クリス・ミン・ドーキー

スペシャルインタビュー

ジャズベースの魔術師 NEWアルバムをリリース!

――日本では約4年ぶりとなる新作『ザ・ノマド・ダイアリーズ』が、3月14日に東芝EMIから発売になりましたが、このアルバムのコンセプトについて教えていただけますか。
CMD 僕の背景にもなっている純粋なジャズの精神と、エレクトロニカの要素を組み合わせようというのが、新作のコンセプトだよ。ただし、ただジャズにエレクトロニカの要素を振りかけるんじゃなくて、完全な新種と呼べる音楽を作りたかったんだ。ふたつの要素をただ一緒にしたものとは違う、両者が互いに影響し合った結果と呼べるものをね。

――タイトルは"遊牧民の日記"という意味ですが、アルバムの曲がいろいろな国で書かれたりレコーディングされたりしているということも、このタイトルの由来になっているのでしょうか。
CMD そうなんだ。タイトルの由来はいくつかあって、ツアーの生活の多いミュージシャンとしての自分自身の生活を描きたかったということもそのひとつだけれど、どの曲も基本的にはツアー中に書いたりプロデュースしたり、レコーディングしたりしたものだということも、このタイトルを付けた大きな理由のひとつだった。曲ごとにクレジットされたレコーディング場所を見てもらえばわかるように、スタジオももちろん使ったけれど、実際にツアーで行った先のホテルの部屋や楽屋も使っているからね。

――クレジットには大阪や東京のホテルの名前も載っているので、日本のファンにとってもよりいっそう親近感がわくのではないでしょうか。
CMD そうだね。実際、アルバムの多くの部分が日本と深く関わっているんだ。僕は何度も来日して演奏しているから、日本がアルバムの要素になったのは、ごく自然な成り行きだと思うよ。

――今回は坂本龍一やマイケル・ブレッカー、ジョージ・ウィッティ、マイク・スターンといった、素晴らしいミュージシャンたちがたくさん参加していますが、最初から想定なさっていたんですか。
CMD もちろんだよ。僕はいつも、自分の日々の活動の成果としてアルバムを作っているから、一緒に演奏したり活動している人たちに参加してもらうのは、ごく自然なことなんだ。

――アルバムの制作中に何か面白いエピソードはありましたか。
CMD それはもうたくさん!(笑)たとえば「ホエア・アー・ユー?」という曲は、僕が泊まっていたホテルの部屋に、僕を探していたマイク・スターンから入った留守電のメッセージを聞いて思いついたんだ。アルバムでは、彼の本物のメッセージも使っている。「マイキーだ。どこにいるんだい?」っていうのがそれだよ。こんなふうに、新作にまつわるエピソードのほとんどは楽しいものだけれど、悲しいエピソードもある。僕の一番の親友でもあり、尊敬する師でもあったマイケル・ブレッカーが亡くなったことだ。僕は彼のバンドで長年演奏してきたし、彼は兄貴のような存在でもあった。それに、この方向性の音楽は、実はマイケルと一緒にずっと暖めてきたものでもあったんだ。構想段階でこのアルバムと深く関わっていた彼には、演奏でも全面的に参加してもらうはずだったけれど、彼の病状が悪化して、僕は参加してもらうのをあきらめていた。でも、彼はわざわざ電話をかけてきて、「やろうぜ!」って言ってくれたんだ。僕はマイケルの家まで行って、「イフ・アイ・ラン」の彼のパートをレコーディングした。彼はかなり弱っていて、ベッドに横になったまま演奏しなきゃならなかった。演奏そのものは素晴らしかったけれど、僕はレコーディングを聴きながら泣いていたんだ。演奏がいくら力強くても、本人はもう弱々しかったからね。マイケルは「ホエア・アー・ユー?」にもテナーで参加してくれたよ。


TOCJ-6630 東芝EMI
坂本龍一、マイケル・ブレッカー、
マイク・スターンら豪華ゲストを
迎え ニューアルバムをリリース!

――あなたはこれからもたくさんのアルバムを作っていかれることになると思いますが、この『ザ・ノマド・ダイアリーズ』は生涯忘れられないアルバムのひとつになるのではないでしょうか。
CMD 確かにいちばん思い出深い作品になるだろうな。人生のこの時点でたくさんの素晴らしい友達に恵まれたという意味でも、全く新しい音楽の領域に足を踏み入れた最初のアルバムだという意味でもね。

