【導入事例】札幌文化芸術劇場 hitaru 様 / 複合施設 / 北海道
Japan / Hokkaido, May 2019
PROSOUND FEATURE
提供:札幌市民交流プラザ(公益財団法人 札幌市芸術文化財団)
(隔月刊PROSOUND Vol.210 2019年4月号より転載。テキスト:半澤公一 撮影:中山 健)
愛称「hitaru(ヒタル)」の名のもとに誕生した
最新技術とクラシックの伝統を併せ持つ空間
札幌文化芸術劇場
ある街にひとつの劇場ができる。それはモノという視点からはひとつの更地に建造物が建ち、人が出入りする場所。というだけのことかもしれない。しかしコトといういわば「文化」の切り口から見れば、その街さらに周辺を含める地域に大きな変革をもたらす可能性を秘めている。劇場で執り行なわれる事業、即ち催事が市民やさらなる広域にもたらす何らかの影響は、度合の大小があったとしても個人個人に入り込み、それぞれのなかで変化が熟成し、その街に新たな彩りを加えることになるだろう。 プロサウンド誌取材班が荒天で着陸危うい空港へ向かったのは1月も下旬にかかるころ。昨年2018年10月に開舘した「札幌文化芸術劇場hitaru」へと足を運んだ。札幌市図書・情報館、札幌文化芸術交流センターとともに「札幌市民交流プラザ」を構成する施設群のひとつである。国内外の本格的なオペラ、バレエ、ミュージカルを上演するため、懐の深さを要求される劇場構造を擁する本館では、厳選された設備とともに精鋭スタッフが運用を行ない、高いクオリティで開館以来、じっくり歩を進めてきた。音響セクションのその一端を支えるのが「RIVAGE PM10」を中心とした「ヤマハ」の製品群。それらを縦横に使い、日々現場の精度を上げていく2人のスタッフ、舞台技術部の杉村拓亮氏および同部の佐藤令奈氏。そして「ヤマハミュージックジャパン」石橋健児氏に話を聞いた。
hitaru =人+ある
今回訪れた「札幌文化芸術劇場」には愛称がある。「hitaru(ヒタル)」というもので、開館にあたり公募され、2700件を超える応募作品から選ばれた。「さっぽろ市民が思う存分、芸術に『hitaru』場」という作者の思いが込められたと聞く。また「hito+aru」で「ひとがある」にもつながり、この劇場に人々が集まり、世代を超えて文化芸術に触れ、感動を共有しているという未来が近づいていることが感じられるということも併せて注目された。こうした公募形式による採用なども、市民と密着した運営を目指す姿勢がわかる。
舞台:プロセニアム/間口20m(約11 間)、高さ14m(約46.2 尺)、奥行/舞台前端から舞台最奥まで36.8m(約20.2 間)、高さ/舞台面からスノコまで29.6m(約97.7 尺)、音響反射板内部寸法/間口前= 20m(約11 間)、間口奥= 17.8m(約9.8 間)、奥行= 8.1m(約4.5 間)、オーケストラピット/ 142.7㎡、間口= 20.6m(約11.3 間)、奥行= 8.2m(約4.5 間)
劇場完成までの経緯と 高水準の完成度
プロサウンド(以下、PS):
どうぞよろしくお願いいたします。まず杉村さん佐藤さんお2人の名刺ですが、「札幌文化芸術劇場 舞台技術部」といった点では同じですが、杉村さんのところには「北海道ステージアート アライアンス(以下、HSA)」という別の表記がありますね。
佐藤:
おはようございます。その点につきましては、私が所属しますこの劇場の母体「公益財団法人 札幌市芸術文化財団」が正式な指定管理者となっており、そこからの委託で「HSA」さんに入っていただく格好となっています。
PS:
「HSA」と言う組織名ははじめてうかがいます。
杉村:
われわれ「HSA」は北海道の7 事業社で組んだJV(ジョイント・ベンチャー)です。現在この劇場では職員、委託を合わせて19名のスタッフが担当しますが、さすがに1社でまかなうには人数が多く、合同で担当することで進めていく、ここの劇場のためにできた組織となります。
PS:
昨年の10月開館ということで運営が始まっているのですが、おそらく北海道では最新の劇場かと思います。この施設ができたバックグラウンドから教えていただけますでしょうか。
佐藤:
