石川鷹彦氏×ヤマハギター設計者 対談

石川鷹彦氏×桜井洋(ヤマハギター設計者)Talking about LL-TAKA Limited(石川鷹彦シグネチャーモデル )こだわったのは低音の響きとネックの太さ。「理想の音」に一番近いギターになった。

名実ともに日本のアコースティックギタリストの第一人者である石川鷹彦。『22才の別れ』などのフォークやニューミュージックの名曲のイントロでの美しい音色に聞き覚えのある方も多いのではないだろうか。2011年6月、ヤマハと石川鷹彦の40年にわたるリレーションの集大成として、石川鷹彦シグネチャーモデル『LL-TAKA Limited』が発売された。このギターの開発のきっかけやサウンドのコンセプト、そして細部にまで至る数々のこだわりについて、石川鷹彦とLL-TAKA Limitedの設計担当者である桜井洋に話を聞いた。

ヤマハとはもう40年のつきあいになるね。(石川)

まずヤマハギターとの出会いについて教えてください。

石川:古いよ(笑)。1970年代からだからね。たぶんヤマハがFG2000を開発していた頃だと思うけど、ヤマハからお声がかかって、浜松で試作段階のギターを弾いて意見を尋ねられたりして。その時弾いて「これがいい」と言ったギターが市販品になったりしていたな。その時のヤマハのギターは今も持ってるんだけどね。そんなことから以来アドバイザーのような形でおつきあいが続いて。もう40年だよな。

桜井:その間、何本かヤマハギターも使っていただいていますよね。

石川:1977年にヤマハで6弦と12弦を作ったね。そのギターはハカランダを贅沢に使っていたものでさ、20年ぐらいずっと家に置いていたんだけど、ある時ツアーがあるということで、ステージに持って行ったらこれが凄くいい音がしたね。ハカランダが鳴るようになってきたんだね。それからずっと使ってる。

桜井:たしか、さだまさしさんのツアーですよね。

石川:そうそう。

桜井:石川さんにはその後もヤマハでオリジナルのモデルを作って弾いていただいていました。1997年頃、当時のLAのタイプのギターを作ってます。

石川さんにとってヤマハのギターのいい点はどこですか。

石川:ヤマハはツアーやステージでよく使うんだけど、ツアーに持っていくギターは結構いろんな条件があって、たとえばピッチが狂わないとか、ツアーに耐える丈夫さであるとか、音だけじゃなくていろんな要素が必要なんだけど、そういう条件を満たすのはヤマハなんだよ。ただ自分の好みとしてもうすこし低音がほしいなぁと思っていた。

低音が出て、音量があって。でもただ鳴ればいいわけじゃない。(桜井)

LL-TAKA Limitedのきっかけについて教えていただけますか。

桜井:2004年に現在のLシリーズへとモデルチェンジしたんですが、その新しいギターを石川さんに弾いてもらったら、もうちょっと低音が欲しいとおっしゃって。それがきっかけですね。

石川:僕としては体にドスンと来る響き、ギター全体が鳴る感じが好きなんだな。もちろん他のメーカーはもっと低音が出ないものが多いけれども。

桜井:新しいLは音のバランスを重視した設計でしたからね。音量はピックアップで補うというコンセプトでした。

石川:そうなんだよ、ピックアップつけることを考えると確かに低音は抑えておかないと、ヌケの悪いブーミーな音になっちゃうんだよ。

そのあたりから具体的なLL-TAKA Limitedの企画になってくるんですね。

桜井:シグネチャーモデルを出しませんか、という話が始まったのは2008年から2009年にかけてでした。でも音に関して細かい話は出ませんでしたね。これまで長い間会話させていただいているので、石川さんの好みの音はだいたい分かっていましたから。

石川:やりましょう、とか桜井が言ってさ。な〜んか妙に自信ありげだったんだよ(笑)。

サウンドとしてはどういう音を目指したのですか。

桜井:低音が出て音量があって、でもただ鳴ればいいわけではないんです。音のイメージとしてはFG-2000寄りなんですよね。

石川:70年代のヤツだね。ふつう低音が出るとバランス的に高音が小さく聞こえて、ヌケが悪いような音のイメージになる。モコモコっとするっていうかね。それではダメで、高音もチャリーンと出てほしいんだよ。

