長:650mm ハードケース付
厳選したドイツ松単板を表板に用い、スペインの伝統的製作技術をベースに作り上げた、ヤマハ・オリジナル・サウンドの松材の頂点モデルです。スペインの香り漂う、透明感のある繊細な音色が表情豊かな演奏を可能にします。
希望小売価格 ¥1,600,000(税抜)
※受注生産品 納期についてはヤマハ特約楽器店にお問い合せ下さい

YAMAHA GC70C Custom

表板:米杉単板 裏・側板:ハカランダ単板 弦長:650mm ハードケース付
GC70の杉使用モデル。GC70よりも音量があり、人気のモデルです。全面セラック塗装、厳選された材の使用等ヤマハの最高峰ギターです。
希望小売価格 ¥1,600,000(税抜)
※受注生産品 納期についてはヤマハ特約楽器店にお問い合せ下さい。

加藤: 同じ時期にデビュー35周年記念のCDもリリースされますよね? 30周年記念のCDではタンゴをフィーチャーされていましたが、今回は?

荘村: 今回はどちらかというと南米の曲中心で、バリオスやレイスといったブラジルの作曲家が多くなっています。

加藤: ブラジルの作品には綺麗な曲が多いですよね。

荘村: あとは、アジャーラというアルゼンチンの作曲家による「南米組曲」というのがあります。そういう南米各地の曲が中心です。レコーディングには、ステファン・フッソングさんという、アコーディオンの凄く上手い人に参加していただいて、35周年リサイタルでも一緒にピアソラの曲とかを演奏する予定です。あとは、猿谷紀郎(としろう)さんという今活躍している作曲家の方に、アコーディオンとギターのためのオリジナル曲とアレンジ曲を作っていただいたので、それを演奏する事になっています。それまであまり意識したことがなかったんですが、フッソングさんの演奏を聴いたらアコーディオンという楽器に対するイメージががらっと変わりましたね。彼は、ピアソラとかいかにもアコーディオン的な曲だけでなく、バッハとかそういう古い曲もやるんですが、まるでオルガンを聴いているような感じで、あらためて素晴らしい楽器だなと驚きました。

加藤: ちらもリードを使う点で共通しているものの、なかなか面白いスタイルですね。

荘村: 聞いたんですけれど、アコーディオンは雅楽に使う笙が元になっているらしいですね。それで、フッソングさんは20年くらい前から笙を研究するために日本へ勉強に来ていたらしいんです。だからドイツ人なんですけれど日本語も結構ベラベラみたい。

加藤: 実はGC70は、南米の曲も合うんです。さまざまなギタリストに評価してもらうと、意外に南米の人が好むんですよ。エドワルド・ファルーやレオ・ブローウェルも一時期使ってくれていました。GC70の杉のモデルを気に入ってくれて。ファルーは松でしたが。

荘村: 今日弾かせていただいたこれは?

加藤: これは松ですね。ドイツ松です。2種類あるんですよ、杉と松と。松は甘い音がするみたいな感じですね。

荘村: そう。高音とか、ちょっとビブラートをかけただけですごく甘い音がでますよね。

加藤: 当時開発していた時は、「ドイツ的な音」とか「スペイン的な音」とかそういう事を言われていたのですが、私自身あまり意識していなかったですね。音がクリアで、分離が良くて、音の幅が出せればそこが個性になるだろうと。そういうところから攻めていったんですよ。別にドイツ的な音を作るとかスペイン的な音を作るとかはあまり意識していませんでした。そんな話も当時、荘村さんとしたことがありましたね。

荘村: 我々も演奏するときに、「アルベニスだからスペイン的な演奏」とか「バッハだからドイツ的な演奏」ということにはこだわらない。あくまでも自分が内面的に曲を弾いてどれだけたくさんのものを感じ取れるかということ、その感じたものを素直に表に出せばいいという、最終的にはそこだと思います。だから、スペイン的な楽器とか変に外から枠を作ってしまうというのは、僕はあまり好きじゃありません。もっと内面的に表現できれば良い。

加藤: 1980年にセゴビアに会ってGC70を評価してもらったところ、杉のモデルをコレクションに加えてくれました。10本しかコレクションしないんですけれど、その中の1本に加えてくれたんです。その後、ベーレントとかラゴスニックにも会いに行きましたが、やはりみんなこれを一時期良く使ってくれましたね。その時、彼らにもスペイン的な音とかドイツ的な音とかどういう風に思うのか訊いたんですけれど、「そういうのはないよ、ヨーロッパでは。スペインとかドイツとか決まってないんだから、音が良ければそれで良いんだ」という意見が多かったですね。

荘村: あまり外から作る感じじゃなくてね。やっぱり中身の問題なんですね。

加藤: できたばっかりですけれどGC70は弾き込んでどんな感じですか?

荘村: 今弾いた感じだけでもバランスが凄く良いと思いますし、弾き込んでいけばもっともっと良くなる予感がします。とにかく低音が当時の30と比べてそうとう進化しているなと感じます。

加藤: 荘村さんにアドバイスを頂いていた点がGC70にとって大事なポイントだったと思います。当時、多くのプロギタリストやギターの専門家に意見を聞いたんですが、1人1人みんなバラバラなんですよね。それを全部聞いていると訳が分からなくなってしまうので、ある時からやめたんです。それで、荘村さんと芳志戸さんの2人だけに意見を絞らせて頂いたんです。結果的に、あの時のアドバイスがGC70の大きな特徴になったといえます。
今日は本当にありがとうございました。リサイタルの成功をお祈りいたします。