立ち上げは平成14年からのことと聞いています。私どもの劇場ができることによって、市民に本格的な催事を広く楽しんでいただく、それが前提となったのはむろんですが、市内各所に点在する他の劇場の老朽化との関連が少なからずあります。収客1500名でこの劇場に隣接する「わくわくホリデーホール(札幌市民ホール)」や、先頃すでに閉館した「ニトリ文化ホール(旧厚生年金会館)」も同じく悩ましいところでした。今回この劇場が客席2300ですが、実際に建ってみると「ニトリ文化ホール」の後継施設といった意味合いが強くなっています。
PS:
それは劇場サイズ的にといった意味でしょうか。
佐藤:
「札幌市民ホール」は客席数1500となっており、この規模ですと市民の大きな団体が使い、集客が見込めます。したがって「市民ホール」は市民の活用の場とし、当劇場は市民に楽しんでもらう、あるいは発信の場として使うといった棲み分けをする意向が札幌市ではあったようです。
PS:
「(旧)厚生年金会館」はすでに閉館でしたね。
杉村:
ええ、昨年9月で完全閉館しまして、現在は再開発に向けて諸々検討しているところです。
佐藤:
「(旧)厚生年金会館」は袖が少し狭かったですね。オペラはもちろん上演されていたのですが、そこが制約になっていて泣く泣くあきらめていた本格的なオペラやバレエ、大型ミュージカルをできる劇場を目指そうと、当劇場では多面舞台を実現しています。また吊り物は電動とし照明はムービング型やLED ライトを積極的に導入、音響に関しては「Dante」ネットワークを中心に、ほぼデジタル化で構成しています。
PS:
柿落としが昨年10月7日「アイーダ」だったとのこと。その後、運営がはじまったのですが、スタッフとして関わってこられてその手応えとしては?
佐藤:
これまでの3か月は本当に忙しくて少々辛いのが正直なところです(笑)それはさておき、新しい劇場ができることは、やはり良いことだと実感しています。北海道の劇場文化のひとつの転換点になるのかなと思っています。私は大学で一度北海道を出たのですが、7 年間のブランクを経て戻ってこの劇場に携わり、当劇場の技術部長の言葉から知ったことは、この地の技術がまだ本州に追いついていない。そう聞いたことです。
PS:
遅れ、ということでしょうか。
佐藤:
大学のため大阪に7 年いたのですが、そこで経験した設備やシステムとは少し違うなと感じる時もありました。ただそれは決して遅れといった意味ではなく、時間を経るとどの劇場も同じように古くなり、望まずとも変化しにくくなるのかなと。札幌で一番新しい劇場が「kitara(札幌コンサートホール)」になるのですが、やはりそこにはそこのやり方ができあがっています。今回は新しい劇場ですので、最新設備を取りそろえることができますし、旧館の水準に合わせることなくレベルを上げるチャンスと捉え、これまでのやり方にこだわらないよう考えてきました。
PS:
そうした上昇志向は素晴らしいと感じます。そうした方々が運営なさって心強いですし、乗り込みの方々との距離感も一気に近くなりますね。話は変わりますが、先ほど劇場を案内いただいて、音が良い空間だと感じたのですが杉村さん、お客様やキャスト側からのご意見や評価などはいかがでしょうか。
杉村:
そうですね、札幌交響楽団さんがトレーニング・コンサートに来てくださって、反響など音についてのテストコンサートを行なった際、声を実際に聞かせていただくと演りやすいと。特に指揮者の方に聞こえが良いと評価をいただきました。響きについてはよく考えられた設計がなされているなと、そうした声を聞くたびに思っているところです。生の演奏に関してお客様からも良い感触をいただいています。ただしまだまだ発展途上です。今後も高い評価を受け続けられるよう動いていきたいですね。
取材にご協力いただいた舞台技術部の杉村拓亮氏(右)、佐藤令奈氏
それぞれの歩みを経て
札幌文化芸術劇場へと
PS:
では佐藤さん、杉村さんそれぞれご自身のことについて少し教えてください。まず佐藤さん、大学で勉強のために大阪に行かれたとのことですが。
佐藤:
