大阪府・大阪府立淀川工科高等学校

インタビュー マーチングバンド成功のヒントがここに!

※この記事は2009年時のインタビューです。

バンド(メンバー)紹介をお願いします

2008年全日本マーチングコンテストはドラムメジャー込みで79人出場。『3000人の吹奏楽』では全員参加。定期演奏会でのマーチングは1年生のみ。編成(人数)を先に決めずに行事の内容を見て決めています。座奏も同じスタンスでやっています。
衣装はその頃のパレードコンテストの規定に則り、ジャージ(体操服)を使用しています。当時スポーツ用品店で一番余っていた体操服と言うだけでこだわりは特にありませんでした。現在は買い足しながらも基本的には当時のものを使用しています。創部当初は赤色のセーターに白のトレパンに赤リボンを付けて使用していました。ベルト等の装飾は工業高校のメリットを活かして自家製作。一般生徒、同僚の先生、保護者の協力もあり一緒になって作った思い出があります。

バンドの目標を教えてください

最大の目標=「コンクール(コンテスト)」ではありません。どこかの行事のみを頂点に持ってくるのではなく、毎回の行事を大切に活動しています。
活動の目標としては1回1回の本番に向けて日々の練習を大切にすることであり、本番の結果ではなく逆算して目標に向かっていくプロセスを大事にしています。その過程で生徒が育っていくように思います。結果はあとからついて来るようです。

マーチングを始めたきっかけを教えてください

私の淀工での吹奏楽のスタートはマーチングをしたいからという想いで始まりました。東京オリンピックの年、1964年に遡ります。淀工の指導は体育祭でのパレード(当時はマーチングという言葉も知りませんでした)が主たる内容で座奏にはあまり興味がありませんでした。
しかしどんなに頑張っても当時はマーチングの評価をされる場が少なく、声を掛けて頂く機会が殆どありませんでした。見回してみると吹奏楽コンクールで成績を上げないと話にならないという現状で、仕方なく座奏に力を入れたというのが本当のところです。1972年に初めてコンクールで指揮を振り初の大阪府代表、2年後の1974年全国大会に出場する事が出来ました。
皮肉にもその頃より、やっと各方面から声が掛かるようになり、好きなマーチングが出来るようになりました。座奏が先にあったのではなくマーチングがベースにあって当初から現在までずっとそのままです。根っからのマーチング好きで、マーチングがついでになったことはありません。

ヤマハの楽器の良いところを教えてください

ステージでも良く動いていますので、座奏とマーチングの違いは衣装が違うという程度で音楽的には変わらないと思います。座奏と同じスタンスで音楽表現をしたい、そういうニーズに応えてくれる楽器がヤマハの打楽器です。他のセクション(管楽器や弦楽器)とのブレンドがしやすく、普段のコンサートと同じように音を作る事ができ、また奏者の技量を助け、様々な要求に応えられる許容量の深さは素晴らしいと思います。
更に、メカニズムが非常に良いことです。練習は体で覚えるまで沢山するので強度性は勿論、メンテナンスのレスポンス、パーツ供給の充実度等が必要で、この面でもヤマハは頼もしいです。

マーチングならではの効果や楽しみとは?

マーチングは吹奏楽の特性を活かした最大の音楽表現であると思います。まず一般の人が見て分かり易いし、お客様の視線に立って客観的に物を考えるという点では生徒にとっても指導者にとっても座奏よりも体得し易いジャンルであると思います。人間の基本である立つ、歩くという自然体で吹くことが本当の意味での「音」を作りやすいとも思います。体で音楽を感じるのが一番で、マーチングをして音が汚くなる事は全くないと思います。
自ら動くという意識は演奏も主体性を持つようになり、誰かに合わせるマーチングではなく一人一人がちゃんと動いて、結果として揃っているということを大事にしています。指導する面でもそこを注意し、個性を殺さないようにしています。
音楽が目に見えるという点で理解しやすく、他にも計りしれないメリットがあるように感じます。

これからマーチングを始められる指導者の方へメッセージをお願いします

私は音楽のジャンルに拘らないで目的意識を持って取組んできました。
とにかく、指導者が楽しむ(勉強する)こと。ただし、「子供達が先生の楽しむ道具になってはいけない」・・・と思います。