YBN100

開発者インタビュー

商品開発部 山本 暁夫
——ヤマハのカーボン弓の開発について教えてください。

そもそもカーボン弓というのは、昔からフェルナンブコ材(※1)などを使って製作されてきた木製弓の代替として生み出されたものです。今、木材資源の枯渇で良質なフェルナンブコ材はもうだいぶ減ってきていて、今後、質の良い木製弓を作ることはますます難しくなっていきます。カーボン素材はこの窮地を救う代替材料として、かなり以前より弓作りへの応用が研究されていて、今ではいろいろなメーカーから発売されています。

ヤマハカーボン弓は、2002年からCBBシリーズとしてスタートし、現在までラインナップを充実させてきました。このCBBシリーズは、ザハール・ブロン氏やライナー・キュッヒル氏をはじめとする国内外のトップアーティストから数多くのアマチュアプレイヤーまで、プロアマを問わず多くの方から広く支持をいただいています。

——「YBN100シリーズ」の開発に至ったきっかけはなんですか?

残念なことに、カーボン弓というと、「できれば木製弓の方が良くて、カーボン弓はあくまで文字通りの代替品、木製弓と肩を並べる存在とはちょっと違う」、そんな見方がある気がしています。その理由の一つは、音色や感触の印象も含めたカーボン弓自体のイメージと、その独特の見た目にあると考えています。

またもう一つ理由があって、弓というのは奏者によって非常に好みの差が大きいもので、木製弓でも人によっては気に入ったり、全く気に入らなかったりということがよくあります。木材には良い意味でバラツキがあり、つまり木製弓は個性を発揮できるのに対して、安定してほぼ同じような性能を発揮してしまうカーボン弓はいろいろな嗜好を持つ数多くのプレイヤーの方々を網羅して追従することは難しかったと考えてきました。

そういう側面を払拭して、今まで以上の多くの方に、良質な木製弓となんら変わらずに使っていただけるような、全く新しいカーボン弓を作りたい!というのが、今回の「YBN100シリーズ」の開発に着手したモチベーション(きっかけ)でした。

——今までのカーボン弓にはない、「YBN100シリーズ」ならではの良さは?

見た目、手応えや音色、そして5つのラインナップと、どれから説明をすれば良いのか悩むくらい、今までとは一味違うカーボン弓になっています。

まず外観ですが、今回はカーボン製独特の網目模様の代わりに、立体感のある木調の外観を採用しています。これは今回新たに開発をしたFRP(※2)技術で実現しました。見た目は非常に重要で、楽器でもなんでも、美しい道具は使っていて気持ちが良いですし、逆もまた然りだと思います。手にした方に「美しい」と思っていただける外観を目指して仕上げました。

また、手応えや音色といった、弓本来の性能にも今まで以上にこだわっています。弓は自ら音を発するものではありませんが、同じ楽器を弾いても弓によって全く異なる音色になります。こういった部分を追求する最初の一歩として、まず良質なフェルナンブコ材で製作された評価の高い木製弓を徹底的に分析しました。特に、美しい音色や弾いたときの自然な手応えに深く関係する「曲げ剛性」と「振動特性」に焦点を当て、理想とする目標値を見つけ、これを満たすようにスティックを設計しています。カーボン製に抵抗感があった方にも、音色、感触の点でも、質の良い木製弓とほとんど変わらずお使いいただけるのではないかと思っています。

最後に5つのラインナップですね。木製弓は良くも悪くも大きくバラツキます。バラツキの中からランダムに手にとって、とても運よく自分にぴったりの弓を見つけられれば良いのですが、木材資源の枯渇の背景もあり、これも少しずつ難しくなっていっています。特に弓の重量とバランスは好みの差が非常に大きい要素なのですが、今回これをカーボンできちんと作り分けて「選べる」ようにしました。それに、例えば「軽い弓がいい」と漠然と思っている人がいたとしても、実は重さは必要で、重心が手前にある方が扱い易いことがわかったり・・・自分でも気付かなかった発見もあります。こういう点で、どれか1本ではなく、この重量とバランスの異なる5つのラインナップをぜひ多くの方に試していただきたいと思っています。

——開発で苦労や失敗はありましたか?