きっかけは高校時代、音楽の授業でミュージカル「キャッツ」のビデオを観たのです。最初は「キャッツ」に関わりたいという思いから始まっています。進路を決める際、札幌にも専門学校はたくさんあって体験入学をしてみたのですがピンと来ず、体験入学先の先生にやりたいことを言ってみると、ありがたいことに「本州へ行きなさい」とアドバイスをくれたのです。そこで1年生の時から専門分野に分かれて勉強ができる大阪芸術大学を選びました。それぞれ美術や照明、音響と専門分野があり、ひとつの学部でひとつの劇団というコンセプトでした。そこで4年間学んでさらに2年、非常勤副手として残りました。先生方や学生のお手伝いをしながら同時に将来のことを考えました。「劇団四季」さんを受けようかとも悩みましたね。
PS:
もともとのきっかけでしたしね。
佐藤:
でも本当にそれでいいのかと。バイトでは現場を回り、大学では舞台や放送の効果音を主に勉強していたのでその道か。それともバイトである劇場スタッフか…
PS:
ちなみにアルバイトはどちらの劇場にいらしたのですか。
佐藤:
奈良の生駒にある「はばたきホール」や「生涯学習センター」などです。公民館のようなところで、それが故に市民とつくる催しを体験しました。プロを相手にしたものでなく、市民が自分達でつくりあげることを手伝い、構想を現実のものにしていくことで市民さんの思いを叶える。興味深いと思いました。卒業後3年間、そうした生活があって後、地元の当財団に縁があったのです。そして「複合施設ができます。あなたはそこへ配属です」寝耳に水(笑)運命の巡り合わせっておもしろいなと感じているところです。
PS:
劇場で音響のお仕事をなさる時の醍醐味ってどのようなところでしょうか。
佐藤:
前述のとおり、つくり上げることがやりたいことでしたので、催事の内容にはこだわりません。出演者が舞台に上がって喝采の拍手を浴びている瞬間、また袖に戻った時や片付けの最中に笑顔でいる瞬間。その時にやっていて良かったな、と感じます。
PS:
とても嬉しくなるお話です。では杉村さん、どういったきっかけでこの仕事を選ばれたのでしょうか。
杉村:
僕は道東にある釧路の出身なのですが、高校の時にバンドをやっていたのがきっかけで興味を持ちました。ただ釧路にはライヴハウスもなく、まだインターネットそのものがない時代でしたので情報を集める際、テレビ業界に進んでる親類を経て札幌に専門学校があることを知り、現在の「経専音楽放送芸術専門学校」へよく調べないままに飛び込みまし た。ただミュージシャンのコースでは親からの許可が降りなかったのでPA のコースを選びました。勉強してみると音響も愉しいなと思い、そこから将来への意志が固まっていきました。
PS:
で、2年間通われるわけですが、その後は。
杉村:
学校の推薦を受けまして、現在在籍している「北海道共立」へ20歳から入社しています。
PS:
推薦ということは優秀だった。
杉村:
いえ、1日も休んだことがなかっただけで…
PS:
アルバイトも忙しかったと先ほどもうかがいました。
杉村:
学費だけは親に面倒を見てもらい、あとは自分で賄う約束でした。ただ出してもらうからにはしっかり勉強しようと。そうしていたら就職が付いてきました(笑) その後、途中でフリーランスとして活動する時期など紆余曲折ありましたが、現在に至ります。「北海道共立」は劇場管理と一般の外現場が主な業務になりますが、双方を行ないながら近年は「札幌市民ホール」の担当として約10年。その後、昨年4月から「HSA」の所属として当館の事務所に入りました。
PS:
さまざまな経験を重ねられた杉村さんですが、自分が思うこと考えることを貫いて活躍されています。現場に出るとき、最も大事になさることは何でしょうか。
杉村:
やはりお客様に満足いただくことが大前提としてあります。また別に、人から必要とされる人間になりたいと常々思っています。2番手でも3番手でもかまいません。「君が来てくれればこの現場は回るからぜひ頼む」と言っていただけることを思って携わっています。この姿勢はお客様に対しても変わらず、「あの劇場に杉村という人間がいる、相談すれば叶えてくれるよ」そうしたポジションを理想として頑張っています。
PS:
まさにプロフェッショナルのひとつのスタイルだと感じ入りました。ありがとうございます。では次からは劇場の音響機材について教えてください。
「ヤマハ」機のメリットと
「RIVAGE PM10」の特筆点
PS:
それでは音響設備の顔ともいえるコンソールですが、プロオーディオシーンには良いミキサーがいろいろと存在するなか、なぜ「RIVAGE PM10」だったのでしょうか。
