フラメンコギター奏者 沖仁さん

調音パネルを置くと響きがすっきりと整理されて、
プロフェッショナルな音空間になります。

ジャンルを超えた活躍で話題を集めているフラメンコギタリスト沖仁さん。2010年7月、スペインの3大ギターコンクールに数えられるムルシア “ニーニョ・リカルド” フラメンコギター国際コンクールの国際部門において、日本人初の優勝という快挙を成し遂げました。またクレモンティーヌ、葉加瀬太郎、福山雅治など多彩なアーティストとの共演、NHK大河ドラマ「風林火山」の紀行テーマ曲の提供やロックフェスへの出演など、その活躍のフィールドは多岐にわたっています。昨年まで放送された、タモリと宮沢りえが様々なゲストを迎える人気番組『ヨルタモリ』の「常連客」としても出演し、お茶の間でも一躍人気者となりました。そんな沖仁さんがご自宅のスタジオでヤマハ調音パネルACP-2を使われていると聞き、お話を伺いました。

以前は防音室「アビテックス」でレコーディングしていました。

沖さんは以前からご自宅のスタジオでレコーディングをなさっていたのでしょうか。

沖仁(以下沖):ミュージシャンって自宅でレコーディングできる環境を持つのが夢で、僕も若いころは憧れていました。10年以上前ですが、当時住んでいたマンションにヤマハの防音室「アビテックス」を入れてレコーディングを始めました。インディーズ時代から、メジャーデビューの3枚目ぐらいまでは自宅のアビテックスで録音していました。

アコースティック系のアーティストが自分で録音するのは珍しいと思います。どうしてご自分でレコーディングを?

:僕が弾いているのはフラメンコギターですが、あまりフラメンコギターのことをご存じないエンジニアがレコーディングすると、アコースティックギターと同じように録音されてしまうんです。フラメンコギターはボディが鳴りやすく音の輪郭がハッキリしていますし、指を叩きつけるような奏法もあるので、静かに弾く時と激しく弾く時の音量差がとても大きいんです。でもその音量差を抑えるためにコンプレッサーをかけたりすると細かいニュアンスが全く出なくなってしまいます。極端な時にはピックで弾いているのか指で弾いているのかわからなくなるぐらい音が圧縮されてしまうこともあります。それなら自分でレコーディングした方が手っ取り早いし、何回も録音しているうちにコツもつかんだので、自分で録音するようになりました。あとは単純にスタジオよりも家のほうがプレッシャーがなくリラックスできるので、いい演奏ができる、というのもあります(笑)。

アビテックスでのレコーディングはいかがでしたか。

:そのアビテックスは2畳タイプと小さかったので、レコーディング用途としては限界がありました。楽器とマイク、そしてパソコンを中に持ち込んでレコーディングするんですが、狭い場所にずっとこもっていると録音したテイクの細かい違いなどがだんだんわからなくなってくるんです。何よりも当時のアビテックスは防音用の部屋として響きがあまりない、いわゆる「デッド」な音環境でした。それを解消しようと思ってアビテックスの内部に音が反射するように木をボンドで貼ったりしたのですが、やはり限界はありました。

今回の自宅スタジオはそういった問題を解消するために作られたのでしょうか。


壁面には部屋の響きを拡散する反射板が取り付けられている。

:正直言うと、ここに引っ越ししてきた当初は「やっぱり録音は専門家に頼んだほうがいい」という気持ちが強い時期だったので、防音はほとんどしませんでした。この部屋の用途は当初、楽器の練習とデモテープ録音、そしてギター倉庫だったんです。とはいえ、レコーディングも視野にはあったので、初期反射音を減らすために音を拡散する反射板を地元の宮大工さんに作ってもらって壁に貼ったり、録音機器用の電源の系統を日常生活用の系統と分けておいたりはしました。その後またセルフレコーディング熱が高まり、調音パネル「ACP-2」も入手したりして、結局今では本番のレコーディング用途としてもけっこう稼動しています。

調音パネルの響きはヤマハ銀座ビルにある「ヤマハホール」のステージ上の音と似ています。

調音パネルを使うようになったきっかけは?

:雑誌の取材がきっかけでした。その時は、ヤマハの方がここの自宅にACP-2を2枚ほど持ってきてくださり、試しに演奏してみたら明らかに音が変わったんです。弾いた瞬間、すぐに違いがわかりました。

具体的にはどんな点が変わったのですか。

:僕の印象としては「響きが整理される」という印象でした。この部屋はプライベートスタジオなので、部屋の響きの中にも生活感があります。ですから音もプライベートっぽい。そこにヤマハの調音パネルを入れると、響きが急に締まってプロフェッショナルな感じになるんです。

プライベートな音空間がプロの録音スタジオの響きに近づく、ということですか。

:というより、むしろ僕の中では「ヤマハホールで弾いた時の響き」になった気がしました。

ヤマハホールのように「よく響く」、つまり残響が多くなると言うことでしょうか。

:それが逆なんですよ。ヤマハホールは客席で聴くと豊かで美しい響きですが、ステージ上は別世界で、むしろ余分な残響が聞こえない、結構シビアな音環境だと感じます。いつもヤマハホールで演奏する時、音を出した瞬間に、その響きのタイトさにちょっと戸惑ってしまうんですよ。ヤマハホールのステージ上は本質的な響きだけが聞こえるような気がします。僕は普段ステージで演奏する時はPAありきなんですが、ほとんど生音で演奏するクラシックのホールは自分にとってはそこそこ高いハードルなんです。今はこのハードルを越えたいと強く思っています。