桜井:そのあたりを目指して試作して石川さんに弾いていただきつつ、1年ぐらいかけてじっくり仕様を固めていった感じですね。

低音の鳴りは、板厚や響棒の高さ、A.R.E.などで実現しました。(桜井)

LL-TAKA Limitedの設計はどんなふうに進んでいったのですか。

桜井:このモデルの音の狙いは低音とバランスでした。もちろんそれだけではなく、高音の伸びとかサスティン、そして弾いたらすぐにパーンと音が立ち上がるレスポンスの良さも含めてですが。設計としてはまずボディ形状はLで決め、表板素材はシトカスプルースのベアクローという材を採用しました。Lシリーズの表板はイングルマンスプルースなんですが、シトカは音に芯が出ます。さらに通常のモデルより板厚を薄くして低音が鳴るように設計しました。

表板の板厚は具体的に言うと?

桜井:今のLシリーズは素材がイングルマンスプルースで板厚が3.1mmなんですけど、石川さんはシトカで2.6mmです。もちろん板厚だけではなく、響棒の高さを低く設定したり、木質改善技術の「A.R.E.」を使うなど、いろんなノウハウと匠の技を結集して石川さんがイメージするような低音の鳴りと高音の艶を実現しています。特に響棒を低くしたあたりの考え方はFG-2000を継承しています。

外装としてはどんな点が特長ですか。

桜井:ヘッドは細長い近い形状にしました。先端の感じはエレキのSGのような形状にしつつ両端を落とし、そこに石川さんのシンボルマークの鷹のインレイを入れました。ヘッドのロゴは音叉マークです。それと指板のインレイとピックガードは石川さんご自身のオリジナルデザインです。

石川:指板のインレイは前にヤマハでギターを作った時のものなんだ。当時気に入ったインレイがなかったから自分で紙に描いて「こんな感じね」ってヤマハにFAXしたらそのままインレイになった(笑)。でも技術が進んでインレイも精密になったから前よりずいぶん綺麗なインレイになったよな。

演奏性でも音の面でも、ネックの握りがいちばん重要。(石川)

LL-TAKA Limitedができあがってきた時にはどうでしたか?

石川:とにかく期待は大きくてね、桜井も自信ありげだったしさ。そういう時はたいていガッカリするんだよ(笑)。でもLL-TAKA Limitedは期待を超えてたね。低音の鳴りも高音の伸びも、かなり理想の音のイメージに近かった。僕の場合「プレイヤーとして理想的な音」がかなり明快に頭の中にあるんだけれど、今まで作ったギターの中で理想の音に一番近い音だった。僕にとって「いいギター」ってのは、低音はベースを弾いたみたいにドーンと響いて、それで高音もチャリーンって鳴るんだよ。最高のバランスと鳴りがあって、大きいけど大きすぎない、いい感じの音量があってね。

仕様としてのこだわりの点はどこですか?

桜井:なんといってもネックの握りですね。石川さんはネックにはかなりこだわっていらっしゃって、細部まで直しをしました。

石川:とにかく僕にとってネックの握りはいちばん重要。ネックに関しても「これがいちばんいい」というものがあって、細かく計測して再現してもらっているんだけど、それでもちょっとした指の当たりの感覚が違ったりするので、それを細かく調整してもらってる。

それはどんなネックなのですか。

石川:僕の好みは普通のものより細くて薄い。それが日本人の手にしっくりくるわけ。しかも音が綺麗。ネックが太いギターは音は力強いんだけど、一弦一弦の音が綺麗じゃないので僕の好みじゃない。どうも無神経な感じがするんだよ(笑)。細いネックのギターは本当に繊細でいい音をしているものが多いの。それとステージでギターを持ち換えた時にネックの感覚が違うと弾きにくいので、他のギターと同じ感じにしておきたいというのもある。

ネックが細いと設計も変わってきますよね。

桜井:音の面でいえばネックの容量が減るので強度が落ちて、相対的にボディが鳴りやすくなります。丸太みたいなネックは逆にゴリゴリした音が出るんです。そういう音が好きな人は太いネックでいいと思いますけどね。

Lシリーズに比べてネックはそんなに薄いんですか?