とても印象深かったちょっとした失敗談があります(笑)。
ちょうど、弓の振動特性をなんとか制御をして音色や演奏感をコントロールしようといろいろと試していたときのことです。フェルナンブコ材の、振動が長続きするという特徴を再現しようと試行錯誤していたところ、逆にものすごい振動減衰の早い、振動したかと思うと止まってしまうようなスティックができ上がりました。弾いてみると、とにかく鳴らないんです。とはいえ研究材料なので、他のいくつかの試作品とで試奏比較をして、評価をすることになりました。

そのときちょうど日本にいらしていた、本番でもヤマハのカーボン弓を愛用してくださっているある演奏家に試作品の弾き比べをしていただきました。客席数1,000人ちょっとの大ホールだったのですが、その試作品を使った音を聞いたときにはびっくりしました。ついさっきまでご自分の弓を使用されていたときはホール中に鳴り響いていた音が打って変わって、予想以上に、とにかく鳴らない。舞台から勢い良く飛び出た音が、急に失速して客席最前列あたりに「ポトッ」と落ちるような、まるでそんなマンガみたいな光景が見えるようでした。ある程度は予想していたのですが、予想を大きく超えた衝撃的な経験でした。研究用の比較とはいえ、そんな弓を使って弾いていただいたことをとても申し訳なく思っていたところ、案の定、「この弓はちょっと良くない」とハッキリとおっしゃってくださいました(苦笑)。

もちろん、最終的には振動特性の制御もちょうど良く調節できるようになりましたが、良い音を求めて使うテクノロジーを敢えて逆に使えば、きっと信じられないくらいダメな楽器も作れるんだろうなぁと、妙に納得もした経験でした。

——開発にあたって嬉しかったこと、達成感などはありましたか?

開発途中でもたまにあったのですが、「YBN100シリーズ」のカーボン弓を“木製弓”と勘違いしてもらったときに、ちょっと嬉しくなります。意地が悪いですね(笑)。

開発メンバーの一人から聞いた話なのですが、室内楽の練習をしていたとき、ある仲間に従来のカーボン弓「CBB105」を貸して弾いてもらったら、「カーボンはあんまり好きじゃないんだよなぁ・・・ちょっとその弓貸してよ」と言うので、たまたま使っていた「YBN100シリーズ」の試作品を貸したそうです。そうしたら、「やっぱり僕は木の弓が良いな!」と言って気持ち良さそうに弾いていたよ、と言うのです。 カーボンはあまり好きではないと言っていた人が(笑)。「それ、カーボン弓だよ!」と言っても信じなかったそうで、この話を聞いたときはちょっと嬉しかったですね。

あと、今回の発売のために「YBN100シリーズ」の写真を撮影するというので、せっかくなのでちょっと撮影の様子も見せてもらおうとお邪魔したことがありました。撮影スタッフの方と会話をしているときにカーボン製だということを口にすると、「えぇ、これカーボン製なんですか!?」と驚かれて。たまたまその商品が「カーボン製」とまでは撮影スタッフに伝わっていなかったようで、どうやらずっと木製弓だと思って撮影されていたようでした。こうやって驚いてもらえるのは、やっぱり嬉しかったですね。

木製弓を見慣れている人とそうでない人でも違いますし、誰でも間近に寄ってじっくり見れば木製の弓とは少し違うことは分かるかもしれません。けれど、こういった木製弓との勘違い事件がたまにあって、こういったことは嬉しいだけではなくて、見た目や性能も含めて、先入観さえなければ質の良い木製弓とほとんど変わらず使えるはず!という自信にもなりました。

——最後に、読者の方々に一言お願いします。

オールドから新作まで、値段によらずとも木製の素晴らしい弓も数多くありますし、それはこれからも変わらないと思います。ただこれからは選択肢を増やして、良い弓を探したらたまたまカーボン製だった、ということももっと増えていって欲しいと思っています。「YBN100シリーズ」、ぜひ一度試してみてください!

※1 木製弓の製作に主に使用される木材。ブラジル原産。
※2 Fiber Reinforced Plastics、繊維強化プラスチック。