佐藤:
実は当初、他社のミキサーが挙っていました。現場経験が浅い私は深く考えずに「勉強すれば良いかな」とぼんやり考えていたのです。その後「RIVAGE PM10(以下、PM10)」のご提案をいただいたのですが、劇場階下に位置する「クリエイティブスタジオ」は当初から「ヤマハ」さんで、その時、メーカーが揃うことに気付いたのです。そのメリットは運用にあたり大きいかも知れないと感じ始めました。実際双方の現場ともに入ることを思い浮かべると、やはり機種が違ってもメーカーが同じであることは、使い勝手が似ているはずで、時間がないなかで混乱をきたすことも少ないはずだと。間違っても開演時間を押すことなどあってはならないですし、劇場の信頼にかかわります。また他のスタッフに入っていただくことは最初から分かっていましたし、所属されているカンパニーの機材リストを見ても皆さん「ヤマハ」をお使いになっていました。そうしたことを鑑みて「ヤマハ」さんでお願いすることにした経緯があります。
音響調整室内におかれた「RIVAGE PM10」。「ヤマハ」のフラッグシップ機でありながら、伝統の「わかりやすさ」を継承しつつも巧みに昇華させ完成度は高い。同社のコンソールをすべて往き来できる使い勝手は特筆に値する
PS:
実際に「PM10」に触れてみて、これまでの「ヤマハ」機との違和感はなかったでしょうか。
佐藤:
タッチパネルの顔が似ていますね。またイコライザーなども似た位置にありますし、制御方法も変わりません。ダイナミクス系やエフェクト関連にしても同様。つまり望むものを探索する必要がまったくありません。開館してからというもの、「揃えておいて良かった」と一層のこと感じています。
PS:
杉村さんはむろんのことデジタル・ミキサー経験は長く、またさまざまなメーカーのものにも精通なさっているかと思います。「ヤマハ」ミキサーの持っている良いところ、「PM10」も含めて教えていただけますか。
杉村:
まずここが北海道であるといった視点では、札幌のカンパニーで「ヤマハ」を所有しているところが多いこと。したがって劇場に来られたとき、「ヤマハ」であれば問題ありません、と仰る方が大半です。ちなみに隣の「札幌市民ホール」に「PM10」を導入したときの一番の理由はマトリクス回路の数と、誰もが扱えるといった部分でした。実際現場で説明に多くの時間を割かなくてもて済むことは、多くのストレス軽減になります。
PS:
ではお2人にもう少し。「PM10」に感じる最も素晴らしいところ、あるいは好きなところなどを。杉村さん。
杉村:
やはり「SILK」機能でしょうか。「札幌市民ホール」の3点吊りマイクは「ノイマンUSM69」なのですが、MS 方式で吊ることも手伝ってか、「B&K」に比べて低域が薄くなる傾向を感じています。そこで「SILK」をブルーポジションにしてツマミを上げていくと、低域がきれいに持ち上がって同じではないにせよ、「B&K」に近づく良さを複数の人間が体験しています。その後、お客様からも良い録音だとの評価が増え、その点を挙げたいですね。
PS:
石橋さん、「SILK」機能が良いとの話が出ました。「PM10」もリリースから3年経ち導入実績も増えたことかと思います。そうしたなか、「SILK」についての評判はいかがでしょうか。
石橋:
「SILK」機能は「ルパート・ニーヴ・デザイン」社のハイエンド・アナログ機器に搭載される「SILK プロセッシング」を「ヤマハ」の「VCM」テクノロジーでモデリングしたものです。レッド表示は高域に、またブルー表示は低域に対して一般EQ とはまた違ったイコライジングのような効果を持ち、音が豊かになるといいますか、潤いを与えるようなイメージのプロセッサーです。おかげさまで多くのエンジニアの方から評価をいただいており、プラス方向として使っていただいているのが特徴です。多くの場合はマイクとの距離感が近く感じるといった意見を聞きます。
杉村:
まったく仰るとおりです。
PS:
「PM10」、佐藤さんはいかがでしょうか。素晴らしいところでも好きなところでも何なりと。
佐藤:
私は技術者としてはまだ新米です。手持ちの情報が少なく、同時に使う「CL」と比べてしまうのですが、「MIX」や「MATRIX」といった送出状況が画面に出てくれていますので、送り忘れがありませんし、仮にミスがあってもすぐに回避ができます。またメーターの振れを見比べれば出ているレベルの差も確認ができますので、とても助かっていますね。