現在は調音パネルをどのようにセットして使っていますか。

:今はACP-2を5枚使っています。いつも固定してセットしてあるわけではなく、レコーディングや練習する時に5枚、自分を囲うようにしてセットしています。あと部屋の両側にギターを収納しているギターの棚のガラス扉があるので、ガラス面からの反射を減らすために棚の前に置いたりもしています。ただ、実際のところ、調音パネルをどこにどう置くと響きがどのように変わるのかといった実験はしていないので、できれば今日、セットのしかたを教えていただきたいと思っています。

ギターの素材による音の違いがよくわかります。

ではまずACP-2で沖さんを360度囲うようにセットしてみましょう。いかがでしょうか。

:これは余分な響きがものすごく整理されますね。しかも吸音だけでなく反響もあって、自分が弾いている音がとても良くわかります。ちょっとギターを換えてみていいですか。

ぜひお願いします。

沖:なるほど、こんなに違うんですね。どちらもヤマハのフラメンコギターで、シープレス(糸杉)とローズウッド(紫檀)という素材が違うだけの、いわば兄弟のようなギターを弾き比べてみたんですが、素材による音の違いがよくわかりました。これも響きが整理されて自分に返ってくるからわかるのだと思います。パネルを近づけると音の明瞭度が高まります。自分が何を弾いているのか、ちょっとしたタッチのミスまでよく聴きとれます。うーん、これはいい練習になるなぁ(笑)。

では後ろのパネルを前に持ってきて、少し離して5枚並べてみましょうか。

:さっきはとてもタイトな響きでしたが、こっちの方が適度な響きが加わっていい感じです。弾く人間としてはこっちのほうがラクですね。後ろのパネルが無くなってみると、後ろ側がものすごく効いていたことがよくわかります。ちょっと響きを生かしたサウンドでレコーディングしたい時などには、このセッティングがいいかもしれません。

調音パネルはスピーカーからの再生音の調音にも高い効果があります。今度はスピーカーの横側と後ろ側にセットしてみましょう。

:なるほど、これもかなり音が変わりますね。スピーカーの再生音に関してもそうとう響きが整理されています。今までは録音の時にしか使っていませんでしたが、これからは練習の時や、レコーディングのミックス作業の時にも調音パネルが活躍しそうです。 実は最近趣味としてなんですが、アナログレコードを聴くのに凝っていて、ヤマハのHi-Fiオーディオシステムを買いました。レコードを聴く時にもこの調音パネルを活用してみたいと思っています。そっちも楽しみです。

これからは生音にこだわったライブを増やしていきたい。

最後に今後の活動について教えてください。

:フラメンコギターの奏者として、常々フラメンコギターのいろいろな魅力をお見せしたいと思っています。最近は生音にこだわったライブが増え、お客さまの反応にしても、自分の印象としても、クラシック的なフィールドでのフラメンコギターの演奏に強い手応えを感じています。それにこの方向性で演奏する機会が増えているんですよ。

「生音にこだわったライブ」とは、アンサンブルの編成ということですか。

:それも一つです。いわゆるバンドスタイルではなく、弦楽器の人たちを入れてとか、演奏曲にしてもクラシックの曲を題材に掘り下げてみたりとか。でも何より大きいのはクラシックを演奏するようなホールの演奏が増えてきています。そういったホールはライブハウスのようにPAを前提とした場所ではありませんので、PAにあまり頼らず、自分のギターの生の音と、その空間での響きでお客さまに聴いていただかなくてはなりません。

PAをメインにしたコンサートと生音メインのコンサートでは弾く側の気持ちは違いますか。

:いつもPAを使っている時はギターの音にリバーブをかけているんです。それに慣れているので、リバーブをバッサリなくして、生音だけでお客さまに聴いていただくというのは、結構しんどいんですよ。まるでハダカになっちゃうような感じです。でもこれはフラメンコギターを始めた時の本来の姿に戻るということでもあります。ですから、今後はどんどんチャレンジしていきたいと思います。今年もヤマハホールで演奏する予定ですが、これもやはり生音中心のコンサートになります。どうやらお客さまは僕が苦しむほど喜んでくださるようです(笑)。

調音パネルを使った練習は、そうした演奏に役に立ちそうですか。

:すごく役立ちます。毎日毎日ホールを借りて練習するわけにはいかないので(笑)。今日は調音パネルの良いセッティングを教えてもらって助かりました。これでホールでの演奏のシミュレーションができます。

今日はありがとうございました。

沖仁(おき・じん)
14歳より独学でエレキギターを始め、高校卒業後カナダで1年間クラシックギターを学ぶ。その後スペインに渡り通算3年半スペインに滞在。1997年日本フラメンコ協会主催新人公演において奨励賞を受賞。2002年初のソロ・アルバム「ボリビアの朝」を発表。2006年12月NHK「トップランナー」に出演。2008年7月、FUJI ROCK FESTIVAL '08に出演。2010年7月、第5回 ムルシア "ニーニョ・リカルド" フラメンコギター国際コンクール国際部門で優勝。同年9月、毎日放送『情熱大陸』に出演し、大きな反響を呼ぶ。現在は東京を拠点にし、ソロ活動を中心に国内外のアーティストとの共演、プロデュース、楽曲提供等を精力的に行っている。

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(2016年04月25日 掲載)