――エレクトロニカの要素を取り入れたことも、新しい領域に足を踏み入れることと大きく関わっていると思いますが、アルバム・カヴァーにも登場している"サイレント・ベース"の果たした役割も大きかったと言えますか。
CMD もちろんだよ。少なくともここ6、7年の間、サイレント・ベースは僕にとってメインの楽器で、この楽器を使うのはごく自然なことだからね。その意味では、アルバムの重要な要素になっているのは間違いない。その一方で、僕は長年この楽器を使ってきたけれど、サイレント・ベースが単なるアコースティック・ベースの代用品ではないということには、早いうちから気付いていたんだ。僕にとっては、アコースティック・ベースのサウンドを提供してくれるばかりでなく、アコースティック・ベースには無いものをもたらしてくれる楽器でもあるんだ。つまり、新しい領域に足を踏み入れるにあたって、サイレント・ベースは特別な役割を果たしてくれたとも言えるけれど、それと同時に、サイレント・ベースを使うことは、僕にとってはもはや特別なことではなくなっているとも言えるんだ。何と言っても、僕のメインの楽器だからね。

――アコースティック・ベースには無いものというのは、具体的に何ですか。
CMD まず言っておきたいのは、サイレント・ベースの弾き心地はアコースティックそのもので、サウンドもほとんど区別がつかないほどアコースティック・ベースに近いということなんだ。この楽器と出会うまで、僕は何年もの間、これだと思えるようなエレクトリック・アップライトを求めてたくさんの楽器を試したけれど、サウンドと弾き心地の両方の点で満足できる楽器は見つけられないでいた。でも、サイレント・ベースと出会った時には、サウンドと弾き心地を両立させた楽器がようやく見つかったと思ったんだ。目をつぶってサイレント・ベースを弾いていると、まるでアコースティックを弾いているような気分になれる。特にライヴでは、まったく区別がつかないぐらいだよ。音を拾うためのマイクやピックアップで苦労しなくて済むのもありがたかった。で、使っているうちに見つけたアコースティックには無いものということでは、たとえば大きな音で鳴らした時、アコースティックだとトーンが損なわれてしまうけれど、サイレント・ベースならトーンを損なわずに大きな音が出せるということがある。あと、エレクトロニカの要素を取り入れるようになってから、サイレント・ベースにMIDIコンヴァーターを取り付けているけれど、これはアコースティック・ベースでは使えない。そしてもちろん、ツアーで持ち運ぶことを考えれば、サイレント・ベースの有利な点がいくつもある。何よりもまず、コンパクトだし、サウンドがアコースティックに比べてはるかに安定しているんだ。サウンドが安定しているというのは、僕みたいにツアーの多いミュージシャンにとってはものすごく大切なことだけれど、アコースティック・ベースで安定したサウンドを得るというのはほとんど不可能なんだ。第一、持ち運ぶにはあまりにも繊細な楽器だしね。

――気候の変化や、移動中の振動などに対しても敏感ですよね。
CMD その通り。だから、僕はサイレント・ベースと出会って初めて、ステージで常に"クリス・ミン・ドーキーのサウンド"が出せるという確信を持つことができたんだ。

――あなたのライヴを観てサイレント・ベースを使ってみたくなったという声が、実際にも世界中のベース・プレイヤーから寄せられているのですが、今後もこの楽器は色々な可能性を示すだろうとお思いになりますか。
CMD もちろんさ。僕もサイレント・ベースを使い始めたばかりの頃には、アコースティックの代用としてしか捉えていなかったけれど、すぐにアコースティック以上の可能性があることに気付いたし、以来常に発見し続けている。そして、MIDIを取り入れるようになった今、サイレント・ベースは僕にとって、まさに新たな世界への扉を開いてくれる楽器なんだ。とはいえ、僕がいつも思うのはやはり、どこへ持って行っても安定して自分のサウンドが出せる楽器を手にしたということだな。いかにして安定したサウンドを出すかということで、僕は本当に長い間悩んでいたからね。自分の楽器を持って行って、最高のサウンドが出せるのか、気候のせいでサウンドが変わってしまうのか、いつも不安を抱えていた。自分のサウンドがほんとうに出せるのかどうか、ずっと確信が持てないでいた。そういった悩みから完全に解放されたんだ。これは素晴らしいことだよ。ホテルの部屋で好きな時に練習できるのもいいね。アコースティックを持ち歩いていた頃には、練習を始めて10分もすれば、「お静かに願います!」ってフロントから電話がかかってきたからね(笑)。今は自分の楽器を文字通りどこへでも持って行ける。ツアー・バスの中で練習することもできるんだ。長年親しんできたサイレント・ベースは、僕にとってはもはや"代用品"ではない。"僕の楽器"なんだ。

――3月下旬にマイク・スターンのバンドでツアーをなさいますが、その時にもやはり、サイレント・ベースを使われますか?
CMD もちろんさ。"出かける時は、忘れずに"って感じだね(笑)。