桜井:全体的に言えばLと比べても極端に薄くはないんですよ。ただ比較すればハイポジションは薄くて幅が広い感じ。ローポジションは幅が少し狭い感じですね。

石川:そんな感じだな。それとネックのカドの部分をちょっと落としてもらっていて、かまぼこ型でもなくて三角形でもなくてね。指が引っかからないような感じに仕上がってる。

総合的に見てどうですか。
チラシには「今までのヤマハのなかではズバ抜けていい」と書いてありますが?


石川:うーん、ちょっと言い過ぎたかなと。(一同爆笑)

石川:あまり褒めると今後の成長に良くないのでね(笑)。でも実際、弾いていて気持ちいいし、使う機会も多いから自分でも気に入ってると思うんだ。最近このギターで演奏した後に関係者に感想を聞くと「ヤマハ、凄い音してますね」ってしょっちゅう言われるね。自分では「まだ音が若いかな」なんて思いながら弾いている時も多いんだけれども、マイクを通して客観的に客席側で聴いた人が言ってるから、本当なんだと思う。結局ギターって弾いている本人よりも楽器の正面で聴いている人の方が良く聞こえるからね。レコーディングでモニターしながら弾くとそのギターの音がいちばんよく分かるんだよ。

もっと高いギターが並んでいても、僕はこのギターを選ぶね。(石川)

お二方から、このギターを手にする方へのメッセージをお願いします。

桜井:なんといっても、石川さんのために仕様を磨き上げたギターですからね。「石川鷹彦の音が出るギター」というと言いすぎかもしれませんが、少なくとも石川さんの音に相当近づけるギターなので、ぜひ試奏してみてほしいと思います。

石川:今までギターにこだわっている人にこれを弾かせてあげて「ネックはどう?」って聞くと、必ず「凄く弾きやすい」って言うね。みんな気に入るんだよ。もちろん音も気に入ってくれるけど。このギターは値段の面もあるけど、ある程度ギターが分かっている人が手にしてくれるんじゃないかな。

最近は楽器屋さんに高いギターがたくさんありますよね。

石川:僕の好みで言うと「高いからいいギター」とは限らなくて、だいたい今ままで偶然気に入ったギターって、高くてもこのLL-TAKA Limitedぐらいの値段。びっくりするような値段のもので、実際に値段に見合った音のギターには出会ったことがないね。貝がたくさん埋めてあるとか材料の希少価値で高いものもあると思う。でも飾りは音には関係ないし、材だって必ずしもハカランダがベストというわけではないしね。たとえもっと高いギターがたくさん並んでいたとしても、僕はやっぱりLL-TAKA Limitedを選ぶと思うよ。

profile : 石川鷹彦

1943年北海道札幌市生まれ。日本のアコースティック・ギタリストの草分けにして第一人者。1968年から、スタジオ・ミュージシャン、アレンジャーとしての活動を開始。70年代フォーク、ニュー・ミュージックの名曲に驚くほど多く携わっており、各ミュージシャンの絶大なる信頼を得ている。一聴してそれとわかる「唯一無二」の音色と、メロディセンスで、数々の名イントロを生み出し、ヒット曲に貢献してきている。アコースティック・ギターのみならず、マンドリン、バンジョー、ブズーキ、ドブロなど、あらゆる弦楽器を操り、シンセサイザーのプログラミングから、ミキシングまでもこなす。色々なアーティストのサポートなどで一年中全国を飛び回る傍ら、自身のCDやコンサートなどのソロ活動にも力を注いでおり、オリジナル・アルバム「WORDS」シリーズは通算6作品になる。