【導入事例】舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』(TBS赤坂ACTシアター) / 東京
Japan/Tokyo Jul.2023
2016年にロンドンで初演以来、世界中でロングラン上演を続けて多くの演劇賞を受賞している舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』。その日本公演がTBS開局70周年記念としてTBS赤坂ACTシアターで2022年7月8日に開幕しました。
その舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の音声調整卓としてデジタルミキシングシステム「RIVAGE PM5」が導入されました。使用目的や使い勝手などについて、サウンドシステムのセットアップとサポートを担当する株式会社エス・シー・アライアンス 佐藤 日出夫 氏、同社 森 慎吾 氏と、オペレーションを担当する有限会社オフィス新音の立石 智史 氏にインタビューしました。
お三方のご経歴と舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』での役割を教えてください。
佐藤氏:
私はエス・シー・アライアンスの前身のサウンドクラフトに入社し、コンサートやミュージカル、芝居のオペレーターを経て、現在は主に音響デザイナーとして、機材選定も含め各演目に合わせたシステムプランと、オペレートの指示を含む全体の音作りを行なっています。具体的には音量感や、音質、声の聞こえ方や音像等を演目に合わせていきます。
森氏:
私は約16年前にエス・シー・アライアンスに入社後、7年間はスピーカーシステムデザイン・調整を担当するアルテ社に在籍していました。現在はサウンドクラフト ライブデザイン社に在籍していて、オペレーターがメイン業務です。
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』では「ローカルアソシエイトプロダクションサウンドエンジニア」という立場で、佐藤の補佐を務めました。
立石氏:
私は20年前にオフィス新音に入社し、音響オペレーターとして数多くの演劇作品に携わってきました。舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』ではローカルアソシエイトサウンドデザイナー補を務めています。本公演のサウンドデザイナーであるサウンドデザイナーのギャレス・フライ氏のサウンドデザインを理解し、キャスト変更などに対応しながら日本での公演を維持していく立場を担っています。
日本公演から「RIVAGE PM5」1台のサウンドデザインに変更
このたび舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』でヤマハデジタルミキシングシステム「RIVAGE PM5」が選定された理由を教えてください。
佐藤氏:
音響システムの機種選定はサウンドデザイナーであるギャレス・フライ氏の指示によるものです。
森氏:
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は、世界各国で同時に上演されていて、これまでは基本的に2台のミキサーを使用していました。1台は効果音など再生系に使い、もう1台はマイク用のミキサーです。それが今回の日本公演から「RIVAGE PM5」1台のシステムに変更になりました。
立石氏:
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』では一般的な演劇公演よりもはるかに多くの入力が要求されますが、ミキシングキャパシティーが大きい「RIVAGE PM5」であれば1台で全体の入出力に対応できる点が評価されたのだと思います。この舞台の音響は2マンでオペレーションしていますが、本番中に「RIVAGE PM5」の前にいてフェーダー操作を行うのはマイクミックスのオペレーターだけです。
2マンオペレーションとは、効果音や音楽などの再生系担当とマイク入力担当ということですか。
立石氏:
その通りです。再生系のオペレーターはフェーダーは触らずに再生用のコントローラーデバイスを使っています。同時に2人がフェーダーを操作することはないので「RIVAGE PM5」1台でも問題ありません。それにミキサー1台だけの方が音響ブースが省スペース化でき、管理も容易です。
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』ではどのくらいの入力数があるのですか。
立石氏:
150ch以上の入力があります。再生系の音源が約80chありますし、キャストも多いのでマイク入力も約45chあります。これは演劇の世界では非常に多いです。
佐藤氏:
フルオーケストラを使ったミュージカルよりもはるかに多いですね。
再生音源のキューは何個くらいあるのですか。
立石氏:
約500個です。1ステージで約500回、キューに合わせて音源を再生します。キューはインカムから来るものもあれば、自分の目で見て合わせるものもあります。
アナログ配線を排したフルデジタルオーディオ
ネットワークにより膨大な音声入出力をクリアに再生
実際に「RIVAGE PM5」を使ってみて、音の印象はいかがでしたか。
立石氏:
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』ではアナログ入力は一切使用していません。ですから正直言ってRIVAGE PM5のHAの音はわからない(笑)。マイクがワイヤレスの受信機でデジタル信号になったら、アンプに入るまでフルデジタルで音声処理を行っています。
ではアナログの音声ケーブルはあまりないということですか。
森氏:
本番で使用する入力に関しては、アナログは一切ないですね。
佐藤氏:
最初に日本側から「仕込み図がほしい」とサウンドデザイナーに話したんです。でも通常僕たちが見るような仕込み図はないと。もらったのはネットワークのシステム図みたいなものでした。
立石氏:
もはや概念だけです。
図面に劇場の形と線があるわけではない?
森氏:
入力については、記載があるのは光ファイバーケーブル、またはLANケーブルだけです。
立石氏:
パッチは全てDanteコントローラーで管理しています。
フルデジタルで構築された非常に先進的なサウンドシステムなのですね。音質としてはどんな印象ですか。
立石氏:
ものすごくクリアでノイズがほとんどないです。再生系のDCAを上げるだけで80chぐらい立ちあがりますし、マイク入力も常に10本くらい上がっています。多数のフェーダーが上がっていてもS/Nが気になることは全くありません。これはフルデジタルの恩恵だと思います。
1つのチャンネルに複数のキャストが設定できる「シアターモード」と入力のA/B切り換えが大活躍
「RIVAGE PM5」の使い勝手や操作性についてはいかがでしょうか。
立石氏:
「RIVAGE PM5」の「シアターモード」が非常に役立っています。この舞台はダブルキャスト、あるいはトリプルキャストで、ステージごとにキャスト変更があります。また、複数役を演じるキャストは都度マイク位置が変わり最適なEQも変わります。ですから1つのチャンネルにキャスト分、例えば2人なら2人、3人なら3人分の設定を入れ替えて使えるシアターモードは本当に便利です。
この機能がなければ、この舞台はできなかったと思いますし、今回「RIVAGE PM5」が採用されたのはシアターモードが実装されたからだと思います。
それとA/B切り換えも、この舞台では欠かせない重要な機能です。主要キャストはワイヤレスマイクのトランスミッターを2波装着しています。そしてどちらかのマイクがトラブルを起こしたらA/B切り換えでもう一波のマイクに瞬時にスイッチします。この舞台ではマイクを装着したまま水に潜るキャストがいますから、かなりの頻度でマイクトラブルが発生します。ですからA/B切り替えが大活躍です。この機能がなかったらどうしていたんでしょうね(笑)。
「RIVAGE PM5」の機能で、今後使ってみたいものはありますか。
立石氏:
内蔵のプラグインエフェクトが充実しているので、別の作品でぜひ試してみたいです。演劇ではフットマイクやガンマイクを多用しますが、その場合に「Dan Duganオートマチックミキサー」や「DaNSe」を活用して、かなりいい結果が出せたことがあるので、そのあたりを研究して活用したいですね。それと「Bricasti Design Y7」のリバーブもいい音なのでぜひ使ってみたいです。