「社会的包摂から見る音楽の可能性」東京藝術大学 特任教授 新井鷗子さんインタビュー

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「人と街を音楽で動かす方法」

東京藝術大学 特任教授 新井鷗子さんインタビュー

新井鷗子氏
新井鷗子氏東京藝術大学 特任教授
先生には4つの顔があります。
①東京藝術大学特任教授として、文部科学省とJSTによる産官学連携プロジェクト「COI拠点(センター・オブ・イノベーション)」にてインクルーシブアーツを研究。藝大アーツ・スペシャル「障がいとアーツ」や発達障がい支援ワークショップ「音と光の動物園」をプロデュース。
②横浜みなとみらいホール館長(2020年4月1日就任)。「横浜音祭り2013/2016/2019」ではディレクターを務める。
③構成作家として「読響シンフォニック・ライブ」「題名のない音楽会」「エンター・ザ・ミュージック」等のクラシック番組やコンサートを構成。NHK音楽教育番組では国際エミー賞入選。
④『おはなしクラシック』(アルテスパブリッシング)、『ひとさし指のノクターン』(ヤマハ)、『音楽家ものがたり』(音楽之友社)などの著作家。
すべての活動の根底にあるのはソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)。1963年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科および作曲科卒業。

音楽のチカラとはどういうもの?
人と街を音楽で活性するには?
新井先生、教えてください。

新井先生のインクルーシブアーツ研究のテーマは「感動と脳機能の関連性を探索しながら、芸術に触れる感動を障がい者から学ぶことにより、すべての人たちに夢をもたらす共生社会の実現を目指す」というもの。また、先生は「横浜音祭り」のディレクターとして、音楽で街を活性化した実績をもつ専門家であり、音楽家。今回、おとまちの基本となる「音楽がもつチカラとはどういうものなのか?」「街の音楽活動への市民の巻き込み方は?」など、お話をうかがいました。
「ドラムサークル」は障がいに活かせる

おとまち:先生が取り組まれている発達障がい支援ワークショップ「音と光の動物園」のプログラムに、おとまちが企画・運営協力する「ドラムサークル」をご活用いただいています。参加者の反応はいかがでしたか?また、どんな可能性を感じられましたか?

新井先生:「音と光の動物園」は発達障がいの小学生を対象とした、音楽と美術と映像を融合させたワークショップです。2016年3月から東京藝大でスタートして、これまで10回近く開催されました。プログラムのメインは子どもたちが紙でつくった動物たちが、その場でアニメーション映像になって、サン=サーンス「動物の謝肉祭」の生演奏とともに流れるんですね。動物がアニメになるまでの待ち時間があるため、飽きさせないために導入したのが「ドラムサークル」でした。ところが、ペーパークラフトに興味を示さなかった子がドラムサークルには参加したり、自発的にリズムに乗って叩いたり。逆に大きな音が苦手な子もいて、千差万別の反応があることに気づいたことは大きな収穫でした。あと、ドラムサークルは輪になって楽しむのですが、子どもたちがリズムに乗ってお互いに自然と目を合わせるんです。目を合わせられない子がたくさんいる中で、これはコミュニケーション障がいにうまく活かせるのではないかと感じました。途中から保護者にも参加いただいて、子どもたちを囲むように保護者が輪になって一緒に楽しんだところ、「いつも人と同じことをするのを嫌がるのに楽しんでいる」「輪の真ん中に一人で出ていってリズムよく叩いている」と、保護者が子どもたちの知られざる姿を発見して驚かれています。ドラムの色彩もキラキラしていて、叩いて全身を動かすので楽しいのでしょうね。ラスト30分の生演奏コンサートも、アニメの中の自分のつくった動物を見ながら、誰一人飽きることなく、嬉しそうに楽しんでくれています。

「音と光の動物園」にて。一生懸命ペーパークラフトに取り組む子どもたちに寄り添う先生。
「音と光の動物園」より音楽と映像のコンサートにて。サン=サーンス「動物の謝肉祭」の演奏に合わせて、子どもたちがつくったペーパークラフトが映像の中で踊りだす。
音楽が生きがいとなっている現場、瞬間を目の当たりにして

おとまち:先生はインクルーシブアーツの研究活動で「音楽には生命を救う力があるんじゃないかと思うに至った」と言われています。音楽の力をどのように感じていますか?

新井先生:障がいのある方と接している中で、“音楽には生命を救う力がある”とリアルに感じたんですね。健常者以上に、ごはんを食べることと同じくらい文化活動がその人の命に関わるほどの生きがいとなっている現場、瞬間を目の当たりにして。その人たちが明日生きる力、明日を生きる希望を持ちつづけるために、楽器を続けたり、音楽を鑑賞するということが大切だって、ほんとうに身をもって感じられたんです。これを科学的な根拠として示せるように、まさにインクルーシブアーツ研究で取り組んでいるところです。例えば、音楽をこういうふうに活用したら、幸福度がアップしたという結果を医療系機関からのデータで示したり、ワークショップ後の効果や効能が誰にでも判断できる数字で示せたら、福祉施設や公共ホールなどの公的機関、社会で音楽が活かされる機会が増えますよね。だからいま、活動と並行して音楽の力のエビデンスとなるデータを取っていこうと進めています。

“音楽で社会を学ぶ”時代になっていく

おとまち:先生は「横浜音祭り」では2013年、2016年、2019年とディレクターを務められていました。音楽で街を活性化するというテーマでしたが、プロジェクトを通じて感じた音楽の可能性はありますか?