映写室におかれた音響ラック。「ヤマハSWX2300-16G」スイッチやレコーダー、スタンドアロン「MLA8」8チャンネルマイクプリ等を収納
インテリジェントL2スイッチ「SWX2300-8G」。割り振られたIPアドレスなどが見える
「SWX2300-8G」のSFPポートに接続された光ファイバー線。「札幌文化芸術劇場」では、長距離をこうした光ファイバーを用いて伝送する方式を併用している
迅速な対応ができるよう自照式のセレクトボタンや色分けした表示パネルを用い、かつ効率的に必要なものを無駄なく立ち上げたI/Oパッチ盤。使用されるケーブルにもカラーリングを施すなど、視覚的にも使いやすく工夫が見える
舞台袖の音声モニターラック。こちらにI/Oラックなどが置かれ、アナログ入力を行なって音声信号はデジタルに変換。音響調整室へと送り出される
エアモニターなどを管理する「ヤマハ01V96i」。引き出し式ラックレールにセットされ、収納式としている。限られた調整室の容積を最大限有効に使う設計は見事といえる
FIR イコライザー 「HYfAX AMQ3」
PS:
もう一点、見せていただいた機材のなかで、アンプルームに設置されていた「HYfAX」ブランドのイコライザー「AMQ3」が印象に残っています。詳しく教えていただきたいのですが。
杉村:
僕も初めてこの劇場で出会っています。「ヤマハサウンドシステム」さんからレクチャーをしていただいたのですが、まずタップ数16000を超える高分解能のFIR フィルターで処理を行なうと。またDante搭載で使い勝手が良いところです。
エアモニターなどを管理する「ヤマハ01V96i」。引き出し式ラックレールにセットされ、収納式としている。限られた調整室の容積を最大限有効に使う設計は見事といえる
さらに「Smaart」や「SysTune」等のインパルス応答実測データを取り込んで最適なフィルターを構築できるので、きわめて現場的な対応が実現します。嬉しいことに高速演算プロセッサーの搭載で、レイテンシーが極めて低いのです。この部分に関してはとても実用的で驚いています。5Uサイズでありながら、32系統を備えていますし、系統あたりには「SEQ」、「AMQ」、「VEQ」、「PEQ」といった4種類のフィルタータイプがあり、なかには非対称EQもむろん含まれます。発想自体が興味深いですし、今後も必要とする場面が必ずあると断言できます。また劇場の基準EQ をアンプのレベル等を含めてどのポジションで作るか、それはわれわれが一番悩むところといっても過言ではないのですがその点、今回は最終的に「AMQ3」ですべてが収まっています。そのおかげでレイテンシーも満足する数値が出ていますし、このEQの存在は大きなメリットかなと思っています。
「AMQ3」イコライザーの処理画面。「SEQ」、「AMQ」、「VEQ」、「PEQ」といった4種の独自EQを組み合わせ、16384タップという高分解能FIRフィルターで音質補正を効率的に実現する
さらに「Smaart」や「SysTune」等のインパルス応答実測データを取り込んで最適なフィルターを構築できるので、きわめて現場的な対応が実現します。嬉しいことに高速演算プロセッサーの搭載で、レイテンシーが極めて低いのです。この部分に関してはとても実用的で驚いています。5Uサイズでありながら、32系統を備えていますし、系統あたりには「SEQ」、「AMQ」、「VEQ」、「PEQ」といった4種類のフィルタータイプがあり、なかには非対称EQもむろん含まれます。発想自体が興味深いですし、今後も必要とする場面が必ずあると断言できます。また劇場の基準EQ をアンプのレベル等を含めてどのポジションで作るか、それはわれわれが一番悩むところといっても過言ではないのですがその点、今回は最終的に「AMQ3」ですべてが収まっています。そのおかげでレイテンシーも満足する数値が出ていますし、このEQの存在は大きなメリットかなと思っています。
舞台の上手側上方直近に位置するアンプ室。この場所にすることでパワーアンプにとって負荷となるスピーカーケーブルをできる限り短くすることに成功している
