第3回「BB」への想い

第3回「BB」への想い 一切の妥協を排して追求した、理想のベースサウンド。

 
Profile
山中伊顯
山中伊顯

1997年入社。生産技術部門にて設備設計開発を経験後2001年よりエレキギターの設計開発に携わり、長い伝統を持つヤマハの看板モデルであるベースのBBシリーズ、ギターのSGなどのリニューアルを手がける。
 

 

——BBといえばヤマハのベースの代名詞ですね。
おっしゃる通り、ヤマハのベースといえば「BB」と言っていいと思います。BBは歴史も古く、名器として高い評価を得た「BB2000」が1978年発売、「BB3000」が1982年発売なので、ほぼ30年の歴史があります。しかもBBはプロ・アマチュアを問わず内外の多くのベーシストに使われたベースで、何本かベースをお持ちのベーシストなら、そのうち1本はBB、という方も多いのではないでしょうか。それくらい確立した個性を持った完成度の高いベースだと思います。

——完成度の高いBBをどうしてモデルチェンジしたのですか。
BBは発売当初からあまり設計を変えることなく、ずっと作り続けられてきました。しかし30年という年月の間では、必ずしも時代にマッチしていなかった時期もあり、フラッグシップモデルのBB2000やBB3000に加えて、その時代の音楽に対応したモデルが追加ラインナップされた経緯がありました。例えばネーザン・イーストのモデルであるBB N5Aや、パッシブベースを究極まで追求したBB Limitedなどが、それにあたります。しかし今回はフラッグシップモデルそのものをリニューアルする時期だという結論に達しました。現代のミュージックシーンを見据えた上で、「これがヤマハが考える理想のベースです」と宣言できるような新しいBBを1からもう一度作る。それが今回のモデルチェンジのコンセプトだったんです。

 

 

——新しいBBは、どんなサウンドを目指したのでしょうか。
ジャンルとしてはロックをターゲットにしました。というのもやっぱりロックはポピュラー音楽のメインストリームですし、ユーザー層も厚いので、そこに真正面から向かっていきたいと考えたんです。さらに言えばロックという音楽が持っている力強いパワーによって、ブランドとしてのヤマハの「元気さ」も表現できるのではないかと考えました。

——開発はどんな風に進んでいったのですか。
最初は評価の高いBB2000を徹底的に解析することから始めました。「なぜBB2000は名器と言われているのか」を具体的に検証していったわけです。BB2000の最も特徴的な点は、音に深みと艶があって、サスティンが長いということ。これはスルーネックという構造やボディの形状によるものでした。ですが、今回は様々な検討を重ねた結果、あえてスルーネックの採用を見送り、すべてのモデルでボルトオンネックを採用することとしました。

 

 

——スルーネックを採用しなかった理由を教えていただけますか。
実を言うと、開発当初はBB2000のコンセプトを継承したスルーネックで試作モデルを作っていました。ある時、その試作モデルをレコーディングの現場でアーティストに使ってもらったんです。手にしてすぐは「低音が良く出ていていいね」と高評価だったんですが、バンドでの録りが始まると、レコーディングエンジニアの方から「ちょっと低音が出過ぎているので削らせてください」っていう話が出てきました。さらに録音のプレイバックを聞いていたアーティストからも「ちょっとレスポンスが遅いかな」と言われたんです。僕もその現場にいたので、ニュアンスはよく理解できました。その時たまたまですが、試作していたボルトオンのBBも持っていたので弾いてもらったんです。そうしたら「これはいいね」って話になって。比較すると確かにボルトオンはレスポンスが良くて歯切れもあり、バンドサウンドの中でベースラインがよく聴こえてくるんです。低域が出て深みがあるベースサウンドも、ロックのバンドサウンドの中で聞くと必ずしもベストではない、ということが実感として分かりました。そんな現場での体験もあったので、開発陣で話し合ったり、プレイヤーの方々に試弾していただき感想をうかがう中で、最終的に今回のBBはすべてボルトオンで行こうと決断しました。

