第8回「ATTITUDE」への想い

第8回「ATTITUDE」への想い 「重低音」と「鳴り」でビリー・シーンのベースサウンドはさらに進化する。

 
Profile
伊藤 修
伊藤 修

1998年入社。希望していたギター設計課に配属される。米国の開発拠点や東京のアーティストリレーション拠点などに滞在を経験しながら、一貫して開発に従事。SBVシリーズやAESシリーズ、RGXA2等の商品の開発に携わる。Billy Sheehanとの共同開発にはATTITUDEの10周年モデル(日本国内未発売)から参加し、BEX-BSやBB714BS、ATTITUDE LIMITED II 25th モデルの開発をメインで担当。
 

 

——最初にATTITUDE LTD3についてご紹介いただけますか。
ATTITUDEはMR.BIGのベーシスト、ビリー・シーンとヤマハが共同開発したベースギターです。このベースはビリーが考えるベースの理想を実現したもので、ATTITUDE LTD3は3世代めのモデルチェンジになりますが、ボディやヘッドの形状、ピックアップ構成、指板のスキャロップド加工、HIP SHOT Dチューナーの搭載といった基本的な仕様は1990年のファーストモデルからずっと継承されています。

 

 

——ATTITUDEの特長はどんな点でしょうか。
なんといってもネック側に搭載された「ウーファーピックアップ」でしょうね。ATTITUDE は2ピックアップ構成ですが、2つのピックアップの信号をそれぞれ独立して出力できるように出力ジャックも2系統装備されていて、ビリーはこれらを別々に鳴らして音作りをしています。彼はATTITUDEを作る前からヤマハのBB3000などを使っていましたが、その頃からこの仕様に改造して演奏していたようです。それからタッピングしやすいように指板にスキャロップド加工がされていることも彼ならでは。さらにちょっと細かい部分ですが高音部のフレットも上から5本だけが細いものになっています。これはピッチの精度が向上することと、ビリーの大きな手でも狭いフレットが押さえやすくなるから。普通のベースでは見たことがない仕様ですが、よく考えられてます。

 

 

——ATTITUDE3のモデルチェンジのコンセプトを教えてください。
ビリーは自分のベースには明確な考えを持っていて、演奏性や操作性に関わる部分は決して変えません。頑固なぐらいです(笑)。無意識に手がツマミの位置にいくほど自分のカラダの一部になっているので、変えられると困るようですね。ですから今回のバージョンアップも質や鳴りの向上など、サウンドを進化させる方向でした。

——具体的な改良ポイントは?
ビリーのサウンドの肝であるウーファーピックアップが新開発のものに変更されました。ビリーといっしょに線材や巻き数など細かい点までこだわって重低音を実現したオリジナルのピックアップです。ポールピースがブレード型なので、ハイポジションでチョーキングを多用するビリーのプレイスタイルでも弦振動を確実に拾うことができます。
それから「強度」や「鳴り」を向上させるためにネックの接合方式を変えました。「マイター・ボルティング方式」というもので通常の3点止めに加えてボディの裏側からネック終端に向けて斜め45度でボディとネックを締めるネジを追加しました。これによって水平方向だけでなく垂直方向にもボディとネックが面で密着し、接合強度が増しています。ビリーはネックベンディングも多用するので、ネックの強度を重視していますが、この方式でさらに信頼性が増しました。しかも弦の伝達効率も向上していますから、音響的にも鳴りが良くなっています。
「鳴り」に関しては他にも数々の最新のテクノロジーをふんだんに投入しています。たとえばボディには新しいBBでも採用されて高い評価を得ている「スプライン・ジョイント方式」を採用しました。これは弦振動エネルギーを効率よくボディ全体に伝達させます。さらにヴィンテージのような枯れた鳴りを実現するヤマハの独自の木材処理技術A.R.E(アコースティック・レゾナンス・エンハンスメント)や新品の状態から鳴りやすい状態に仕上げるI.R.A(イニシャル・レスポンス・アクセラレーション)も採用しています。さらにネックの中心に入っているトラスロッドも新方式のものに変更しました。強度と自由度を向上させながらロッドが小型化されているのでネックの鳴りが向上し、暖かみのあるウッディな音色を実現しています。

