第5回「L」への想い
1991年入社後、希望していたギター設計課に配属される。アコースティックギターの担当として1999年までAPXトラベラーなどを設計担当。1994年からカスタムギター出荷検品、1999年~2002年まではアコースティックギター全般の商品企画を担当。2002年からは新しいLシリーズ開発。現在はアコースティックギタープロデュース担当。
——Lシリーズはいつ頃登場したのでしょうか。
Lシリーズの最初のモデルは1974年に出た高級手工フォークギターのL-31です。それ以来続いているので、もう35年以上の歴史があるんです。1985年に1度モデルチェンジをしていて、現在のLシリーズは2004年にモデルチェンジした第3世代になります。Lは35年の間、たくさんのアーティストに使っていただいてきました。代表的なところだけでも、日本では石川鷹彦さん、さだまさしさん、長渕剛さん、南こうせつさんなど。海外でもポール・サイモン、ジョン・レノンなどの多くの方が手にしています。——35年を経てなお、Lが名器と称される理由はどんな点だと思いますか。
海外の代表的なメーカーのギターなどにも負けない音の個性があり、しかもその音がいつも時代が求める音とマッチしているからだと思います。それからLシリーズは「作りがよくて頑丈」という定評もあります。ピアノを代表とする木工技術の高さに加えて、ヤマハには厳しい自社の品質管理基準があり、すべての製品にたいしてシビアに耐久性を見ています。これはLシリーズだけでなく、ヤマハのギター全般に言える強みだと言えるのではないでしょうか。——Lシリーズの特長を教えていただけますか。
音の面で言えば、倍音が豊かでダイナミックレンジが広い点ですね。それからLシリーズはボディの形状やグレードがたくさんあり、いろんなモデルから好みに合わせても選べる点も大きいと思います。
——2004年に行われたLシリーズのモデルチェンジは、どんなコンセプトだったのでしょうか。
僕が入社したのは1985年の第2世代のモデルチェンジの後なんですけど、前任の設計者もすでに退社していて、しかもギターのトップ材もエゾマツからイングルマンスプルースに変わりましたから、2004年のモデルチェンジはゼロからやるようなものでした。もちろん伝説の「L」ということでプレッシャーもありました。とはいえ、基本的には時代の変化に対応するというのがコンセプトだったと言えると思います。実は2000年前後からアコースティックギターを取り巻く環境は急速に変わりつつありました。まず一つはコンサートが大型化し、ライブでエレクトリックアコースティックギターを弾くことが当たり前になったことです。そうなるとギターに要求されることも変化してきて、音量より音のバランスが大切にされるようになってきます。音量はPAで上げられますからね。それからもう一つの変化は、アコースティックギターに張る弦のゲージが細くなったことです。2000年頃だと、もうミディアムゲージという太めの弦を張る人は少なくなっていました。それまでのLシリーズは、一部ライトゲージを張る設定のモデルもありましたが、多くはミディアムゲージ用に設計されていました。でもミディアムゲージ用のギターにライトゲージを張っても、振動が足りないから鳴らしきれないんです。それで2004年のモデルチェンジではライトゲージを前提にした設計でいくことにしました。
——ライトゲージを張ってよく鳴るギターにした、ということですか。
その通りです。ですから新しいLシリーズではそれまでの10本ブレーシングを8本にし、ブレーシングの角度も変えるなど、ライトゲージでの「鳴り」と「レスポンス」を良くするために様々な手法を投入しています。しかし一方でブレーシングをえぐって、表板を振動しやすくする「スキャロップド」という手法は、あえて2004年のモデルチェンジでは採用しませんでした。というのも、スキャロップドを使うと確かに最初から良く鳴るんですが、年月をかけて弾いていくと、鳴りすぎて音像がぼけてしまう可能性があるからなんです。——スキャロップドを使わずに鳴らす方法を考えたと言うことでしょうか。
むしろ「最初はそれほど鳴らなくていい」という考え方です。Lシリーズはできるだけ長く弾き続けてほしいギターですから、弾き始めの時の鳴りだけでなく、5年後、10年後の鳴りを考えているんです。新しいLシリーズは、最初は少し音量が小さいかもしれませんが、いいバランスで鳴るように設計してあって、何年かかけて弾いていくと、どんどん低音が出てよく鳴るようになります。まるでワインのように、5年、10年先を楽しみにして弾きながら育てていくギターなんです。スキャロップドは採用しませんでしたが、「いい鳴り」のために様々な点に工夫が凝らされていて、たとえばブリッジの大きさや材の厚さ、ブレーシングの高さなどを吟味し、強度を保ちながら表板の鳴りを良くするように設計されています。これらはいずれも一過性ではなく本質的に「鳴る」ための工夫なんです。——Lシリーズにグレードとボディサイズについて教えてください。
Lシリーズのグレードとしては、まずフラッグシップモデルとしてLL86 CUSTOMとLL66 CUSTOMがあります。この2モデルは受注生産です。そして36、26、16、6と続きます。36からはボディサイズが3タイプあり「LL」が伝統のLのサイズでジャンボ・ボディです。「LJ」はすこしくびれが大きくて、座って弾きやすいミディアム・ジャンボ。「LS」はコンパクトなサイズのフォークタイプ。かつてFG-1500っていうモデルがあって、これがすごくいいサウンドだったので、それをベースにしながら、Lのブレーシングに合うようにスケールや胴厚を変えていったものです。音量はやや小さいけど低音感は結構あります。
——Lシリーズでこだわりのポイントはありますか?
