第1回「サイレントギター」への想い

第1回「サイレントギター」への想い 古典とモダンが融合した「デザイン」と、本格的な「サウンド」を目指して。

 
Profile
何木明男
何木明男

1977年入社。クラッシクギターやPA機器、サウンドオブジェ(オブジェスピーカーによる音の空間デザイン)等の設計・開発や、音楽コンサートの企画制作業務を経験後、96年よりサイレントバイオリン、サイレントチェロ等の設計開発に着手。2000年、自身の発案したサイレントギターの企画・開発から販促までを手がけた。
 

 

——まず最初に、サイレントギターの開発のきっかけを教えてもらえますか。
サイレントギターは、私が個人的にアイディアを温めていて、ある機会に社内で提案したところから開発がはじまりました。もともとサイレントチェロやサイレントバイオリンの設計・開発に携わっていましたから、サイレント楽器の仕組みは熟知していましたし、私自身もギターを弾くので「こうすればできる」ということがイメージできていたんです。それにサイレントチェロの開発をしている頃、よくプロのギタリストやギターの専門店の方から「サイレントギターは出さないの?」と言われていました。ギターは他の楽器と比べて音が小さいとはいえ、やはりプロや上級者が真剣に練習すればその音は大きいですから、ニーズは必ずあると思っていました。

 

——開発ではどんな点を重視したのでしょうか。
音とデザインです。設計図はすでに頭の中にありましたから、素材やおおまかな構造を決めたらすぐにデザインに入りました。コンセプトは「古典とモダンの融合」。つまりアコースティックギターらしさと従来のギターにはない斬新さの両立を目指しました。デザイナーにいろんなスケッチを描いてもらって、デザイン性と演奏性の両方を兼ね備えた案に絞っていきました。
開発時のデザインスケッチ

〔ネックジョイント〕
ボディとネックの境界ラインを見せることで、12フレットを一瞬で判別できる。

〔ピエゾピックアップ〕
ブリッジサドルの下に埋まっている赤い紐状のピックアップが弦振動を拾う。

同時に音にも徹底的にこだわっています。サイレントギターは音を共鳴させるボディをなくすことで音量を1/10に落としているのですが、音はあくまでプロレベルの方も使用できる本格的なサウンドにしたかったので、音質の要となるピックアップの選定、そしてピックアップと枕(サドル)の調整と精度には細心の注意を払いました。特にピックアップと枕の調整が悪いと高音と低音のバランスが悪くなってしまいますから、最終的に生産を立ち上げる時は、実際に工場に長期出張してチェックしました。

それから演奏性の面でいえば、12フレットの所でボディとネックの素材の違いよる境界のラインがあります。これはギタリストが演奏していて運指がハイフレットに移動する場合、目安として無意識に感じている部分。なんでもないようで、実は演奏上大事なポイントです。こういった一見、何でもないように思われる点も大切にしたいと思っています。

——発売時は楽器が足りなくなるほどの売れ行きでしたね。
発売時のポスターにご出演いただいた渡辺香津美さんをはじめ、何人かのプロギタリストから「これは弾きやすい」と褒めていただいていたので、結構いけるのではないかと思っていましたが、予想を大きく上回る売れ行きになりました(笑)。サイレントギターのスチール弦が登場した時の広告にご登場いただいたのが、中島みゆきさん。無理を承知でお願いをしたら、「面白い音がする」とギターを褒めていただき、それで広告ポスターへの出演も実現しました。嬉しかったですね。
その後、サイレントギターが浸透してくると、自宅トレーニング用としてだけでなく、著名なプロギタリストがステージで使うようになりました。サイレントギターはボディがないのでハウリングの心配がなくクリアに大きな音が出せるので、実際ライブステージで非常に使い勝手がいいようです。愛用者は、ジャズギタリストのリー・リトナー、クイーンのブライアン・メイとポール・ロジャースなど。またボサノバでもサイレントギターの愛用者が多く、ジョイス、カルロス・リラ、ホベルト・メネスカル、ワンダ・サー、アナ・カランなど多くのアーティストが使用しています。ブライアン・メイは、もともとナイロン弦のサイレントギターを使ってくれていて、来日公演の時にぜひ開発者に会いたいとお話をいただき、直接会いに行きました。「おお、おまえが作ったのか、ありがとう」って、とても喜んでくれました。さらに名前は明かせませんが、ある超大物ギタリストにも弾いてもらったんです。「これは革命的なギターだな」と言ってくれましたよ(笑)。サイレントギターは来年2011年で10年、累計生産台数は約10万本に達すると思います。おかげさまで予想を超える大ヒットとなりましたが、正直に言うと、ギター人口全体から見れば、まだまだ知られていないと思っています。たぶん楽器屋さんに来ない方はまだ存在を知らないんじゃないでしょうか。ですからこれからは一般の方、より広い層にアピールできるようにしていきたいと思っています。

 


ポール・ロジャース

ブライアン・メイ

リー・リトナー

 

——最後に何木さんのギター歴などを教えてください。
ギターは高校時代からです。当時なぜかスポ-ツ系の友人が多かったので、軟弱だと言われないように通信教育でこっそりとクラシックギターをはじめました(笑)。その後大学生になっても続け、その頃は1日に5時間も6時間も練習していましたね。その通信教育のコンクールで選ばれ、ウイーンでも演奏したことがあるんですよ。今でも毎日朝、1時間ほど早く出社して始業前に会議室で練習しています(笑)ギターを練習した方がスッキリするし、いつも同じ曲ばかり弾いているけどまったく飽きることはありません。ギターは本当に楽しいです。

 

それで、ぜひみなさんにご紹介したいサイレントギターの楽しみ方があるんです。サイレントギターには外部入力端子があって、そこに音楽を入力するとヘッドフォンやスピーカーで曲を聴きながらギターの音も一緒に聴けるという機能があります。私は時々、携帯プレーヤーで音楽を再生し自分の演奏とミックスしてスピーカーで再生しています。ステレオスピーカで再生すると臨場感があって、これが実に気持ちいいんですよ。それに自分のギターの音にリバーブもかけられますから、まるで小さなステージで弾いているような感じ。最近の愛奏曲は演歌の坂本冬美の『また君に恋してる』とエレクトロニカ系のレディ・ガガの『テレフォン』です。もちろんパソコンからの音でも再生する事もできます。画面で動画を流しながらギターを弾くと、ほんとうにカラオケボックスみたいですよ。バンドをやるのは大変ですが、これならすぐにセッションができます。本当に楽しいので、ぜひサイレントギターを手に入れて、楽しんでいただきたいと思っています。

 
Editor's Comment
取材は書ける話だけでなく、書けないようなオフレコ話(ビックリです)まで聞かせていただいた楽しい2時間でした。どのお話からもギターへの愛情とその造詣の深さを感じ、もっといいギターを作って弾く人に喜んでもらいたいという情熱に溢れていて、まさにギターと相思相愛という何木さん。ぜひまたお話を伺いたいと思いました。