 

 

——開発を通じて多くの時間をビリーと過ごしたと思いますが、ビリーはどんな方でしたか?
とてもフレンドリーないい人です。もちろんベースに関してのこだわりは凄いですが、そこには必ず合理的な理由があります。彼の要望は設計者としても納得できるものが多く、フィーリングや気分で何かを言うことは一切ありませんでした。しかも真面目な人で世界のトップベーシストなのに今でもかなりの時間を練習に割いています。新しいモデルを試奏しながら「最近こういう奏法を見つけたんだ」とか、いろんなアイディアを見せてくれました。ビリーは今回よく生音で弾いてベースの鳴りをチェックしていましたが、驚いたことにいつもの複雑なアンプシステムを使わなくても、生音であのビリー・シーンの音がしてるんですよ。ビリーのベースサウンドは機材だけじゃなくて彼の「指」や弾き方も重要なファクターになっているんです。やっぱりすごいミュージシャンだと痛感しました。

 

 

——アーティストモデルの設計には、どんな苦労があるのでしょうか。
ビリーはよくクリニックで自分のベースのシリアル番号をお客さんに見せるんですが、それは自分の楽器が特別なのではなく、楽器屋さんで売っている楽器と同じだといっているんですね。まさにそこが設計者にとって大変な所で、スペック的にも精度的にもハイエンドで、よく「F1のレーシングカーを作っているようなものだ」と言われるぐらいのハイレベルの楽器を、1本だけつくるのではなく、きちんと製品として作るところが一番苦労する点です。

 

 

——アーティストと共同開発して楽しいのは、やはりアーティストが喜んでくれた時ですか?
そうですね。でも実際にはドキドキのほうが多いです。現場によってどういう聴こえ方をするかわからないし、どれだけ準備をしても本番で音が出なかったらどうしようとか。幸いにも今まで楽器のせいで音が出なかったことはありませんでしたけど(笑)。ATTITUDE LTD3はアーティストのためのハイエンドモデルですが、ここで使われた様々な技術がやがて普及モデルにも使われていくことになると思います。そんなところも楽しみです。

——伊藤さんのギター歴を教えてもらえますか?
ギターを始めたのは15歳の頃。そういえば高校生の時、地元の広島でMR.BIGを見たことがあったんですよ。まさかMR.BIGのメンバーと後にいっしょに仕事をするとは夢にも思いませんでした。ずっとバンドを組んで演奏していたのですが、高校生ぐらいからギターそのものに興味が出てきました。ギターをバラしては組み立てたり、塗装を塗り直したり、ピックアップを交換したり、配線を換えてスイッチを付けたりして、音がどう変わるかなど、よく実験していました。
これが大学時代になるともっと本格的になってきて、ボディをザグったりしはじめたので、もう部屋は木屑だらけの木工所状態。そういう経緯もあって、ヤマハに入ってギターの設計をしています。

——音楽以外の趣味はありますか?
仕事柄アーティストの方々と話していると、よく音楽以外のことが話題になったりします。いろんな方面に興味を持っている人が多いんですよね。ビリーは言語学に興味があるようで言葉の意味や成り立ちをよく知っていました。そんな影響もあって、僕も何か音楽以外の趣味があったほうが、知識や思考の幅が広がり、時にはそれが仕事に役立ったりするので、色々なことに興味を持つようにしています。最近は自転車を本格的に始めました。ロードバイクでレース参加したりしています。こっちでもタイヤのホイールを自分で組んだりとか、メカに興味を持ってしまっていますけどね(笑)。

 

関連リンク)

ビリー・シーン インタビューコンテンツ
ビリー・シーンのインタビューが視聴できます。
 
Editor's Comment
僕もビリー・シーンのクリニックに参加したことがありますが、誠実で優しく、しかもユーモアもあって、とても素晴らしい方だなと思いました。Attitude Limited 3を弾いてみると、そんなビリーの人柄がそのまま反映されていると感じます。基本はブレず、核心である音は磨き上げられ、細部は進化している。まさにロックシーンを牽引するベーシスト、ビリー・シーンそのものといえるベースではないでしょうか。ベーシスト諸氏にはぜひ一度、試奏していただきたいモデルです。