細かいところまで気を使っているので、特定の部分にこだわったということはありませんが、あえて言えば26シリーズのデザインでしょうか。カスタムから36までインレイを使った高級感を出した路線なんですが、26は逆にシンプルなデザインにしたんです。ペグも26だけは他のモデルと違ってオープンのヴィンテージっぽいものを採用しています。このペグは確かにこだわりですね。自分でもけっこう気に入ってます。LS26は、発売したときに自分で個人的に買ったんですよ(笑)。いまでも家で弾いています。
——開発中、思い出に残るエピソードがあったら教えてください。
Lシリーズの試作が完成した頃、フィールドテストとして、Lシリーズ扱ってくれてLのことをよく知っている楽器屋さんを車で回ったんです。実際にギターを弾いてもらって感想を聞くために、新しいLと古いLをバンに乗せて、設計、営業、私の3人で運転して。それこそ北海道から大阪までいきました。新しいLを弾いてもらって「これからのLはこのサウンドで行きたいと」って説明して回ったんですが、楽しかったですね。厚木から東京、横浜、夜は仙台に向かって、翌日青森、そしてフェリーで苫小牧から札幌、またフェリーで仙台に戻って……。その都度車にギターを積んだり下ろしたり。なんか売れないフォークバンドみたいで(笑)。また同じくフィールドテストという意味ではヤマハのギターオーナーの会を開いて一般の方々にも弾いてもらいました。2002年に開催した「ヤマハオーナーズミーティング」というイベントです。工場見学してもらったりしながら、新しいLシリーズの試作も実際に見てもらいました。一部厳しい意見もいただきましたが、とても参考になる意見も多くもらえて今思うと非常に実り多かったです。たとえばLSの設計に関しても、オーナーズミーティングでの意見がいいヒントになったりしているんです。
——桜井さんとギターとの関わりについて教えてください。
実を言うと僕は元々エレキギター弾きで、ロック系の音楽をやってきた人間なんです。ギターをはじめたのは中2ぐらい。洋楽中心に聴いていて、特に好きだったのはLAメタル系。たとえばJourney、Van Halen、Dokkenとか。そういうのを聴いていたので、自分でも弾いてみたいなと思ってやってみました。でもなかなか弾けないですよ、難しいから。それでパンクに行くわけです(笑)。でもパンクは僕にとってはSex Pistolsだけなんです(笑)。それと日本のバンドではTHE BLUE HEARTS。今も好きですね。そんな感じでエレキギターを弾いてたんですが、学生時代の終わり頃に先輩のバンドから「ベースをやらないか」って誘われて。それからは4人組のバンドでベースを弾いています。——そのバンドでLを弾くことはないんですか。
先日、そのバンドのデモテープ録りのレコーディングで、僕のLS26を使ってみたんですよ。そうしたら、とても良かったですね。ベーシック録音の時はエレアコでライン録りしておいて、後でLS26に差し替えたんですけど、マイク乗りもバランスもとても良かったです。実を言うと最初は別のギターで録音してたんですけど、マイクの角度を変えたり、いろいろEQで処理してもなかなかいい音で録れなかった。でもLは余計な細工をせずにただ録音するだけで完璧だったですね(笑)。このバランスの良さとマイク乗りの良さは、かなり自慢できます。
ギターファンの憧れのアコースティックギターである「伝統のL」。そのモデルチェンジの鍵はライトゲージで「鳴り」を実現することだったんですね。確かに60年代や70年代のロックやフォークのレコードで聴けるアコースティックギターの「いい音」はミディアムゲージを張ってバリバリ弾いていたものなのかもしれません。たとえ同じ時代のヴィンテージギターを使っても、ライトゲージでは同じ音は出ないわけで、弦が変わればギターも変わる必要がある、という当たり前のことに、今さらながら気づかされました。それと5年、10年経ったときの鳴りを考えて設計するという姿勢は、さすが「L」です。自分といっしょに年をとっていく一生モノのギターとして、ぜひ1本、手に入れたいと思いました。