阪神・淡路大震災の犠牲者を追悼する「アヴェ・マリア」 心に歌声を スペシャルコンサート~歌姫たちのアヴェ・マリア~

2010年は阪神・淡路大震災から復興15年目にあたる。作曲家・三枝成彰氏の提唱で1998年から2005年まで毎年行われた「心に歌声をニューイヤーコンサート」。震災の犠牲者を追悼し、震災地の文化復興を支援するため、そして何よりも亡くなった方たちの面影と思い出を心に留めておくため、大友直人、小林一男、塩田美奈子、鈴木大介、米良美一、本田美奈子(故人)……と錚々たる音楽家が賛同し、演奏してきた。15年目を迎え、5年ぶりに「心に歌声を スペシャルコンサート」が開催された。

今回は世界的なプリマドナンナ、佐藤しのぶ、鈴木慶江、林美智子の3人と地元の宝塚少年少女合唱団(指揮/笠原美保)という実に豪華な顔ぶれ。構成・ご案内は三枝成彰、エレクトーンは岩井美貴、清水のりこ。

プログラムはすべて「アヴェ・マリア」。「アヴェ・マリア」とはローマ・カトリック教会における聖母マリアへの祈りの言葉(三枝氏によると、もともとは当時の美人の象徴である「ふくよかな女性」を意味するという)で、この祈祷文をもとに古今東西の作曲家によってメロディーがつけられた。

満席の中、演奏会は合唱団のア・カペラでグレゴリオ聖歌から始まった。精神の原点に回帰するような天使の歌声、圧倒されるプリマドンナの歌と美しい姿……。聴衆は魅了され、ステージから目が離せない。三枝氏による解説も芸術、政治、歴史、宗教、風俗といった、ご自身が持つ数え切れないほどの引き出しから話を取り出しているのだろう、誰にでもわかりやすく、皆がどんどん引き込まれていくのが感じられる。途中、兵庫県知事の井戸敏三氏、前知事の貝原俊民氏もステージに登場し、この演奏会の意義を話され、演奏者もこの時間を共有できるありがたさに加え、亡くなった方へ想いを馳せ、心が震えた。

プログラムも終盤にさしかかり、三枝氏作曲の「レクイエム」よりアヴェ・マリアを演奏。今を生きる作曲家の前で作品を演奏することほど畏れ緊張することはない。エレクトーンで再構築し、練習をして本番を迎えた時、「もっとこうできたのではないか……」という自責の念にも似た複雑な感情を持つことは、演奏者ならば誰しもが経験したであろうが、殊更この美しい作品と対峙したとき筆者はそれを何度も感じることとなった。そして演奏の喜びを感じる素晴らしい作品に触れられたことを、一演奏者として嬉しく思う。

アンコールは出演者、会場の聴衆と全員で「赤とんぼ」。作詞者の三木露風は兵庫県生まれで、同県では最も馴染み深い童謡で、会場一体が想いを込めて歌う姿に目頭が熱くなった。

何かを想い、音楽で関われること、作品との出会いを心から感謝せずにはいられない一夜だった。

エレクトーン奏者 清水のりこ

(上から)写真2:解説は三枝成彰氏(中央)|写真3:エレクトーン演奏/岩井美貴、清水のりこ

2010年1月21日 神戸新聞松方ホール

プログラム

1) アヴェ・マリア(グレゴリオ聖歌) 宝塚少年少女合唱団
2) アヴェ・マリア(ブストー) 宝塚少年少女合唱団
3) アヴェ・マリア(ドニゼッティ) 佐藤しのぶ&合唱団
4) アヴェ・マリア(ルッツィ) 佐藤しのぶ
5) アヴェ・マリア(バッハ/グノー) 林美智子
6) アヴェ・マリア WAB5(ブルックナー) 林美智子
7) アヴェ・マリア(サン=サーンス) 鈴木慶江
8) アヴェ・マリア(トスティ) 鈴木慶江
9) アヴェ・マリア Op.93(フォーレ) 鈴木慶江&林美智子
10) アヴェ・マリア(マスカーニ) 林美智子
11) アヴェ・マリア(カッチーニ) 鈴木慶江
12) アヴェ・マリア(シューベルト) 佐藤しのぶ
13) 歌劇『オテロ』より アヴェ・マリア(ヴェルディ) 佐藤しのぶ
14) 『レクイエム』より アヴェ・マリア(三枝成彰) 合唱団
15) アヴェ・マリア(アルカデルト) 合唱団
16) アヴェ・ヴェルム・コルプス(モーツァルト) 全員

アンコール

赤とんぼ(山田耕筰) 全員
*1)、2)以外はすべてエレクトーンによる伴奏