――日本でのブルーノート公演の予定を教えていただけますか。
CMD このプロモーションが終わったら、すぐに自分のバンドのヨーロッパ・ツアーが始まって、ツアーはマイクのバンドでふたたび来日するほぼ直前まで続くんだけれど、その合間を縫ってニューヨークに戻って、マイクのバンドのリハーサルにも参加するよ。ドラムスがデイヴ・ウェックル、ピアノが小曽根真、それにマイクと僕で、大阪が2日間、名古屋1日、東京が6日間というツアーになる・・・大阪では焼肉を食べなきゃ(笑)。

――小曽根真さんは、日本ではジャズの世界でもクラシックの世界でもファンが多いので、彼とあなたの共演をステージで観られるのを、みんな楽しみにしていると思いますよ。
CMD マコトとは何度も共演しているけれど、彼はほんとうに素晴らしい。世界でも最高のピアニストの一人だと思うよ。マコトは僕の前のアルバム『リッスン・アップ』と『シネマティーク』にも参加しているし、彼自身のことも彼の音楽のこともよく知っているし、共演していても楽しいね。

――来日とほぼ時を同じくしてあなたの新作が発表されるわけですが、マイク・スターンのバンドではあなたのアルバムのような方向性の音楽も聴けそうですか。
CMD 残念ながら、それはちょっと難しいな。『ザ・ノマド・ダイアリーズ』の音楽を演奏するには、電子楽器一式を揃える必要があるからね。マイク・スターンのバンドで来た時には、やはりマイクの音楽を演奏することになる。もちろん、僕がソロを取る場面はあるけれどね(笑)。僕はここ16年の間、マイクのバンドで多くの時間を過ごしてきたけれど、彼の音楽は素晴らしいし、ミュージシャンには多くの自由が与えられているから、いつも最高の気分で演奏できるんだ。

――その他、今年の予定を教えていただけますか。
CMD エート、マイクとのブルーノート公演が終わった後、僕の新作がイギリスとヨーロッパ大陸で発売されるから、それに合わせたプロモーションと自分のバンドでのヨーロッパ・ツアーを、4月から5月の始めにかけてやることになっている。そして、5月の後半には、ニューヨークでレコーディングの予定があるけれど、6月に入ったら休暇を取るつもりだよ。去年の12月から5月の終わりまで働き詰めだから、6月には仕事の予定を入れないとワイフと約束したんだ(笑)。7月からは例年通り、ヨーロッパ各地やアメリカでいろいろなジャズ・フェスティヴァルが開催されるから、僕も自分のバンドやマイク・スターンのバンドでフェスティヴァル回りをすることになっている。8月か9月あたりには、自分のバンドで日本に来られればいいな(笑)。その後、9月にはヨーロッパ各地の音楽学校でマスタークラスを教えることになっている・・・とまあ、今の所はこんな感じだね。あと、11月にもヨーロッパ・ツアーを予定しているよ。

――現在もニューヨークを拠点になさっているんですか。
CMD ウン。基本的にはニューヨークに住んでいるけれど、1年半ぐらい前から、両親の住むコペンハーゲンにもできるだけ訪ねるようにしているんだ。

――日本でお気に入りの場所、食べ物、あるいは、どんなところが気に入っていらっしゃるか、お話いただけますか。
CMD 僕は東京が大好きで、世界で一番好きな街のひとつなんだ。食べ物は・・・日本食は何でも好きだよ(笑)。日本食はヴァラエティが豊富で、飽きることはないね。で、日本が良いと思うのはまず、コスモポリタン的なライフスタイルのエネルギーを感じるところで、これはニューヨークとも共通する魅力だけれど、その一方で、日本の美意識には、スカンジナビアのそれと相通じるものを感じている。つまり、人生の多くの部分を過ごしたニューヨークで身につけたコスモポリタン的な感覚と、生まれ育ったスカンジナビアで身につけた美意識との両方が、日本という国には感じられるということだね。だから日本が好きなんだろうな。

――日本でも最近、スカンジナビアのデザインが流行っていますから、日本人もスカンジナビアに惹かれるものを感じているのかもしれませんね。
CMD それはよくわかるよ。スカンジナビアでも日本のデザインは大人気だからね。僕も両方のデザインに共通するものをたくさん感じるよ。

――最後に、日本のベースファンにメッセージをお願いできますか。
CMD ぼくの新作をぜひ聴いてもらいたいな。あと、サイレント・ベースをまだ試したことがないという人は、すぐにでも楽器店へ行って試してみてね。一度使ったらもう、後戻りはできないよ(笑)。

――どうもありがとうございました。日本ツアーでまたお目にかかるのを楽しみにしています。
CMD 僕も楽しみにしているよ。オツカレサマデシタ!