第6回「CG」への想い

第6回「CG」への想い エントリーモデルだからこそ、いい音といいデザインが必要です。

 
Profile
何木明男
何木明男

1977年入社。クラッシクギターやPA機器、サウンドオブジェ(オブジェスピーカーによる音の空間デザイン)等の設計・開発や、音楽コンサートの企画制作業務を経験後、96年よりサイレントバイオリン、サイレントチェロ等の設計開発に着手。2000年、自身の発案したサイレントギターの企画・開発から販促までを手がけた。
 
——CGシリーズとはどんなギターかご紹介いただけますか。
CGシリーズはヤマハクラシックギターのスタンダードモデルです。以前からあるロングセラーモデルで、今回のモデルチェンジは10年ぶりになります。しかも10年前のモデルチェンジでは外観は変えませんでしたので、デザインを含めた大きなモデルチェンジは本当に久しぶりです。

——今回のモデルチェンジのポイントはどんなところでしょうか。
改良点は「音質」と「演奏性」と「デザイン」。つまり全部(笑)。全面的なリニューアルです。以前私が手がけたハイエンドの手工クラシックギター「GCシリーズ」の技術とノウハウを多数取り入れて、エントリーモデルのお求め易い価格帯を維持しながら、1ランク、2ランク上の音とデザインを実現するのが、このモデルチェンジの狙いでした。

——普及モデルの価格を維持しながら音もデザインも良くするのは大変ですね。
確かにコストの制限の中で音やデザインを改善するのは難しい面はあります。しかし「エントリークラスの楽器はコストをかけられないから音やデザインは良くできない」と諦めるのは、メーカーとしては良くないと思うんです。コストの面を含めていろいろな工夫を盛り込むことで、ちゃんと作ればいい音が出ると思いました。ですから合理化できる部分は合理化しながら、カスタムギターの制作で培ったノウハウを入れ込んで、価格帯以上の音とデザインを実現するよう開発していきました。
——音に関しては、どんな工夫をしているのでしょうか。
レスポンスを良くするために、塗装、構造、組立調整など様々な工夫をしています。塗装では今までより薄塗りの塗装をする事で鳴りを改善しています。今回、ネックに採用したマット塗装は今までのCGの艶の有る塗装より握った感触も良く、演奏性の向上にもつながっています。また、下駒の溝と枕の精度を向上させることでレスポンス、鳴りを良くしています。 
——塗装を薄くすると良く鳴る、ということですか。
一般に塗面が薄いと振動しやすくなるので、特に弾いたときの反応、アタックが良くなります。弾いたらすぐにアタック音がポーンと出てくる感じ。もちろん塗装だけでなく、ボディも改善しています。内部の響棒を工夫することでボディの表板が動きやすい、つまり振動しやすい構造としました。このボディ内部の響板配置はハイエンドモデルであるGC70やGC71などで採用した響板配置を取り入れています。また「むくり」と呼んでる、ギターのわずかに膨らんだ凸面の高さも鳴りをよくするために工夫しています。これも鳴りに貢献しています。
——いろんな部分に工夫が凝らされているんですね。
今回は久しぶりの全面的なモデルチェンジということで、一気に音が良くなるように4つも5つものノウハウを同時に投入しています。1つでは改善とわからないような微妙な改善が、4つ5つとなると大きな改善になります。さらに言えばコストの制約もありましたから、音に影響が出ない部分での材料の使い方などを工夫し、バラツキを無くすために機械化できる工程を増やすなど、コストを抑えるための工夫も同時に考えて設計しています。

——演奏性の面ではどんな点が向上したのでしょうか。
ギターで演奏者がいちばん敏感に感じるのがネックの感触です。CGのネックの形状は多数の演奏家から高く評価されているGCの形状を継承し、手へのフィット感と弦の押さえやすさを実現しています。それから演奏性に直接関係する弦高も下げています。弦高を低めに設定することで、初心者でも弦がかなり押さえやすくなります。CGは初心者でも弾きやすいギターに仕上がったと思っています。
——デザイン面も、明るくてモダンになった印象を持ちました。
いままで割と重厚な印象だったと思うのですが、今回は外観を明るくし、シンプルでモダンな印象になるようデザイン変更しました。ボディの塗り色も明るくし、ヘッドの形状もホールの周りの象眼も変えています。ヘッドは装飾の切り込みを無くしてシンプルにし、上部には音叉マークを入れました。象嵌はスッキリとした色を出すのに苦労しましたが、苦労の甲斐あって、かなり明るい印象に仕上がったと思います。