舞台裏やロビーなど、多くの場所へと音声送出が必要となる劇場では、いかに出力数を確保するか、それが課題となる。簡単な操作で最適な解を示したのがマトリクス・コントローラー「LDM1」。最大120入力および120出力をフルディレイマトリクスで構築を可能にする
「HYfAX」ブランド、「LAP4S-LDM120HR-D」マトリクス・プロセッサー(下段)および「ヤマハRSio64-D」(中段)。後者は4枚のMini-YGDAIカードを背面スロットに搭載でき、「Dante」の送受信をさまざまな信号形態で運用できる
立体的な音像定位
PS:
では最後にスピーカー・システムついて教えてください。設置方法に特徴があるとうかがってきました。
佐藤:
スピーカー・システムは「d&b audiotechnik」を採用しています。ラインソース型の「V8」が全面採用されていますが特徴というところで言いますと、複数あるアレイ、そのひとつひとつがそれぞれに客席全体をカバーしているところにあります。例えばプロセニアム・システムでいえば、当館では3基のアレイ群で構築されていますが、それら3基でエリア全体をカバーする一般的なスタイルと異なり、ひとつずつのアレイが全体をカバーしているのです。そしてそれらが3基存在しています。それがカラムなど他のスピーカー群すべてに踏襲されており、したがって「V8」に統一されたのは、そうした意味がありました。その結果、音像定位が自由になり制約がないメリットが生まれます。まさに話題の「イマーシブ」と呼べるものかと。
PS:
そうなると前述のEQ「AMQ3」の存在も、統一感といった点から意味が俄然大きくなってきますね。
客席最上階席をフォローする「d&b audiotechnikV10P」。2ウェイポイントソース型で6.5 インチウーファーを2基搭載。むろん正確に遅延処理され違和感ない聴取を実現
補助スピーカー遠景。ラウンド形状の客席のため、「d&b V10P」は最適な間隔をおいて設置。客席最後部の隅々まで万遍なく音が配られる。設備設計者の腕の見せどころ
サランネットがかかって内部は見えないが、ラインソース「d&b audiotechnik V8」が組み込まれたLCR 配置のプロセニアム・スピーカー・システム
壁面に近い客席をフォローする「d&b T10P」。客席からスピーカー・キャビネットは見えないよう工夫されているが、的確にハンドリングされ、「音の見切れ」をなくしている
カラムスピーカーを設置した大臣柱裏。舞台側への音漏れを避けてウレタン素材で吸遮音を施している。サブウーファーの背面がわずかに確認できる
2階席は上手、下手側双方ともに3階席の床面が被ってくるが、「d&b audiotechnik 5S」を分散配置。小型のスピーカー・システムを用いることで圧迫感や存在感をなくし、スマートな配置を実現
被ってくる上階席の天井には埋め込み式でも対応。内部のスピーカー・システムは側面天井と同じ「d&b audiotechnik 5S」を採用
さまざまな役目を持ち、舞台側になくてはならない存在の固定はね返りスピーカー・システム。オプション・アングルを用いてフライングし、最適な振り下ろし角度で演者をフォローする
ブリッジから真下方向に向け吊り込まれたモニター用途のスピーカー・システム
ワイヤレスインカムにはデジタル方式の「LaON」を採用。5GHzユニットを搭載し、干渉回避技術を用いることでクリアな通話を実現している。写真は3台のマスターステーション
ホワイエに設置されたサービス・スピーカー。ドアの上、換気口と横並びに小型スピーカー群が見える。こうしたエリアでの観客サービスは、意識されることは少ないのだが、開演の合図やスムースな人の流れを促すなど、重要な役割を果たす
「BSS BLU-806」プログラマブル・デジタル・プロセッサー。高性能DSPチップを搭載し、入力音源をさまざまに信号処理しパワーアンプに送る。各スピーカー・システムの制御マシンの一端として活躍する
今後に目指す形
PS:
機材の話はここまでとしまして、今のこの現在から今後のことについて、近未来ということも含めて聞いていきたいと思います。先ほど杉村さんとも話していたのですが、劇場や空間というものはまさに生き物だと。半年~1年、そしてその後と、仮に音のことだけを取りあげても徐々に変化があり、入り込むべきところに落ち着くというのでしょうか。顏つきの輪郭がはっきりしてきますね。現在はまさにその途上にあるかと思います。まずこの1年先を見据えたとき、どのようになっていたいとお考えですか。
