ミステリーとしてのカルメンを支えたエレクトーン カルメン 情熱の恋

今回、エレクトーン奏者清水のりこさんからのお誘いで、ヤマハホールで藤井泰子(カルメン)、秋川雅史(ドン・ホセ)、砂川涼子(ミカエラ)、与那城敬(エスカミーリョ)という厳選されたキャスト4人と一緒にこの名作に取り組めると決まったときに、ミステリータッチの台本を書いてみようと思った。これは自分がかねてからいつかは実現したいと思っていたものだ。僕はこれまで自分の演出する舞台には何かしらミステリーの要素を持ち込んできた。それは、優れたオペラの台本には何かしらミステリーの要素があるからで、『トスカ』の第2幕や『フィガロの結婚』の第2幕は密室劇だし、『道化師』や『外套』はフーダニット(犯人当て)だ。

そういう意味では『カルメン』については特に密室ではないし、犯人は決まっているからフーダニットでもない。しかし、これは大変レベルの高いホワイダニット(動機当て)だと注目してきた。ところが、ドラマの背景や、キャラクターたちが置かれた立場や関係、これらは通常、人物相関図や、あらすじでできるだけシンプルに示されてしまう。すなわち、このオペラはドン・ホセと恋仲になったカルメンがエスカミーリョに気持ちが移って、嫉妬に狂ったドン・ホセが起こした事件、ということなのだ。こういう解説は、オペラを広く親しまれるものにしようという作り手の涙ぐましい配慮の結果なのだが、僕はシンプルに説明できないからこそ、それを読み解く面白さがあると思うし、実際カルメンとドン・ホセというキャラクターと彼らを取り巻く文化・社会は恐ろしく違っていて、その差異こそがじわりじわりと2人を追い詰めてゆき殺人が起こる。このような文化・社会的背景に注目することは現在の複雑に錯綜した世界情勢を考えても重要なことである。今回はドン・ホセの所属する軍隊の上司スニガ、カルメンの仲間、密輸団のボス・ダンカイロ、そしてこのドラマの原作者メリメの三役を狂言師の和泉元彌さんに演じ分けていただきながら、異なる世界に生まれ育った2人がどのようにして愛し合うようになり、何がその愛を分かち、死に追いやったのかをあぶり出してもらった。

ところで、エレクトーンによってもたらされるこのオペラの前奏曲の衝撃的なサウンドが、今回の『カルメン』のポイントだった。重要なモチーフを組み合わせて作られた前奏曲。激しい闘牛の動機から華麗な闘牛士のモチーフへ。再び闘牛のテーマとなり、最後に運命の動機が奏でられる。この構造は全曲の最後の壮大な闘牛場の場面でも拡大して用いられる。これはまさに、ミステリーで綿密に張り巡らされた伏線が最後に回収されるときに感じるカタルシスと同様であり、ミステリーとしてのカルメンを支えてくれたのは、ほかでもない清水のりこのエレクトーンであった。

僕自身、なぜそこまでミステリーにこだわっているかというと、当たり前のことだがミステリーが好きだからだ。幼少期から怪人二十面相やホームズ、ルパンなど読み漁っていたが、三十代の半ば歌い手の仕事に行き詰まり、漠然と演出に移行していた頃、手に取った一冊の本格ミステリー。奇想天外な事件の影には綿密なプランがあり、それに迫る名探偵と相棒。たちまち、その世界に魅了されて、次から次へと読んで行った。今回、観客の中にその一冊、『占星術殺人事件』の作者、島田荘司さんがいらっしゃったことを後で知り、メールを差し上げたら、大変なお褒めの言葉をいただけたのは望外の僥倖であった。さらに、この『カルメン 情熱の恋』、早速の再演が決まったという嬉しいニュース。ゴージャスなエレクトーンのサウンドで、ぜひオペラのミステリーを楽しんでもらいたい。

著・演出家/三浦安浩

エレクトーン演奏/清水のりこ

2024年2月21日 ヤマハホール