黒船来襲を描いたオリジナル日本語オペラを演奏会形式で上演 第19回全国藩校サミット 福山大会関連事業 オペラ 黒船〜阿部正弘と謹子

福山城、築城四百周年記念の年に、何か後に残るイヴェントを行いたいという福山市長のお声がかりがあって、江戸湾への黒船来襲と、この未曽有の国難に対処した老中首座、今日でいうと総理大臣の地位にあった福山藩主、阿部正弘の苦闘をオリジナルの日本語オペラで表現し、福山自慢の二千人ホール、リーデンローズでコンサートをやってみようという、大きな冒険を決意しました。

母音重視型の日本語は、オペラの言語として大変優れていて、むしろ演歌や歌謡曲以上に心を揺さぶるアリアが生まれ得ると、以前から考えていたからですが、やってみると、まあそれほど予想がはずれてはいなかったかと思います。日本語を特徴づける大量の母音群は、ぼくにとっては海洋民族の潮の香りで、瀬戸内育ちの者には特別な思い入れがあるものです。この構造は、多くの先達が言うとおり、歌詞制作のむずかしさではあるのですが、同時に、大きな力にもなり得ると考えています。

クラシック音楽世界を代表する名曲に、交響曲「運命」があります。運命はかく扉を叩けりと主張するこの曲調は強烈で、影響力は圧倒的です。多くの名曲が、この劇的な傑作の影響下にあるでしょう。ぼく自身、この名作とともに育ちました。が、いつか、こう考えるようにもなりました。ドイツ人は、民族が滅びかねないほどの恐怖とともに、国の扉が叩かれたことはありません。それを経験したのはわが日本なのです。日本民族は、クラシック音楽の美とセンスをもって、黒船来襲の事件を描くべきではないのか──。

福山公演は予想以上の成功で、鳴りやまない拍手に、曲作りの私も入って幾度もお辞儀を繰り返し、なかなかステージをおりられず、この考えは間違ってはいなかったと、壇上でひそかに考えました。

いうまでもないことですが、これはむろん私の力などではなくて、トップテノールの村上敏明さんをはじめ、錚々たる日本の声楽家たちが、志に共鳴して次々に参加を表明してくださったからです。小野弘晴さん、塩塚隆則さん、土崎譲さん、村松繁紀さん、ソプラノに福山出身の藤井泰子さん、山口安紀子さん、辰巳真理恵さん、鈴木遥佳さん、唐沢萌加さん、中原沙織さん、オーケストラのアレンジとピアノを中山博之さん、ヴァイオリンにNHKフィルの高井敏弘さん、新日本フィルのビルマン聡平さん、エレクトーンに清水のりこさん、さらに、大スクリーンで会場を圧倒した海原や黒船の緻密な映像の製作、そして演出を一手に引き受けてくださった田尾下哲さんと、よくもまあこれだけの才能が一同に揃ったものと感心し、客席で一人奇跡を見る思いでいました。

昨年11月はまだ前奏曲とアリアができているだけなので、これを順に並べて歌う演奏会形式でしたが、今年はこれをつなげるレチタティーヴォと、演技の台本を丹念に仕上げる作業になります。満足のいく台本と作曲ができ、多くのみなさんのお目にかけられる日が来ることを、今夢に見ています。

著・作詞作曲・本格ミステリー作家/島田荘司

エレクトーン演奏/清水のりこ

2022年11月20日 ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ 大ホール