佐藤:
前出の技術部長の考えでもあるのですが、札幌に来れば何でもできることを目指したいです。「新国立劇場」や「びわ湖ホール」、「兵庫県立芸術文化センター」といったきれいな多面舞台を持っている劇場さんと遜色のないものができるところでありたいなと。あとは劇場を運用していくスタッフが常時20人もいるなど、北海道では考えられませんでした。実際、卒業したての若手から、「ニトリ」から来ていただいたベテランまで幅広い層がいます。その環境にあって若手の舞台技術が育っていける場所でありまた現在勉強している学生達が技術職に就く事に対して前向きになれる。そうした場所であってほしいと願っています。
奈落に設置された音響電源用ノイズカットトランス。近年ビル内の制御システムは、高周波を使った技術が一般的。音響側が影響を受けないよう、電源にも自らを守る対策は必須
積載重量10tを誇る搬入用エレベーターA(出入口寸法:幅9.5m× 高さ3m、カゴ内寸法:幅9.5m× 奥行3m× 高さ3.15m)。隣には4tクラスのエレベーターB もある
自分が携わる空間の
一番良い音を追求する
PS:
では最後の質問です。この劇場のことからは離れ、今の立ち位置からも遠くへ引いていただき教えてください。日本の劇場の音響とはどうあるべきかをそれぞれにうかがいます。杉村さんからお願いします。
杉村:
いろいろな側面が考えられると思います。「使いやすい」加えて「シンプルに」と常々考えています。そういった言葉を含めて考えると。一般のお客様の場合であれば、例えば実現が少し難しい要望が出たときに「できない」というのは簡単です。ただそれだけではダメで、別の「こうした方法ではいかがですか」と変換をしながら実現に向けていく。我々の仕事はそうしたことだと思っています。やはり相手の熱量に合った回答をしていきながら「使いやすい」と感じていただきたい。また「シンプルに」というところは、乗り込みの業者さんが来たときに、込み入っていてわかりにくいものは避けたいところです。シンプルな構成だとトラブルもいきおい減少します。やはり劇場というのは興行主さんも一般の方でも、借りてくださっている訳ですから、どちらの方も「使いやすい」劇場であるべきなのです。使って良かった、来年もこの劇場でやれるよう1年がんばろうと思ってくださる。そうしたところが全国的にあれば催しもやりやすくなりますし、また新しいお客様にも期待ができます。
PS:
催しの場所ってとても大事ですものね。では佐藤さん、いかがでしょうか。音響以外のことでもかまいません。
佐藤:
時間を経て劇場に携わる人が変わっていけば、設計者や設立に携わった人間の考えは、次第に消えていくものだと思っています。例えば開館に携わった私や杉村の思いもゆくゆくは消えていきます。またその時の熱を次の世代に伝えていくことは実際難しい。現代では「そのような熱い思いをぶつけられても私達は知らないし」と言われてしまいます。そうしたことで言えば、自分が携わる劇場の一番良い音というものを追求すれば良いのではないかと思います。コンサートホールだったらそこの音を追求すべきですし、我々の劇場はオペラやバレエ、生の演奏でこそ活きる舞台作品を上演していきたいコンセプトがあるので、その音を追求していく必要があります。仮に乗り込みの方々が「色を付けにくい劇場」と言われることは嫌なのですが、劇場の人間が自分達の音と考えるのであれば、その劇場なりの設立理由に合ったものを追求してほしいなと思います。
PS:
その点を甘くしておくと、存在自体が見えにくくなっていきますね。
佐藤:
だんだんと「箱もの」と言われる時代に戻ってしまうかなと感じます。
PS:
とても興味深く鋭いご意見をうかがいました。やはりそこにいる人達が存在することの意味。その点が揺らぐことがないように、と認識しました。本日は長い時間、ありがとうございました。
施設外観。「札幌文化芸術劇場」は白丸で囲った部分(4~9階)に位置する
※当ウェブサイトでは、本誌掲載文に一部修正を加えて掲載をしております。
外部リンク
札幌文化芸術劇場 hitaru
ヤマハサウンドシステム株式会社 納入実績ページ