——開発中のエピソードがあったら教えてください。
CGシリーズだけの話ではないのですが、私の場合、開発中に演奏家だけでなく、お客様に一番近いところにいる専門家という意味で、売り場の方の意見をよく聞くようにしているんです。サイレントバイオリンも、サイレントチェロの開発の時も売り場に行きましたが、売り場の意見はいつも参考になりました。普通、設計者が試作品を持って行っても売り場担当はあまり悪い話はしてくれませんが、何度か通って仲良くなり本音で話せるようになると、ダメ出しもしてくれますし、音色や演奏性、価格設定などに関しても、鋭い意見を聞かせてくれます。実際に「売れるかどうか」という判断も、今までかなり高い精度でご判断いただいていますので。
——演奏家の方々はどんな反応でしたか。
日本のクラシックギター界を代表する荘村清志さん、鈴木大介さん、木村大といった方々に試奏していただいたんですが、みなさんから褒めていただきました。特に音色面を高く評価していただいたのが嬉しかったですね。海外に持って行った時も、ドイツの著名なギター専門店のフィアットマンさんや、フランスの若手ギタリストの方々に弾いていただき、同じく高評価をいただきました。
私は入門モデルこそ、いい音が出るように努力するべきだと思うんです。いい音の楽器は、初心者がくじけすに楽器を続ける原動力になりますからね。特に私たちヤマハのように、アーティスト用の高級モデルから入門用のエントリーモデルまでをラインナップしているメーカーにとって、そこが一番大切なことだと思います。それに音やデザインが良くなれば、ユーザーに認めてもらえると思います。
当たり前のことなんですけどね。ですから諦めてはいけないと思っています。

——何木さんは本当にギターがお好きそうですよね。
好きですね。ギターは今の勤務地の浜松に6本、東京に3本、それに千葉にも6本あります。職場では朝早く来てギターの練習を毎朝1時間してます。また、演奏だけじゃなくて作曲もしてるんですよ。「台湾海峡」っていう曲があるのですが(笑)、10年前のサイレントギター立ち上げの頃、台湾の工場に行く機中から見る景色からヒントを得て作りました。その後も1年に1~3曲ぐらい曲を作っています。
——音楽以外の趣味はいかがですか。
アルコールです(笑)。

——今後やってみたいものはありますか。
旅行用のギターを作ってみたいですね。ネックが折りたためてコンパクトになるもの。ギターって旅行に持って行けないし、飛行機なんかも近年持ち込みが厳しくなってますよね。サイレントギターも、自分が持ち運び用のギターがほしかったことも発想の一つでした。あとは曲作りも頑張りたいです(笑)。

——最後に新しいCGシリーズを、どんな風に弾いてもらいたいですか。
お求めいただきやすい価格帯ですから、まずは初心者の方にクラシックギターを楽しんで弾いてほしいと思います。さらにいえば、荘村清志さんも「リサイタルで使いたいぐらい、いい音だね」とお褒めいただいたほどの音色に仕上がっていますので、演奏会などでもどんどん弾いてほしいですね。

関連リンク)
CG artist coment
荘村清志 CGシリーズを語る
「立ち上がりがよく明瞭な音。クオリティの高さに驚きました」
 
Message from Co-Engineer
布施恒彦
ヤマハ入社後初めて手がけた開発商品が、このように素晴らしい評価の高い楽器に仕上がったことはとても誇らしく、今後のヤマハでの仕事においても高いモチベーションとなっていくものと思います。
Message from Designer
ヤマハデザイン研究所 北澤敦之
手に取ると職人の精細な作業を感じられ、離れて演奏姿を見ても全体が綺麗でわかりやすい、特徴的で新しい形や色を目指してデザインしました。音とデザインの両方を気に入ってもらえると嬉しいです。
 
 
Editor's Comment
最初にCGを少し弾かせてもらったのですが、音が明瞭でクリア。しかもとても弾きやすく、これが普及価格帯のギター?と驚きました。何木さんこだわりのホールの周りの寄せ木細工のような象嵌もとても綺麗です。冗談が大好きで楽しい語り口の何木さんでしたが、普及価格帯だからこそいい音で初心者に楽しんでもらいたい、というギター設計者としての熱い思いを非常に強く感じました。これからクラシックギターを始める方は、幸せですよね、こんないいギターから始められて。ちょっと羨ましい気がしました。