——その他の変更点はどんなところですか?
たとえばフロントのPピックアップの配列ですが、低音部と高音部のピックアップの左右の配列がBB2000とは反対になっています。これも実際に現場で弾いてもらって、このほうがより音のメリハリが出ることがわかりました。また弦のポールエンドを通すボディの穴も従来のBBのようにブリッジの真下から通すのではなく、ボディのエンド部から斜めに通すように変更しました。これによってベース弦が曲がる角度が緩くなり、弦へのストレスが減ることで鳴りが良くなります。同時にボディの終端部で弦を支持することで、ボディ全体が鳴りやすくなり、弦振動のボディへの伝達効率も高まりました。またボディそのものにもスプライジョイントという継ぎ手が入っていて1ピースボディに匹敵する「鳴り」を実現しています。さらにBB2024/2025/2024X/2025Xだけですが、ボディ材にA.R.E.処理を施しました。A.R.E.とは木材の組成を変化させることで鳴りを良くする技術で、手にした時から長期間弾き込んだようなスムーズな音を出すことができます。
[ → A.R.E.技術とは? ]

 

 

——うかがってみると、新しいBBは一見あまり変わっていないようで、実はほとんどの部分に手が入っているんですね。
そうなんです。ネックジョイントが変わって、ブリッジ位置が変わって、ブリッジが変わって、ピックアップが変わって。他にも色々変わってます。デザインや存在感はBBのアイデンティティを継承していますが、中身は細かい部分まで含めて、大きくリニューアルされていると思っていただいていいと思います。

 

 

——開発で苦労が多かった点はなんですか。
今回のBB2024、2024Xは、今後のヤマハのベースの理想を示すものにしたかったので、最初から「妥協しない」と決めていました。実際、すべての仕様を検証するために、仕様を変えた試作モデルを山のように作ってはプレイヤーに実際に弾いてもらってチェックしていきました。ネックの握りを決めるだけでも4、5回試作を作っていますから、全部で2、30回は作り直したと思います。それらの各試作モデルで検証した仕様を1本にまとめ上げた、という感じでしょうか。特にギリギリまで粘ったのがブリッジで、最終段階の手前まではダイキャスト製のもので決まっていたんです。しかし最終的に「やっぱりシンプルなブリッジのほうがボディ本来の鳴りが活かせる」という現場の意見を聞き、生産スケジュールを管理する立場としては辛かったんですが、急遽仕様を変更しました。

 

 

——新しいBBの開発で思い出深いエピソードはありますか?
このモデルは開発の初期段階から内外のアーティストの方々を巻き込んで、いろんな意見をいただきながら開発を進めていきました。いろんな意見を製品にフィードバックしたのでアーティストの方もヤマハといっしょに作り上げたという意識を持ってもらえたようで非常に嬉しく思っています。BBのサイトにアーティストの方々の声が掲載されていますのでぜひご覧いただきたいと思います。
このBBは、内外のトッププロを含め本当に多くのベーシストに弾いてもらい様々な意見をもらったんですが、日本のベーシストでは特に亀田誠治さん(東京事変)によく見てもらいました。亀田さんがBB2000のユーザーだったこともあったので、まず新しいBBを弾いてもらったら「ボルトオンだけどサスティンがあるし、軽くていい。その割に鳴りがちゃんとしてるね」と言っていただき、完成したモデルを弾いてもらったところ「BB特有のカリっとした音がとてもいいね」と褒めてもらいました。今年の5月ぐらいからは新しいBBをメインのベースとして使っていただいてます。

 

 

——最後の質問ですが、新しいBBをどんな風に弾いてもらいたいですか。
今回は大きな部分の仕様変更もしていますが、かなり細かいところにもちゃんと気を使って改良を加えています。たとえばネジやバネ類ですが、よく古いモノだと錆び付いてしまって回らないことがありますよね。でもBBはネジやバネをステンレス製にしましたので何年たっても錆ません。ですから安心して長く使っていただけます。それからアドバイスですが、このベースを手にしたらぜひ一度ピックでガンガン弾いてみてほしいと思います。BBは海外のプレイヤーにも弾いてもらっていますけど、日本人のプレイヤーと比べると相当ピッキングが強いんですよ。彼らのようにダイナミックに力いっぱい弾いてもらうと、それに応えてBBももの凄く鳴ります。ぜひ試してみてください。

 

 
Editor's Comment
世界のトッププレイヤーたちが愛用したヤマハベースの名器BBのモデルチェンジが、こんなに大がかりだったとは! お話をうかがって驚きました。前のモデルが立派であれば立派であるほど、それを再構築するプレッシャーは大きいと思いますが、試作を山のように作ったと飄々と語る山中さんは、伝統に縛られない大胆さと緻密に細部を詰める繊細さを持ち合わせた方でした。山中さんをはじめとする設計陣、そしてベースを製作するクラフトマンたちが手塩をかけて作り上げた新しいBBは、次の30年に向けて、新しい伝説を作っていくに違いない、と確信しました。