新井先生:「横浜音祭り」はコンサート会場のみならず、駅の中から街の中までを舞台として、市民が参加し、プロ・アマを問わず音楽を楽しむフェスティバルでした。この活動で感じたのは、これからは音楽で音楽を学ぶ時代は終わり、“音楽で社会を学ぶ”時代になっていくべきだと思ったんです。みんなで合奏するというのは、ある意味、社会性を育んだり、企業や組織での協調性を学ぶこととまったく同じなんです。音楽で人を育てる。それは音楽教育ではなく、音楽というツールと方法論で人材を育成することです。これは私の作曲の師匠も言っていたんですが、例えば、ベートーベンの弦楽四重奏曲のそれぞれの楽器の役割を明確化して、ロジックを示せれば、ビジネス上のチームビルディングに活かせるとか。ほかの人の音を聴いて、それに合う自分の音を見つける。息を合わせる。間合いを取る。アイコンタクトを取るなど、そういう言葉や文字では伝わりにくいことが、合奏によって体感できるし、学びの場になると思うんです。音楽の仕組みがこんなにも仕事や社会に活かせるんだと認識され、音楽を活用していく時代にこれからなっていくと感じましたね。これから日本は超高齢化社会に突入していきます。そのときに誰でも参加できるシニア向けの音楽ワークショップなどが街にたくさんできれば、健康な社会づくりにつながると思います。実際、「横浜音祭り」によって、本番に向け、練習回数を増やすグループや新たに市民グループができるなど、街の音楽活動の活発化が進みました。

横浜音祭りにて。指1本で弾ける演奏追従機能付き自動伴奏ピアノ
「だれでもピアノ」を子どもたちが体験。
何よりも「楽しかった体験」が原動力になる

おとまち:まちの音楽活動に市民を巻き込む、まちに音楽を浸透させていく良い方法はありますか?

新井先生:すごく単純な話になりますが、“楽しかった体験が原動力になる”以外の方法はないですね。晴れの舞台に出てすごく楽しかった! 達成感が味わえた! つまり舞台、ステージをつくってあげることがいちばん、だと思うんですね。アマチュアの方がプロと決定的に違うのは、みんなに観ていただく晴れの舞台。みんなの前で、舞台で演奏する特別な体験を1回でもすれば、“またやりたい!”につながります。だから、街の活性化を考えている方々は、市民に舞台をつくってあげることを方法のひとつに入れてみてはいかがでしょうか。それができたらあとは勝手に動き出します。実は、こんなエピソードがあるんです。2015年に指1本で弾ける演奏追従機能付き自動伴奏ピアノ「だれでもピアノ※」をヤマハさんと開発したのですが、きっかけは、ひとさし指しか動かない重度障がいの女の子でした。彼女はどうしてもピアノでショパンの「ノクターン」を弾きたいと願って1本指で練習を続けていて、その子のために我々が「だれでもピアノ」を開発し、舞台の上でそのピアノを弾いた。その子はいまでもピアノを弾き続けているんです。もう8年になります。車椅子で練習場所に通うだけでも大変なのに、仲間とともに「ひとさし指のノクターン」というサークルを立ち上げて練習をつづけている。やっぱり“舞台の上で弾いた”という、楽しかった体験が原動力になっているんです。いまでは全曲の右手のメロディを弾けるようになって、装飾音も1音も省かないんですよ。これがほんとうの音楽の力、ですよね。ピアノの発表会のような内輪ではなくて、知らない人の前で演奏する非日常的な舞台をプロの手でしつらえる。そうすると特別感とともにプレッシャーや緊張感が生まれ、練習してブラッシュアップする行動が生まれるんです。日本人は磨きをかけることにすごく凝る国民性なので、一度、「舞台」というきっかけをつくれば、自然とみんな練習に励んでくれると思います。

※「だれでもピアノ」の誕生のストーリーは、書籍『ひとさし指のノクターン~車いすの高校生と東京藝大の挑戦~』に詳しく書かれています。
https://www.yamaha.com/ja/news_release/2016/16112101/

日本にはイベンター目線の音楽キュレーターが必要

おとまち:スペインの街には音楽のキュレーターがいて、街の中でどういう演奏をするかなどをディレクションしているそうです。日本にもキュレーターがいれば、もっと音楽が街を元気づけると思うのですが。

新井先生:そうですね。日本の市民オーケストラや合唱団は世界的に見ても非常にレベルが高いんです。一般的には難しいマーラーやベートベンのシンフォニーとか、普通にやりますよね。そういう方々を取りまとめて、街に音楽を広げる仕組みは面白いですよね。音楽を教える、指導するだけではなく、イベントの楽しみ方やつくり方、ホールの予約方法、行政や官庁への補助金申請方法、お客さまの集め方など、イベンター目線で教えてくれる「音楽キュレーター」が必要なのではないでしょうか。では、これを誰がやるのかといえば、「おとまち」さんだと思います。福祉施設や病院などが演奏してほしい、音楽を楽しみたいという要望があっても、どこに声をかければいいのかわからない状況ですので、それに応える仕組みをつくるのも、おとまちさんの役割です。民間ならではの柔軟性の高いリーダーシップが求められているのではないでしょうか。期待しています。

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